物流業界でも重要性が高まっているのが「DX(デジタルトランスフォーメーション」。DXを簡単に言えば、デジタルを活用してビジネスを変化させることを指します。
ここ数年は経済産業省でも、日本企業のDX推進を後押しする取り組みを行っています。
しかし物流業界は小規模な事業を営む会社が多く、IT化が遅れていると言われており、「どう物流DXに取り組んでいいかわからない」という経営者の方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、物流DXの基礎知識とあわせて、物流DX推進の障害となりやすい課題や、物流DXを実現している企業の事例をご紹介します。
■目次
1.物流DX(デジタルトランスフォーメーション)とは
1)物流DXの定義とは
物流DXは、「配送・輸送」「保管」「荷役」「流通加工」といった事業の各プロセスにおいてAIなどのデジタル技術を活用し、新たな事業やサービス、ビジネスモデルなどを創出することを言います。
例えば「AIで倉庫の利用動向を予測できるシステムを導入して、他社より迅速に配送できる新たなサービスを開発する」というイメージです。
そもそもDXは「Digital Transformation」(デジタルトランスフォーメーション)の略で、日本語では「デジタルによる変革」と訳されます。なお英語では「Trans-」を「X」一文字に略することが多いため、DXという略名で表記されます。
日本企業のDX推進に取り組む経済産業省では、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義づけています(※1)。
2)物流業界に物流DXが求められている背景とは
物流業界の企業の中には、「システムがあってもデータを活用できていない」「イレギュラー対応が多く、既存システムが複雑化しすぎている」といった会社も少なくありません。
こういった問題は物流業界に限らず、多くの日本企業が抱える問題だと経済産業省では指摘しています。
特に多いのが、既存システムが部門ごとにバラバラに存在するため、全社でのデータ活用ができないケース。これでは経営者がDXを推進しようとしても、既存システムの問題で頓挫してしまいます。
こうした問題によって日本のDX推進が遅れると、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が出ると経済産業省では予測しました。これは「2025年の崖」と呼ばれています(※2)。この「2025年の崖」は、物流業界でも今後懸念されています。
また、例えばサプライチェーンの構造上、配送・輸送、倉庫、流通加工などで多くの会社が事業に関わることが一般的なため、誰がIT推進のリーダーになるかが不明確、という課題も出てきます。
AIやロボットを活用して業務効率化を実現した物流系企業もありますが、多額の投資が必要となるため大企業に限られるのが現状です。
しかし新型コロナウイルス感染症をきっかけに社会は大きく変わっています。物流業界においてもDXを推進していくことが重要。輸送や配送事業を行う会社も、倉庫を運営する会社も、従来の業務やビジネスでは市場や顧客の変化に対応できません。特にスピーディーに対応するには手動では無理があり、デジタルを活用した変革が必須です。
つまり物流DXの導入が求められています。
※2:D X レポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(経済産業省)
2.物流業界が抱える課題
Amazonや楽天などのECコマース(EC)市場の発展に伴い、消費者が家に居ながら好きなものを購入、配送してもらえる時代になりました。
その結果、物流に対する依存度は年々高まり、需要と供給のバランスが崩れ、多くの課題を抱えている物流業界が多いことでしょう。ここでは物流業界にある特に喫緊の課題3つをご紹介します。
1)小口配送の急増
一般消費者のネットショッピングが増えたことにより、小口配送が急増しました。商品の再配達や小ロットでの配送が増加したことにより、業務負担が大きくなっていることが問題となっています。
経済産業省が公表している「令和4年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場調査)」によると、BtoC‐EC市場規模が年々拡大しているため、小口配送が更に増加する可能性は高いと言えるでしょう。
※3:経済産業省HP
2)人手不足
物流の人手不足の要因として「労働時間が長い」「年間賃金が安い」など、業務量と給与の配分が適切でないことが挙げられます。
全業種と比較しても、トラックドライバーは労働時間が長いのに対し、賃金が低い傾向です。また、有効求人倍率は全業種よりも高くなっていることから、配送のニーズは高まるものの担い手が少ない傾向が近年続いています。
※4:国土交通省説明資料
つまり、ドライバーの人手不足が進むと業務を行う人材が減るため、数少ない人数で業務を行う必要があるのです。人手不足を解消するには、ITを導入した業務効率化やロボットによる自動化など、抜本的な改善が必要と言えるでしょう。
3)長時間労働
物流業界の長年の課題として挙げられるのが、長時間労働です。国土交通省の資料によるとトラックドライバーの年間労働時間は、全産業平均より約1.2倍という高い数値を記録しています。
※5:トラック運送業の現状等について|国土交通省
今後は、働き方改革で長時間労働に上限が設けられるものの、他の業界よりも上限規制は緩めに設定されているため、労働環境が劇的に変わるとは言えないでしょう。
※6:時間外労働の上限規制について|厚生労働省
トラックドライバーが長時間労働になってしまう背景としては、荷待ち時間が長い、人材不足、交通渋滞、給料の安さなどです。長年常態化している課題のため、一刻も早い労働環境の改善が必要とされています。
3.物流DXにより改善できること
物流業界の課題を改善するためにも、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが欠かせません。DXとは「ITなどのデジタル技術を活用し、人々の生活をより豊かにする変革」を指し、物流業界でも近年導入されつつあります。
ここからは、物流DXを導入するとどのようなことが改善できるのかをご紹介します。
1)在庫管理などの業務効率化
在庫管理などにDXを活用すると、これまで人が行っていた属人的な在庫管理業務などを自動化することができ、業務効率化に期待できます。たとえば、入出庫時に発生しがちな在庫数の入力ミスや計算ミスなどです。人的作業に起因したヒューマンエラーを防止できたり、在庫管理のムラを抑制したりすることが可能です。
DXを活用して業務負担を減らすことで、従業員は人でしか行うことができない企画などの業務を進めることができるのもメリットと言えるでしょう。
2)コスト削減
物流業界においてDX化を行うと、コスト削減につながります。例として、ペーパーレス化やAIまたはロボット導入による自動化です。
ペーパーレス化は、資料や契約書などの紙媒体を電子データで取り扱うことで業務の効率化やオンライン手続きの促進、印紙代の削減など多くのメリットを享受できます。また、集積した電子データをもとに、企業の現状分析や経営戦略の立案など、多くの課題解決につながるヒントになるでしょう。
一方、AIやロボット導入による自動化は入出庫、在庫管理、ピッキング作業など、人による作業をAIやロボットにより自動化することで、労務費の削減につながります。同時に人為的ミス (ヒューマンエラー)が減少することで品質改善につながるため、物流全体でのトータルコスト削減に寄与できるでしょう。
3)配送ルートの可視化
DX化により配送ルートを可視化することで、燃料費の削減や配送時間の短縮につなげることができます。
配送ルートが可視化されることにより、トラックごとの配送時間や空き状況などをリアルタイムで可視化することで、効率的な配送計画を作成することができます。
さらに教育コストの削減については、新人ドライバーの教育コスト削減にも配送ルートの可視化に有効です。スマホやカーナビによる効率的な配送ルートの指示が送られてくるため、一から道順を覚える必要がなく、教育期間が大幅に短縮されます。特に渋滞に巻き込まれた場合の迂回ルートや効率的な道順をリルートしてくれる機能は、経験の浅いドライバーにとっては必須の機能でしょう。
4)ヒューマンエラー防止
ピッキングミスや配送ミス、再配達によるヒューマンエラーは、DXを導入することで少なくすることが可能です。
デジタルピッキングを利用すれば、デジタル表示機器を使用してピッキング作業を支援するしてくれるため、リストを確認しながらピッキングする必要がありません。機械的に作業を行うことになるため、ヒューマンエラーが起こりにくく、業務効率化にもつながります。
また、自動ピッキングロボットを使用することで、人による商品投入ミスなども防ぐことが可能です。デジタルピッキングと併用すれば、ヒューマンエラーによるトラブルを大いに解決できるでしょう。
実際に物流倉庫のピッキングを自動化した企業は多岐にのぼり、有名企業ではAmazonやニトリ、ユニクロなどが自動化に成功しています。しかし、システムトラブルが発生した場合には、業務効率は大幅に下がるため、システムのサポートを含めた総合的なシステム運用が必要になると言えるでしょう。
4.物流業界でDXを行う際のポイント
物流業界の「2024年問題」が迫る中、DX化の流れは今後ますます加速するでしょう。DX化は業務効率の改善につながる一方で、ポイントを考慮しながら取り組まないと、コストの増大や課題が解決できない可能性もあります。
ここからは、DX化を行う上での3つのポイントをご紹介します。
ここからは、DX化を行う上での3つのポイントをご紹介します。
1)経営側と現場側が連携し合って取り組む
経営側と現場側が連携しない場合、実際にシステムを運用する現場側の理解が得られず計画が頓挫する可能性は高くなります。
現場を無視して経営陣だけでDXに取り組もうとすると、DXを導入することで業務負担や勤務時間の軽減など、現場の従業員にとって詳細なメリットを知ることができません。DXを成功させるためにも経営陣と現場は連携するようにしましょう。
2)DXに精通した人材を確保する
DX化を進める上で重要なのは、DXに精通した人材を確保することです。DXに精通した人材は、ITに関する知識を有しているだけでなく、各部門のシステム構築や業務プロセスを変革させる重要な人材になります。
しかし、デジタル技術やITスキル以外にも、プロジェクトを達成させるためのマネジメントスキルなども求められるため、人材の確保が難しい状況と言えます。
経済産業省が調査した「IT人材需給の試算結果」によると、2030年には約79万人も不足すると予測されています。
※7:IT 人材需給に関する調査|みずほ情報総研株式会社
DXを成功させるためにもIT人材を社内で育成(リスキリング)しつつ、人材確保が難しい場合は、中途採用や外部組織との連携を考えるようにしましょう。早急にDXを進めたい場合は、外部からの人材獲得がおすすめです。
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3)計画的に進める
物流業界でDX化を推進するには、計画的に進めることが重要です。計画的に進めないと行き当たりばったりで※10に進まないばかりか、業務に支障をきたす可能性があります。
また、DX化は一定の時間が必要なことから、計画が杜撰だとコストがかさみ、計画が頓挫する可能性もあるでしょう。
そのため、DX化を推進するためにスケジュールをしっかりと組み立てて、計画的に進めることが重要です。
5.物流業界が抱える課題と、物流DXによる取り組み事例
物流DXを推進するには、まず会社として抱えている課題を明確にすることが第一歩です。ここでは物流業界で多くの会社が抱える課題をもとに、物流DXによってどんな解決策があるか実際の事例をまとめました。
1)EC利用急増に伴う商品管理の複雑化
富士経済の調査によると、2020年の通販・EC市場規模は13兆7243億円。前年比で約17%も増加していると言います(※8)。コロナ禍による外出自粛の影響が大きいのではないでしょうか。
EC利用の急増は、物流にも大きな影響を与えています。企業向け輸送・配送が減る一方、個人宅への配送が増加。小口配送の急増したことで、倉庫での商品管理業務が複雑化しているという課題も出てきています。
こうした課題解決に役立つのが物流DX。例えば京セラ株式会社は、物流倉庫の管理にモバイルアプリを導入し効率化を実現した事例。40万点の在庫を倉庫に持つ京セラでは、毎日の棚卸業務を紙ベースで行っていました。そこでデジタルにシフトして、在庫管理業務の効率化に成功したと言います(※9)。
またこの事例ではモバイルアプリで入力されたデータはクラウドに蓄積され、管理者へリアルタイムで共有されます。現場での手間が減るだけではなくチェック業務の簡略化にもつながり、業務プロセスの変革を実現したそうです。
2)トラック積載効率の低下
小口配送が増えて荷物の多品種・小ロット化が進めば、今後さらにトラック積載効率の低下につながるという声もあります。国土交通省の資料によると、営業用トラックによる積載効率は年々低下。2018年の時点ですでに4割に満たないというデータもあります(※10)。このデータによれば、トラックが積載できる容量の6割は無駄になっていることになります。
積載効率の向上においても、物流DXが期待されています。例えばNECの事例。NECでは3Dセンサーカメラを活用して、積載率を可視化できるシステムに取り組んでいます(※11)。積載率が可視化できれば、積載率の低いトラックと荷主をマッチングしやすくなるわけです。さらにAIなどを導入すれば、業務効率化だけではなく新たな荷主(顧客)の開拓につながるかもしれません。
3)配送ドライバーなどの人手不足
物流業界で大きな問題となっているのが人手不足。国土交通省の資料によると、2018年の時点で全職種の有効求人倍率1.35に対して、配送ドライバーは2.68(※12)。人手が全く足りていないことがわかります。これはドライバーの高齢化が進んでいるという理由や、低賃金・長時間労働などの労働条件が影響していると言われています。
小口配送の急増により、今後さらに配送ドライバーの人手不足は深刻化することが予想されます。ここでも、デジタルを活用した物流DXによる解決が期待されています。
例えばソフトバンクが出資しているCBCloud株式会社では、フリーランスの配送ドライバーと荷主をマッチングするシステムを提供しています(※13)。この事例はUberのように荷主が依頼をかければすぐにドライバーとマッチングが可能。そのため迅速な配送が実現するというわけです。全国に26万人と言われるフリーランスドライバー。この人材を有効活用できるシステムが普及すれば、ドライバー不足の解消につながる可能性もあります。
またこの事例では、中間業者をはさまず直接荷主から依頼を受けます。そのため、フリーランスドライバーにとって単価が上がるメリットもあると言います。
4)燃料などのコスト高騰
物流業界で今後リスクとなりうるのが、燃料などのコスト高騰。原油価格は2020年の新型コロナの影響によって下落した時期もありましたが、過去に高騰する時期も何度かありました。さらに輸送・配送に必要なトラックやタイヤなどのコストも上昇傾向と言われ、物流業界全体でコストの値上がりが懸念されています。
こうした課題解決につながる物流DX事例のひとつが、Enevo Japan株式会社の提供するサービス(※14)。この会社では、積み荷の内容量を可視化できるセンサーを独自開発しました。さらに遠隔で監視できるシステムを構築しています。
このシステムによって管理者は最も効率のいい配送ルートをドライバーへ指示でき、燃料コストの節約が期待できます。現在さまざまな配送・回収サービス業者に導入されています。ある配送サービス事業を手掛ける企業ではこのシステムを活用し、新たな事業へ取り組むことも検討しているそうです。
他にも、産学共同で取り組む事例もあります。例えば佐川急便株式会社では、東京大学大学院などと共同で、AIや電力データを活用して再配達を減らす実証実験を行っています(※15)。
6.まとめ
新型コロナウイルス感染症の影響も大きく、海外輸送の減少や国内小口配送の急増などの課題を抱える物流業界。経済産業省が懸念する「2025年の崖」と言われる中、輸送や配送、在庫管理といった業務やビジネスモデルを変革させるべき時期が迫っています。
こうした中注目されているトピックが、AIなどを導入してビジネスやサービスを変革する「物流DX(デジタルトランスフォーメーション)」。あまりデジタル化を進めてこなかった企業こそ、物流DXで事業や業務プロセスを大きく変化できるチャンスがあるとも言えます。
一方で、「既存システムをどう変えていいかわからない」「ITやデジタルに詳しい人材がいない」という悩みを持つ方も多いようです。最近では、物流業界に特化したITコンサルを手掛けるところも出てきています。
社内だけで物流DXを推進するのは、やはり厳しいのが現実。スムーズに物流DXを実現するためにも、他社の事例も参考にしてどう進めるか早急に検討しましょう。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
■出典
※1:デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)(経済産業省)
※2:D X レポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(経済産業省)
※3:電子商取引に関する市場調査の結果|経済産業省
※4:国土交通省説明資料|国土交通省
※5:トラック運送業の現状等について|国土交通省
※6:時間外労働の上限規制について|厚生労働省
※7:IT 人材需給に関する調査|みずほ情報総研株式会社
※8:【コロナ禍の通販・EC市場】2020年は17%増の13.7兆円、2021年は10%増の15兆円超と予測(impress BUSINESS MEDIA)
※9:京セラが月2万円で実践した、現場主導のDXとは? − 巨大倉庫の棚卸業務プロセスを効率化した、ノーコードなアプリ活用(TECH+)
※10:物流分断・積載率低下、解決へ不可欠なIT活用とは(LogisticsToday)
※11:Logistics2030へ加速、NECが積載率可視化公開へ(LogisticsToday)
※12:トラック運送業の現状等について(国土交通省)
※13:ドライバーの労働環境と社会的地位を変える、物流版Uberの正体とは?(Future Stride)
※14:Enevoセンサーを活用した液体配送サービス【株式会社 FUKUDA様】(Enevo Japan株式会社)
※15:電力データとAIで宅配便の再配達を削減 佐川急便など実証実験(Response)