日本でもCo2など温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにする、いわゆる「カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現」を目指すことを政府が宣言しました。
あらゆる日本企業がカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現への対応を迫られています。
実際に大阪商工会議所が2020年に実施したアンケートでは、約2,400社のうち約7割が「今後カーボンニュートラルに取り組む必要がある」と回答(※1)しております。
工場をも持つ製造業に限らず、あらゆる業界で社会問題としてカーボンニュートラルへの意識が高まっていることがうかがえます。
最近はこうしたCo2などの温室効果ガス削減を、事業経営に取り入れる「脱炭素経営」に注目が集まっています。これは脱炭素経営によって、コスト削減など経営面でもさまざまなメリットがあるためです。
しかし専門知識が必要なこともあり、進め方がわからないという経営者の方も多いのではないでしょうか。そこで今回は脱炭素経営の基本的な考え方をはじめ、メリットや具体的な取り組み方について解説します。
1.脱炭素経営の定義と日本企業の取り組み状況
脱炭素経営とは、カーボンニュートラルの考え方を企業経営に導入することです。現在は世界レベルで脱炭素の動きが加速しており、あらゆる企業にとって避けられない課題となっています。
1)なぜ脱炭素が必要なのか
Co2などの温室効果ガス増加によって温暖化が進み、世界でさまざまな環境問題が起こっていることをご存知の方も多いでしょう。
例えば南極の氷が解けて海水が増え、将来低地が水没する予測もあります。
他にも気候変動によって環境が変わり、動植物減少や食糧不足、伝染病増加なども懸念されています。
温暖化に世界で取り組むための、国際的な枠組みとして知られるのがパリ協定です。日本を含む190以上の国が参加するパリ協定では、産業革命後の気温上昇を1.5度までに制限する努力を続けることを目標としています。
2)日本企業の取り組みは実は世界トップクラス
日本でも、パリ協定に基づきCo2など温室効果ガスの排出量を2030年までに46%削減、2050年までに実質ゼロを目指すことを宣言しました。
環境省が「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」を発行するなど、大企業・中小企業に関わらず脱炭素経営の推進に取り組んでいます。
脱炭素経営の実現でポイントとなるのが「TCFD」「SBT」「RE100」という3つの国際的イニシアティブです。国際イニシアティブとは、加盟企業がリーダーシップをとって課題に取り組むための基準や考え方のことです。企業はこうした国際的イニシアティブに加盟することで、世界と同じ基準で目標の設定ができるようになります。
<国際的イニシアティブの解説>
- TCFD
気候関連財務情報開示タスクフォースを意味します。
加盟企業に対し、気候変動関連リスクへの戦略やリスク管理の開示を推奨しています。 - SBT
科学的根拠に基づいて、企業が設定する温室効果ガスの排出削減目標です。
パリ協定が求める水準と整合している必要があります。 - RE100
事業に使うエネルギーの100%を再生可能エネルギー電力で賄うことを目標とする取組みです。
再生可能エネルギーとは、Co2などの温室効果ガスを排出せず
環境に配慮した太陽光発電や風力発電によるエネルギーを指します。
欧米と比べて脱炭素社会に向けた動きが鈍いと言われる日本ですが、3つの国際的イニシアティブに加盟する日本企業数は、実は世界でもトップクラスです。
2021年11月末時点でTCFDは世界1位であり、SBTはアメリカ、イギリスに次いで世界3位でした。RE100はアメリカに次いで世界2位です(※2)。
すでに多くの日本企業が目標を持ち、脱炭素経営を実現させている状況がわかります。
3)製造業を中心に脱炭素経営の事例が増えている
国内でも大手企業だけではなく、中小企業の脱炭素経営に取り組む事例が増えています。
環境省ではWebサイト上で中小企業版SBT・RE100取り組み事例を掲載、詳しい数値目標などを解説しています。
やはり目立つのは、工場などでのエネルギー消費量が多い製造業です。
例えば自動車部品の製造業を営む協発⼯業株式会社では、工場で利用するエネルギーを再生可能エネルギーに転換、SBT取得によりビジネスチャンスの拡大も狙うと言います(※3)。
製造業だけではなく、サービス業や情報通信業など他業種での事例もあります。
例えばITサービスを提供する株式会社ゲットイットの事例では、自社のIT製品を中古品に限定するなどの取り組みを行っています(※4)。
2.脱炭素経営に取り組む5つのメリット
脱炭素経営の実現を目指すとなると、新たな技術や設備を導入する必要があります。
こうなると経営面で負荷がかかるのも事実です。
しかし、企業経営にとって実はさまざまなメリットもあります。ここでは代表的な脱炭素経営のメリットについて、代表的な5つを解説します。
1)自社競争力の強化につながる
グローバル企業を中心に、取引先にも脱炭素経営を要求するケースが増えています。
例えばトヨタ自動車の事例では、2021年に前年より厳しいCo2排出量削減目標を主要取引先に要請(※5)しました。
こうした動きは今後も加速することが予想されます。 つまり脱炭素経営に積極的に取り組むことで、競合他社より優位に立てる可能性があり、新たな取引先からの受注につながるチャンスも広がるでしょう。
2)事業コストを削減できる
事業で発生するCo2排出量を削減するには、現在の設備や技術を見直し、効率の良いエネルギー利用にシフトする必要があります。
無駄な作業やエネルギー利用を減れば、光熱費や人件費といった事業コストの削減につながるメリットがあります。
3)知名度・信頼度が向上する
脱炭素は社会的にも注目されているため、先進的な取り組みはメディアで紹介される機会も多く、知名度や認知度向上につながります。
また2021年度から新設された「気候変動アクション環境大臣表彰」など、脱炭素経営企業向けの表彰制度も増えています。こうした表彰を受けられれば、さらに知名度が向上するはずです。
脱炭素経営企業として知名度や信頼度が上がれば、企業ブランディングにおいてもプラスになり、イノベーションに取り組む提携先が発掘しやすくなるなど、ビジネスに直結するメリットもあるでしょう。
例えば株式会社大川印刷は環境省の資料に掲載されたほかメディアでも取り上げられました。
その結果知名度が向上し、問い合わせや注文の増加につながったと言います(※6)。
4)社内の意識が向上する
博報堂が全国の生活者に行った調査によると、「脱炭素に関心がある」と回答した人は約6割でした。世代別では特にZ世代(男女15~24歳)で関心が高いと言います(※7)。
つまり脱炭素経営を推進することによりイメージアップとなり、新たな人材の確保につながりやすいメリットがあると言えるでしょう。
またこうした意識の高まりを考えると、脱炭素経営に取り組むことで社員のモチベーション向上効果も期待できます。
また社員全体でビジョンや目標を共有できれば、新たな技術や人材に積極的な風土が生まれるメリットも想定できます。
5)資金調達がしやすくなる
脱炭素経営によって、資金調達がしやすくなるメリットもあります。
例えば日銀は2021年、脱炭素化に取り組む企業に投融資を行う金融機関に対し、優遇策を検討することを公表しております。すでに一部の金融機関では、脱炭素経営を実践する企業に金利の優遇を行うところも出てきております。
さらに脱炭素の成果にあわせて金利が変わる商品も登場しています。 また脱炭素経営に取り組む企業に向けた支援制度も増えてきました。
例えば経済産業省では、対策費の一部を助成する「先進的省エネルギー投資促進支援事業費補助金」を2021年度に設けています(※8)。
また神奈川県の「自家消費型太陽光発電等導入費補助金」など、自治体が太陽光発電など再生可能エネルギー導入を助成するケースもあります(※9)。
3.脱炭素経営の基本的な進め方と計画ポイント
脱炭素経営に取り組むと言っても、知識やノウハウがなければ何から手を付けていいかわからないケースも多いでしょう。
企業規模や事業内容によって手順や利用する技術は大きく異なります。
ここでは環境省の資料(※10)をもとに、中小企業が脱炭素経営に取り組む一般的な流れとポイントを解説します。
1)自社の温室効果ガス排出量を把握する
脱炭素経営の基本は、事業で排出するCo2など温室効果ガスの削減を目指します。事業計画と同じように、削減計画や目標数値を設定する必要があります。
計画を立てるためにも、まず現状どのくらい自社がCo2などの温室効果ガスを排出しているか把握しましょう。温室効果ガス排出量の算定や報告するには、世界基準である「GHGプロトコル」を利用するのが一般的です。
上記で述べた国際的イニシアティブであるSBTやRE100においても、GHGプロトコルに基づいたルールを制定しています。GHGプロトコルでは、自社だけではなく取引先のCo2排出量も算出します(これをサプライチェーン排出量と言います)。
サプライチェーン排出量では、scope(スコープ)という単位で考えます。
Scope(スコープ)は、以下の3つに大別されます。(※11)
- scope1:自社の直接排出
- scope2:他社から購入した電力による
- scope3:1、2以外(輸送など)にかかる排出
大きく自社のCo2排出量を把握するだけではなく、取引先の事業における排出量も把握する必要があるということです。つまり一般企業にとって、この排出量の把握というのは非常にハードルが高いと言えます。
そこで政府の支援策を活用したり専門機関へ相談したりするなどの方法を検討しましょう。最近では、温室効果ガスの可視化ができるクラウドサービスも登場しています。
2)脱炭素化に向けた計画を策定する
現状のCo2排出量が可視化できたら、自社で取り組めることを洗い出し、いつまでにどれくらい削減するかの計画を策定します。
脱炭素の取り組みは「省エネ」と「再生可能エネルギーの活用」の2つがメインです。
省エネは比較的取り組みやすいものの、それだけでは大幅なCo2排出量削減にはつながりにくいでしょう。
そのため、新たな技術を利用し、太陽光発電や水素発電など再生可能エネルギーへ転換することが必要です。環境省の資料においても、脱炭素経営を実現するには「短期的な省エネ対策」「長期的な視点でのエネルギー転換」「再生可能エネルギーの調達手段検討」という3つがポイントと解説しています。
最終的には削減目標と期間、実現にかかる投資コスト、想定されるランニングコストの変動(光熱費など)をまとめ、計画に落とし込みます。
計画立案において、国や自治体で設けている支援策を利用するのも有効です。
例えば山形精密鋳造株式会社では、設備投資計画を立てるとき中小企業向けの省エネ等診断事業が役立ったと言います(※12)。
3)計画に基づきPDCAを回す
策定計画に基づいて実施した後は、PDCAサイクルを回し改善を図っていくステップに入ります。実際に取り組んでみると、現場で想定以上の負荷がかかったなどさまざまな問題が発生することもあります。
他にもより効率的な新技術が出てきたり、法制度の改正が行われたりする可能性もあります。
脱炭素経営のメリットを享受できるよう、状況にあわせて計画を見直しましょう。
4.まとめ
気候変動対策という世界レベルの社会問題に対して、すでに多くの日本企業が脱炭素経営に取り組んでいます。
今後日本政府もカーボンニュートラルに向けて、社会全体での対策強化をより一層推し進めることが予想されます。
製造業だけではなく、あらゆる企業にとって今後も重要な経営課題となることは間違いありません。しかし短期的な省エネ対策だけでは、脱炭素経営は実現しません。
10年先、例えば2030年までにどう経営していくかという中長期の計画が必須です。
こうなると社内での対応には限界があり、他社との協業や外部リソースの活用がポイントになってくるでしょう。
(株式会社みらいワークス フリーコンサルタント.jp編集部)
出典 ※1:「カーボンニュートラルに対する企業意識に関するアンケート調査」 結果について(大阪商工会議所)
※2:企業の脱炭素経営への取組状況(環境省)
※3:中⼩企業等向けSBT・再エネ100%⽬標設定成果報告 2020年度(協発⼯業株式会社)
※4:中⼩企業等向けSBT・再エネ100%⽬標設定成果報告 2020年度(株式会社ゲットイット)
※5:中小の“脱炭素化”促すトヨタの本気度。サプライヤーにCO2削減要請(株式会社日刊工業新聞社)
※6:中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック(環境省)
※7:博報堂「生活者の脱炭素意識&アクション調査」【①意識篇】日本の生活者脱炭素意識はどの程度浸透しているか?2021年9月調査結果(株式会社 博報堂)
※8:先進的省エネルギー投資促進支援事業費補助金(資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 省エネルギー課)
※9:令和3年度自家消費型太陽光発電等導入費補助金(神奈川県)
※10:中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック(環境省)
※11:【簡単に解説】GHGプロトコルの概要(株式会社スマートテック)
※12:中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック(環境省)