現在多くの企業が、刻一刻と変化する社会に適応すべく、新たな事業アイデアを生み出し新規ビジネスを立ち上げて収益力を高める必要に迫られています。しかし、新規事業の立ち上げ経験が少なくノウハウをもたない企業では特に、事業アイデアの検討からビジネスのマネタイズまで、さまざまな場面で困難が生じがちです。
本記事では、新規事業の立ち上げ経験はもちろん、新規事業の立ち上げ支援に関しても豊富な経験をもつプロフェッショナル監修のもと、事業アイデアを考えるアプローチとしてのプロダクトアウトとマーケットイン、それぞれの流れ、事業を成功へ導くためのポイントについて解説します。
1.プロダクトアウト型とマーケットイン型とは?
会社として新規事業を創出する際には、商品・サービスを開発する必要があります。そのアプローチとしてよく知られているのが「プロダクトアウト」と「マーケットイン」という考え方です。
1)プロダクトアウト
「プロダクトアウト」とは、企業の有する技術や資源、既存事業などを活用して商品・サービスを開発する、あるいは「会社としてこういう製品・サービスを開発したい」と発想する方針をもとに商品・サービスを開発するというアプローチです。
プロダクトアウト型の商品・サービスは、「企業が得意とするもの」「企業がすでにもっている技術や資源」が起点となっているというのがその特徴です。
2)マーケットイン
「マーケットイン」とは、市場で求められているもの、顧客のニーズに応えて商品・サービスを開発するというアプローチ。つまり起点は、顕在化している市場や顧客のニーズにあります。 開発者やその周囲の人、あるいは目の前のお客様の困りごとを起点としてその課題を解決するような商品・サービスを開発することが多いです。
3)プロダクトアウトかマーケットインか
戦後から高度成長期にかけての日本では、外国技術から取り入れた技術をもとにしたプロダクトアウト型の商品・サービス開発が主流でした。その後、市場が成熟して商品やサービスが飽和状態になると、消費者のニーズを重視したマーケットイン型の商品・サービス開発が盛んになりました。こうした流れもあって「プロダクトアウト型は古い」と言われたり、市場・顧客のニーズを重視している点から「マーケットイン型の考え方が優れている」といった言説が聞かれることもあります。
しかし、プロダクトアウトとマーケットインは、起点が異なるだけで、どちらも結局はプロダクトマーケットフィットさせなくてはいけないという点で同じです。また起点に関しても、マーケットインが「すでに顕在化している市場や顧客のニーズに応えるもの」であるならば、プロダクトアウトは「市場や顧客の潜在的なニーズに応えるもの」であるというとらえ方もできます。こうした点からも、どちらがいい悪いで語られるべきものではなく、重要なのは自社の事業開発において適しているアプローチを選択することです。
2.プロダクトアウトによる事業創出の流れとポイント
プロダクトアウトのアプローチで事業アイデアを生み出し新規事業を創出する際は、一般的に以下のような流れが採用されることが多いです。
- 自社が有する技術やリソースを棚卸しし、強みとなるものを特定する
- その技術やリソースが、誰の何の課題を解決できるのか、商品・サービス案を具体的に仮説構築する
- 実際にMVPを用いて顧客に仮説検証し、その課題に対して現状対策をしているようなアーリーアダプターを特定し、現状対策を上回るソリューションを提示する
- 商品・サービスの改善と魅力の普及を図るターゲットを市場のメインストリームへと拡大し、顧客を最大化する
プロダクトアウトのアプローチで開発した商品・サービスは、企業の強みを生かすことができ、ユニークな商品やサービスを生み出しやすいというメリットがあります。市場や顧客の潜在的なニーズを掘り出すことができれば、競合のいない新たな市場を創出できるチャンスもあります。しかし、確実にニーズを掘り起こせるとは限らず、顧客が見つからないというデメリットが挙げられます。こうした特性を生かし、事業アイデアの創出から新規事業の成功へとつなげるためには、以下のようなポイントをおさえておく必要があります。
1)自社の強みを徹底的に分析する
さまざまな業界で技術は日々進歩しており、商品・サービスは多様化しています。そういう状況のなかで、プロダクトアウト型の商品開発で事業を成功へと導くためには、ただ単にいい商品・サービスを開発するだけでは不十分です。
顧客がこれまで得たことのないような体験をできるような商品開発、市場や顧客が思いつきもしなかったイノベーションを起こせるような商品開発——。こうしたものを可能にするためには、会社としてすでにもっている技術や資源を徹底的に分析し、自社の強みを明確化して把握することが不可欠です。
2)“尖った”商品開発を目指す
多くの顧客を獲得し大きな利益を得るために、より広いターゲットを狙って“万人受け”する商品・サービスにしようと考えることもあるかもしれません。しかし、せっかく独自の技術や資源を活用して商品開発しているのに最初から“万人受け”を目指すと、その独自性が薄れ、潜在的なニーズに訴えかけるような価値を見出しづらくなってしまうこともあり得ます。
後述するように、プロダクトアウトのアプローチであっても、市場や顧客の存在を考えそこにフィットする商品・サービスにしていくプロセスは欠かせませんが、その商品・サービスがもつユニークな価値を毀損しないことも大切です。
3)アーリーアダプター=初期の顧客を獲得する
スタンフォード大学のロジャーズ教授が提唱した「イノベーター理論」では、商品・サービスを採用する消費者を採用(購入)の早い順に「イノベーター(革新者)」「アーリーアダプター(早期採用者)」「アーリーマジョリティ(前期多数採用者)」「レイトマジョリティ(後期多数採用者)」「ラガード(採用遅滞者)」と分類しています。
この2番目の「アーリーアダプター」は流行への感度が高く、その課題に対して現状対策をしています。そのため、その現状対策の不満を解決し、現状対策を上回る価値を持った商品・サービスを提供できれば、積極的に新しいソリューションを受け入れてくれます。
それまで市場にあまりなかったような画期的な商品・サービスは、最初は高額であることも珍しくありません。ここで初期の顧客を確実に獲得するためには、「それでも欲しい」というニーズをもつアーリーアダプターを見つけることが重要になってきます。
また、アーリーアダプターは発信力が高く、商品の魅力をSNSなどで拡散するインフルエンサーになってくれることも。プロダクトアウトのアプローチで新規事業を創出する際には、アーリーアダプターを顧客として獲得することを念頭に置いて進めましょう。新規性が合って面白いプロダクトであれば、どこかにそれを欲している人がいるはずです。アーリーアダプターを見つけるのは当初の想定と異なっていたりして苦労しますが、必ずどこかにいると信じて、顧客視点に立ってそのソリューションが解決できる切実な課題を探し続けて下さい。
3.マーケットインによる事業創出の流れとポイント
マーケットインのアプローチで事業アイデアを考え新規ビジネスの創出を進めていく際の一般的な流れは以下のとおりです。なお、市場・顧客の課題やニーズを把握するプロセスと、ターゲットを設定するプロセスは、順序が逆になることもよくあります。
- 市場分析などを通じて、市場や顧客の課題やニーズを把握する
- ターゲットとする市場・顧客を決める
- ターゲットとした市場・顧客の課題解決やニーズに応える商品・サービスを開発する
マーケットインのアプローチで事業アイデアを検討し新規事業を立ち上げる際には、次のようなポイントに留意しましょう。
1)何故今無いのか、何故自分たちはできるのか考える
マーケットインのアプローチは、存在が明らかとなっている課題や確実なニーズに向けて商品を開発するため、あらかじめその需要を見込むことができます。したがって売り上げや収益の予測がしやすく、事業失敗の危険性を下げることができるという点がメリットです。
しかし、ニーズが明確であるにも関わらず、なぜ今そのソリューションが世の中に無いのでしょうか?実現に課題があるのではないでしょうか?何故それを御社が乗り越えられるのでしょうか?環境が変化して新たな市場が生まれていることを示し、それに対して自社の強みが活かせることを示すことが重要です。
2)ニッチだけど拡大できる市場が狙い目
非常に大きなマーケットを持つがソリューションに課題があるか、まだ誰も気づいていないが、小粒なマーケットであるかのどちらかがほとんどです。前者でそれを解決できる強みを御社が提供できるならばそれは素晴らしいことですが、後者のケースが多いです。
例え最初のマーケットは小さくても、その先にあるまだ気づかれていないマーケットに展開できるというスケーラビリティを説明することが社内を説得する上で重要です。
3)ここはぶらさないという“軸”をもつ
マーケットインのアプローチでは、開発担当者の周囲や身近なお客様の抱える課題から「この課題を解決する商品・サービスとは?」と発想したり、市場調査を通じて市場としての課題や開拓の可能性を見出し、そこから事業アイデアを検討したりします。
しかし、市場の直近の状況や顧客の足元のニーズを大切にするあまり、短期的なブームや「あれも欲しい、これも欲しい」といった消費者ならではの発想に左右されてしまうと、会社として開発する新たな商品・サービスの軸や、業界に参入する意義を見失ってしまいかねません。そうならないよう、自社ならではの“軸”や“強み”も意識して商品開発にあたることが大切です。
4.新規事業を成功へ導くためのポイント
「事業アイデアを考えて新規事業を立ち上げたものの、その後の黒字化がなかなか達成できない」という悩みを抱える会社は少なくありません。最後に、新規事業を成功へ導くために理解しておきたいポイントについて解説します。
1)提供価値が一番重要
新規事業の基本は、プロダクトアウトであれ、マーケットインであれ、「誰の」「何の課題を」「どうやって解決するか」が一番重要です。更に深ぼると、その課題に対してどんな代替手段があるか、その代替手段に対する不満は何かも重要です。本当に切実な課題に対しては、必ず何か対策しています。
顧客のニーズを捉え、競合が提供できていない部分を把握し、自社で提供できる部分、そこが提供価値となります。
2)やっぱり一番重要なのは、チームが何を成し遂げたいか
技術・商品起点のプロダクトアウトにしても、市場・顧客起点のマーケットインにしても、商品・サービス(プロダクト)を市場・顧客(マーケット)にフィットさせていく「プロダクトマーケットフィット」は不可欠です。自社の技術や資源を生かすプロダクトアウトのアプローチをとったとしても市場や顧客を無視していいわけではなく、その商品・サービスを投入するマーケットを見つける必要があるのです。そのため、プロダクトを開発してからマーケットを探す場合でも、当たりをつけたマーケットに向けてプロダクトをちょっと変えて調整するという作業は多々生じます。
他方、まずマーケットを見つけてからプロダクトを開発する場合でも、開発したプロダクトにより適したマーケットがあればターゲティングをそちらに向けて調整することになります。 起点がプロダクトベースであってもマーケットベースであっても、さまざまな仮説を立てそれを検証をするプロセスを繰り返すなかで、ピボットすることはよくあることです。
ただ、プロダクトもマーケットも変えてしまうと “軸”を見失ってしまって何がしたかったのかよくわからなくなってしまいますので、明確なビジョンをもって“軸”を見失わずにプロダクトマーケットフィットを実現しましょう。
3)小さく始めて検証を繰り返す
こちらは新規事業のマネージャーに対してとなりますが、打者に打率10割を目指すべきではありません。打者はもちろん全力で打席に立つべきですが、結果に全てを求めすぎてはいけません。初めて新規事業の打席に立つ人に、いきなり場外ホームランを初打席で求めているケースをよく見かけます。
3年で100億円の新規事業を何か出せと命令を下す(具体的なプランがあれば別ですが)よりも、アイデアコンテストには100人応募してもらって、20人が通過し、その中から3件を事業化検討し、1件を事業化する、など現実的にできそうなレベルから始めることが良いと思います。
一番重要なのは、チーム毎にしっかりと事業計画とKPIを自分たちで定めさせて、どこまで行ったら良いのか、どこまで行かなかったら撤退すべきなのか、自分達で判断する、自律的な新規事業の仕組みだと思います。 スタートアップでは、シードステージ、シリーズAステージ、シリーズBステージと判断基準が徐々に明確になってきているように、大企業内でも徐々にステージゲートシステムが浸透してきています。
自社内でしっかりとしたステージゲートシステムを作っていくことが重要だと思いますし、もし無いのであれば、外部の知見を使ってみることも良いかと思います。
5.まとめ
現代は社会の変化が著しいうえに、ここ数年は新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響を受け、会社や個人事業主が既存ビジネスだけで生き残っていくことは容易ではありません。多くの会社や個人事業主が、新規事業の創出にその活路を見出しています。 しかし、新規事業の立ち上げ経験が少ない企業や、会社としての体力に余裕がない場合などでは、そもそも新たなビジネスのアイデアをどのように生み出すかというところからノウハウがなく困難がつきまといますし、人・時間・資金といったリソースを投じても新規事業には失敗がつきものです。
だからといって新規事業に乗り出すのを踏みとどまっていては企業の存続が危ぶまれますし、必要以上に長い期間をかけて90点のプロジェクトを95点にするようなことばかりをしていては、新規事業の効果を最大化することができなくなってしまいます。
新規事業の創出において大切なポイントを野球にたとえれば、「とにかく打席に立って、バントでも何でもいいからボールを前に飛ばしてみること」。打席に立ってバットを振らなければ、ホームランを打つことはできないのです。
スタートアップのマネジメント論として有名になったリーンスタートアップの「リーン」は「無駄がない」という意味です。基本の考え方である「Fail fast, fail cheap(早く安く失敗する)」を実行し、改善を積み重ねることが、結局は無駄のない事業の創出につながるのです。
善積 真吾(アイデアを形にすることを得意とするプロ人材) 慶義塾大学理工学研究科(修士)卒業後、2005年ソニー株式会社へ入社。 新人研修で全自動カメラロボット「Party-shot」を発案し、ボトムアップで商品化。特許出願約30件。その経験を元に、全く新しい事業を生み出すには技術だけでなく経営を学ぶ必要性を感じ、アントレプレナーシップに強いスペインのIE Business SchoolにてMBAを取得。 帰国後、ソニーの新規事業創出プログラムのオーディション立ち上げに参画。そのプログラム内で成功するプロジェクトを生み出したいと、プログラミング学習キット「MESH」や柄の変わる時計「FES Watch UL」の事業開発、海外展開、設計開発リーダーを経験。 Sony Startup Acceleration Programでプロデューサーとして、100チーム以上の大企業・ベンチャー・大学・NPOの新規事業立ち上げ支援(アイデア創出から事業化までの伴走)。 2020年「ローカルの魅力を創り、広める」をコンセプトに鎌倉で株式会社カマン創業し、現職。その他、起業支援拠点「HATSU鎌倉」事業支援メンター、東京大学 社会連携講座 「IGNITE YOUR AMBITION」メンター。