Profile

株式会社サイバーエージェント 取締役人事統括
曽山 哲人 氏

1974年、神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部英文科卒業。1998年4月、新卒で株式会社伊勢丹(現・株式会社三越伊勢丹)に入社、紳士服販売とともに通販サイト立ち上げに参加。1999年4月、社員数20人規模であった株式会社サイバーエージェントにインターネット広告の営業担当として入社。営業部門統括を経て、2005年、人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年、CA独自の取締役交代制度「CA8」で取締役に選任され、3期6年務める。2014年より執行役員、2016年から取締役に再任、以降現職で人事採用・人材育成の活性化に取り組む。2016年10月からは、子会社である株式会社CyCASTの代表取締役社長を兼任し、人事担当者向けコミュニティ「HLC」の運営に携わる。主な著書に『強みを活かす』(PHPビジネス新書)、『クリエイティブ人事:個人を伸ばす、チームを活かす』(光文社新書)がある。

※役職は、インタビュー実施当時(2018年7月)のものです。

◆株式会社サイバーエージェント◆
1998年設立。インターネット広告事業を中心に急成長を遂げ、2000年東証マザーズ上場、2014年東証1部への上場市場変更。現在は、国内トップシェアを誇る「インターネット広告事業」に加え、Webサービス「Ameba」やインターネットテレビ局「AbemaTV」の運営を行なう「メディア事業」、さまざまなスマートフォンゲームを提供する「ゲーム事業」を主軸にさまざまな新規事業を展開。「インターネット総合サービス企業」としてインターネットという成長産業に軸足を置き、時代の変化に合わせた新たなサービス、新規事業を生み続け会社を拡大している。子会社数は約100社、連結役職員数は4576人(2018年3月時点)。

サイバーエージェント(以下、「CA」)といえば、インターネットという舞台を軸にさまざまな事業を手がけて業界をリードし続ける存在です。1998年の創業当時から現在に至るまで主力事業となっているインターネットの広告代理事業を皮切りに、スマートフォンゲーム市場への参入などの新規事業も積極的に展開。インターネットテレビ局「AbemaTV」の提供開始も記憶に新しいところでしょう。CAが歩むその足跡の数々は、常に話題を集めています。

いまや連結社員数は4500人を超え、組織としても成長の一途をたどっているCAにも、かつては離職率が30%を超え人材がなかなか定着しない“暗黒時代”があった——。そう語るのは、CAで人事を統括している取締役の曽山哲人さんです。曽山さんに、“暗黒時代”からの転換や、CAのユニークな人事制度についてうかがいました。

「人事強化」の意思決定で離職率3割の“暗黒時代”を脱する

御社は人材活用や人事関連の分野で先進的な取り組みをしていらっしゃいます。人事制度や働き方についてはいつ頃から意識されていたのですか。

曽山さん(以下、敬称略):一番大きい分岐点になったのは、創業から5年経過した2003年です。ここで初めて役員が合宿し、さまざまな意思決定を行ないました。CAが掲げる「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンもこの時に決めましたし、新規事業プランコンテストや数々の人事制度もここで生まれました。その意思決定の一つが「CAは人事を強化する」というものでした。

CAは1998年に設立して2000年に東証マザーズに上場しましたが、そこから2003年までの間は、組織としては“暗黒時代”。他社のフォーマットを模倣した目標管理制度や毎月の締め会での社員表彰はありましたが、本格的な人事制度はなく、離職率は3年連続で3割オーバー。200人採用しても100人近く辞めていくような状況が続いていたのです。従業員数全体では増えているものの辞めてほしくない人に辞められてしまい、売り上げは拡大していたものの先行投資が続き、赤字の状況が続いていました。そういう状態、組織を問題視して、手を打たなければということになったのが、2003年の役員合宿であったわけです。

人事を強化するという意思決定に基づいて決められたアクションが少しずつうまくいくようになると、会社の離職率が劇的に下がるようになりました。そこで今度はそのスピードをさらに上げようということになり、人事部門を強化すべく、2005年に経営直轄の人事本部として独立・格上げすることになったのです。2003年から2005年当時、社員数は500人から1000人規模に拡大していました。

曽山さんはいつから人事の担当を?

曽山:私は1999年にCAに中途入社して、法人営業を担当していました。2003年の役員合宿の当時は営業の副責任者で、2005年には営業部長を務めており、人事本部が設立されるという話が挙がったときに人事本部長を打診されました。それが僕の人事担当としての仕事の始まりです。

離職率が下がった一番の決め手は何だと思いますか。

曽山:さまざまな制度で社員の関係性が良くなったこと。これに尽きると思っています。たとえば、2003年から始まった「懇親会支援制度」では、部署の上司やメンバー同士でランチや飲みに行くときに、月1回、1人あたり5,000円の費用を会社が負担します。これによって社員の交流が増え、仕事以外の場での関係もとても良くなりました。一定人数が集まって行なう活動に対して月額1,500円を上限に活動費を支給する「部活動支援制度」もあり、こうした活動からも横のつながりが生まれて、人同士の交流が促進されています。

悩んだときに相談相手がいるかどうかというのは、とても大事なことです。上司に悩みを相談するという選択ももちろんあると思いますが、選択肢が“縦”だけではなく“横”にも“ななめ”にもあるというのが大事だなと実感しています。人事制度がお互いをリスペクトし合える関係をつくることにつながり、縦横無尽の人間関係を構築しやすくなったことが仕事のしやすさにつながったのではないでしょうか。

 

形骸化した制度は残さない。止めるべきものは「止める」と言える経営を

さまざまな制度を生み出している御社ですが、反対に、ある段階で止めた制度があったら教えてください。

曽山:『ジギョつく』と呼ばれていた新規事業プランコンテストは、2003年から始めて十数年で止めました。これは私が運用責任者を務めていて、止めることも私が提案しました。

制度を止めるというのは判断が難しく、なかなか簡単にできることではないと思います。

曽山:私が人事本部長になったとき、最初に藤田(晋社長)から言われたのは「うまくいってない制度はどんどん止めて」ということでした。「制度はうまくいかないものもある、そういうのはどんどん止めていこう。そうしないと新しいことができないよ、人のキャパには限界があるのだから」——と。『ジギョつく』は、手を挙げて新しい事業を提案するような良い人材が見つかるという点ではすばらしく機能しましたが、肝心の“良い事業”を見つけることができなかったのです。

それに、形骸化した制度を残し続けるのは、会社にとって本当に良くないこと。社員に「何を決めてもまた形骸化するのではないか」と思わせたらうまくいくものもいかなくなりますし、意味のないことをし続ける経営だと思われるのも悪影響です。とはいえ、その制度を活用していた社員には既得権益が生まれていますし、なくすことで不安になる人が出るかもしれない。制度を止めるというのはとてもこわいことです。

残念ながら効果が出なかった制度、もう必要がなくなった制度、形骸化していて意味がなくなっている制度を整理するための『捨てる会議』が社員の提案によって実施されることになりました。役員と社員でチームを組んで、議題に挙がった制度を止めるかどうかを議論したのです。

その結果、『捨てる会議』では『ジギョつく』も含めた約30の制度が終了すべきであると判断され、役員会での最終決議を以って終了に至りました。「止める」ということをきちんと言えるのは大事なことであると身をもって感じました。

『ジギョつく』では、すぐれた人材が見つかるというメリットのほかにも何か影響はありましたか。

曽山:『ジギョつく』があったことで、『あした会議』という業績拡大につながる新規事業創出の仕掛けが生まれました。これは役員と社員がチームを組んで新規事業を提案するというもので、とても良い制度になりました。『あした会議』は2006年から開始して年に1~2回開催されていますが、そこで生まれた子会社は約30社、そこから創出された売り上げはおよそ1000億円、営業利益も100億円にのぼります。これらをゼロからつくることができました。現在CAの利益の柱の一つになっているスマートフォンのゲーム事業も、2009年の『あした会議』での提案から生まれたものです。

『あした会議』は、役員が旗振り役となっているのがキモです。役員には、事業を興す上での“目の付けどころ”がわかっている武器があります。チームを組む社員にも良い経験になりますし、参加したチーム間で1位からビリまで点数で序列がつくというところもポイントだと思います。

 

「セリフメソッド」で現場に対する肌感覚をもつ人事になる

新しい人事制度をつくる際に留意していることがあればうかがえますか。

曽山:撤退ラインをあらかじめ設定しておくことです。新しい制度を実施する際には、成功するイメージをもって運用を開始しますが、それでも失敗することはありえるものです。その時に「こういう状態になったら止めよう」という“引き際”を決めておくのです。たとえば、新規事業プランコンテストを実施するとしたら、「提案が何件に届かなかったら失敗と認めて、止めるか別の形に変えよう」というような“引き際”が考えられます。

ただ、人事制度には成果を定量的に測ることができないものもあります。事業であれば売り上げや利益などのKPI(重要業績評価指標)を設定しやすいですが、人事制度の場合はそうはいかないこともあります。そういう時には、「セリフメソッド」を使って成果を測ることがあります。

「セリフメソッド」は、数字だけで定量的に評価するのではなく、言葉(セリフ)で定性的に評価する手法です。簡単にいえば、経営陣や上長からほめるセリフが出てくれば「OKの評価」という要領です。先に挙げた新規事業プランコンテストの例で、提案件数で評価する方法では制度の本質的な成果を測ることができないと考えられる場合、提案件数ではなく事業化件数をKPIにするという選択肢もあると思いますが、経営陣がコンテストに対して「今回のコンテストで子会社にできそうなものいくつもあったね」とコメントしたら「成功」と評価する、という選択肢もあるわけです。

「セリフメソッド」を取り入れたきっかけは?

曽山:「セリフメソッド」を最初に試してみたのは人事本部内でのマネジメントにおいてでした。私はもともと営業ですから、定量的な業務目標を決めるのもそれに対して評価されるのも当然のことと理解していましたが、人事本部ではメンバーから「目標なんて決められない」と反応されることが意外と多かったのです。確かに、人事の仕事は非常に定性的ですから、メンバーの心情もわかります。それなら、「僕が“この労務のシステム、とてもよくなったね”というセリフを月末に言ったら、目標達成ということにしよう」としてみました。

すると、メンバーからホウレンソウ(報告・連絡・相談)が格段に増えたのです。それまでの人事メンバーには業務目標がなかった分、ほめられるということがあまりありませんでした。しかし、「セリフメソッド」を用いた目標設定と評価を始めたら、その仕組みを通じてほめられる機会が生まれ、それがひとつのモチベーションになったのです。それから格段に仕事がしやすくなりました。

もうひとつ、ほめるセリフを目標にしようとすると、「この制度をつくると、誰が嬉しいと感じるか」「誰からどのようなセリフが出てきたら、その人が『嬉しい』と感じていると評価できるか」といったことを徹底的にイメージすることになります。そのプロセスを踏むことで、マーケティングにおけるペルソナ設定のように、制度をつくるときにも具体的な「誰か」の顔を思い浮かべることができるようになるのです。

そうして「彼、彼女たちからこんな風に言われたらいいよね」という方向に制度設計して、実際にほめるセリフが出てくれば、職場に良い風土が生まれる。人事担当者も、会社の現場に対する“肌感覚”を持った人事になることができます。

 

経営課題解決のアクションとして制度をつくり、成功事例を増やす

人事制度や働き方を考える際には、売り上げやイノベーションを興すための仕組みとどのようにリンクさせて考えていらっしゃいますか。

曽山:私たちが人事制度をつくるときには、必ず経営課題から入ります。たとえば、「新規事業が全然生まれていない」「新規事業の創出がなければCAは成長しない」という経営課題があったとします。これを解決するために「それなら新規事業がたくさん生まれる風土をつくろう」ということになり、それを実現するための仕組みを考えることになる。

つまり、人事制度は、経営課題を解決するためのアクションです。結果的に、業績や色々なものがあとからリンクしますが、制度をつくる段階ではシンプルに「経営課題を解決するために何をすべきか」ということを考えています。

そうした数々の取り組みが人の離職を食い止め、最終的に業績も上がっていきました。他社からみれば、「自社も風土を変えたい」「見習いたい」と思うことも多いのではないかと思います。

曽山:カルチャーを変えたい、働き方を変えたい、企業文化や風土を変えたいという場合に「セリフメソッド」を使うならば、目標は“社員のセリフ”で設定したほうが良いです。さらに言えば、入社1年目の社員のセリフがとても大事です。

入社1年目の社員は一番ピュアですし、一番会社のリアルを知っています。そんな1年目の社員から見て、新規事業を立ち上げやすい企業風土だと思えるか、夢を感じられる制度になっているか——。1年目社員の体感でわかることは多いです。聞き方が誘導にならないよう気をつけないといけませんが、その体感を確かめる機会は意識して持った方が良い。私もそうしています。

風土や働き方を変えるためにもうひとつできることは、“事例を増やす”ことです。ほめるセリフをもらえた人が増える、評価された制度設計が増える、制度を使って働きやすくなった人が増える・・・と事例が増えていくと、「成功させればちゃんと良いことがあるのだな」という実感が広まり、それがモチベーションになります。

働き方改革といって働き方を変えようとしても、それでマイナスの影響が出やしないかと不安に思う企業も少なくないと思います。そこで、働き方を変えて成功したという事例が増えれば、「働き方改革で本当にチャンスを生み出すことができるのだな」と思えるでしょう。口だけではなく、目に見えるようにするのは大事なことなのです。

◆◇後編:“挑戦”するためには“安心”が必要。仲間が長く働ける「実力主義型終身雇用」を目指す◇◆