「地銀や信金による人材紹介サービス」が地方創生の肝となる訳
2023.5.23 Interview
地方銀行や信用金庫など地域金融機関は、地域経済の衰退を食い止めようと生産性の向上、運営立て直しのための環境整備など地方創生に取り組んでいます。なかでも、人口減少や少子高齢化の影響で生産年齢人口が減り続けることによる労働力不足は大きな課題です。この課題解決のため「都市部プロ人材」を活用することについて、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局の笹尾一洋氏、群馬銀行の北爪宗之氏、東濃信用金庫の竹下浩司氏に聞きました。
(2月6日のプロフェッショナルの日に開催した「プロフェッショナルの祭典2023」トークセッションより)
国も支援する地域金融機関による人材マッチング
地域の金融機関が地元企業に人材を紹介するーーこのこと自体を疑問に思う人もいるかもしれない。実は2020年度から「先導的人材マッチング事業」として、地域金融機関等が地域企業の人材ニーズを調査・分析。紹介事業者と連携して、人材マッチングを行う取り組みに補助金を出すなど国は支援を行なっている。予算10億円でスタートした事業は2022年度には予算28億円にまで拡大しており、全国で100を超える地域金融機関が、3年間で累計4000件超の人材マッチング成約に関わっている。
みらいワークスが2022年9月に行った首都圏大企業管理職に対する「地方への就業意識調査」では、半数以上が地方の企業で働くことに関心を示している。コロナ禍を経て価値観が変化し、都市部で暮らしながらリモートでさまざまな地域の中小企業の仕事を請け負う副業に興味を持つ人が一気に増えたという背景もある。「地方に関心がある都市部のプロフェッショナル人材がいて、そういった都市部の人材を必要とする地域の中小企業がある。これらのマッチングでは、地域金融機関だからこそできることがある」と、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局企画官の笹尾一洋氏はみている。
地方にDXを推進できる人材がいないという難題
帝国データバンクが全国1万社を対象に2022年9月に行なった「DX推進に関する企業の意識調査」の結果を見ると、大企業では26.6%、従業員が1000人超の企業では約半数の企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉の意味を理解し取り組んでいる。一方で、小規模企業や従業員数5人以下の企業で、言葉の意味を理解し取り組んでいるのは1割以下。取り組むうえでの課題としていちばん多く挙げられたのは、「対応できる人材がいない」ことだった。
地域の中小企業ではアフターコロナで落ち込んだ業績をなんとかするため、目の前の売り上げ確保で手一杯な状態が続く。ただ、未来に向けた事業改革も喫緊の課題だ。事実、「DXや海外販路開拓など、従来の業務の延長線上にはない事業を構築したいと考えている地元企業は多い。ただ、根深い経営課題を解決しようとすると社内の人材だけでは難しい。都市部のプロ人材が必要になる」と、東濃信用金庫常勤理事とうしん地域活力研究所長の竹下浩司氏は現状を語る。
社内にDXに対応できる人材がいなければ副業や兼業で働く外部の人材をうまく活用するしかない。とはいえどうやって信頼できる外部人材を探せばいいかわからない……。「そういった地域の中小企業にとって、長い付き合いのなかで信頼関係を構築している地域の金融機関が間に入ってのマッチングは安心感がある」(内閣官房・笹尾氏)。
群馬リサイクル事業会社に大手商社エネルギー分野のプロ人材
群馬銀行は2020年度から先導的人材マッチング事業に採択されている地域金融機関のひとつだ。取引先の企業の経営幹部や事業承継者となる人材確保をサポートするため、2020年1月から人材紹介業務を開始。2021年4月から、みらいワークスが求人掲載やスカウト、応募喚起、スクリーニング業務といった人材紹介業務をサポートしている。これまで19人の人材が地元企業で働いており、そのうち7割超が東京、埼玉といった群馬県以外在住者となっている。
たとえば年商20億円、従業員数60人ほどのリサイクル業を柱とする地元企業では、エネルギー関連や地元商材の全国流通など新規事業創出を狙っていた。社長の頭のなかに新規事業の構想はある。必要なのはその社長の壁打ち相手として話を聞き、事業の中止判断も含めて助言ができる実行力のある人材だと群馬銀行は考え、都市部プロ人材の採用を提案した。
結果、マッチングしたのは都内在住、大学卒業後、大手商社に入社しエネルギー部門でキャリアを積み新規事業立ち上げも経験したことがある57歳。「応募される都市部プロ人材の方々には、地域企業で活躍したい、社会貢献したいという意欲が高い人が多い。私たちも紹介できる喜びを持って事業を展開している」と、群馬銀行コンサルティング営業部法人コンサルティング室主任推進役の北爪宗之氏は説明する。
岐阜県美濃加茂市企業にライオンのマーケティング人材
岐阜県多治見市に本店をおく東濃信用金庫の営業エリアは、愛知県名古屋市から北は下呂温泉手前の白川町までと広い。「政令指定都市の名古屋にある企業は常勤の求職者を採用できる。ただ、そのほかのエリアでは経営課題解決を図れるような人材の採用が難しい。スキルシフトのプラットフォームを利用すれば経営課題を解決できる人材を獲得できるということで副業・兼業の外部プロ人材活用に力を入れ始めた」と、東濃信金・竹下氏は背景を説明する。
実際、岐阜県美濃加茂市のある企業ではライオンに勤める30代男性がスキルシフトを通じて副業している。新卒でライオンに入社後、国際事業部門に配属。2017年に駐在先のタイから帰国し国内マーケティング部門で衣類用洗剤の開発にも携わり、現在は海外向け製品の開発や戦略立案を行なっているが「もっと幅広い視野や知見を獲得し、スキルを身に付けたい」という思いで応募したという。
岐阜県白川町で1907年に創業した白川茶の製造販売を行う「菊之園」。こちらでは「10年後の会社の生存戦略を一緒に考えていただける方」を募集し29人のプロ人材が応募、大手電機メーカーに勤める40代のマーケティング人材が採用された。副業で働き、キャンペーンや値引きでの「お得感アピール」、従来型の営業から白川茶の魅力を伝える「ファンづくり」営業に転換、新商品「料理茶」を発売するなど外部プロ人材の効果が出た。
地域金融機関だからできる人材紹介サービス
「支店長みずから副業プロ人材との会議やワークショップに参加するなど情報をできる限り共有し、経営者と同じ目線で経営課題に向き合っている」と東濃信金・竹下氏は話す。従来の人材紹介事業者では難しい、地域金融機関だからこそできる人材紹介業のモデルがそこにはあるようだ。
ひとつは、地域金融機関は、地元中小企業の財務状況などを正確に理解できており、経営課題を把握するための事業性評価がしっかりとできる。もう1つは地域金融機関と地元企業との間には長年のパートナーシップによる心理的安全性が確保されていて、若手営業担当者であっても経営者に直接会い、込み入った相談を引き出すことができる。最後に、都市部のプロ人材が地元企業に定着するよう寄り添って支援できる環境にある。こういった「伴走型」の人材紹介は、これまでの人材紹介モデルではできない。
「都市部プロ人材と地元企業のマッチングが成立してからどのように伴走していくかが大事。地域を盛り上げるために何ができるかを考え続けてきた地域金融機関ならではの圧倒的な当事者意識がある。地元企業の社長と痛みを共有できる」(東濃信金・竹下氏)
群馬銀行・北爪氏も「地元企業の経営者の本音を聞き、経営課題解決に何が必要か提案できるのが私たち地銀の強み。人材紹介サービスを通じて魅力ある地域社会をつくりたい」と意欲的だ。地域金融機関が牽引する形で地方から日本経済を盛り立てていく、小さいけれど着実に動きは広がっている。
Ranking ランキング
-
「おカネをもらう=プロフェッショナル」と考える人が見落としている重要な視点
2024.6.17 Interview
-
さすがにもう変わらないと、日本はまずい。世界の高度技能者から見て日本は「アジアで最も働きたくない国」。
2018.4.25 Interview
-
評価は時間ではなくジョブ・ディスクリプション+インパクト。働き方改革を本気で実践する為に変えるべき事。
2018.4.23 Interview
-
時代は刻々と変化している。世の中の力が“個人”へ移りつつある今、昨日の正解が今日は不正解かもしれない。
2018.4.2 Interview
-
働き方改革の本質は、杓子定規の残業減ではなく、個人に合わせて雇用側も変化し選択できる社会になる事。
2018.3.30 Interview