「地方転職」を成功に導く、情報収集より大切なたった1つのこと
2023.10.12 Interview
都市部を離れ自然に近い地域で暮らしたいけれど、地方には仕事がないから難しい……。そう考え地方移住をあきらめている人もいるかもしれません。ですが、都市部の人材と地域企業を結びつけるマッチングメディア「Glocal Mission Jobs(GMJ)」には、都市部の人材を正社員として求める地域の企業の求人情報があふれています。
縁あって福島県大熊町に転職、移住した山崎大輔さん(42歳)に、選択肢が多い都市部ではなくあえて地方を転職先に選んだ背景、現在の仕事とプライベートについて聞きました。
価値観を大きく変えたできごと
人生は一度きり、住む場所も会社も1カ所に留まるのはもったいないーー。山崎さんのベースにはこの考え方があるようだ。地元は千葉県千葉市、大学を卒業後はセブン-イレブン・ジャパンに入社し12年ほどで退社。JICA(独立行政法人国際協力機構)が派遣する青年海外協力隊でコロンビアに渡った後、タイのマヒドン大学大学院への留学を経て、2022年2月に福島県大熊町に移住し、現在は「おおくままちづくり公社」で事務局次長 移住定住担当として働いている。
そもそも会社を辞めることになる転機は2011年、東日本大震災でのボランティアを経験したことが大きく影響している。
「震災発生時はセブン-イレブン・ジャパンで、担当する千葉県内店舗の売り上げを上げるためのサポートを行うスーパーバイザーとして働いていました。当時の私は『人を助けたい』というような強い思いがあったわけではなく、たとえば仕事帰りに疲れていたら電車で眠ったふりをして席をゆずらないような、そんな若者でした。このときは身近な先輩に声をかけられて、たまたま宮城県石巻市のコンビニの店舗前の泥さらいのボランティアに行ったんです。そこで自分の無力さに愕然として……。泥さらいだけじゃなくて何かできないかを考え始めました」
忙しさを言い訳に自分で考えることをやめてしまい、目の前の仕事だけとりあえずこなしているという人も多い。自分自身の価値観の変化に気づいたとしても、現状維持に流されず行動に移すのはかなりパワーがいることだ。それでも山崎さんは、今すぐ自分ができることはないか考えた。
「個人ではせいぜい1〜2万円の募金しかできず、医者じゃないから傷ついた人を治療するようなこともできない。でも、会社の看板を使わせてもらえれば何かできるのではないか。セブン-イレブン・ジャパンにはCSR(企業の社会的責任)の部署があり地域社会に貢献する取り組みを行っていたので、転属願いを出しイチから社会貢献について学ぼうと考えました」
動くことで自分がやりたいことに近づいていく
CSRの部署に異動後、山崎さんは社会問題のひとつ「フードロス」に取り組んだ。全国の大手コンビニエンストアでは1店舗あたり年間468万円分の食品を廃棄しているという調査結果がある(2019年10月から2020年8月公正取引委員会調べ)。そこで、賞味期限が迫った食品をフードバンクや自治体を通して食料を必要としている人々に提供するスキームをつくった。
「会社としても重要な取り組みなのですが、間に入るステークホルダーが多く最終的な現場の顔が見えない。自分がやっていることが、どのように助けになっているのか実感できなかったんです」
そんなとき、CSRの取り組みを通してJICA(国際協力機構)の人から海外協力隊の話を聞いた。ちょうど応募期間で要件に合う案件もあった。案件地域はコロンビアやアフリカなど行ったことがない場所だったが、「採用になるかならないかもわからない。まず志願してみよう」と山崎さんは考え行動に移した。結果、採用となり、12年弱勤めたセブン-イレブン・ジャパンを退職。コロンビアの職業訓練校の先生に「理論と実践をつなぐマーケティング」を教えることになった。
「コロンビアでは学校に通えない貧しい子どもたちはまともな職を得られず、ゲリラの一員になってしまうといいます。国立の職業訓練校の先生に、私がセブン-イレブン・ジャパンで身につけた知見を伝えることで一人でも多くの人が職を手にして、貧困から脱することができるよう力になれたらと考えていました」
だがここでも無力な自分と向き合うことになった。2年間、職業訓練校と自宅とを往復する毎日のなかで、数多くのストリートチルドレンを目にした。目の前の困っている人を助けたい思いがまた、山崎さんのなかで膨れ上がった。
「いたるところに路上生活者がいるんですよ。どうしてこんなことになっているのか、人権や国際開発について大きな視点で学びたいと考えました。国際開発の分野で有名なのはイギリスの大学なのですが、英語力の壁がある。そこで、ノンネイティブの国で奨学金支援もあるタイのマヒドン大学大学院で人権と民主主義について1年間学ぶことにしました」
コロナ禍とあって授業はすベてオンラインだった。それでも、「授業を通してインド、バングラディシュ、中国などの人々とつながり、机上の空論ではなく現実に近いところを学べた気がする」と山崎さんは振り返る。たとえばカシミール地方からオンラインで授業に参加している学生がなかなか画面上に出てこないことがあった。インド統治下のカシミール地方では、政府当局が民主的な表現を抑圧するための組織的な手段としてインターネットが2Gに絞られていたためだ。
「開発援助にあたって問題を抱えている人々に寄り添うことがどういうことか、実感できる話を共に学んだ仲間たちから聞くことができました」
新天地に踏み出す不安のなくし方
勤続12年の会社を辞めることも、治安が安定していない海外に行くことも不安が先に立ち決めかねるものだ。山崎さんに不安の解消方法を聞くと次のような言葉が返ってきた。
「いろいろ頭で考え始めると、やらない方がいい理由のほうが多く思い浮かぶような気がします。最後は思い切りが大事。海外協力隊のときもエントリーして受かったら、やらない理由ではなくどうやってやるかに自然と思考が切り替わっていました。膨大な情報のなかから自分に必要な情報を集めるときに重要なのは、目的を明確にすることなんです。海外協力隊の案件に応募する前に不安な気持ちが少しでもあると行かなくていい理由を集めるし、受かった後なら実現するための情報を自然と集める気がします。進む道は、自分が決めているんですよね。一度の人生、多くのことを経験したいから制限をかけずに動かないともったいないというのが持論です」
福島県大熊町への転職移住もまた、「とにかく動く」ところから始まった。
「海外協力隊でコロンビアに行き大学院で学んだあと、私がやりたいのはソーシャルビジネスだという考えにいきつきました。満員電車で都市部の会社に通い、利益を追求する仕事には興味がない。そういう視点で情報を集め始めたら、貧困、気候変動、医療、教育など地方が直面している課題感は開発途上国の課題感と似ていることに気づきました。そこで地方転職求人サイトにいくつか登録し、Glocal Mission Jobs(GMJ)でおおくままちづくり公社の求人を見つけこれだ!と応募したんです」
福島第一原発が立地する大熊町は東日本大震災後の避難指示によって一時、人口ゼロとなった地域。前例のない形で町をつくっていく取り組みは、今の大熊町でしか得られない経験だ。
「新しく町をつくるぞという前向きな人が多く、デメリットがあるようなことでもできない理由を挙げることなく、とりあえずやってみんべという人が多いんです。関わるいろいろな人が手伝ってくれて、よそ者のやりづさらなど感じません。町の皆さんが一度大熊町を出て、避難先で『よそ者』として暮らした経験があるからでしょうね」
「単品管理手法」を移住定住者促進に生かす
おおくままちづくり公社の移住定住担当の仕事には、セブン-イレブン・ジャパンで教え込まれたマーケティングの考え方が生かされている。
「移住定住者を増やす取り組みは、店舗に客を呼ぶ取り組みに似ています。新規顧客をリピーターにするように、交流人口や関係人口を増やして移住定住者を増やす。セブン-イレブン・ジャパンでは商品1品ごとの動きを管理し、データで検証しながら次の発注の精度を高める単品管理という手法を徹底する会社なのですが、もっとも重視しているのが検証です。
交流人口の数、そのうち移住者となる数など目標数値を設定しPDCAを回して達成するまで何度も検証することが大事なんです。ただ一般的に行政では、今住んでいる住民の暮らしを安定させることに重きをおいているので、数字を追う取り組みがどこでも受け入れられるものではないと思います。一度人口ゼロになった大熊町だからこそ民間企業の戦略が生かせるのかもしれませんね」
現在1,000人ほどの人口を4,000人にする目標達成に向け、ユニバーサルデザインの町づくりの構想を練る。たとえば、新しくできた小学校は通う子どもたちが少ないことを逆手に取り、注意欠陥・多動性障害などの子どもの個性に寄り添う教育ができる。日本語学校を町営で設立し特定技能外国人の受け皿となる町もいい。
「海外協力隊を経て大学院で人権と民主主義を学んだことで、マイノリティの声は実現しづらく差別を受けることがあるということ、その問題について考えるようになりました」
1人暮らしながら「ご近所付き合い」が活発で、休日はさまざまなイベントに顔を出したり農作業の手伝いで土にまみれていると「充足感がある」と話す山崎さん。任期3年の間に福島県59市町村を制覇しようとドライブも楽しんでいる。実際に触れ合ってみなければわからない、新しい場所での体験や人との出会いを着実に人生の次のステージにつなげる、転職移住の醍醐味はここにある。
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