「自己効力感」を生かす! 女性アスリートのセカンドキャリアの作り方
2023.12.18 Interview
「自分ならきっとできるはず」「自分なら乗り越えられる」といったように、目標を達成するための能力が備わっていると自ら認識している状態を「自己効力感(self efficacy)」といいます。カナダ人の心理学者アルバート・バンデューラ氏が提唱したこの概念は人材育成のカギを握るとされ、ビジネスにおいても重要視されつつあります。
この自己効力感を若いうちから高めてきた女性アスリートたちの社会進出、キャリア形成を支援するプラットフォーム「Next-One」を運営するDEPORTE(デポルテ)と、みらいワークスは業務提携契約を結んでいます。試合に勝つ負ける、選手に選出される落選する、ケガで試合に出られないなど多くの逆境を乗り越え、「自分ならできる」と信じ目標を達成している女性アスリートの話をヒントに、自己効力感を高める方法を探ってみましょう。
子どものころから自己効力感を高め続けるアスリートの日常
黒地に花柄の落ち着いたワンピースで現れた中野みづきさん(28歳)。渡された名刺には、「株式会社海月 代表取締役」と書かれています。強い意志を感じさせる瞳はまさに起業家のもの。ただ、肩書きはそれだけではなく看護師であり、しかも2年前まではフットサル選手として日本代表を目指してもいました。
「2歳下と5歳下の弟が幼いときからやっていて、私もやりたい!とサッカーを始めたのが小学校4年生のころ。負けず嫌いなので、学校に行く前の早朝から練習するほどはまっていきました」(中野さん)
中学校に進学してからは、静岡県の名門クラブチーム「藤枝順心サッカークラブジュニアユース」の一員に選ばれ、日本代表の選手を育成する「トレセン」にも1年生から3年生まで毎年選ばれました。高校は「刺激のある新しい場所に行きたかったから」(中野さん)あえて兵庫県にある女子サッカー強豪校、日ノ本学園に進み、全日本高校女子選手権大会優勝メンバーとして活躍しました。
小学生でサッカーを始め中学生からは週4~5日、3~4時間のトレーニングを続けたサッカー中心の生活。つねに自分を高めてくれる環境に身を置き、身体と精神を良好な状態に整え、試合に出るための不安要素をつぶすためのトレーニングを欠かさず、試合に出るという達成経験を積み重ねてきました。いわばサッカーを通して「自己効力感を高める」毎日。このサッカー一筋の人生に新たな選択肢が加わったのは、高校生のときの挫折がきっかけでした。
運動神経には自信があった中野さんですが全国から猛者が集う高校でレギュラー選手に選ばれるのは極めて難しく、初めてレギュラーになったのは3年生の春。やっと勝ち取ったその初レギュラーの試合中にケガをしてしまったのです。
「気合いが入りすぎていたんでしょうね。いつもは切り込んでいかないところに突っ込んでいき、全治半年から1年というケガを負いました。夏のインターハイには出られない。これは大学からのスカウトはもらえないということを意味します。どうして今、このタイミングでこんなことになってしまったのだろうと手術前は何日も泣いていました。
グラウンドに行きたくない、練習しているところも見たくない、とどん底まで落ちこみました。ですが、とことん落ちたらある日チームのためにやれることがまだあるんじゃないか、ケガをしてしまったことはもう変えられないからしょうがないけれど未来は変えられる、という気持ちに転換することができていました」(中野さん)
ケガで大学進学をあきらめるという挫折を乗り越えむかえた高校3年生の冬、ギリギリ完治した中野さんは全日本高校女子選手権大会決勝戦に出場し優勝。「やっぱりサッカーは楽しい!続けたい!」と思った中野さんは地元、静岡県藤枝市の女子サッカーチーム「ルクレMYFC」に加入し、看護専門学校で看護師を目指しながらサッカーも続ける二足のわらじ生活をスタートさせました。
「看護師であり起業家」のバイタリティの源に鍛え抜かれた身体と脳
自己効力感が高い人には、「立ち直りが早い」「ストレスに強い」「自分が立てた計画はうまくできる自信がある」「失敗をおそれず、やりたいことはすぐに取り掛かる」「失敗しても原因を明らかにして次につなげ、簡単にあきらめない」といった特徴があると言われています。中野さんの話を聞くと、まさにその通りだなと思うことばかり。プロサッカー選手としてサッカーだけやって暮らしていけるのは日本代表クラスのごく一部。そこでライスワークとして選んだ看護師の道は、3カ月間1日20時間の猛勉強のすえ公立の看護専門学校に入学し、入学後はクラブチームでの週6の練習に加えバイトもやりながら看護師国家資格を取得し切り開きました。
就職先として選んだ病院は地元の静岡県ではなく愛知県。「ドクターヘリを導入している高度救命救急センターがある病院で働きたかったから」と中野さんは話します。ただ就職先の地域にはサッカーを続ける環境がありませんでした。そこで知ったのがフットサル。愛知県長久手市の女子フットサルチーム「Bepp(ベップ)」に所属し全国大会に出場しました。
「全国大会に出場できたものの負けたんです。看護師3年目の年で仕事にかける時間が多く、自分が納得できるほど練習していなかったから負けても悔しくなかったんですよね。やるからにはフットサルを極めて日本代表を目指したい。看護師はどこでもできると考えて24歳だった2020年4月、兵庫県のSWHレディース西宮に移籍し、訪問看護師として働きながらプロフットサル選手として日本代表を目指し始めました」(中野さん)
とはいえ、日本代表になれないまま2年が経ち20代後半になったとき、スポーツ選手としての寿命を意識し始めました。20代後半からの代表入りはなかなか難しく、プロフットサル選手を続けられたとしてもあと5年ほど。サッカー・フットサルと看護師という二足のわらじ生活が当たり前で、「看護師として働くだけでは充実した人生が浮かばなかったんです」(中野さん)。
中野さんは目の前のことに全力でぶつかっていけない疑問が湧くと、解決したい、改善したいという欲求に突き動かされるようです。起業家、経営者、ファイナンシャルプランナー、接骨院の柔道整復師などさまざまなプロフェッショナルに会いに行き、「どうしてサッカーを続けてきたのか」「なぜ日本代表選手になりたいのか」「どのような人生にしたいのか」「どういった自分になりたいのか」を考え続けました。結果、出た答えが「プロフットサル選手を辞め、起業して経営者になること」でした。
「もちろん楽しかったからサッカーを続けてきたわけですが、原点を深く掘り下げていったら両親を喜ばせたい、笑顔にしたい、代表選手になることは恩返しになるという気持ちもあることに気がつきました。まず自分がどうあったら幸せかということを考えたことがなかった。辞めると決めてからの残りの練習の日々は正直寂しくて最後の1週間は行くたびに涙が出ました。最後の試合には母が駆けつけてくれてうれしかったですね」(中野さん)
昨年2022年8月に設立した「海月」は、「夢を応援する」「これからスポーツ選手を目指す子どもたちがケガで後悔することなく可能性を発揮できるように」、身体の使い方を教える総合運動教室やイベントの企画運営、パーソナルジム、福祉事業を行う会社です。
「これからの人生はまわりを幸せにできる事業に力を注ぎたいと思います。できるところまでプロフットサル選手をしてから起業したらという人もいましたが、今、食らいつかないと事業の成功をつかみ取れない、願いを叶えることはできないと思いました。スポーツは瞬発力が大事で、選択の連続。試合の勝敗を決める岐路に立ったときに選んだことを正解にするために練習します。あの道を選択していたらよかったのにではなく、この道を選んだことを正解にするために進みます」(中野さん)
フィールドでもビジネスの場でも磨けば光る原石だらけ
「自己効力感が高いアスリートは、リーダーシップ、創造性、傾聴力、あきらめない心、レジリエンスをすでに持っていて、ビジネスパーソンとしてポテンシャルが高い」と、約25年間1000人以上の女子サッカー選手や学生の指導にあたってきた石山隆之さんは話します。にもかかわらず、女性アスリートは企業が雇用に積極的ではなく引退後のキャリア構築が難しい、そもそもプロ選手になれたとしても男女の年俸格差が大きいという社会課題があります。
「この社会課題を解決するため、マッチングプラットフォームNext-Oneではスポーツの世界でしか自分の力を生かせないと思い込んでいる女性アスリートに就職、転職のための支援を行うだけでなく、学び直しの相談や起業相談も行なっていきます」(石山さん)
Next-Oneは本格稼働してまだ2年弱。引退後、希望通りのやりがいのある仕事に就いてキャリアを構築していく女性アスリートを生み出すための種まきがようやく済んだところです。日本のすべての女性が自立し輝ける社会の実現に近づく一助となるような、女性アスリートのロールモデルが増えていくこれからに期待がかかります。
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