人が持つ“凸凹”をうまく生かす「次世代のバリアフリー」。 新しい働き方としても注目の、人の凸凹を活かす方法とは。
2018.4.6 Interview
早稲田大学人間科学学術院 教授 巖淵 守(いわぶち まもる) 氏
早稲田大学人間科学学術院 教授。ワシントン大学客員研究員、広島大学大学院教育学研究科助教授を歴任後、2009年から東京大学 先端科学技術研究センター准教授。2018年4月より現職。専門は「生活支援工学」。ケガや病気などでバリア(困難)を抱える人を支援する、テクノロジーの研究開発を行なう。支援テクノロジーの普及にも力を入れており、多様性を受け入れる社会の実現を目指す(※2018年1月に取材を行ないました)。
日本のビジネスシーンでは会議時間の長期化などの課題も多く、政府の進める働き方改革でも“時間の有効活用”が大きなテーマとなっています。そんな中で注目を集めているのが、実際の時間より時計を進ませることで、仕事を早く終わらせることができる「ラッキークロックアプリ」。余った時間を家庭や趣味に有効利用できるユニークなアプリです。みらいワークスは、総務省が主催する”異能(inno)vation”(http://mirai-works.co.jp/topics/news064/)の協賛企業であり、昨年11月に行なわれた「異能ジェネレーションアワード」の企業特別賞にこちらのアプリを選定させていただきました。アプリを開発したのは、東京大学先端科学技術研究センターの巖淵守(いわぶち・まもる)准教授(現 早稲田大学人間科学学術院 教授)。巖淵氏は、主に障がいを持つ方に役立つ「支援テクノロジー」の研究開発が専門ですが、テクノロジーを応用して「社会を変える」イノベーションを目指し、バリアフリーに限定せず広い視野を持ち活躍されています。今回は“新しい働き方につながるテクノロジ―”をテーマに、巖淵氏とみらいワークス代表岡本が対談します。アプリ開発のきっかけや、巖淵氏が勤めた東大先端科学技術研究センターの多様化を重視する働き方など、貴重なお話を伺いました。
ラッキークロックアプリ開発のきっかけ
ラッキークロックアプリを初めて見た時、いい意味で人をだまして時間の有効活用につなげるところがとても画期的だと感じました。このアイデアはどこから生まれたのでしょうか?
巖淵氏(以下、敬称略):アイデアそのものは、上司(編集部注:中邑賢龍教授)が発案したものです。例えば障がいを持つ方の中には、時間の感覚が乏しい困難を抱える方がいらっしゃいます。仕事を始めて気づいたら5時をまわっていた、という感じですね。休憩も取らずに夕方になっていて、体調を崩してしまう人がいます。そこで「時間のリマインドをできたら支援になるのではないか」と考えたのが始まりでした。私たちの専門であるバリアフリー研究では、“テクノロジー利用や環境調整によってバリア(困難)を解決すれば仕事や生活はもっと豊かになる”という発想がベースになっています。でも1日がもっと長かったら…というのは、誰しもが考えることですよね。
実は、ラッキークロックアプリの機能を知り、アクセンチュアに所属していた頃を思い出したんです。このコンサルタント時代に、期限が決まってこそゴールに向かって頑張れるというような経験をしました。小学生が夏休みの最後にがむしゃらに宿題に取り掛かるような、そんな感覚にも近いかもしれません。さて、バリアフリーというと「車椅子が通れるように段差を減らす」というイメージがありますが、先生にとってバリアフリーとはどのような概念でしょうか?
巖淵:段差を減らす取り組みも、もちろん重要です。ただ今は若干バリアフリーのコンフリクトが生じている気がします。東京は世界一のバリアフリー都市といわれていて、駅には点字ブロックやスロープをあちらこちらで見かけます。視覚障がいのある人に役立つ点字ブロックですが、増えすぎて当事者にとっても分かりにくい場所が生まれたり、車いすの人やベビーカーを押す人は進みにくく、それにつまずく高齢の人もいらっしゃいます。一方、スロープは車いすの人にとって役立ちますが、全盲で白杖を利用する人にとっては、境界の段差が消えて場所がわからなくなるという問題を生じます。これまでの物理的なバリアや凸凹を減らすことから先の、次なる議論が必要だと思います。従来のバリアフリーは凸凹を減らそうという発想でした。これからのバリアフリーは、凸凹があってもいい、あるいは凸凹を逆に活かそう!ぐらいのことも考えるべきだと思います。施設のバリアフリーだけでなく、人の凸凹についてしっかり考える。障がいの有無によらず、人それぞれ得意・不得意なこと、つまり凸凹は違います。この凸凹を減らすのではなく、むしろ人が持つ凸の部分をとがらせて他の人のピースとも組み合わせていく方が、多様性が生まれて社会全体が強くなるはずです。これは会社の組織においても、同じではないでしょうか。東大生にしても全般においてのパフォーマンスの高さが求められがちですが、なかにはコミュニケーションを取ることが苦手な人もいますよね。得意な分野があるのにも関わらず、それを生かせていない場合もあるでしょう。私たちが目指しているのは、凸凹を生かす次世代のバリアフリー。誰もが持っている困難をどう解決するかがテーマです。ラッキークロックアプリは、もともと時間の認知が難しい方への支援から発想を得て開発したものですが、視点を変えれば、誰にとってもプラスになり得るツールと期待しています。私はエンジニアとして、テクノロジーを利用して、使いやすいかたちで提案したいと思い開発しました。
凸凹的なスキルを持つ人をどうやって生かしていくか
「凸凹的なスキルを持つ人をどうやって活かしていくか」がバリアフリーなんですね。バリアフリーの研究から一般の人が活用できるプロダクトが出てくる、というのは意外でした。
巖淵:ニッチなところを狙った技術やプロダクトは、価格も高くなって普及が難しくなります。広げるためには、身の回りにあるテクノロジーの応用がカギになります。すでにあるテクノロジーを「アルテク」と呼んでいますが、このアルテクにアイデアや工夫をプラスして支援していく。このかたちなら、もっと多くの人にアピールすることができる。私たちの研究室では、学生に車椅子を体験させる際、手押しのタイプではなく、高速走行も可能な海外製の電動車椅子に座ってもらいます。日本製の電動車椅子は法規制があり速度が出せませんが、海外製の車椅子に乗って「風を切る」という体験をすると、印象はガラリと変わります。歩くより断然速く移動ができますし、数百万もする電動車椅子ともなると、格好いいんですよ。さらに将来、自律性も備えた「パーソナルヴィークル」のような誰でも乗れるプロダクトになれば、新たなモビリティ環境が生まれますよね。
一般的になれば数も売れてプロダクトとして進化していく、というライフサイクルはこれからも起きるものなのでしょうか?
巖淵:起こしていかないと、プロダクトとして残らないのではないかと思います。障がいの有無に関わらず、訓練やリハビリも大切ですが、どうしても苦手なことやできないことは誰にでもあります。今すぐにできることがあるならば、その先に進んでみようと。例えば「ペンを持てないから学校に行けない」のではなく、板書する代わりに黒板の写真を撮れば良いのです。その先に学ぶべき大切なことがある。苦手なところは技術や人でカバーしてもいい、という発想です。
苦手なところをサポートする分野は、まだまだ可能性があるということですね。
巖淵:何でもこなしたいと思って焦るよりも、得意なことをもっと生かして苦手なことは他でカバーしようという考えです。ちなみに私が勤務する先端研東京大学 先端科学技術研究センター(以下、先端研)では、いかに尖っているかとても大切にされています。尖っていないと叱られます・・・。
私もどちらかというと異端側で、みらいワークス立ち上げ当初はフリーランスの仕事マッチングサービスというビジネスモデルが、なかなか周囲に理解されませんでした。ところが現在では、フリーランスを含め多様な働き方を政府も推進するほど当たり前の時代になっています。こうした時代の流れは、すごく面白いと感じています。
できないときに、他の解決策を見極める
誰でも苦手なことがある、というお話がありました。私自身、自分の得意・不得意なことや効率的な進め方は、試行錯誤を重ねてやっとわかってきました。しかし、自分のことはわかっていても、部下のこととなると本当に難しいですね。
巖淵:いろいろ試していったというのはまさにその通りで、各自にとって有効なポイントがあるはずです。できる・できないの単純な評価ではなしに、どうすればできるかが重要で、伝え方や作業方法を少し変えて試してみることが心理学の分野でも行なわれています。ある課題を出したときに、1分ではできないけれど3分かければできる人もいる。つまりその部分だけは、少し待てば「できる」に変わります。また、聞いて理解するのは苦手だけど、書かれた情報は得意という人もいる。単に「できない」で終わるのは苦しいですよね。大切なのは、「こうやったらできる」と導いてあげることだと思います。次のステップに進められるように技術でどう解決するか。それが私たちの仕事とも言えます。IoTの時代になって、さまざまなデータが取れれば、本人も気づいていないできるための隠れたポイントが見えてくるかもしれません。こういう気付きを数値化していくのも、私たちの分野で取り組むべきアプローチですね。
イノベーションが起きるには、多様性や制約が必要
先端研という名称は、技術の最先端という意味かと思っていました。実際には世の中の先端をいく、つまり世の中を変えるという意味だったんですね。
巖淵:先端研は学際性に富み、外から見ると文・理さまざまな顔つきがあってわかりにくいのですが、どの分野であれ「社会を変える」というミッションを背負っています。また、どのような職階であれ、先端研の任期は最長10年と決まっています。「先端」と呼ばれるものは、10年経てば普及しているか消えているかのどちらか。いずれにせよ、その時点では先端でなくなるわけです。だから「こんな面白いことを先端としてやってみたい」と、(研究)所が次々に新たな戦略を立てています。国内外を問わず、先端研は非常にユニークな組織だと思います。
ダイバーシティ(多様性)が実現しているということですね。現在の私のビジネスは人材がメインですが、もともと教育ビジネスにも関心がありました。実は、今の日本の教育において、子どもの頃からもっとダイバーシティを感じる環境が必要ではないか、と感じていたりもします。さまざまな生活環境、価値観を持つ人と小さい時から親しんでおけば「そういう人もいるよね」というように、多様性を受け入れられる人に成長するのではと思います。
巖淵:さまざまな価値観にリアルに触れる体験は貴重ですよね。先端研の上司のチームでは、今の学校教育になじめないユニークな子どもが集うプログラムなども行なっています。また先端研における教育・研究についても「研究をいかに枠を外してできるか」「既成の価値観からいかに外れるか」が常に議論されています。何気ない話からイノベーションにつながることもあります。
イノベーションといえば、多様性とともに“制約事項があること”にも必要性を感じています。例えば、子どもが遊ぶとき、テレビゲームのようなアイテムがなければむしろ一生懸命遊び方を考えます。“ない”という制約事項があるからこそ、生まれる発想がたくさんありますよね。
巖淵:ラッキークロックアプリでいえば、「時間のリミット」も制約のひとつとも言えます。途切れがあることで、考えるきっかけが得られる。不完全な凹をあえて設ける教育について、チーム内で議論になったことがありました。バリアフリーやユニバーサルデザインが進み、今の子ども達にとって、それらは当たりになってきました。そうなるとその価値や意味を考えなくなってしまうのです。災害が起こったり、あるいは今後社会が大きく変わり、当たり前のことが突然失われた時、彼らの対応能力は廃れてしまっていないか気がかりです。新しい発想も不完全さからこそ生まれやすい。人の凹は、魅力にもなりえます。プロダクトにも、あえて取り入れる凹が求められる時代になっていると思います。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
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