評価は時間ではなくジョブ・ディスクリプション+インパクト。働き方改革を本気で実践する為に変えるべき事。
2018.4.23 Interview
日本マイクロソフト株式会社 マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 兼 サイバークライムセンター 日本サテライト 責任者 澤 円(さわ まどか) 氏
1969年生まれ。東京都在住。マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 兼 サイバークライムセンター 日本サテライト 責任者。1993年立教大学経済学部卒業。生命保険会社のIT子会社勤務を経て、1997年マイクロソフト(現日本マイクロソフト)に転職。数々のセールス部門の管理職を歴任。2011年7月、あらゆるテクノロジーをすべての顧客セグメントに伝えるための組織であるマイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長に就任。2015年2月より、サイバー犯罪の危険性について啓蒙するサイバークライムセンター日本サテライトの責任者も兼任。年間100回以上こなすプレゼンテーションはその卓越した技術で知られ、「プレゼンの神様」とも呼ばれる。2006年には、全世界のマイクロソフト従業員約10万人の中からトップクラスの成績を収めた者に与えられる「Chairman’s Award」を、日本人エンジニアとして初めて受賞した。著書に、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』(ダイヤモンド社)などがある(詳細はこちら:https://www.diamond.co.jp/book/9784478101292.html )。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年3月)のものです。
◆日本マイクロソフト株式会社◆
マイクロソフト コーポレーションの日本法人として1986年に設立、ソフトウェアおよびクラウドサービス、デバイスの営業・マーケティング事業を展開する。マイクロソフトの企業ミッション「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」に基づき、「革新的で、安心して使っていただけるインテリジェントテクノロジを通して、日本の社会変革に貢献する」企業像を目指す。従業員数は2150人(2017年7月1日時点)。
マイクロソフトといえば、OSのWindowsやオフィススイート製品のOfficeなどを世に出してきた、言わずと知れた世界最大級のソフトウェアベンダーです。近年はクラウドシフトを加速し、クラウドプラットフォームのMicrosoft Azureやサブスクリプション型サービスのOffice 365、統合コミュニケーションプラットフォームのSkype for Businessなど、テクノロジーを駆使したサービスを提供。そうした製品は、企業が働き方改革を実現する際のソリューションとして活用されています。そんなマイクロソフトの日本法人である日本マイクロソフトは、同時に、働き方改革の実践企業でもあります。ICTを活用して時間や場所にとらわれない柔軟な働き方を可能にするテレワークの推進をはじめとして、さまざまな取り組みを積極的に展開する日本マイクロソフトは、働き方改革の成功事例としてもその名前がよく聞かれるようになりました。今回は、マイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長を務める澤 円(さわ まどか)さんに、日本マイクロソフトでの自由な働き方や、それを可能にした評価の仕組みなどについてお話をうかがいました。
東日本大震災後の全社体験で一気にテレワークが浸透
日本マイクロソフトといえば、テレワークの推進などをはじめとした働き方改革実践の旗手として、そのお名前をうかがうことが多くなりました。オフィスだけでなく社外でも仕事をするという働き方は浸透していますか?
澤さん(以下、敬称略):日本マイクロソフトでは、「会社に行く」=「仕事、勤務」というわけではありません。会社に行くというのは“仕事の仕方の選択肢の一つ”でしかなく、仕事をする時間も場所も自分で選ぶことができるのです。当社が考えるフレキシブルワークとは、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」仕事ができることで、「いつでも」というのは文字どおり夜中でもかまわない。僕はアメリカの会議に電話で参加することもありますが、その時は日本時間で夜中の1時や朝の4時に仕事をします。
まさに自由な働き方ですね。やはり外資系企業ということで、以前からそのような考え方が浸透していたのでしょうか。
澤:今でこそ、働き方改革の話題で日本マイクロソフトの事例が挙がりますが、当社が働き方改革を本格的に実践する一番のきっかけになったのは、2011年の東日本大震災です。3.11のあの地震の直後、一週間は各自の判断のもと、在宅勤務をするように推奨する指示がありました。それは交通機関などの状況からやむを得ずというところもあったものの、社長からのメール1通で全員が問題なく在宅勤務に切り替えることができたのです。考えてみれば、在宅勤務に必要なインフラは整っていましたし、会社の制度上も在宅勤務に対する足かせはなかったはずです。それでも在宅勤務という働き方が浸透していなかったのは、みんなが実行していなかっただけ。「朝は会社に行くものだ」という思い込みや、会社で長時間働いていることを評価する上司の存在が、会社での勤務を“普通”にしていたのです。しかし、実際に在宅勤務を経験してみれば、「なんだ、家からでも十分仕事ができるじゃないか」となるわけです。加えて、通勤に使われていた時間も仕事に回せることや、マネージャーにとっては目の前にいない部下のマネジメントも十分に可能であること、むしろ在宅勤務のほうが効率がいい点もあることなど、いろいろな気づきが生まれました。我々は、3.11という強烈な出来事によって、「会社に行くのは仕事ではない」ということを強制的に体験させられたのです。同時に、我々の働き方はBCP(事業継続計画)の観点でも非常にすぐれていると実感しました。そこから、フレキシブルワークの実現が一気に加速しました。
社員としての仕事に100%力を発揮できれば、副業はウェルカム
働き方改革の一環として、政府が副業・兼業を推進する動きがあります。日本マイクロソフトでは、従業員の副業を認めているのでしょうか。
澤:当社では基本的に、従業員は当社にのみ就業し、それ以外の営利目的の研究・調査・作業は行なわないこととされています。ただし、あらかじめ会社から書面等による許可を得た場合にはこの限りではないということになっており、副業を希望する場合には書面で申請することになります。
そうすると、副業についてはどちらかというと否定的なスタンスなのでしょうか。
澤:そうではありません。こういうルールにしているのは、「当社での仕事に100%力を発揮してほしい」という趣旨です。それが実現できれば、副業は全然かまいません。社員から副業の申請があった場合、マネージャーは「日本マイクロソフトでの業務遂行の妨げにならないか」「利益の相反がないか」「副業の理由が適切であるか」といった観点で内容を確認します。たとえば、深夜勤務のサービス業は寝不足になりますし、肉体労働ではけがをするリスクがあります。いずれも身体への影響が懸念されるという点で、当社での業務遂行の妨げになる可能性があると判断されます。営利目的の副業も問題ありませんが、Googleのセールスマネージャーを兼任したいという申請であれば利益の相反に抵触しますから、これも許可するわけにはいきません。そのように具体的な影響が出ることがないと判断されれば副業は承認されますし、その承認もマネージャーの決裁です。他社の社外取締役に就任するというようなケースでは役員決裁が必要になりますが、1回のメディア出演や本の執筆、Webサイトへの寄稿といったことであればマネージャーの承認も必要ありません。
日本マイクロソフトで副業をしている社員の方はどのぐらいいらっしゃいますか。
澤:おそらく1割もいないと思います。ただ、僕のチームでは、メンバー6人中4人は何らかのかたちで社外でも仕事をしています。一番多いのは大学で教鞭をとっているケースで、僕も琉球大学の客員教授を務めていますし、社内でも比較的多くの社員が大学の先生や講師をしています。また、コミュニティのボードメンバーや、スタートアップのアドバイザーのようなことをしている社員もいます。
業務評価は労働時間ではなく「ジョブ・ディスクリプション+インパクト」
テレワークの導入でオフィスにいない時間が増え、あるいは副業もしているといったケースでは、会社での労働時間と業務遂行の度合いが必ずしもリンクしないこともあります。業務の評価やマネジメントについて、問題はありませんか?
澤:先ほどの副業の話で、社員には当社での仕事に100%力を発揮してほしいとお話ししましたが、当社においてその”100%”を測るのは、労働時間ではなく、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)です。ジョブ・ディスクリプションには果たすべき職務が明確に定められており、業務の達成度はその定義を正しく満たしているか否かで判断されます。やみくもに長時間働いても、それは効率が悪いとみなされるだけです。
ジョブ・ディスクリプションはどのように定められているのですか。
澤:当社のジョブ・ディスクリプションは、ロール(職種)ごとに全世界で統一されていて、同じ職種であれば求められるものは全世界で同じです。たとえば、マイクロソフトテクノロジーセンターのダイレクターという職に就く人間は全世界に52人おりますが、この52人のジョブ・ディスクリプションはまったく同じです。各地域でマーケットサイズが違うので数字だけは違いますが、行なうことは完全に同じです。
ジョブ・ディスクリプションで定められた職責を果たせば、100点と評価されるというわけでしょうか。
澤:ジョブ・ディスクリプションの内容を正しく満たすことは社員の必要条件ですが、それで得られるのは100点ではなく、及第点です。そこからさらに成果を積み上げてモアアチーブするには、ジョブ・ディスクリプションの遂行に加えて「インパクト」が必要です。ジョブ・ディスクリプションが全世界で明確に定義されているのに対して、このインパクトは白紙の状態で、何をもってインパクトとするかは社員一人ひとりが自分で考えます。「私は、マーケットに対して、顧客に対して、あるいは社内に対して、このようなかたちでインパクトを与える」と自分で定義して、それをマネージャーが承認すれば、その定義がインパクトとしての評価軸になります。副業も、場合によってはそのインパクトにつながる場合もあります。たとえば、社外で講演した内容がWebメディアなどに掲載され、結果的にマイクロソフトのブランド力を高めたということになれば、それはインパクトになり得るのです。
それは、澤さんがエバンジェリストという立場だからでしょうか。
澤:僕はエバンジェリストではありません。多くの方からよく言われますが、僕はエバンジェリストではなく、あくまでもセールスマネージャーです。ただし、何か特定のものを売るというのではなく、すべてのテクノロジー、すべての顧客セグメントが対象で、カバーすべき範囲がべらぼうに広いのです。売り上げに責任をもっていますが、それは社長とほぼ同額です。そのために、アプローチの抽象度が高くなったり特定の製品によらない話になり、結果的にエバンジェリストのようなアプローチになっています。しかし、当社におけるエバンジェリストは、ジョブ・ディスクリプションで明確な定義があるロール名で、やらなければいけない仕事も所属する部門も決まっています。僕はそれに該当しないので、エバンジェリストは名乗っていないというわけです。
働き方改革の実践に必要なのは根本的なアプローチ
ジョブ・ディスクリプションという考え方は、多くの日本企業にはほとんどみられません。
澤:日本の企業の多くはジョブ・ディスクリプションが明確ではなく、果たすべき職責や業務遂行の基準が明文化されていないケースが多い。だから長時間労働が、上司より早く会社に来て上司よりも遅く帰るというようなスタイルが、「がんばっている」というアピールになり得るのです。働き方改革を本気で実践するならば、そういうところも含めて本格的に変えなければいけません。ジョブ・ディスクリプションも必要ですし、業績を評価する仕組みとして人事制度も給与制度もごそっと変えなければなりません。場合によっては、マネジメントの適性がないマネージャーを管理職から外すようなことも求められます。死ぬほど大変です。働き方改革というと、何かツール導入すればいいのではないかと考えたり、「18時半になったらオフィスの電源を落とす」といった無謀なルール改正に走ったりするところが非常に多いように見受けられます。ですが、そうした根本的な部分の対策がすぽっと抜けた状態では、ツールもルールも表面的なアプローチに過ぎません。本当の意味での働き方改革には到底なり得ないのです。僕は、CxO(企業における各業務領域の執行責任を担う役職)クラスの方に向けてプレゼンテーションさせていただく機会がよくあり、働き方改革についての話を求められることもあります。そのときはそういう話をして「本気でやる気、ありますか?」と聞いています。「本当の働き方改革を実行するのは想像以上にとても大変です。でも実行すればものすごく大きな効果を得られます。一方で、表面的なアプローチで『やったことにする』という選択肢もあります。例えば、『聞こえの良い言葉で、メディアに話せるようなツール導入などでお茶を濁す』など。どちらにしますか?それを決めるのはCxOのあなたです」と問うてみるのです。
その問いを投げかけられたエグゼクティブからは、どのような反応が返ってきますか?
澤:ほとんどの方は目をそらします。テレワークという働き方を取り入れる日本企業も増えてはいますが、実際に機能せず失敗する例も多くみられます。それにはさまざまな原因がありますが、ワークではないところで決まることが多すぎるというのも影響しています。たとえば、会議の場以外で段取りが決まったり、人間関係でそもそも結論が決まっていたり・・・といった具合です。会議資料が紙でしか配られなければ、その場にいない人は情報を得ることができません。そうなると、会社から切り離されるのがハンデにしかならない。ツール導入の前に考えるべきことから目を背けていては、働き方改革は実現できません(後編に続く)。
<後編:必要なのは、働き方もキャリアも自分で選べるようになること。失敗を変化と捉え、“普通じゃない”ことを恐れない社会になってほしい>
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