さすがにもう変わらないと、日本はまずい。世界の高度技能者から見て日本は「アジアで最も働きたくない国」。
2018.4.25 Interview
日本マイクロソフト株式会社 マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 兼 サイバークライムセンター 日本サテライト 責任者 澤 円(さわ まどか) 氏
1969年生まれ。東京都在住。マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 兼 サイバークライムセンター 日本サテライト 責任者。1993年立教大学経済学部卒業。生命保険会社のIT子会社勤務を経て、1997年マイクロソフト(現日本マイクロソフト)に転職。数々のセールス部門の管理職を歴任。2011年7月、あらゆるテクノロジーをすべての顧客セグメントに伝えるための組織であるマイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長に就任。2015年2月より、サイバー犯罪の危険性について啓蒙するサイバークライムセンター日本サテライトの責任者も兼任。年間100回以上こなすプレゼンテーションはその卓越した技術で知られ、「プレゼンの神様」とも呼ばれる。2006年には、全世界のマイクロソフト従業員約10万人の中からトップクラスの成績を収めた者に与えられる「Chairman’s Award」を、日本人エンジニアとして初めて受賞した。著書に、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』(ダイヤモンド社)などがある(詳細はこちら:https://www.diamond.co.jp/book/9784478101292.html )。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年3月)のものです。
◆日本マイクロソフト株式会社◆
マイクロソフト コーポレーションの日本法人として1986年に設立、ソフトウェアおよびクラウドサービス、デバイスの営業・マーケティング事業を展開する。マイクロソフトの企業ミッション「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」に基づき、「革新的で、安心して使っていただけるインテリジェントテクノロジを通して、日本の社会変革に貢献する」企業像を目指す。従業員数は2150人(2017年7月1日時点)。
日本マイクロソフトでマイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長を務める傍ら、サイバークライムセンター日本サテライトの責任者も兼任する澤 円(さわ まどか)さんは、卓越したプレゼンテーション技術で知られ、「プレゼンの神様」とも呼ばれる存在です。その職務や、大学での教鞭をはじめとする社外での活動をとおして、さまざまな日本企業のエグゼクティブと接し、働き方改革についても言及してこられました。急速に変わっていく世界情勢やビジネス環境のなかで、働き方改革を含めて変化を求められる日本企業や、そこで働くビジネスパーソンのあり方などについて、広い視野から澤さんにお話しいただきました。また、その存在感やルックスから“マイクロソフトのキリスト”とも呼ばれており、そのイメージをご自身のブランディングにもうまく活用されています。遊び心の利いた演出もお見逃しなく。
マネジメントは名誉職ではなく、プロフェッショナルの仕事である
日本企業における非常に大きな問題点の一つとして、澤さんは「マネジメントという職が、プロフェッショナルの仕事であると認識されていない」という点を挙げています。これはどのような意味なのでしょうか。
澤さん(以下、敬称略):多くの日本企業では、マネジメントという仕事が名誉職のように扱われています。たとえば、セールスマネージャーには営業部門で成績がよかった人がなる、開発部門のトップには技術的なレベルの高い人が就くというケースが多くみられます。「名選手、名監督にあらず」という言葉があるにもかかわらず、名選手が監督になりやすいケースがずっと続いているのです。しかし、プレーヤーとマネージャーでは、求められる能力が違います。僕がこの話をするときに引き合いに出すのが、メジャーリーグのドジャースで監督を務めたトミー・ラソーダさんです。この方は、プレーヤー時代はピッチャーで、メジャーでの活動3年間の通算成績は0勝4敗、防御率6.48というものでした。ところが、彼が監督に就いた20年間で、ドジャースは地区優勝8回、リーグ優勝4回、ワールド・シリーズ優勝2回というすばらしい成績を収めました。20世紀最高の監督とも称された名監督です。プレーヤーとしての職責を果たすには専門能力が必要であるように、マネージャーにはマネジメントのプロフェッショナルとしてワークするための能力が必要です。それなのに、必要とされるマネジメント能力とマネージャーの就任が全くリンクしていませんし、マネジメント教育も不十分です。結果、プロフェッショナルによるマネジメントが行なわれず、気合い・根性・筋・愛情・といった精神論に偏っているのが日本のマネジメントの実状です。
マネジメントがプロの仕事であるという認識や、マネジメント能力を育てる必要があるという認識が、日本企業に広まらない障壁は何であると思われますか。
澤:根底には、教育の問題があると考えています。日本の小学校や中学校で行なわれているのは、”正解があることが前提”の教育です。当然、子供は正解がある前提で物事を考え、正解から逆算する思考になります。しかし、ビジネスの世界では、唯一の正解なんてものはありません。何が起こるかわからない未来に対して価値を創造していくのがビジネスです。そして「想定外の出来事が起こること」を想定して「想定内」にする、これが本来あるべきマネジメントなのです。想定外のことが起こったときに、いかにリスクを受け入れてメンバーをモチベートし、チームをドライブして向かうべき方向に進ませるか。これがマネジメントであり、醍醐味でもあります。ですが、正解がないものに相対する能力が、子供の一番大事な時期の教育で培われていないのです。
なるほど。とても根深く、一朝一夕では解決できない問題ですね。
澤:もう一つ大きな問題は、過去の成功体験から脱却できない経営者の存在です。高度経済成長期やバブル経済などで成功体験を得た経営者は、年功序列、終身雇用といった仕組みがワークした時代の古い考え方から離れられないでいます。今は時代が違うのに、「昔はこれで成功したのだから、今もそれがいいに決まっている」という勘違いから脱却できない。”正解がある前提”で思考するくせがついている人は、その勘違いを「正解」としてそのまま受け入れてしまいがちです。勘違いに気づいている人ももちろんいますが、「出る杭は打たれる」を恐れる人もいるでしょう。そうしたことから、経営者の勘違いを否定できないのです。
ビジネスパーソンの進むべき道は管理職だけではない
日本マイクロソフトでは、今お話しいただいたような「古い考えから脱却できずに思考してしまう」ようなことはありませんか。
澤:残念ながら、当社にも古い考えの人はいます。外資とはいえ日本法人で、社員は日本人ばかりですから、マインドセットは日本のそれが圧倒的に多い。僕はいろいろな活動をさせてもらっていますが、それに対して「あの人は特別だから」と完全に別枠にするケースは珍しくありません。
日本マイクロソフトでは、マネージャーへの昇進はどのように行なわれるのでしょうか。
澤:当社では、”マネージャー=昇進、上級職”というリンクではありません。当社では、ジョブ・ディスクリプションと合わせて、ジョブレベルというものが設定されています。マネージャーになるという道は、このジョブレベルを高めていったときに生まれる選択肢の一つです。
ジョブレベルというのはどういうものですか?
澤:今、このホワイトボードに書いている数字はイメージですが(画像上参照)、このようにレベルが段階的に設定されていると理解してください。入社すると、社員の業績や評価に応じてジョブレベルが上がっていきます。これがある程度のところまで上がると、マネージャーになる道が生まれるのです。その道を選択すれば、トレーニングを受けてマネジメント能力を向上させることになります。
マネージャーになる道以外にも選択肢があるのですか?
澤:プレーヤーとして専門性を高めていく選択肢も生まれます。ジョブレベルが上がっても、管理職ではなく専門職としての技能を極めたいと望めば、プレーヤーとして進み続けることができるのです。マネージャーとプレーヤーは、どちらが上、下という関係ではありません。マネージャーもプレーヤーもあくまでプロの役割の一つであり、自分で選択できます。僕よりも年齢も年収も上の人間でも、プレーヤーとして専門職の道を突き進む人もいます。マネージャーとプレーヤーを行き来することもできますよ。
変化や失敗を恐れずチャレンジすることで成功体験が得られる
マネジメントのプロを育てるには、どうすればいいでしょうか。
澤:これも正解があるわけではありませんが、「チャレンジする場」と「失敗に対する許容」、「褒賞」をセットで与えることを考えるべきだと思います。失敗に対する許容が極めて少なく、とにかく失敗したくない、させたくないという姿勢になるのは、日本の悪いくせだと思います。失敗しないためのベストソリューションは、いうまでもなく、チャレンジしないことですから。本当は、失敗した人のほうがよほど学んでいるのです。大きな成功体験を積むには、リスクをとって大きな失敗をかますくらいのことをしなければ。そのためには、失敗した人にもセカンドチャンスが与えられる、失敗しても復活できる――社会をそういう仕組みにしなければならないと感じます。
日本人は、失敗だけでなく変化にも弱いと感じます。
澤:「一度決めたものは変えてはいけないのではないか」と考えがちですよね。それもあって、想定外のことにものすごく弱い。とはいえ、さすがにもう変わらないとまずいですね。日本だけの閉じた世界で生きていくのであればいいですが、これだけグローバル化が進んだ今となってはそういうわけにもいきません。スイスのビジネススクールが発表したデータによれば、世界の高度技能者から見て日本は「アジアで最も働きたくない国」だそうです。朝は何があっても会社に行き、上司がいる間は帰ってはいけないといった、意味のわからないルールを「常識」としてしまう日本企業は、世界でこう受け取られているというのが現実です。ビジネスにおいても、既存のビジネスや企業が、まったく違うところから現れた企業に“つぶし”にかかられているケースが世界のさまざまな業種で起こっています。Amazon、Uber、Airbnb……。まさかインターネット企業に書店がつぶされてしまうとは思ってもみなかったでしょう。そういう変化が起こる時代なのです。マイクロソフトには、「失われた10年」といわれる期間がありました。スティーブ・バルマーがCEOを務めていた時代です。バルマーはとてもいい人でしたがテクノロジーに対して全く理解がなかったために、マイクロソフトはさまざまな失敗を重ね、一時期は「とてもレガシーな会社」とまでいわれるようになりました。そして、最終的にバルマーは自ら退任を申し出ました。CEOはサティア・ナデラにかわり、今度はテクノロジーでイノベーションを起こすという方向に舵を切ると、下がっていた株価は3倍にまで跳ね上がったのです。
これだけの大企業で、それだけ大きく舵を切ることができるという企業はそうないと思います。
澤:そうでなければ生き残れないという危機感をもったからでしょう。日本でも、ソニー、パナソニック、トヨタなど、ドラスティックに企業カルチャーを変えようと必死になっている企業はあります。それも、「そうしないとまずい」という危機感をもっている証拠だと思います。
反対に、旧来のカルチャーを変えようとしない大企業もありますね。
澤:企業体として一番大事なことは、”存続すること”と”成長すること”です。変わらないままで存続できると考えているのであれば、それでいいのかもしれませんね。それで会社がもつのであれば・・・。ただ、成長という観点では、変わらずに成長できるのかどうかは疑問に思います。
働き方もキャリアも、「普通」にとらわれず自分で選んで決めるのが大事
先を見通すのが難しい時代ですが、企業で働く人はそれを前提に、どんな心づもりでキャリアを築けばいいでしょうか。
澤:明確なビジョンをもつと進むべき方向がはっきりしますし、最短距離を通ってそこへ行く手段も見つけやすいです。そのためには、「どうなれば自分は幸せか、成功したといえるか」ということを、他者に対して具体的に説明ができるぐらいになるまで言語化するのです。そうすると、とるべきアクションが明確になります。ポイントは、『自分の頭で』『自分の言葉で』それを紡ぐこと。どこかにある“正解”を探そうとすると、ぼんやりしたものになります。
澤さんご自身のビジョンは、いつごろ明確になりましたか。
澤:実は十数年前、35歳か36歳のころです。外部での講演依頼が増え、徐々に活動を広げていくなかで、他者に対して貢献していること、他者に対して何らかのアウトプットをしているという状態が、自分にとって非常に快適で成長を感じられる状態だと思ったのです。それを突き詰めた僕のミッションは、一言でいうなら「最大多数の最大幸福」です。よりたくさんのチャネルをもって、広い範囲の人に対していろいろな話をして、その人たちがハッピーになるアクションをとれるようにする。人々がおもしろい未来をつくるためのお手伝いをするのが僕のミッションだとビジョンを決めて、そのための手段としていろいろなことをしています。
働き方改革で実現すべきなのは、個人個人が自分の望む働き方を選択できること、働き方を会社が決めるのではなく個人が決めるということだと思います。
澤:おっしゃるとおり、自主性をもって、主体性をもって選択できることが大切です。会社から強制される長時間労働は認められるべきではありませんが、制度として画一的に「ここから先は働いてはいけない」などと“邪魔”するのも筋が違うでしょう。ただ、自主的に選ぶということを考えるときに問題だと感じるのが、「普通」という価値観。影響力が甚大なキラーワードです。たとえば、黒、白、黄色、赤、青といった色があります。これらはただの色です。欧米では、いろいろある、多様であるのが通常の状態です。一方、日本では、色に別の意味が乗ってしまいます。多くの人が選ぶ黄色は「普通」、白は「きれい」、黒は「どちらかというと”ディスる(蔑む、軽んじる)”ニュアンス」といった具合です。そして、「普通」の範疇からちょっとでも外れると、ちやほやされるか”ディスられる”。「普通」以外のことは、上、すなわちいいことか、下、すなわち悪いことのどちらかに判別されてしまいます。それを恐れて、無難な真ん中の「普通」の層にとどまろうとし、この「普通」のなかで生活することを選びたがるのです。働き方の多様化という言葉がありますが、”価値観の多様化”が本当の意味で必要だと感じます。
澤さんは、今後のキャリアをどのように考えているのですか?
澤:僕は当社に20年在籍しています。かなり長いのですが、会社のなかでおもしろそうな仕事が次々と“ふって”きたおかげで、社内で転職を何回もしているような感覚でした。だから、他社を選ぶ理由がなかったのです。そして今、僕は、このポジションがベストであり、ずっと続けたいと考えています。
会社から、ほかの仕事をしてくれと言われたらどうしますか。
澤:その「ほか」が魅力的なものでなければ、僕はすぐに辞めるという考えです。今も僕は、「このポジションを外されたタイミングでほかの会社に行く」と宣言をしています。いわば、FA宣言をして残留しているという状態です。それは、ただ気に入っているからとだだをこねているわけではなく、それだけこのポジションで会社に対して貢献できると考えているからです。僕は、自分で選んでキャリアをつくっています。自分のビジョンに向かって進む道は一つではありません。もし自分で選んで失敗しても、また自分で是正すればいいのです。
<前編:「出勤=仕事」「長労働時間=がんばっている」ではない。働き方改革に必要なのはツールよりも業績評価との仕組み>
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