前編:制度を超えたらやらないのではなく、自分で作った制度を自ら壊す。 ルールにしばられないのも経営者の使命。
2018.5.11 Interview
アイ・シー・ネット株式会社 代表取締役社長 多田 盛弘(ただ もりひろ) 氏
1973年、神奈川県生まれ。コンサルティング会社アイ・シー・ネット株式会社 代表取締役社長。早稲田大学卒業後、水族館勤務やタイでのダイビングインストラクターを経験。その後青年海外協力隊として、インドネシアにて国立公園のエコツーリズム開発に従事する。2005年アイ・シー・ネット株式会社へ入社後、国際協力における開発コンサルタントとして活躍。教育・保健・産業開発など、20ヶ国以上のプロジェクトを担当する。2014年に同社の代表取締役社長に就任。従来のODA(政府開発援助)関連事業のほか、民間企業の海外進出サポートやグローバル人材開発など、新規事業にも力を入れる中、経済産業省の補助金事業「飛び出せJapan!」の責任者も務める。
◆アイ・シー・ネット株式会社◆
「世界の困っている人のために、世の中をよくしたい」という思いを根源とし活動しているコンサルティング企業。国際開発援助におけるソフト分野、特に人間・社会開発分野のリーディングカンパニーとして、 開発途上国のステージに合わせて複数のソリューションを実施、 豊富な海外経験に基づいた質の高いコンサルティングサービスを提供している。アジア・アフリカを始めとする地域に根ざしたODAプロジェクトを実施しており、産業開発、ガバナンス、農業、教育など幅広い分野において、経験豊富な専門家が「人」を中心に据えた技術支援を行なっている。その実施国は100カ国以上に及ぶ。
ODAなど国際協力分野のコンサルティングを手掛ける、アイ・シー・ネット株式会社。従来の途上国ビジネスの枠組みにとらわれず、新しい風を吹き込んでいます。アイ・シー・ネット株式会社は、“働き方改革”という名称が生まれるはるか昔の25年前から在宅勤務や副業、リモートワークといった働き方を導入済み。試行錯誤を重ね女性のワークライフバランスにも取り組み、厚生労働省の最高ランク認定を受けています。今回は同社の代表取締役社長である多田盛弘氏に、みらいワークス代表岡本が「コンサルティング業務での働き方改革」をテーマに、お話を伺いました。多様な働き方を長年推進している企業のトップは、今の働き方改革をどう捉えているのでしょうか?前編・後編の2回に分けてお届けします。水族館勤務やダイビングインストラクターなどユニークな経歴をもつ多田社長。アイデアや経営者としてのこだわりにも注目です。
多い時は100名近くのコンサルタントが海外出張
水族館の飼育員やダイビングインストラクターなど、多田社長はユニークな経歴をお持ちですね。
多田氏(以下、敬称略):異色の経歴とよく言われます。大学では生物学専攻で、海が好きだったので水族館に勤めましたが、やっぱり外に行きたくなりまして。それでタイのダイビングインストラクターになりました。タイで自然破壊の現実に直面して、その後青年海外協力隊に応募。これが今の国際協力に関わるコンサルティング業務につながっています。青年海外協力隊では2年間インドネシアで働きました。現場にいてわかったのは、自然を保護するには住民の貧困問題の解決が必要だということ。ただ実際にはたいしたことはできなくて・・・。自分が何もできないことを痛感したときに、アイ・シー・ネットと出会いました。それまで肉体労働ばっかりでしたので、実はワードもエクセルも30歳になるまで使ったことがなかったんですよ。でもダイビング経験があり、海洋調査ができるということで採用されました。入社後はやることはすべて初めてだったので、楽しかったですね。他の人が嫌がる仕事もどんどんやって、気づいたら社長になっていたという感じです。弊社は創業25年になりますが、私で4代目になりました。
多田さんは、社長になられてから新しいことにチャレンジされていますよね。現在はどのような事業に取り組んでいるのですか?
多田:弊社の主力事業はJICAの技術協力プロジェクト関連です。インフラなどのハード系ではなく、教育・保健などソフト系で人材を途上国に派遣するビジネスを展開しています。例えばパプアニューギニアでは、教育レベルを上げるためにモデル授業となるテレビ番組を製作したこともあります。ラオスやバングラデシュでは、国家予算策定のコンサルティングも手掛けています。ただODA予算も、バブル経済の時代をピークに減少傾向。また数年でプロジェクトが終了するため、課題が残っていても私たちは帰国することになります。国の政策なので仕方がないのですが・・・ただ、私たちがより主体的な考えを持ったコンサルタントになれるよう、今は新たな取り組みにも力を入れています。私が代表になってからは、民間企業とのビジネスをしたり、自社でスタートアップ事業への投資を行なったりと事業領域を広げています。また学生などに途上国体験を提供する教育・研修事業にも取り組んでいます。高校生のルワンダ修学旅行をアテンドしたこともありますよ。途上国相手だと“涙をそそるストーリー”というイメージがありますが、あくまでも私たちはビジネスという視点で活動しています。例えば、インドネシア産カカオを使用した高級チョコレートの製造にも出資など。途上国ビジネスのステレオタイプな考えを取り払い、オープンでイノベーティブなソリューションがたくさんあることを広めるのがミッションだと思っています。つまり弊社の事業は、基本的に海外で働くことで売上が立ちます。そのため約170人いる社員のうち、多い時は100名近くが海外出張中ということもありますよ。最近は若手があまり海外に行きたがらないというのが、ちょっと悩みですね。
創業時から状況に合わせて在宅勤務や副業を導入
御社では在宅やリモートワークを導入されているとお聞きしました。こうした働き方を導入したきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
多田:実は弊社が創業した25年前から、在宅勤務、副業、リモートワーク、すべての働き方を認めていました。当時は社内規定もあまり整備されておらず、状況にあわせて働き方を増やしていった感覚ですね。採用したいコンサルタントが地方に住んでいたら、「じゃあ在宅OKにしよう」みたいな考え方です。例えば居住地がオランダだったら「海外在宅OK」。実際、弊社のコンサルタントのうち7~8割は在宅勤務です。副業についても、もともとは企業として契約しづらい大学講師の仕事を請けるためにOKにしたのがきっかけです。大学での仕事はネットワークを広げるのに役立ちますから。現在では週末だけカメラマンというような、好きなことを副業にしている人もいます。私自身いろいろな職歴があるので、こうした多様な働き方はポジティブに考えています。
成長時期はルールをゆるめて、大きくなったら締める
立ち上げた時は何でもOKにしていた企業でも、会社が大きくなるにつれルールを厳しくするケースが多いように思います。御社ではいかがでしたか?
多田:いわゆる大企業病ですね。実は弊社も、かつて制度改革に取り組んだことはあります。会社として何十億も稼げるようになると、やはりガバナンスが必要。大きな声では言えませんが、それまでは“てんやわんや”という状態でしたので・・・数年かけて内部規定を作りました。規定を作り、その結果どうなったかというと、会社のパワーが目に見えて落ちました。どうしても内向きになってしまい、何かを始めるときにも「規定に照らし合わせてこれはダメだ」となるわけです。働き方関連では、在宅をかなり厳しく制限しました。でもそうすると融通も利かなくなり、優秀な人材も採用できなくなりました。当時は会社の勢いがなくなっていたと思います。今となっては社長として新しいことをチャレンジしている、自由にやっているように見えるかもしれませんが、当時私自身も管理職だったので、締め付けるほうの立場でした。現在は、自分で作った制度を自分で壊しています。判断基準となるものはありますが、「制度を超えたらやらない」のではなく、社長である私が判断します。経営者がOKなら、例外としてやればいいという方針です。
成長時期はルールをゆるめて、大きくなったら締めるという繰り返しをしていかないといけないわけですね。
多田:そうなりますね。同時進行でできる会社もあるかもしれませんが、弊社はそれほど規模の大きい会社ではないですし。経営レベルのリソースも多くないので、フレキシブルな対応を意識しています。現在、私はあまり規定に照らし合わせずやっています。その裏で社内の誰かが苦労しているかもしれませんが・・・。ルールや社内リソースを考えずに決めることもありますが、これは意図的です。とくに弊社はコンサバティブになりがちな政府の仕事がメインです。そのため、どうしても考え方が小さくなる可能性が高い。ITベンチャーのようにもともとイノベーティブな方向に針が振れているならいいのですが。弊社は業界が違うので、経営者としてルールにしばられないのは自分の使命だと思っています。
ちなみに厳しくしていたときは、具体的にどんなことをされていたのですか?
多田:やはり考えるのはリスクです。特に海外在宅では労災が下りないかもしれない。もしも労災が下りないケースを試算すると、数億円の賠償が発生する可能性がありました。やみくもに海外在宅を増やしてしまうと、弊社の規模では厳しいというのが正直なところです。ですので、今は原則として新規の海外在宅は認めない方向です。認めるのは、それなりの売上につながるレベルの人など限られますね。
女性活躍推進の認定で、最高ランクの評価を受けた理由
海外での仕事がメインというと、どうしても女性は結婚や出産が影響するのではないでしょうか。一方で、御社は女性活躍推進に関する認定を受けていらっしゃいます。
多田:厚生労働省の「えるぼし」(※)と、埼玉県の「多様な働き方実践認定制度」の2つですね。どちらも最高ランクの認定を受けています。「えるぼし」の3つ星認定は、中小企業ではまだ少ないようです。産休のとりやすさ・女性管理職の数などが、評価の対象となっています。※えるぼし:女性活躍推進法に基づき、厚生労働大臣が優良企業を認定する制度。3つ星から1つ星まで3つのランクがある。実は国際協力の分野では女性の関心が高く、採用となると応募の8割が女性。しかも女性の方が語学能力も高く優秀な方が多い。ジェンダーバランスを考えると採用数は男女比1:1にしたいところですが、どうしても女性が多くなります。かつて弊社でも、産休制度があっても誰も使わない時代がありました。でも優秀な人材を確保するために、私が管理職になってからは若手もどんどん産休を取れるようシフトさせました。もちろん課題もあります。弊社ではコンサルタントの仕事は海外が基本なので、どうしても出張は多くなります。とはいえコンサルタントとして採用した人材から、産休明けに事務職に転向したい!とみんなから言われてしまうと…どうしても弊社では抱えきれません。結婚や出産を経て、コンサルタントとして働き続ける人もたくさんいます。ただし本人の意欲だけでは難しいのが実状。パートナーや両親など、周囲の支えが必要です。中には、親子3世代で海外出張にいく女性コンサルタントもいますよ。ネパールへの出張に、自分の子どもとおばあちゃんを連れて行ったケースもあります。本人が仕事している間、ホテルでおばあちゃんに子どもの面倒を見てもらっているようです。弊社では産休や育休をできるだけ長くとれる制度を設けるなど、会社としてできることは最大限サポートしています。ただ産業構造上、やはりハードルはあると感じています。今後会社としてできることがあるとすれば、ODA以外の民間事業や研修事業をさらに成長させて、国内コンサルタントして活躍してもらうという道ですね。ODAと民間では求められるスキルが大きく違うため、難しい面もありますが・・・子どもが小さいうちは国内、大きくなったら海外へ、というように流動性を持たせることは近い将来できると感じています(後編へ続く)。
<後編:25年多様な働き方を継続した企業の視点で語る、政府が進める「働き方改革」の課題。「ポジティブに辞める人は財産になる」「リモートワークよりむしろ今は対面が必要」と考える多田社長の真意とは?>
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