前編:在宅勤務を促進すればいいとは限らない。方法論をトライアンドエラーで探す、それは「働き方開発」。
2018.5.23 Interview
株式会社リクルートホールディングス 働き方変革推進部 エバンジェリスト 林 宏昌(はやし ひろまさ) 氏
株式会社リクルートホールディングス 働き方変革推進部 エバンジェリスト。2005年リクルート入社後、新築マンション首都圏営業部に配属。優秀営業を表彰する全社TOP GUN AWARDを2年連続で受賞。その後経営企画室室長を経て、2015年に広報ブランド推進室室長兼「働き方変革プロジェクト」プロジェクトリーダーに就任。2016年に働き方変革推進室室長就任し、翌年よりエバンジェリストとして活動。副業で他社の働き方に関するコンサルティングなども手掛ける。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年2月)のものです。
◆株式会社リクルートホールディングス◆
求人広告、人材派遣、人材紹介、販売促進などのさまざまなサービスを手掛ける企業。「価値の源泉は人」と考え、従業員一人ひとりがいきいきと働けるための機会・職場を提供し、多様な個性や働き方を認め合い、「個の尊重」の実現に取り組んでいる。従業員に対し「一人ひとりが起業家精神を持ち成長を続ける」という考えをベースに人材開発に力を注ぐ。また、“働き方変革”としてプロジェクトを推進。「新しい価値の創造」を目指し、さまざまな働き方を実践・検討している。
2015年に働き方変革プロジェクトを立ち上げ、リモートワークなどの働き方を導入しているリクルートグループ。今回はリクルートの働き方改革のキーパーソンともいえる林 宏昌氏と、みらいワークス代表岡本が対談!リクルートがどのように働き方改革を推進しているか、前編・後編に分けてお届けします。前編では、働き方改革をはじめたきっかけや、具体的な進め方について詳しくお聞きしました。「リクルートさんだからうまくいったのでは」と思いがちですが、実は他の企業が参考にすべきポイントがいくつもあります。林氏は副業で他社の働き方改革に関するコンサルティングも手掛けていらっしゃいます。新しい働き方を導入できない企業が抱える問題についても、独自の視点で語っていただきました。
働き方改革に必要なのは、業務プロセスの変革と働く場所の多様さ
リクルートさんといえば、積極的に新しい仕組みを取り入れている印象があります。
林氏(以下、敬称略):僕らが目指している働き方改革は、シンプルに言うと「イノベーション創出を加速すること」です。そこで、まずは自由裁量時間を作ろうというところから始めています。例えば毎日朝9時から夜9時まで働いていたら、そもそも家庭との両立すら難しいですよね。業務の効率化はずっとやってきましたが、今までのリクルートでは効率化で生まれた時間は仕事に充てるという考えでした。でも既存事業に加えて新しいことをするには、新しい情報をインプットする時間や違う人たちとのネットワークが大事。これまで通り生み出された時間を仕事に充てる選択肢もありですが、そうじゃない選択も認めていこう、という考えがベースにあるのです。実際に僕もリクルートとの仕事とは別に、副業として働き方改革のコンサルティング会社を立ち上げています。入社後1~2年目は思い切り仕事して、その後慣れてきたらNPOなどに参加する。そこで自分でビジネスをやりたくなったら、社内ベンチャーでも副業でもいいので、新しい挑戦を進めていくこともできる働き方を進めていきたいと思います。
なるほど。実際に取り組んでいる働き方改革の全体像を、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?
林:働き方改革には「業務プロセスの変革」と「働く場所の多様化」、この2つが必要だと思っています。まず「業務プロセスの変革」ですが、これは、基本的に”オンライン化”がテーマ。私たちはサイバーオフィスと言っています。一つ目は、コミュニケーションのオンライン化。僕もそうだったのですが、これまでのリクルートはとにかく「集まろう」として、日中は会議で埋まってしまうという状態でした。例えば他のメンバーが僕と会話したいと思っても、来週の水曜日まで待つなんてこともあったのです。これではリードタイムが長すぎる。参加者の予定を合わせて会議室に対面で集まるのではなく、短時間のテレビ会議やチャットツールで済むのでは、という発想です。もうひとつは、社内情報のオンライン化。外部の情報なら検索サイトを使えば出てきますが、社内情報はそうもいきません。知りたい情報を持っていそうな人に聞いて回らなければいけなかったり、引き継ぎ後に必要な情報がフォルダの奥深くに眠っていたり…。それなら全部クラウドにデータを上げて、検索できるようにしようという取り組みです。まとめると、”コミュニケーション”と”情報共有”という2つをオンラインに変えていくということです。結果的に業務プロセスの変革につながっていて、会議時間は3割減、コミュニケーションのスピードも約7割の人が早くなったと回答してくれる事例も出てきています。次に、「働く場所の多様化」という点についてですが、働く場所についても「今日はリモートワーク」「顧客アポイントの合間はサテライトオフィスで働く」というように、選択できるようになってきています。通勤時間や移動時間が減るのは結構大きなインパクト。1日のうち自由な2時間を作ることができるほどの業務プロセス変革はなかなかありませんが、リモートワークだと通勤時間の分、実現できるポテンシャルがあります。例えば通勤往復80分と身支度をあわせて2時間ぐらい時間が空けば、読めていなかった本を読もうかとか、あるいは仕事しようとか。もっと自由になると思います。営業部においては、顧客アポイントの間に、一度オフィスに戻らずにサテライトオフィスを活用することで、移動時間が大きく削減される事例も出てきました。ただし、これらを実現するためには、業務プロセスのオンライン化の推進や、マネジメントがその人の状況やコンディションに合わせてしっかりサポートする力が求められますので、私たちも、日々試行錯誤を重ねています。
労働時間が減っても、会社の成長はストップさせない
そもそも、御社で働き方改革に取り組んだきっかけは何ですか?
林:ふたつあって、ひとつめはベーシックですが女性活躍の推進です。2014年に僕が経営企画室長だったとき、女性管理職の比率を20%から2018年には30%に上げると発表しました。これを実現するには、働き方自体を変える必要がありました。育児や介護、家事も”女性の仕事”として残ってしまっている現実の中で、仕事も頑張れ、管理職になれ、とするのは女性が大変すぎます。男性も女性も家事や育児、仕事を平等にやらないと難しいですよね。とはいえ、ただ在宅勤務を促進すればいいとも限らないのです。実際に、ある女性から「どうせ家にいるなら、もっと家事をしてくれ、子どもの面倒を見てくれと絶対言われる。だから在宅勤務は嬉しいけど嬉しくない…」と言われたこともありました。女性の働き方だけではなく、男性も含めた全体の働き方を変えていかないと社会は変えられない・・・これに直面したのが大きなきっかけです。ふたつめは、M&Aで海外企業の働き方を知ったことですね。リクルートグループではグローバルの売上が今は40%を超えているのですが、それはM&Aが中心です。僕も経営企画室にいた頃、M&A先を視察する機会があり、ある会社ではもう夕方5時になるとみんな帰ります。僕たちは日本で頑張って働いて平均成長率が7%。一方、M&Aした企業は毎年前年比大幅成長し続けているのにこの働き方です。海外では基本的に遅くまで仕事をしている人は、「仕事ができないから遅くまでやっている」という考え方。でも僕らは夜遅くまでいて、朝早く行くのが格好いい、みたいな発想なんですよね。僕もギリギリ「24時間戦えますか」世代なので。日中が会議で埋まっていると自分頑張ってるな、と感じたことがありました。でも海外の企業を見て、シンプルにパフォーマンスが重要ということを再認識しました。そもそも長く働かないと本当に企業は成長しないんだっけ?という気づきがありました。
実際に労働時間が減っても、会社の成長は止まっていないということですよね。
林:止めてはいけないですね。止めないためには、個人や組織のミッション設計、アサインメント、業務プロセスを変えていくことが重要です。それらを何も変えないで、単純に労働時間だけを減らそうという働き方改革は会社や事業の成長を阻害するので、ここは重要ですね。
長時間労働になる理由のひとつは、ふわっとした不明確なミッション
労働時間を減らすと会社の成長が止まってしまうのでは・・・という恐怖感を持つ方もいるようですね。
林:実際さまざまな企業の方とお話しするのですが、「Pay for Performance」という考え方があまりないように感じます。半期や1年での「あなたのミッションは何ですか?」ということがふわっとしている。例えば人事からおりてきたミッションが「みんなで協力しながらしっかり成果を出すこと」というようなそもそも不明瞭なケースも多いようです。どのレベルの成果なら自分の給料がアップするのか、どこを下回ったら給料が下がるのか、はっきり書かれていないのですよね。営業など一部の職種にはあると思いますが。ミッションが不明確だと、計れないし計ることもない。スタッフ部門でもなるべく評価できるようにミッションを設計する必要がありますね。
林さんは以前経営企画室室長をされていましたが、経営企画の仕事はどのようにミッションを具体化していたのでしょうか?
林:あくまで例ですが、次の6000億の投資先を決める際、どんな領域で僕たちが投資していくかを取締役会で合意できたら基準レベル。納期に遅れると減点。合意だけではなく投資部門の組閣まで進んだら、加点評価という感じです。組織として具体的な目標を置かないといけないですよね。上長が「この人が頑張っているかどうか」で評価してしまうと、やはり上司の顔色が気になります。だから上司が帰る前には帰りにくくなります。今は、真逆の評価になってしまっている会社もあると思うんですよね。例えば朝11時から夕方4時に働く人と、朝8時から夜8時までは働く人がいたとします。同じ成果なら、本来は前者を評価するべきですよね。でも実際には逆で、朝から夜までいる人は生産性が低いのに「彼は頑張っている」と評価されるのは問題だと思います。
働き方を個人が選択できる会社と、そうでない会社の違いとは
ライフステージにあわせて働き方を選ぶと伺いましたが、各自に判断を任せているんですか?
林:自律的にセルフマネジメントできることを前提に、ある程度は個人に任せています。ミッションを立てる前に、あなたはこの半年~1年でどうなりたいか、3年でどういうキャリアにしたいのかをまずは聞きます。一方で上長はあなたにこれを目指してほしい、3年後は役職とか役割を担える人になってほしい、ということを伝えます。
半年スパンで働き方が変わる人もいれば、ずっと同じ人もいるということですね。
林:そうです。僕らが働き方変革プロジェクトを立ち上げたとき、従業員にメッセージしたのは「僕たちが次の働き方を決めるプロジェクトではなく、皆さんがどんな働き方がしたいかを描いてもらい、その実現をサポートしていく」ということでした。従業員はみんなパフォーマンスを守ろうという想いがありますので、評価基準を下回ってもいいと思う人はあまりいないのです。こういう風土が前提にあるなら、各自に任せた方がいいですね。ただし、キャリアが浅い人など、自律的にセルフマネジメントができない人には、しっかりと育成やサポートが前提になりますよね。
今の日本で叫ばれている働き方改革は、どちらかといえば全部一括りです。御社のように自分で選択できる環境作りまでできている会社は、少ないと思います。
林:一律で何かやるという時代ではないのです。男性か女性か、日本人か外国人かみたいな見た目のダイバーシティだけではなく、考え方やライフステージなどいろいろな違いがあるはずです。だから個人で選べるようにした方がいいという考え方です。
働き方を自由に選択できる環境作りができている会社と、できていない会社の違いはどこにあるのでしょうか?
林:できない理由のひとつは、人事の方にありがちな「平等主義」が大きいのではないでしょうか。例えば工場で働いている人と営業で外回りをしている人では、人事制度は分けた方がいいはずです。でも実際には統一したがる会社がとても多い。ある部門で新しい働き方はできるけど、他の部門ではできないことが不公平と感じるようです。でも平等といいながら、結局は誰にもフィットしない人事制度や運用ルールになってしまっているように思います。多様な働き方を導入できないところでは「社員がさぼるのでは?」とか「どうやって管理するのですか?」と聞かれることもあります。さきほどミッションが不明確という話をしましたが、半期の目標が明確ではない中で、そもそも何を管理されているのかな?と思ってしまいます。朝出社していることを管理しても、意味がないと思います。「働き方を自由にして家で働くとさぼるのでは」という話になりがちですが、問題は「管理していないからさぼる」ということではありません。「さぼるような仕事しか与えていない」、本人のやりたいことと仕事がマッチしていない。つまりアサインメントの問題なのです。仕事というと、つまらなくて苦行で、管理されながら頑張ると考えがちです。でもリクルートはそういうことがないんですよね。つまらなかったら会社を辞めるか、自ら他のプロジェクトに手を挙げるか。つまらない仕事を無理やりこなす考え方ではないことも、影響しているかもしれません。
新しい働き方を導入するには、トライアンドエラーを繰り返すしかない
長い歴史を持つ大企業の中には、なかなか人事評価のやり方を変えられないところが多い気がします。林さんはどう捉えていますか?
林:大企業にある課題のひとつは、ウォーターフォール(※1)型の考え方ですね。3年後どういう状態かを考えて、バックキャスト(※2)して、マイルストーンやKPIをがっちり決めて走るというやり方です。しかも「重要なテーマだから失敗するな」と言われてしまう。
※1.ウォーターフォール システム開発で一般的な開発モデルで、全体設計を行なってから各機能の実装を行ない、前の工程には戻らない進め方。上流から下流へ進む水の流れに例え、ウォーターフォールと呼ばれる。
※2.バックキャスト まず未来を予測して目標を先に立ててから、現在に立ち戻ってやるべきことや課題を考えること。
確かに。それと、日本のマネジメントはどちらかというと「労働時間の管理」がメインになっていると思います。
林:はい。働き方改革というと、ただ労働時間を短くしよう、夜は早く帰ろう、という話になりがちです。「どうやって業務プロセスを変えるか?」という方法が決まっていなければ、労働時間は減らないじゃないですか。例えば「夜9時に電気を消してみんな帰る」というKPIを置いてしまうのは問題です。方法が決まっていないから、仕事が大量に残っているのに電気だけ消す事態になります。これは個人としても不幸ですし、会社としても不幸ですよね。
従来のやり方を変えられないところでは、どのように対応していくべきでしょうか?
林:現在僕が副業でやっている会社で、そういう課題解決をお手伝いできないだろうかと考えています。新しい働き方はある程度見えているはずです。だからトランジション(移行)のやり方を一緒に作っていけたらと思っています。具体的には、方法論の開発をトライアンドエラーしながら繰り返していくしかない、と思っています。その結果から方針を決めるべき。最近では「働き方開発」と表現しています。方針をどんなに議論しても、方法がないと意味がないですよね。方針議論に価値があるのは、方法がたくさんあるとき。例えばAからFまでの方法があったとします。方針がまとまったらそれに合わない方法は捨てて、残りの方法をうまく組み合わせればいいと思います。働き方改革だけではなく、まず経営のパラダイムが変化していることがベースにあります。昔は未来がある程度予測できました。だから経営者たちがじっくり6か年計画を考えて、メンバーが着実に実行、ミドルマネジメントが管理するという時代でした。でも今は未来が見通しづらい時代。だからこそ、現場で新しいことをトライアンドエラーしていく必要があります。「これならうまくいきますよ」みたいなアイデアが出て、もっと全体に広げようという話になって方針化する。うまく行ったものがあれば、投資を配分していく。事業のあり方自体が変化していることから話すこともあります。働き方改革も同じではないでしょうか。世の中で会議を減らそうと言って20年ぐらい経ちますが、一向に減っていません。具体的にどうしたら会議を減らせるか、どんなテクノロジーを使えばいいかという問いがないわけです。そんな中で、とにかく減らそう、一律で帰ろうだけでは、結局何も進まないのではないでしょうか(後編に続く)。
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