後編:重要なのは、反対する人をあえて巻き込むこと。反対意見から本当の課題を洗い出し、実験を繰り返す。

2018.5.25 Interview

株式会社リクルートホールディングス 働き方変革推進部 エバンジェリスト 林 宏昌(はやし ひろまさ) 氏
株式会社リクルートホールディングス 働き方変革推進部 エバンジェリスト。2005年リクルート入社後、新築マンション首都圏営業部に配属。優秀営業を表彰する全社TOP GUN AWARDを2年連続で受賞。その後経営企画室室長を経て、2015年に広報ブランド推進室室長兼「働き方変革プロジェクト」プロジェクトリーダーに就任。2016年に働き方変革推進室室長就任し、翌年よりエバンジェリストとして活動。副業で他社の働き方に関するコンサルティングなども手掛ける。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年2月)のものです。
◆株式会社リクルートホールディングス◆
求人広告、人材派遣、人材紹介、販売促進などのさまざまなサービスを手掛ける企業。「価値の源泉は人」と考え、従業員一人ひとりがいきいきと働けるための機会・職場を提供し、多様な個性や働き方を認め合い、「個の尊重」の実現に取り組んでいる。従業員に対し「一人ひとりが起業家精神を持ち成長を続ける」という考えをベースに人材開発に力を注ぐ。また、“働き方変革”としてプロジェクトを推進。「新しい価値の創造」を目指し、さまざまな働き方を実践・検討している。
2015年に働き方変革プロジェクトを立ち上げ、リモートワークなどの働き方を導入しているリクルートグループ。今回はリクルートの働き方改革のキーパーソンともいえる林宏昌氏と、みらいワークス代表岡本が対談!前編ではリクルートが実際に取り組んだ働き方改革や、大企業が陥りやすい課題について語っていただきました。実はリクルートでも、働き方改革は難しいテーマだそうです。社内で新しい働き方に反対意見が出た時に、どう解決したのか?後編で詳しく伺います。
働き方改革に賛否両論が出たら、あえて反対する人を巻き込む

働き方改革も「ツールを導入すれば全部解決できる」と考える方が多いのかもしれません。日本の企業は、根本的に自社を変革していくことが苦手なのではと思うことがあります。
林氏(以下、敬称略):そういう面はあると思います。何かを変えようとすると、抵抗勢力がたくさん出てきます。もちろん未来が見えにくいテーマだから、当然ですがうまくいくか失敗するかはわからない。失敗することを許容してくれないと、反対意見が多い中で変革していくのは困難です。
御社には変革が進めやすい文化があると思いますが、抵抗勢力が大きいこともあるのでしょうか?
林:抵抗勢力というか、考え方の違いはありますね。例えばリモートワーク制度の導入の前に「フィジビリティ」(※1)として実験するかたちで進めようとしました。それでも、賛否両論ありましたね。絶対いいと賛同する人もいれば、「チームワークが壊れる」「若手を本当に育成できるのか」と懐疑的になる人も。あれがリスク、これが気になる、どう乗り越えるんだ、という意見はたくさん出ました。
※1.フィジビリティ(Feasibility)…事業計画やプロジェクトの実現可能性を多角的に検証すること。
そこで、まずシンプルな実験をしましょうという話をしました。「正しい魔法の杖とは言っていません。実験してよかったら取り入れますし、悪かったらやめましょう」という感じですね。反対意見をたくさんいただけることには感謝しました。反対派の人からすると僕らが抵抗勢力ですし、反対意見を自由に言える状況を作っていかないと、本当の意味で課題の洗い出しを多角的にできないからです。だから、反対派の人こそ、実験に参加してもらいました。やってもいない、遠いところからリスクだと叫ばれても話を聞きませんよ、ということも伝えました。実験で問題が起こったら検討する。乗り越えられなかったら、範囲を変えるか中止する。乗り越えられたら問題ないということですよねという考え方です。実際に課題はたくさん出ましたが、乗り越えられないほどのものはあまりなかったです。
世の中にいいツールがたくさんあってもそのまま使えることはまずなくて、試行錯誤して使い方を見つける必要がある、ということですね。
林:結局は実験で得たデータや体感をベースにしないと、変革できないと思っています。反対意見に対して議論を続けて説得したり、こちらが正しいのだと考えをふりかざしたりすると、おかしな感じになってしまう。「オフィスに誰も来なくなったらどうする!」という意見もありました。全員がリモートワークするという誤解がありましたね。だから、あくまでリモートワークは選択肢のひとつだということを強調しました。リモートワークが正解だとは思っていなくて「実験して成果を見て、選択肢として取り入れるかどうか考えましょう」というスタンスにしました。こういうやり方をしないと、難しいと思います。
運用にのせられるかが重要。だからまずは自分で試すべき

反対派を最後まで巻き込めないケースが多いですが、御社ではトップのゆるぎない意思があるからできたのでしょうか?
林:リクルートはあまりトップダウンが効かない会社なんです。ただ実験すること自体は、他の会社と比べてハードルが低いとは思いますね。例えば新サービスをリリースするときも「まずフィジビリティ(※1)してみて」ということも多いです。
フィジビリティは当たり前という企業文化があったということでしょうか。
林:はい。トライアンドエラーの結果で考えるというベースがもともとあります。絶対失敗するな!とか、フィジビリティって何なんだよ!みたいな感じだと厳しいです。「決めきるのだ」、「考え抜くのだ」という感覚だと、万人に最高の人事制度を導入せよ、みたいな話になってしまいます。これでは結局はどっちつかずで全く運用にのらないものができてしまう恐れがあります。いかに運用にのせるかがテーマ。いろいろな人の意見を統合して、場合分けとかもすごく多いものは、美しく見えても運用にはのりません。場合分けが多すぎると、まず覚えられません。そのため運用にのらないものは、決めても仕方がありません。これはリクルートに多い考え方かもしれません。
運用にのるか?という問いかけはいいですね。
林:僕がコンサルティングを担当している企業にも、「とにかく実験をしましょう」とアドバイスしています。実験して、アンケートを取ったりモニタリング指標を置いたり。まずは具体的なところから、小さく始めましょうという感じです。働き方改革を考えている皆さん自身が、実は実践していない。例えばテレワークを導入したいという人事の方に「テレワークやってみましたか?」と聞くと、実際にはやっていないことがほとんどです。やってみると、ここは良い、ここは課題だということがわかり、身をもって話せます。実体験としてこういうツールがあれば実現するというように、見えてくるものがあるはずです。「テレビ会議を導入したらうまくいくのではないか」と話していた方にツールを試したか聞くと、「使ってはいませんが、デモは聞きました」と返ってきたこともあります。使っていないのに全社で導入するのはリスクが高すぎます。まずは、自分で触ってみてほしいですね。一番小さな実験じゃないですか。
オンライン化とリモートワークとともに、信頼関係も不可欠

御社ではリモートワークを導入されていますが、メンバー間の信頼関係やチームワークについては意識していますか?
林:チームワークはすごく重要です。これがないのにリモートワークを導入すると、「あいつちゃんとやっているのか?」という類いの疑心暗鬼が生まれてしまいます。リクルートでは部活動みたいなところにも予算をかけていて、チームビルディングなどリアルな関係の強化にも取り組んでいます。何でもオンラインですぐできるというのは、ちょっと違うと思います。例えば営業でも、しっかり自律できていない若手なら対面で会ってコミュニケーションした方がいいと思います。一方でベテランだったら、業務報告・相談はビジネスチャットを活用し、顧客アポイントを増やした方がいいケースもあります。一律でなんとなく議論してしまうから、「リモートワークは不安だ」と感じてしまう。個人にあわせて選択することが重要だと思います。
雇用形態もダイバーシティ化する時代
弊社の事業ではコンサルタントが企業に赴きますが、フリーランスなので業務委託です。実はこれも、企業が新しい働き方に慣れるきっかけになるかもしれないと思っています。
林:すごくいいと思います。社員としてのダイバーシティだけではなく、雇用形態のダイバーシティ。多様な雇用形態が広がることで、仕事の進め方や評価方法の変化につながると思います。
そうですね。また、業務委託の方に対しては、労務管理ではなくミッションでの評価が基本です。とはいえ、まだ慣れていないクライアント様にそれをどう伝えるかが今課題だと感じています。
林:人が社内にいるなら労働管理しないと!みたいな発想が、まだまだあると思います。昔はそこがそのまま売上・利益に直結していました。ベルトコンベアを1分でも長く回しておくことが、売上とか利益につながった時代でしたから。でも今はナレッジワークの時代です。特にエンジニアの世界でははっきりしています。例えば1か月かけてプログラムを書く人もいれば、3日で仕上げる人もいる。しかも3日で書いたプログラムの方が優れていることもある。こうなると、何倍も価値が違うことになります。これを労働時間で管理してしまうと、優秀な方ががっかりして辞めてしまうかもしれません。
今の時代、労働時間の管理だけでは限界がきている?

労働時間=売上の時代から、ナレッジワークの時代に変わったというのが究極の変化なのでしょうか?
林:そう思います。日本の人事制度は1分1秒も管理するというのがベースでした。でも今は、労働や仕事の定義がすごく曖昧になっているように思います。例えば、自分の知識を蓄えるため寝る前に本を読む。これは仕事に役立つかもしれないし、使えないかもしれない。他にも新しいクライアントへ訪問する前に、社長の人物を知るために著書を読む。こうした行動は仕事なのかどうか、非常に曖昧です。
自分で仕事かどうか決める時代になりつつある中で、今の制度が追いついていないということなのでしょうか?
林:そう思います。もちろんガイドラインは必要ですが、個人によってそれが仕事なのか自己研鑽なのか、変わってくることもあります。曖昧なことに対して時間で管理するというのを、変えていかないといけない。昔は仕事とプライベートをきっぱり分けて管理する時代だったと思います。でも今は、個人がここまでが仕事、ここまでが自分の時間というように区別しづらいようになってきています。
御社のように自社に合うように働き方を選択できる仕組みを作って、さらにそれを自社の文化にしていくことが必要なのかもしれません。
林:「リクルートさんだからできるよね」「うちの業界では無理」と言われることもあります。基本的に「変えられない」という考えにちょっととらわれて過ぎているように感じます。会社が変わる前に、まずあなたが変わるところから始めましょう、みたいなことなのです。半径3mの人が変われば、世界はちょっとずつ変わるはず。そのためにもトライアンドエラーができる、つまり失敗・改善がある程度許容される環境が必要です。もちろんリクルートは自由なことが多いと思います。でも、リクルートでも働き方改革はすごく難しいテーマです。働き方改革でこんなことをします、と発表すると、反対意見がすごく出ました。賛成意見も反対意見もどちらかが正しくて、どちらかが間違っているということはなく、それぞれの良さがあると思います。これを延々と議論するのではなく、フィジビリティをして、具体的に良い点、悪い点を出して進めていく。これは、リクルートでもより進化させていける仕事の進め方ではないかと思います。それと働き方改革は、目的ではなく手段のはずですが、目的になっている企業がとても多いように感じます。働き方を変えたい方に「何のために変えたいのですか?」と聞くと、ダイバーシティとか、生産性向上とか、わりと曖昧な返事が多いです。目的に応じて手段は変わるはずなのに、すべての目的がごちゃまぜになっているので、何をすればいいかよくわからない事態に陥っているように思います。個人的には今後こうした企業のサポートも手掛けていければと考えています。
<前編:在宅勤務を促進すればいいとは限らない。方法論をトライアンドエラーで探す、それは「働き方開発」>
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