後編:会社組織の崩壊。企業中心の社会から、個人中心の社会に移行、変革していく。働き方改革の本質はそこにある。

2018.6.1 Interview

株式会社ベネフィット・ワン 代表取締役社長 白石 徳生(しらいし のりお) 氏
1967年生、東京都八王子市出身。拓殖大学政経学部を卒業後、1990年パソナグループの株式会社パソナジャパン(現・ランスタッド株式会社)に入社。主に外資系企業に向けた人材サービスの営業に従事し、1993年セールスマネージャーに就任。1995年パソナグループの社内ベンチャーコンテストに応募して大賞を受賞。1996年パソナグループの社内ベンチャー第1号として株式会社ビジネス・コープ(現・株式会社ベネフィット・ワン)を設立、取締役に就任。福利厚生のアウトソーシングという新しいフィールドを開拓。2000年代表取締役社長に就任(現任)。2004年ジャスダック上場、2006年東証2部上場を果たす
(※役職等はインタビュー当時(2018年2月)によるものです)。
◆株式会社ベネフィット・ワン◆
1996年パソナグループの社内ベンチャー第1号として、株式会社ビジネス・コープ(現・株式会社ベネフィット・ワン)を設立。根幹である福利厚生アウトソーシング事業では、会員制の総合福利厚生サービス「ベネフィット・ステーション」は8,572団体、約743万人の会員(2018年4月時点)が利用する。現在はCRM、インセンティブ、ヘルスケアなどの新規事業を次々と展開、2012年からは海外進出も開始している。「良いものをより安くより便利に」を企業理念に、新しい「サービスの流通創造」を目指す。従業員数は、単体743人、連結980人(2018年4月1日時点)。
福利厚生アウトソーシングサービスのトップ企業である株式会社ベネフィット・ワンは、1996年、人材ビジネスのリーディングカンパニーであるパソナグループの社内ベンチャー第1号としてその産声をあげました。現在では、福利厚生事業を根幹としながらCRMやヘルスケアなどの事業を多角的に展開するかたわら、海外進出にも果敢に挑み、その規模を着々と拡大しています。人材事業が身近なところにあり、また事業を展開するなかで海外事例も含めた多くの働き方にふれてきた同社は、働き方改革のみならず、日本社会で起こっているさまざまな問題に関する知見も豊富です。後編では、代表取締役の白石徳生氏に、デジタルトランスフォーメーションに対する思いやフリーランスというプロフェッショナル人材の活用などについて、お話をうかがいました(前編はこちら)。
デジタルトランスフォーメーションがなければ戦えないという危機感

少子高齢化が進む日本では、労働人口は減少の一途をたどっています。このことも働き方改革に大きく影響する点ですが、どのように考えていらっしゃいますか。
白石さん(以下、敬称略):これまでの日本は、企業は雇用というスタイルで労働力を“買う”というワンパターンでしたし、個人も雇用ベースでないと労働力を提供することが難しかった。日本は特にこれに固執していました。しかしこれからは、労働人口が減少するなかで、残業を減らしながら生産性を上げないといけない。そのためには、HR TechのようなIT技術の活用は必須でしょう。
御社では昨2017年、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進部を新設されました。このことも、そうしたお考えに関連してのことなのでしょうか。
白石:僕には、IT技術を積極的に使っていかないと取り返しのつかないことになるという危機感があります。技術革新が加速度的に進んでいる今、その技術を活用しなければ、グローバルで戦っていくことができません。たとえば、携帯電話はスマートフォンになって飛躍的に進化しました。自動音声認識もここ数年で認識力は驚異的に向上しています。クラウドが普及して、世の中のコンピュータは全部つながりました。コンピュータの生産性は圧倒的に高まったのです。事業運営において、ビジネスモデルを生み出したり、生産性を上げたり、さまざまな面でその力は不可欠です。調査会社のIDCでは、DXの成熟度を5段階であらわしています。最も進んでいないステージは「デジタル抵抗者」で、個人レベルでのIT化は進んでいても企業戦略にITを取り入れられていない状態です。最も成熟したステージが、テクノロジーを駆使して新しい製品やサービスを生み出す「デジタル破壊者」。我々はこの「デジタル破壊者」を目指す必要があります。そのためには、経営トップだけでなく社員にも、世の中に何が起きようとしているのか、何が必要なのかということを理解してもらう必要があります。そのDXの必要性を周知して意識を醸成し、当社のDXを推進していくのがDX推進部の役割です。
経営トップの危機感や変革の必要性を社内に浸透させるのは、時間がかかることと拝察します。
白石:まさに革命に近いことですから、最初はなかなか理解されないと思います。それでも、やらなければいけないのです。
IT技術の活用と働き方改革、本社移転はすべて連動している
そうすると、御社の働き方改革とDXに対する意識はつながっているということですか。
白石:この危機感、デジタル化への意識は、当社が働き方改革を実施するにあたって大きく影響している要素の1つでもあります。HR TechのようなIT技術の活用は、新たなサービスやビジネスモデルを生み出すという観点でも非常に重要なポイントです。労働人口の補填、生産性の向上という観点でも同様ですが、とはいえこうした技術の活用だけでは限界があります。やはり人の労働力を確保しなければなりません。そこで企業が、今までのようなフルタイムオフィス勤務の「社員」というかたちだけでなく、個人個人のライフシーンにそった雇用を拡充することができれば、人々は出産、育児、介護といったいろいろな状況に合わせながら働きやすくなります。それだけ、仕事を諦めなくていい人が生まれるということであり、企業にとっては働き手を獲得できるチャンスにつながるということです。人手不足が加速するこれからの時代、企業が雇用体系をどれだけ多様化できるかというのは重大な分岐点です。正社員雇用に固執せず、個人契約のようなところまで含めて、企業と働き手の契約を多様化することができれば、働く場所もオフィスや在宅、働き方も専業や兼業といったように、選択肢をつくることができます。そこから生まれる新たな発想、ビジネスも起こってくるでしょう。在宅ワークやサテライトオフィスの実現など、従来ではできなかったような働き方ができるようになったのも、通信インフラの発達などIT技術の活用があればこそです。夫の転勤でフランスに住むことになった女性社員は、今フランスで当社の仕事をしています。それは、通信インフラがローコストであればこそ実現できることです。IT活用と働き方の多様化は連動する話なのです。同様に、技術の進歩やインフラの発達によって、日本企業の本社移転も進むのではないかと考えています。
どうして日本企業が本社移転を進めるのか教えてください。
白石:東京に本社を置いていて、コストで勝てるわけがないですから。欧米でも、金融の会社は都市部にあっても、それ以外は郊外にあります。そもそも、これだけ企業が1つの地域に集中している国は日本だけでしょう。企業が東京に集中しているから、お金も人口も東京に集中してしまうのです。東京に集まる企業がかさむコストを負担するその裏では、地方の過疎化が進んでいる――。その循環がずっと続いています。しかし、どこかのタイミングで「いち抜けた」と地方に居を移す企業が出れば、追随せざるを得ない同業他社は増えてくると思います。なぜならば、コスト競争力に歴然と差ができてしまうからです。日本がピークを迎えるであろう2020年の東京五輪のあとは、ものすごい勢いで企業の地方移転が始まってもおかしくありません。そうなれば、人も合わせて地方に移動していくでしょう。地方過疎化の解決は、観光などではなく、単純に職場の場所という問題が大きいものです。当社はもう10年前から、社員の60%はオペレーションセンターのある愛媛にいますが、何も困っていません。それどころか、我々がそれをやったことによって、福利厚生業界の各社がコールセンターを地方にもっていきました。当社の本社も、どこかのタイミングで東京から移そうと考えています。
シビアに評価されるフリーランスだからこそ、優秀な人材から変わっていく

フリーランスという働き方については、どのように考えていらっしゃいますか。
白石:今後はごく普通に、フリーランスの時代が来ると思います。会社員の方々がなぜ個人事業主にならないかというと、仕事がなくなったら困るという恐怖心があるからではないでしょうか。これまでの数十年間は人が余っていた時代でしたから、職の保証が重要でした。ところが、今後は人が足りなくなりますから、仕事がなくなる心配はそれだけ減ることになるでしょう。税制面でも、会社員は一方的に守られる立場ではなりつつあります。そういうことを腹落ちした瞬間に、相当数のビジネスパーソンが「いち抜けた」とフリーランスの道を選ぶと考えます。かなり普通の人でもフリーランスになってくるでしょう。
それは歓迎すべき変化ですが、一方で、プロ意識の低いフリーランスの方が増えるのではないかと心配しています。「ここの仕事がなくなっても別のところの仕事をすればいい」と考えて、中途半端な仕事をしてしまうようなことは起こらないでしょうか。
白石:海外のタクシー業界では、Uberができてからタクシーのサービスの質がとてもよくなったといわれたそうです。なぜかというと、乗車に関する記録や評価が全部残るから。いいサービスをすれば収入が上がるし、悪いサービスをすれば収入が下がるということを、運転手の方たちは身にしみて実感したでしょう。日本のフリーランスも同じで、フリーランスの仕事の記録や評価は、クライアント企業や、みらいワークスやクラウドソーシングのようにクライアント企業とフリーランスの間に入る企業・サービスが保持しています。これがオープンに公開されれば、会社の時代よりもフリーランスは仕事の質を問われることになります。そうした蓄積情報は、企業内の人事考課よりもはるかに公平でシビアな評価ですし、日本企業の人事考課データは転職してもトランスファーしませんから。実際、クラウドソーシングのサービスでは、フリーランスの過去の評価が公開されており、クライアント企業はそれを参考にしています。もしかしたら、質の低いクラウドワーカーが和を乱すというような混乱も一度は起こるかもしれませんが、質の低いフリーランスは必ず淘汰されます。プライシングも、自然に落ち着いてくると思います。そういう意味では、質の高い仕事ができる、会社を動かしているような人材こそが、必然的にフリーランスになってくのかもしれません。
そうなると、働く人も意識改革が求められますね。
白石:おっしゃるとおりです。企業に属していればいいという時代ではなくなります。会社員として働いているときも、「私は、“今”はA社に属している」くらいの、それはテンポラリーなものであるというような意識であるべきですし、たぶんそのように変わってくると思います。
コア業務と定型業務の両端からフリーランスの活用が広がる

現在の日本企業におけるフリーランスの活用は、どうしてもノンコア業務がメインになっているという実感があります。従来からの「アウトソーシング」という発想の延長線上にあるのかもしれません。みらいワークスが紹介している方々をはじめ、フリーランスにはプロフェッショナル人材も非常に多いので、そのアンマッチ感がもったいないように思います。外部のプロフェッショナル人材の活用について、経営者の方から見てどのようにお考えになりますか。
白石:これからの時代は、本当に優秀な人材を社員として雇用するのは非常に難しくなると思います。先ほど申し上げたように、優秀な人材ほど独立して、個人でフリーランスとして仕事をしていくという方が増えるでしょうから。そうなると、コア業務こそフリーランスの方にと、求める能力が高ければ高いほどなっていくのではないでしょうか。当社で重要な役割を担っているDX推進部には、みらいワークスから紹介を受けたフリーランスの方に入っていただいています。ノンコアどころか超コア業務ですが、裏方の仕事の多くの部分は彼がやっているといってもいいほどです。超がつくようなプロフェッショナル人材としてのフリーランスの活用の仕方は、このように企業側が変化せざるを得ませんから、変わっていくでしょう。それとは別に、主婦や農業従事者のような方たちが兼業で在宅ワーカーになるというようなフリーランスも出てきています。こちらは完全に定型業務をお願いするイメージですよね。その両端から、じわじわとフリーランスの活用が広がっていくような気がします。
そうなっていくと、会社組織の姿はかなり変わっていきそうです。
白石:僕は最終的に、「会社組織の崩壊」という未来像を描いています。企業中心の社会から個人中心、「私」中心の社会に移行、変革していく。働き方改革の本質はそこにあるのです。日本の企業は、基本的にクローズの姿勢です。企業文化もシステムも全部クローズにして囲い込もうとしていますが、そのかたちもおそらくもう通用しないと思います。システムもクラウド化していき、企業がかっちり定めていた「我が社」という枠がもっとフラットな組織に大きく変わっていく。今はその過渡期にあります。その過程では、複数の企業が共同出資して事業を展開したり新規事業を立ち上げるジョイントベンチャーが増えていくでしょう。仕事の進め方もプロジェクト単位になって、働く人は当然フリーランスが多くなります。企業という単位ではなく、プロジェクトという単位に変わっていくという見方もできます。日本では特に、企業単位で物事を考える傾向が強いにもかかわらず、それと反比例するかのように、地方の過疎化や少子高齢化の加速による人手不足の影響を非常に強く受けます。問題が多いということは、その問題を解決しなければならないと働く力が強くなるということ。ですから、個人単位、プロジェクト単位へ移行していくそのふれ方は、一気に発達して、欧米諸国などと比べても極端なものになるかもしれませんね。東京からの本社移転、職場の移転と、脱正社員雇用といった2軸が、日本の問題を解決するための具体的な一歩になっていくのかなという感じがしています。
<前編:働き方改革に必要なのは「脱時給」と「固定概念からの解放」。そして働き方改革で実現するのは「雇用体系の多様化」>
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