後編:従来の日本の働き方、だめなのは「時間基準」であるところ。大事なのは時間ではなく「アウトプット」である。

2018.8.1 Interview

インフォテリア株式会社 代表取締役社長/CEO 平野 洋一郎 氏
1963年熊本県生まれ、東京都在住。熊本大学を中退し、ソフトウェア開発ベンチャー設立に参画。ソフトウェアエンジニアとして、8ビット時代のベストセラーとなる日本語ワードプロセッサを開発。1987年ロータス株式会社(現:日本IBM)に入社、プロダクトマーケティングおよび戦略企画の要職を歴任。1998年インフォテリア株式会社設立と同時に現職に就任。本業の傍ら、青山学院大学大学院にて客員教授として教壇に立つ(2008年~2011年)など精力的に活動し、現在はベンチャーキャピタルFenox Venture Capital Inc. アドバイザー、ブロックチェーン推進協会代表理事、先端IT活用推進コンソーシアム副会長、XML技術者育成推進委員会副会長などの公職を務める。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年5月)のものです。
◆インフォテリア株式会社◆
1998年、国内初のXML専業ソフトウェア会社として設立。「発想と挑戦」「世界的視野」「幸せの連鎖」を経営理念に掲げ、企業の多様なシステムやデバイス、データを「つなぐ」ソフトウェア・サービスの開発・販売を手がける。代表的な製品として、データ連携ミドルウェア「ASTERIA」、モバイルコンテンツ管理システム「Handbook」、IoTモバイルクラウド基盤「Platio」などがある。2007年6月東証マザーズ上場、2018年3月東証1部へ市場変更。日本を含めて5か国9か所に拠点をもち、連結従業員数は120名(2018年3月31日時点)。2018年10月1日付で社名を「アステリア」へ変更予定。これによりブランドを確立してグローバル展開を一層加速し、世界中に価値を提供する企業となるべく挑戦を続ける。
システムやデバイス、情報やデータを「つなぐ」ソフトウェア製品群の提供をとおして、「個」が分散して協調する社会へのシフトに貢献するインフォテリア。同社独自のユニークなテレワーク施策は社会から高い評価を受けていますが、そのテレワークも簡単に浸透したわけではないと、インフォテリアの平野洋一郎代表取締役社長/CEOは言います。制度が浸透するまでにどのような課題があったのか、テレワークなどの制度をきちんと生かすには何が必要なのか。さらに、そうした制度を自社で役立てるだけではなく、「多様な人材が活躍できるような働き方」の実践を通して世の中の変革に貢献するとはどういうことなのか――。平野さんにお話を伺いました。
テレワークの重要課題はマネジメントの意識改革

テレワークが全社完全導入に至るまでの“実証実験”では、具体的にはどのような課題が表出しましたか。
平野さん(以下、敬称略):まずは回線です。一番最初に導入した当時は、自宅で使っている回線がまだADSLとかISDNという頃で、テレビ会議をするにしても回線が細くてままならないこともありました。そういう課題に対しては、環境をアップデートするための補助金を出したりしました。家で仕事をするといっても子供がいて仕事にならないという声も多く、仕事しやすいカフェの情報を共有したりもしました。ツール面でもいろいろ課題がありました。個々の仕事状況を毎日メールで報告するのは手間だということで手軽に入力できる報告用シートを作ったり、TV会議ができるSkypeのIDを全社員で取得したり。当社の製品であるHandbookに必要な機能を少し付け加えて、社内の情報共有ツールとしても活用しました。それでも、ツールや環境面の課題が出てくるだろうことは最初からある程度予見していましたし、時間とお金をかければそれなりの形になります。一方で、最初の段階では見えておらず対応が容易ではなかった課題が、“マネジメントの意識”の問題です。社員ごとに置かれた状況が異なる中で「自由にテレワークをしてください」というと、ある社員Aさんは家庭の事情でテレワークが多くなり、反対にテレワークをほとんど使わないBさんもいます。そういう状況を見てマネージャーがふと、「Aさんは会社にあんまりいないよね」と言ってしまう。それが事実でも、たとえ悪意がなくても、その一言で部下は途端にテレワークしにくくなるでしょう。テレワークに対する理解がマネジメント側になければそういう事態になります。
テレワークを使うことで悪い評価になってしまう懸念があれば、そうなるのは必然でしょうね。
平野:まさしくその評価が重要です。テレワークにするなら、「いつどこで何をしているか」ではなく「何がアウトプットされたか」で評価しないといけません。しかし、マネージャーは従来の価値観とやり方で、目に見えるところにいる人を高く評価し、オフィスにいないメンバーを「あいつは何をしているかわからない」と見てしまいがちです。アウトプットで評価することの難しさは、マネジメント面でのもう1つの“壁”でした。部下を評価する基準が変わるということは、マネージャーとしての仕事の仕方が変わるということでもあります。意識は簡単には変えられないでしょうし、難しいのは理解できます。それでも、テレワークを本当の意味で浸透させようと思うなら、マネージャーの意識改革を促進し、部下を信頼してアウトプットで評価する仕組みを整えなければいけません。ここは、テレワークの推進にあたって重要度が高い割にはあまり気づかれないところであるように思います。
大切なのは「個」に最適な働き方を「個」が選び、成果を出すこと

社員の方も、テレワークという働き方に慣れるためには意識の変革が求められるでしょう。難しかったのではありませんか。
平野:当然、いきなり変えるのは難しいです。オフィスにいない状態でもチームの一員として働く意識を持ち仕事を遂行できようになるには、時間もかかります。でも、東日本大震災後の全社一斉テレワーク経験から得たものもありましたし、今でも5営業日毎日テレワークしているという人はいません。メンバー同士で顔を合わせる日もありますし、リアルでミーティングも実施されます。それに当社は、「自主的に何かができる人」「自分で考えて動ける人」を採用しています。これはテレワークのためではなく、そういう人材が会社として必要だからですが、「言われないと動けない人」は「見られていないと動けない人」かもしれません。そういうことも当社の社員がテレワークをやりやすいことと間接的には関係があるでしょう。テレワークという制度に対して「ラッキー、サボれる」なんて思う社員がいる会社ではないということです(笑)。肝心なのは、自分のライフのなかで「テレワークのほうが仕事とそれ以外を両立しやすい」「効率が上がる」「仕事のクオリティを保てる」というような時にテレワークを選べることです。社員もそれを理解しています。
我々みらいワークスは、「働き方改革の本質は、杓子定規に残業を減らしたりリモートワークを導入するということではなく、1人ひとりがライフステージや状況に合わせて選択できる社会を実現することだ」という言い方をしています。
平野:従来の日本の働き方のだめなところは、「時間基準」であること。大事なのは時間ではなくアウトプットです。「暑いから会社に行きたくない」と言うメンバーも、アウトプットをきちんと出しそれを会社が正当に評価すれば、何の問題もないはずです。「何でも一律」も本当に良くないですね。一律というのは20世紀型の社会、組織の発想です。休みひとつとっても、せっかく有休があるのに使いきれず、だから一律で祝日を増やしましょうという発想になる。本末転倒です。全員が一斉に休んだら、帰省も観光も特定の時期に混み合って高額になるだけでまったく有益ではありません。プレミアムフライデーにみんなで一斉に早く帰るなんて……。本当にあるべき働き方は、個別に必要とするものを必要なときに自分の都合で選択できるという姿でしょう。そして、個人個人が「個」の価値をすぐれたものだとアピールして生かし、それによって社会に貢献する。そういったことを可能にするのが本来必要な働き方改革であるべきです。
パワーが「組織」から「個人」にシフトしていく21世紀型の社会で、雇用はどのようになっていくとお考えですか。
平野:20世紀型の社会では、固定化された組織の一つひとつに雇用された人がぶら下がっており、そこにはヒエラルキーがありました。21世紀型の社会では「雇用」は「個要」になる。これは僕の造語ですが、働く人々が会社や組織にぶら下がるのではなく、それぞれの「個」が必要とされるかどうかがポイントでそれが仕事を進める形になっていきます。
個人の「フリー」に対する誤解、企業に対する“妄想”

御社では、個人のプロフェッショナル人材に仕事を依頼することも多いというお話ですね。
平野:開発では創業当時から、個人と契約を結んで仕事を依頼してきました。しかしこの点が、上場するときに主幹事の証券会社に問題視されました。曰く、個人との契約は非常にリスクが高いし、不正の温床にもなると。「なぜ会社ではなく個人なんだ?」と言われました。知らない人からみれば、会社に、さらにいえば規模の大きい会社に外注するほうが、リスクヘッジができると思うのでしょう。どうしてそんなに個人のレベルや内容に対して信頼が低いのだろうと、つくづく思います。世の中はまだ「会社のほうが信頼性が高い」「会社のほうがアウトプットがいい」といった“妄想”を続けています。でも、個々のエンジニアの力量の違いというのはそのようなものではありません。「AさんがだめだったからBさんに」というわけにはいかないのです。当社は注文通りに開発を行う「受託開発」ではなく、自ら考えたことを設計し開発を行う「製品開発」ですから、エンジニアのインスピレーションやセンスで進めてもらうことでいい製品に仕上げられるという場面が非常に多くあります。そのために必要なプロフェッショナル個人個人と僕らはつながっているわけです。千、万単位の従業員を抱えた大きい組織で何でも完結させようとするより、はるかにスピーディーで品質の高いアウトプットを得ることができる個人のプロフェッショナルの価値は、僕らにとって非常に高いものです。20世紀型の組織での仕事を「恐竜」にたとえるならば、「個」とつながる21世紀型の社会での仕事はチーターのような速さです。
働き方改革が進みつつある今でも、「フリーランス」という言葉だけで「地に足がついていない」「仕事ができないからフリーになっている」というような見方をする人がいます。正しい姿を世の中に広めていくためには、実践をとおしてフリーランスやプロフェッショナル人材としての「個」の価値観に気づいてもらいたいと考えています。
平野:「フリーランス」という言葉も、ネガティブに受け取られがちですよね。高度な専門性をもって、雇用という形態ではなく企業と契約して仕事を請け負う人材を「インディペンデント・コントラクター」と呼ぶこともあります。これはちょっと長いですけれど、フリーランスは「インディペンデント(独立した、自立した、頼らない)」、まさしく「個」なのです。
実践してアピールする。その波紋がよりよい未来をつくる

御社の考え方には非常に共感しますし、非常に先進的な企業であると感じます。
平野:この会社を始める前、僕は外資系のロータスという会社に在籍していました。ロータスでは、ダイバーシティやLGBTについての社内教育が相当ありました。1991年には、ホモセクシャルのカップルを通常の婚姻と同じように扱うと宣言しました。それは本社のあったアメリカでも早い動きで、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルにも載ったほどです。会社の動きを受けて、社内ではカミングアウトする人が増えましたが、そのなかには力量のあるエンジニアやリスペクトされているマネージャーもいました。僕はそういう姿を見てきましたから、LGBTに対して区別、差別しないこと、会社がそうあることは当たり前だと思っていたのです。ですから、あえて言及することもあまりしませんでした。でも、数年前から日本でそうしたことが注目を集めるようになって、そこで初めて「当たり前じゃない、普通じゃないんだ」とわかりました。それならば、当社でも制度として明確に整備し社員の意識を高めようと考えました。2015年にはLGBTの方々を含むダイバーシティ採用を推進しましたし、さまざまな制度整備や啓発のためのセミナーを実施してきました。そして、こうしたことを少しでも社会に広めたいと考え、実践したことを対外的にアピールしています。プレスリリースも出しますし取材にも応えます。テレビや大手新聞社など多くの媒体で報道されてきました。日本には、何も言わずに良い行ないをしていることを尊ぶ美徳のようなものもあります。端から見て、当社のアピールをスタンドプレーのように思う人もいらっしゃるかもしれません。けれど、こういう小さい企業でも上場企業がそういう取り組みをしているのを知り、「うちもやろう」と思う社長が何人かでも出てくれれば、そうした「当たり前」や「多様な人材が活躍できるような働き方」が少しずつでも広がっていくじゃないですか。
御社流の世の中の変え方なのですね。
平野:20世紀型の組織なら、従業員を通じてすぐに千単位、万単位に伝播するかもしれませんが、21世紀型の小さい「個」である僕らはそういうわけにはいきません。こうやって少しずつつながって広げていくしかないですから。指をさされながらでも継続していきます。自分ではインフォテリアのことを、特別先進的なことをしている企業だとは思っていませんが、日本の企業が“進んでいない”ということはわかりましたので、がんがんアピールします。そしてそういう動きが少しずつでも波紋のように広がっていったら、より多くの人材の能力をより活かせるようになる。そこに、より良い未来があると思うのです。
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