後編:苦しいことは何分割かになって、感動は何倍にもなる。 そういう生き生きした環境でこそ人間は力を発揮する。

2018.8.15 Interview

株式会社アトラエ 代表取締役 新居 佳英 氏
1974年生まれ、東京都出身。1998年上智大学理工学部を卒業、同年4月株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。当時社員数150名規模で未上場のベンチャー企業であった同社にてアントレプレナーシップならびに、ビジネスパーソンとしての基礎を学ぶ。2000年7月自ら設立した関連子会社の代表取締役に就任。2003年9月株式会社インテリジェンスを退社し、同年10月株式会社アトラエを設立、代表取締役に就任。長年経験してきた人材紹介事業などの経験をもとに、人材業界において数々の画期的なビジネスモデルを造るなど挑戦を続けている。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年6月)のものです。
◆株式会社アトラエ◆
「世界中の人々を魅了する会社を創る」をビジョンに、成功報酬型求人メディア「Green」、組織改善プラットフォーム「wevox(ウィボックス)」、完全審査制AIビジネスマッチングアプリ「yenta(イェンタ)」などの事業を展開する。2016年6月東証マザーズに株式上場、2018年6月に東証1部への市場変更を果たした。2017年9月期の売上高は約18億3000万円、営業利益は約5億6000万円。社名の「アトラエ」とは、スペイン語の「atraer(アトラエール)」という動詞の活用形で、「魅了する」「引きつける」の意。
階層がある従来の「ヒエラルキー型組織」に対して、役職による上下関係や階級などが存在しない「フラット型組織」「ホラクラシー組織」といった新しい組織形態が注目を集めています。肩書きのないフラットな組織をいち早く実現している株式会社アトラエは、働く人が生き生きと活躍できる組織を原動力として、さまざまな事業をパワフルに展開しています。従来の日本企業にはない独自の組織運営を掲げて活動を続けてきたアトラエの新居社長は、意外にも「終身雇用が望ましい」と語ります。そんな新居社長に、チームで仕事をすることに対する思い入れや今の働き方改革について、さまざまなお話を伺いました。
「組織」と「事業」を両輪に、人々を魅了する組織でありたい

今、新居さんが社長として担っていらっしゃる役割を教えてください。
新居さん(以下、敬称略):組織や採用など人がらみのところが20%から30%、新規事業30%、株主や機関投資家対応を含めたIR関連が20%ぐらいで、残りが戦略立案やM&A、協業といったところです。既存の事業には一切タッチしていません。もちろん定期的な報告は受けていますし、何かあればミーティングに入ることもありますが、基本はすべての権限を現場のチームに渡しています。
現在御社では、成功報酬型求人メディア「Green」、組織改善プラットフォーム「wevox(ウィボックス)」、完全審査制AIビジネスマッチングアプリ「yenta(イェンタ)」の3つの事業を主に展開していらっしゃいます。これらは新居さんのアイデアからでしょうか?
新居:Greenとwevoxは僕のアイデアですが、yentaはメンバーから出てきた企画です。アトラエでは、1年目の社員も5年目の社員も、エンジニアだろうと営業だろうと関係なく、新規事業のアイデアをボンボン出してきます。その中で、僕はOne of themです。人から「新規事業の立ち上げ方を教えてください」とよく聞かれますが、特別なことは何もしていません。経験豊富な人のほうが事業のヒット率を高くしやすいですから、今のところは僕のほうが高いヒット率を出せる傾向がある。けれど、この先は僕もだんだんアイデアが思いつかなくなるでしょうし、若い人の提案する事業のヒット率も高まっていくでしょう。
今後、こういう事業を興してみたいというものがあれば、教えてください。
新居:事業に対するこだわりはあまりないので、「こういう事業をつくりたい」という思いはそれほどありません。ただ、「できるだけ多くの人に使ってもらえるサービスを生み出したい」という思いはずっと持っていて、メルカリのように多くの人が使うサービス、そういうものをつくってみたいという思いはあります。
御社の「世界中の人々を魅了する会社を創る」というビジョンは、事業云々というよりは、自分たちの組織がどうありたいかという思いなのでしょうか。
新居:会社というのは、“組織”と”事業”が両輪だと考えています。その「会社」を「つくる」と掲げている以上、世界中の人々を魅了する組織も、世界中の人々を魅了する事業も、両方をつくるという意識です。自分自身の中にも、「社員が本当に生き生きと働ける組織にしたい」という思いと、「こういうレベルの会社をつくりたい」という思いとが同じぐらいあります。「魅了」というのも、単にサービスや製品の価値を届けるという意味ではありません。魅了するというのは、値段相応あるいはプラスアルファの価値を提供するよりもっと高みのもの。アトラエは、あらゆるところで多くの人に「アトラエのファン」になってもらえるような組織でありたいと思っています。
信頼できる仲間と生き生き働けるチームなら終身雇用でいい

当社みらいワークスは、フリーランスとして働くプロフェッショナル人材と仕事をしていますし、私自身もみらいワークスを興す前はフリーランスとして働いていました。そうした中では「組織の中で働き続けるのはナンセンスだ」と思っていましたが、御社のような組織ならばそんなことはないのだろうと感じます。
新居:僕は、信頼できる仲間と生き生き働ける会社があれば、終身雇用でもいいのではないかと考えています。今の世の中において、株式会社という枠組みは、依然として非常に使いやすい“座組み”です。1人で実現できることには限界がありますが、会社組織であれば仲間と一緒に大きなことも成し遂げやすい。これは事実でしょう。それから僕には、「1人でやるよりもみんなでやるほうが楽しい」という気持ちがあります。スポーツのチームにおける「one for all, all for one」のように、みんなでチームとして働けば、苦しいことは何分割かになって、感動は何倍にもなる。信頼できる仲間と生き生き働くことができれば、それがきっと一番楽しいし、一番理想で、そういう環境でこそ人間は一番力を発揮することができると思っています。
最先端の組織である一方で終身雇用が望ましいというのは、相反する考えのようにも思われますが、いかがですか。
新居:今、世の中で叫ばれているいわゆる働き方改革では、人材を流動化させることが新しい働き方であると思われているところがありますが、それはあくまでも個人個人が好きな道をきちんと選べる世の中にしないといけないという意味だと思っています。そうでないと、まるで奴隷のように囚われることになり、ストレスが溜まりますから。それに今は、生き生きと働くことができる会社があまり多くありません。だから、「フリーランスとして自由に働いたほうがいい」「働き方の多様性が求められる」と言っているところがあると思います。確かに今は、日本の典型的な会社や、組織で働くよりも、フリーランスのほうが稼げるし楽しいというのが実情かもしれません。もちろん、自分がしたいことを実現できるのならば、フリーランスでも業務委託でも契約社員でもアルバイトでもいいだろうとは思います。けれども、自分の信じる何かのために、仲間とともに全力で事を成し遂げる――。そのことで得られるやりがいは大きいと思いますし、生き生きと働ける楽しいチームは絶対にもっと大きなことが実現できるはずです。
「ずっと働きたい」と思えるフラットな組織はパフォーマンスを出せる

新居さんの考え方は、従来の日本型組織とはまったく異なり、かといってフリーランスのような個の働き方でもない。今の日本社会にある働き方とは一線を画した路線を突き進んでいらっしゃいますね。
新居:基本的に僕は、働く人々が「ずっとこの会社で働きたい」と思える会社で長期にわたって働くこと、その結果、会社の離職率が低い状態が続くというのが圧倒的に理想であると思っています。それは新しいとか古いとかではなく、変わらない理想です。今までは、会社の周りに高い壁を築いて社員を囲い込むことで強引に終身雇用を実現していましたが、今ではその壁も壊れました。でも、元々あるべき雇用というのは、高い壁をつくって社員を囲い込むことで実現できるものではなく、まして鎖でがんじがらめにしても実現できません。真ん中に旗印があって、その目標を実現したいと思う社員が旗を取り囲み、その周辺にフリーランスも業務委託の人もパートナー企業も集まってくるという状態が理想だと思うのです。要は企業の求心力が重要なんです。
おっしゃるとおりですね。ただ現実的には、日本社会には働きづらい会社はまだまだ多く、さまざまなハラスメントも横行しています。
新居:セクハラもパワハラも、会社がパワーをもっているから起こるわけです。そんなハラスメントを受けたら、そんな会社はさっさと辞めてしまえばいい。そうすれば、その会社はパワーを失いますよ。優秀なエンジニアからすれば、「働きづらい会社だから辞めます」というだけの話で、仕事は他にもいくらでもあるでしょう。今の日本の悪しき働き方に対して、まったく疑問を抱かずに働ける人、あるいはおかしいと感じていても自分を押し殺して働き続けている人というのは、僕からみれば少し残念に思えてしまいます。その職種における業務遂行能力があるかないかは別として、です。もちろん、人には色々な事情があるでしょう。それでも、おかしいことには気づいて欲しい、それを言動で示して欲しいと思うのです。おかしいと思ったときに壊すべきなのは、「ルールだから」と押し殺す自分ではなく、“おかしいルール”そのものであるべきです。
御社の考え方は、今の「働き方改革」で実現しようとしている社会の更に先をいっているのですね。
新居:そうとも言えると思います。当社の組織運営や僕の考え方を“宇宙人”と称する声もよく聞かれます。古い組織、古い考え方の人と話しても理解されないことも多い。でも、理解されなくていいと思っています。そういう組織であることを理解されたい、認められたいと思ってやっているわけではなくて、その方がパフォーマンスを出せるとわかっているから行なっているだけなので、結果を見て判断してくださいという考えです。
今後、御社と同じように、フラットの組織や独自の働き方を目指す会社は出てくるでしょうか。
新居:そうなるでしょう。その方が組織として強いですから。特に知識産業、IT関係、クリエイティビティを発揮することが求められる産業に関しては、その方が圧倒的にパフォーマンスを出せると思います。ですから、新しい会社はどんどんそちらを選択すると思いますよ。
経営者だけが幸せになる会社に価値はない

最初は2人で立ち上げたアトラエですが、これからはどのような組織にしていきたいですか。
新居:組織を変えていこうという風にはあまり考えていません。今の形のままで、このまま大きくなればいいと考えています。たとえば行動指針をバージョンアップさせたり評価制度をメンテナンスしたりといったような細かいアップデートや修正は常に必要だとは考えていますが、会社の制度や仕組みも僕だけがつくるものではなく、基本的には欲しいと感じた人が考えれば良いと思います。今、唯一、僕がつくるように指示しているのは、介護に関する制度。親御さんなどの介護をすることになった人がこの会社で生き生きと働き続けるための仕組みづくりは急いで作って欲しいといっています。子育てと介護というのは、働き続けるうえでストレスや障壁になりやすいところです。子育てはある種自分で選んでいるところもありますが、介護は望む望まないに関わらずある日突然ふってくるもので、回避するのは難しいことです。介護のために会社を休みがちになったり、たびたび地方に帰省する必要に迫られたり、大事な戦力が仕事に注力できなくなってしまうのは、会社にとっても損です。ですから、これは会社としてフルにサポートするべき領域だと考えていて、みんなが介護と仕事を両立して、安心して生涯働けるようにしたい。そのための仕組みはちゃんと用意したいと話をしています。
御社の組織運営はかなり先進的ですが、創業15年となる2018年6月には東証1部に上場するなど、きちんと結果を出していらっしゃいます。今の成長は、最初から思い描いていた通りのスピードですか?
新居:当初の想定からは遅れています。創業5年から10年でマザーズ上場、そこから1年で1部上場、というのが想定していた予定でしたから。ただ、リーマン・ショックなどの影響もあったので、ある種致し方ない部分もあると理解しています。とはいえ、ああいうことはこの先にも起こり得るものとして考えておかなければならない。金融機関では、あのような危機的状況は5年に1回のスパンで起こる可能性があるといわれています。これまでの経験を活かし、アトラエでは、何かあっても3年ぐらいはメンバーに給与を払い続けられるだけの内部留保をしています。
それは社員の方も安心できるでしょうね。
新居:3年あれば、会社を立て直すことができますからね。終身雇用のようなものを推奨している会社が、金融危機が訪れた瞬間にメンバーを解雇し始めるようでは、みんなから見放されてしまいます。これは経営責任です。僕の報酬は、「役員を除く全社員の高額給与者上位5%の平均月額給与」にさまざまな係数を掛け合わせて算出されますが、その係数の一つが「全社員のエンゲージメントのスコア」。メンバーからの評価が、僕の給与を決める大きな要素となっているのです。経営者だけが幸せになる会社なんて何の価値もありませんから。
<前編:ヒエラルキー型組織では働くことを楽しめないかも知れない。自分の子供に「働きやすい会社だ」と心から言える組織をつくりたい>
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