前編:先取りしすぎて不遇の時代もあった。ビジネスチャットのパイオニア「チャットワーク」開発の背景とは
2018.10.10 Interview
ChatWork株式会社 代表取締役CEO兼CTO 山本 正喜 氏
1980年生まれ。2004年3月電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄の山本敏行氏とともに学生起業し、2000年7月に兄弟で株式会社EC studioを創業。製品開発担当として多数のサービス開発に携わり、システム開発だけでなく企画やマネジメントも含めたWebサービスの立ち上げ・運用を担う。2004年11月株式会社EC studio設立に伴い専務取締役CTOに就任、開発/デザイン部門、事業運営部門を統括する。のちに会社の主力事業となるクラウド型ビジネスチャットツール「チャットワーク」の企画・開発を手がけ、2018年6月代表取締役CEO兼CTOに就任。創業以来二人三脚で経営を進めてきた兄から経営を引き継ぎ、事業の成長・拡大を牽引する。
※役職は、インタビュー実施当時(2018年8月)のものです。
◆ChatWork株式会社◆
2000年7月に株式会社EC studioとして創業、2004年11月設立。現在主力事業として展開するクラウド型ビジネスチャットツール「チャットワーク」は、2011年3月のリリース以来、民間企業や教育機関、官公庁など18万9000社以上に導入され(2018年8月末日時点)、各組織の生産性向上やコミュニケーション活性化に貢献している日本最大級のチャットツール。2012年4月「ChatWork株式会社」に社名変更。経営理念「Make Happiness」、経営ビジョン「世界の働き方を変える」を掲げ、コミュニケーションの変革を通じて新しい働き方を提案。チャットワークをビジネスコミュニケーションにおける世界のスタンダードにすべく、全社を挙げて取り組んでいる。スタッフ数は84名(海外子会社含む、2018年8月末日時点)。
ChatWork株式会社は「世界の働き方を変える」というビジョンを掲げ、ビジネスチャットの先駆者として市場を牽引しています。そのChatWork株式会社の主力事業であるクラウド型ビジネスチャットツール「チャットワーク」は、ChatWork株式会社が創業以来積み重ねてきた働き方に対する考え方や業務効率化・コミュニケーションに関するノウハウの集大成ともいえるものです。そうしてコミュニケーションの変革を通じて新しい働き方を提案するChatWork株式会社ですが、ビジネスチャットツール「チャットワーク」が世に生み出されたのは、意外にも会社創業から11年後のことでした。創業以来、兄の山本敏行氏とともに経営を支え、この2018年6月に代表取締役CEO兼CTOに就任した山本正喜さんに、ChatWork株式会社が重ねてきた取り組みや働き方に対する考え、チャットというコミュニケーションを通じた働き方の変革についてお話をうかがいました。
「経済的豊かさ」「時間的ゆとり」「円満な人間関係」で社内も社外もハッピーに
御社の企業プロフィールを拝見しますと、2000年の創業から2011年の「チャットワーク」リリースまでだいぶ期間があったのですね。
山本さん(以下、敬称略):創業時は社名も事業も、今とはまったく違うものでした。創業事業はいわゆるSEO対策(検索エンジン最適化)に近い領域で、ホームページの作り方やその集客支援についてアドバイスするWebコンサルティングのようなことをしていました。当時はWebサイトも「ホームページ」と呼ばれ、SEOという言葉も普及していない時代。検索エンジンも、Googleが勢いを増しつつあったものの、日本ではまだまだディレクトリ型検索エンジンが主流でした。「草の根検索エンジン」といわれるような、ジャンルごとの小さな検索エンジンが200から300ほどあって、ホームページを作ってまず行なうべきことは100前後の検索エンジンに登録することでした。
御社では、現在はコミュニケーションの変革を通じて新しい働き方を提案するような取り組みをなされています。創業当時から、働き方やコミュニケーションという領域に課題意識があったのでしょうか。
山本:それは、創業して事業を展開する中で生まれてきたものです。僕らはインターネットに感動して起業したのが始まりで、「経営とはなんぞや」といったこともよく知らないまま、学生が夢中になって事業を興していたようなところがあります。そうして事業を進めながら経営についても勉強を重ねていく中で、理念が大事だという思いをもつようになりました。そこで生まれた理念の3本柱が、「経済的豊かさ」「時間的ゆとり」「円満な人間関係」です。これらが満たされると心が豊かになってハッピーになれる。それならば社員に対してその3つをコミットすると同時に、社外に対してもその3つに関わる事業展開をしようと考えました。「経済的豊かさ」では、社外に対しては集客や売り上げ支援といった事業を提供し、社内に対しては成果に報いて給与をきちんと高くするというコミット。「時間的ゆとり」は、社外に対しては業務効率化の支援、社内に対してはブラックな働き方をよしとしないということ。「円満な人間関係」については、社外には人間関係をよくするようなサービスを、社内では社風をよくするといったところです。2005年には、当社がどのような価値を社会に提示していくかということを考えるビジョン合宿を行ない、ドメインを「中小企業のIT化」「経営のIT化」にしようと決めました。経営にITを取り入れることによって効率を高めて売り上げを上げる、そのための支援をしようということで、業務効率向上のためのツールを代理販売したり、IT関連のコンサルティングを行なったりしました。それに、当社自身が効率化の大好きな会社でしたので、いいものをどんどん取り入れて効率化すべく海外のプロダクトを片っ端から試していました。そうしたプロダクトも日本のお客様にご紹介・代理販売していました。
コミュニケーションのコアであった「チャット」を事業として展開
そこからチャットワークの開発に至った経緯は、どのようなものだったのでしょうか。
山本:創業当初から当社でコミュニケーションの中心になっていたのがチャットです。ICQ、MSNメッセンジャー、Skypeとツール自体はいろいろ使っていましたが、「チャットというツールがないとこの会社は成り立たない」と思えるほど、社内で一番根幹になっているITツールであることは変わりませんでした。しかし、チャットを使えば使うほど、個人向けのチャットツールをビジネスで使うことの不便を感じていました。それをノウハウでカバーしていたのですが、そうした部分を含めて機能化して、誰でも簡単に僕らのような活用ができるチャットサービスを作れないものかと考えていたわけです。そこへ前述のビジョン合宿を経て、開発トップである僕に「経営のIT化プロダクト」を作るようにという指令がおり、思い浮かんだのがチャットツールでした。しかしこれが周囲の猛反対にあい(笑)、「社内ツールとして」「業務外で1人で開発する」という条件付きでやっと開発の許可を得ることができました。仕上げのデザインなどはデザイナーに協力してもらいましたが、基本的なところはほぼ僕1人で仕上げたのが最初のチャットワークです。それを社内に出したところ、みんなが「いいね」と言ってくれて、社内で使うチャットをチャットワークに置き換えることに成功したのです。
そこからどのように社外へ展開されたのですか。
山本:当時行なっていたITコンサルティングの一環で、当社のオフィスにお客様を招いて僕らの働き方を見ていただく「体験留学」という取り組みをしていました。そこで僕らがチャットワークを使っているところを見たお客様の反応が非常によく、当時の社長だった兄(敏行)も「これは事業化してもいいのではないか」という感触をもった。そこからトントン拍子に事業化が決まり、エンジニアとデザイナーの人員が正式に配置され、2011年3月のリリースに至りました。その当時はソーシャル全盛期で「社内向けSNS」なども隆盛を極めていましたから、ビジネスチャットツールといっても「今さらチャット?」と思われたのか、チャットワークはメディアにもあまり取り上げてもらえず不遇なスタートでした。ところがそのあと、LINEなどのプライベート用途のチャットサービスの大流行が後押しするかたちで、チャットのブームともいえるような大きな波がやってきた。SNSブームもかつての勢いを失い、ビジネス向けのチャットサービスが求められるようになったところにフィットしたのがチャットワークです。チャットワーク開発のベースにあったのは、僕ら自身がビジネスでチャットを使う中で蓄積してきたノウハウです。そのノウハウをプロダクトに反映できたので、ゼロから参入する企業に比べてもともと優位性があった。そして、早くから着手していたことで、ブームの到来に合わせてうまく時代に乗ることができたのです。チャットブームを、僕らはかなり先取りしすぎたのかもしれませんが、そのおかげでパイオニアとして走り続けることができ、日本最大規模になることができたのだと思います。
固定電話なし、会議も自席で行なうコミュニケーション
御社のオフィスには固定電話がないとうかがいました。
山本:創業のころからこのスタイルです。創業当時は学生で授業がありましたから、電話応対が難しかった。製品サポートはメールのみで電話の受付窓口を設けていませんが、それも同じ理由で、メールであれば時間差でもサポートできたからです。それに、メールサポートのみに集約すれば、コストを下げることもできます。電話サポートがないことにお客様からクレームをいただくことも少なくありませんでしたが、その代わり高品質・低価格なプロダクト・サービスを提供することでご満足いただく、そのほうがお客様のためになるのではないかと考え、今もそれを徹底しています。会社が大きくなってからも社内には内線電話も外線電話もありませんし、社内で電話することも電話している人を見かけることもほとんどありません。電話というのは、何かに集中しているようなときでも否応なく割り込んできますし、呼び出し音がなるだけでも意識をもっていかれます。電話を通常の業務連絡に使うと、業務の多くの場面でインタラプト(中断)を余儀なくされ、効率が下がるのです。ですから、電話を使うのは緊急連絡のときだけとして、ふだんのコミュニケーションの8割から9割はチャットで行なっています。電話がなくても困りませんし、社員個人の電話番号もみんなおそらく知らないと思います。もちろん社外の方には説明して理解を求める必要はありますし、メールなどを使うこともあります。それでも、当社がこういうスタイルをとることで、社外の方にチャットの有用性に触れていただく機会にもなっています。
それだけチャット文化が根付いているのですね。会議などはどのようになさっているのですか。
山本:会議もチャットで行なうことが当たり前になっています。「自席会議」といっていますが、チャットワークのビデオ通話機能を使って、会議室に行かずに自席で会議をするのです。たとえば、社員どうしがテキストチャットを交わしているときに、込み入った会話が必要だとなれば「ちょっとコールしようか」といって、チャットワークを通じてお互い自席にいながら話をするという要領で、隣の席にいる人同士が会話するようにカジュアルに行なわれています。当社には、東京・大阪にオフィスがありますし、台湾にも駐在所があります。加えて、在宅でリモートワークをしている者もいます。そうした各地のワーカーどうしがビデオ会議をすることもあれば、東京オフィスに在席している社員どうしでもビデオ会議をすることが珍しくありません。そうしたコミュニケーションが当たり前になっているので、「オンライン会議をするために機材を準備しなきゃ」とバタバタすることも、会議室の奪い合いになることも、会議室で余計な雑談で時間が流れていくこともありません。
雑談も共有できるチャットは働き方を変える
他社から転職して御社に入社される中途採用の方もいらっしゃると思いますが、チャット中心のコミュニケーションにすぐに馴染めるものでしょうか。
山本:初めはかなり戸惑います。特にチャットの量に戸惑うという声がよく聞かれます。他の多くの企業では電話やメール、対面のコミュニケーションなどで話されていることの大部分が、当社ではチャットに流れているようなものですから。その膨大なチャットの中で、どの会話をどのように見るべきか、どこまで放置していいのか、その辺りの感覚がつかめないうちは、チャット上での会話の多さを眺めているだけで時間が過ぎてしまうということも。でもそれも初めだけです。それに、大半のやりとりをチャットで行なうことは、途中入社の方にメリットももたらします。たとえば、会議で意思決定に至るまでの議論の流れの中には、会議の議事録に残らないような“雑談”的なものもあります。そうしたものはこれまでは消えてしまっていたわけですが、グループチャットで議論を行なうことで、そのログがデジタルデータとして残っているのです。会議やプロジェクトに参加していなかった人も、意思決定当時はまだ社員でなかったという人も、そのログをさかのぼることで意思決定に至るプロセスを全部キャッチアップできます。
会議の雑談や、ランチや喫煙スペースで交わされるような雑談が、意思決定に意外と影響していることはよくあります。
山本:意思決定の背景にあるものや空気感というのは、議事録だけ見ていてもよくわからないことが多いです。会議に参加していない別オフィスの社員や途中入社の社員であれば、そこが腑に落ちないということもあるでしょうし、在宅のリモートワーカーは孤独感を高めることにもなってしまいます。ところが、チャットであればそうした会話の過程や雑談をのぞくことができる。東京オフィスにいる社員が大阪オフィスの会議の様子を見ることができる、あるいは在宅勤務のスタッフが別のチームの雑談を知ることができるのです。これはとても新しく、今までにないもの、チャットだからこそ実現できたものだと感じています。このように、チャットというツールは、電話や会議、果ては雑談といったところまで、時間や場所などの制約から解放することができます。チャットによって、時間や場所といった制約を受けずに働くことができるようになれば、働き方の自由度が増えます。そうなれば、人の意識が変わり、働き方が変わります。チャットが働き方を変えるツールであるというのは、こういうところからきているのです。電話、FAXの時代にメールが入ったときも、最初は戸惑いがあったと思います。でも、メールの普及に伴ってビジネスの慣習が変わり、働き方が変わりました。チャットも、時間や場所を超え、ビジネスの慣習を本質的に変えることができるほどのインパクトをもつツールなのです。
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