後編:異能を「おもしろい」と受け入れることもダイバーシティのひとつ。年齢や性別、人種などの問題だけではない。
2019.5.10 Interview
株式会社セゾン情報システムズ 常務取締役CTO兼テクノベーションセンター長(現 株式会社クレディセゾン CTO) 小野 和俊 氏
1976年生まれ、1999年3月慶應義塾大学環境情報学部卒業、同年4月サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。入社後まもなく米国Sun Microsystems,Incでの開発を経験し、2000年10月より株式会社アプレッソ代表取締役に就任、データ連携ミドルウェア「DataSpider」を開発する。2013年、セゾン情報システムズによるアプレッソの株式取得に伴いセゾン情報システムズに入社。アプレッソの代表取締役を務めるかたわら、2013年7月にHULFT事業CTO就任、2015年6月に取締役CTO就任、2016年4月に常務取締役CTO兼テクノベーションセンター長を務め、同社のデジタルトランスフォーメーションを牽引。2019年3月より株式会社クレディセゾンCTOに就任。技術顧問としてセゾン情報システムズの仕事を継続しながら、クレディセゾンでエンジニアリングチームを立ち上げる予定。
※役職は、インタビュー実施当時(2019年2月)のものです。
◆株式会社セゾン情報システムズ◆
1970年9月、セゾングループの情報処理サービス会社として設立。1993年11月、現在の東証JASDAQスタンダード市場に上場。SIerとして金融関連や流通サービスのシステム構築を手がけるかたわら、ファイル転送ソフト「HULFT」事業を展開。HULFTはファイル・データ連携分野でのデファクトスタンダードとして多くの顧客の支持を獲得しており、国内・海外ともにシェア上位を誇る。2016年4月にテクノベーションセンターを設立。また、Fintechプラットフォーム事業を手がけるかたわら、近年は会社として組織風土改革を推進。技術力向上・イノベーションの加速・誘発に向けて精力的に活動している。年間売上は303億9366万円(2018年3月期、連結)、社員は778名(2018年3月末時点、連結)。
かつてのセゾン情報システムズは組織の間の壁が分厚く、風通しの悪い組織だった――。そう語るのは、常務取締役CTO兼テクノベーションセンター長(現 株式会社クレディセゾン CTO)を務める小野和俊さんです。しかし、Slackの導入や、さまざまな仕掛けを施した新オフィスへの移転を通じて、社内のコミュニケーションが円滑に進むようになったセゾン情報システムズでは、風通しのよくなった空気のなかで、数々の変革や「バイモーダル」な組織への変化も定着しつつあります。一方で、日本の社会には、変革を望みながら実現できない企業もいまだ多く存在します。小野さんも例外ではなく、セゾン情報システムズのデジタルトランスフォーメーションを成功させるまでには数多くの苦労があったといいます。変革の実現を妨げる“壁”はどこにあるのでしょうか。小野さんに、引き続きお話をうかがいました。
モード1もモード2も、攻めも守りも評価する人事制度がバイモーダルを支える
「バイモーダル」の考え方は、御社のタレントマネジメントや人事評価の基準とリンクしているのですか。
小野さん(以下、敬称略):タレントマネジメントや人事評価では「ジョブトラック」という制度を設け、3つのトラックを用意しています。新規領域を生み出していくトラックを「パイオニア」、既存の事業を改善していくトラックを「アドバンサー」、既存領域をしっかり維持していくトラックを「ガーディアン」と分類しています。「パイオニア」の仕事を一言でいうと「ゼロを1にすること」で、新しい製品・サービスの創出に取り組みます。「アドバンサー」は「1を100にする」のが仕事で、業務の効率化や改善に取り組んで事業を成長させます。「ガーディアン」は「守り」担当で、安心・安全な事業運営を維持するのが仕事です。パイオニア領域はまさにモード2的なスタイルですし、モード1寄りの性質はガーディアン領域と親和性があります。社員は、この3つの領域で自分の得意分野はどこか、どの領域に貢献したいかということを考え、自分で手を挙げることができます。そして本人の職業適性などをふまえて決めていきます。ここで大事なのは、評価基準は基本的に全員同じで、どの領域でも能力や実績があれば同じように昇給・昇格できるということです。華やかで目立ちやすいのはパイオニア領域ですが、その仕事に就く人だけが評価されるのではなく、鉄壁の守りで事業を維持するガーディアン領域の仕事も等しく評価され、役員クラスを目指すこともできます。これもまた、モード1とモード2の両方が大切というバイモーダルの考え方とリンクしているといえます。
人材採用とバイモーダルの関連は?
小野:会社の歴史的にもともとモード1の社員が多かったので、今はモード2寄りの人を意識的に採用するようにしているところはあります。でも今では、当社のダイバーシティはだいぶ進んだととらえています。全体的にバランスのとれた社員もいれば、変わり者だけどある分野で突出した能力をもつ社員もいて、そうした社員がたくさん集まった結果、組織全体のレーダーチャートで各項目の数値が大きく外に広がるようなチームになる。それがダイバーシティの本質だと思いますし、当社はそれに近づいていると思います。
チームメンバー一人ひとりには欠点があっても、それぞれの強さを生かし弱さを補い合うことで最強のチームになるということですね。これからの世の中は、そういう組織のほうが強くなるような気がします。
小野:まさにそうだと思います。そのためには、“ふつう”じゃない部分がある社員を潰してしまうのではなく、「この人はおもしろい」と受け入れることが必要です。異能の人は、どこかが決定的に欠けていることも多いものです。その部分をとがめて潰してしまってはダイバーシティではありません。ダイバーシティというと、年齢、性別、人種、国籍といった多様性を思い浮かべがちですが、本質はそういうことではないのです。型にはまることを求めては、全然ダイバーシティではないでしょう。
「外からきた人でないと変えられない」なんてことはない
小野さんは2013年からセゾン情報システムズに参画されました。モード1の組織風土だったセゾン情報システムズで、モード2の重要性を浸透させ、組織や風土の変革を進めるのは簡単なことではなかったでしょう。
小野:確かに、何かをしようとして周囲からブレーキをかけられることも少なくありませんでした。先にも述べたように、セゾン情報システムズで仕事をするなかでモード1のよさに気づいたのですが、それでも最初は難しさを痛感したものです。
よく心が折れませんでしたね。
小野:こうした反応はセゾン情報システムズに限らず、どこでもそうだろうと思います。セゾン情報システムズの人たちはコンフォータブルゾーンで居心地よく過ごしていたのに、ある日突然現れた新参者が「新しくこういうことをしよう」「次はこれをしましょう」といろいろ言ってきたら、「何も知らないくせに」「おれたちは今までどおりでいいんだ」と誰でも思うものでしょう。それは悪いことではなく、ごく自然な反応です。それに、時間をかけて仕事をしていくうちにいろいろな人と仲良くなり、味方も増え、サポートしてくれる人も少しずつ現れはじめました。今のセゾン情報システムズがあるのは、そうしたサポートのおかげです。
とはいえ、御社のいろいろな変革は小野さんがいらっしゃらなかったら起こらなかったのではないかとも思えます。「外部から入る人材だからこそ変えられる」とはお考えになりませんか。
小野:そんなことはありません。プロパーでも会社を変えられる人は絶対にいると思います。実際、名の知れた大手企業をはじめ、プロパーの方が会社を大きく変えた事例は枚挙に暇がありません。それに、外部からきた人しか状況を変えられないとなると、新入社員にとってはあまりにも絶望的です。あと気をつけなければいけないのは、会社を変えようとやっきになるばかりに、誰かを否定してはいけないということです。たとえば、新参者がCOBOLチームに「将来はCOBOLの案件はなくなるだろうから、新しいことをしなければ」と言っても反発されるだけで、聞く耳をもってもらうことにはつながりません。昔、モード2の人がモード1の人を「恐竜の化石のなかでもとりわけ動きが遅い」と評したのを聞いたことがありました。スピードが重視されないことにイライラする気持ちはとてもよくわかります。けれど、セゾン情報システムズではモード1の人たちが堅実に仕事を遂行し、会社の売り上げや利益を支えてくれているからこそ、新しい取り組みにも着手できるのです。お礼こそすれ、非難するのは間違っています。「北風と太陽」ではありませんが、人を変えるのは強い強制力や否定の言葉ではなく、前述のようなおもしろい体験だったりするのです。体験前にはブツブツ言っていても、体験後に「これおもしろいね」となっていれば、自然に動きはじめるものです。
成功確率だけでなく「成功時のリターンの大きさ」も大事
会社を変えるには、経営者のトップダウンのほうが進みやすいのでしょうか。トップダウンではなく、社内の一部から会社を大きく変える動きが起こるというのは、あまり聞いたことがないという印象です。
小野:ありがちなのは「DX推進室」や「Fintech推進チーム」などの“箱”をつくったものの、そのあとが動かないというケースです。“箱”をつくればうまくいくと考える経営者が多いのだろうと思いますが、実際には“箱”をつくるだけでは何も起こりません。“箱”を任された責任者も失敗を恐れ、下手に行動できないと考えている部分もあるのかもしれません。
確かに日本の企業は、人に対して失敗を許さない文化があるように感じます。そういう空気も影響しているのでしょうか。
小野:バイモーダルの考え方でいえば、モード1は基本的にROI重視で、失敗を許さないという考え方です。野球にたとえると、モード1は打席1回ごとに一塁打でもバントでもフォアボールでも良いので着実に塁を進めることを重視します。ホームランを狙って三振するよりも、着実に塁を進める方が勝利につながる、という考え方ですね。モード2はどちらかというと「Possible Upside」、つまり「うまくいったときにどこまでいくか」と考えます。野球の打席でいえば、「試合のどこかでホームランを打ったら飲みに行こう」「ホームランが宇宙まで飛んでいったらグアム旅行に行こう」という要領です。そして、「三振したってかまわない。どんな打者だっていいとこ打率3割だ。誰だって失敗するのだから気にせずいってこい。ただし、思いっきりやれよ」と送り出せる考え方です。新しい取り組みには失敗はつきものです。失敗したら引き返してやり直せばいいのですが、日本には一度やり出したら引き返せない、一度言ったらあとにはひけないというような空気がありますよね。だからその分、取り組みを始める前に高い成功確率を見込むことを求めがちです。ジェフ・ベゾスは創業当時から、「『成功確率は10%だが、成功したら利益が100倍になるプロジェクト』があったら、自分は絶対投資する」というようなことを言っています。これを単純に計算すれば、10%×100倍で利益は10倍になるわけです。ところが、モード1の姿勢でいる多くの経営者は、成功確率が50%を切ったらまず投資しないでしょう。ベゾスはそこで投資するから勝つわけです。このあたりの計算の仕方、判断の仕方が大きく違うと感じます。
“慣性の法則”を打ち破るには現状認識から
日系企業が会社を変えよう、改革しようと考えたときに、一番の壁になるものは?
小野:物理学の世界では、動いている物体を外から止めなければ物体は動き続け、止まっている物体に外から力をかけなければ物体は静止した状態のままになるという「慣性の法則」が働いています。経営や事業運営に関しても、現状を維持しようとする“慣性”が働いていると思うのです。事業が問題なく回っていて、企業が問題なく存続しているように見えれば、「このままでいい」という力が強く働き、今までのやり方を続けようとするわけです。そこには「この会社は、今までこのやり方でうまくいってきたんだ」という成功体験による裏付けもあるでしょう。ですから、うまくいっているのに変える理由がないと考えるのです。
経営者の何が変わると、会社の変革が進むのでしょうか。
小野:MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんは、インターネットがなかった「ビフォア・インターネット」の時代と、インターネットがある「アフター・インターネット」の時代には、明確な区切りがあるとおっしゃっています。西暦においてイエス・キリストの生誕が紀元前と紀元後を分けたように、インターネットは重要なインパクトをもたらした。インターネットの誕生は「歴」の始まりであり、アフター・インターネットでいろいろなものが変わった――と、こういうわけです。工業や製造業が主流であったビフォア・インターネットの時代には、同じものを量産することが勝つための方程式でした。けれど、アフター・インターネットはもっとカオスで、いろいろなものがどんどん変わっていきますから「これをしていれば勝つ」という方程式はありません。あったとしてもいつ無効化されるかわかりません。モード2はアフター・インターネットの時代だからこそ必要なものであり、予測可能性の高かったビフォア・インターネットの時代にはおそらく必要なかったでしょう。そのように、ビフォアとアフターでは行動様式や成功パターン、原理原則ががらりと変わっています。経営レベルがこのことをきちんと認識し、アフター・インターネットの行動様式に変われるかというのが大切なポイントだと考えます。にもかかわらず、ビフォア・インターネットの時代から変わってない企業が多いように見えるのは、“慣性”が働いていてビフォア・インターネットの行動様式を続けている企業が多いということなのでしょう。経営者が口では変革が、新しいことをと言いながら、本音では「いやいや、私の成功体験はこれからも成功体験であり続ける」と思っていたら、たぶんそれが一番大きな障壁になるのでしょう。それでも、「歴史ある会社は変われない」「事業規模があると変われない」なんてことは絶対にありません。確かに、長い歴史やある程度の事業規模は“慣性”を強めます。しかし、体験からの理解、成功体験の積み重ねが変化を生むのは、技術だけではなく経営でも同じことです。どんな会社でも変われる可能性があります。
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