AIは「判断」できても「決断」できない。最終的に決めるのは「人」。人が磨くべきは「決断力」。
2020.1.15 Interview
GVA TECH株式会社 代表取締役 山本 俊 氏
1983年三重県生まれ。岡山大学法学部卒業。2008年山梨学院大学法科大学院卒業、同年司法試験に合格。2012年にGVA法律事務所を創業。マネーフォワードやアカツキ等の上場を含め、これまでに1000社以上のサポートを行なう。弁護士として活躍する傍ら、2017年にGVA TECH株式会社を創業。自らもスタートアップ企業の経営者として、リーガルテックを用いたプロダクト開発の指揮を執る。
※役職は、インタビュー実施当時(2019年11月)のものです。
◆GVA TECH株式会社◆
2017年1月設立。大企業とスタートアップ・中小企業間の「法務格差」を解決するため、AIを活用したリーガルテックサービスの開発・運営を行なう。2018年よりAIを活用した契約書チェックサービス「AI-CON」を提供開始。2019年にはオンラインで法人の登記書類を作成できる「AI-CON登記」、エンタープライズ企業向けの契約書チェックサービス「AI-CON Pro」を提供開始。スタッフ数は39名(2019年12月現在)。総務省が主催する2019年度「異能ジェネレーションアワード」において、みらいワークスより企業特別賞を授与。
人手不足などを背景に、あらゆる業界で利用が進むAI(人工知能)。法律分野においても、AIなどのITを使った「リーガルテック」の利用が広がっています。最近では企業だけではなく、フリーランスなどの個人でも利用しやすいリーガルテックも増えてきました。中でもAIとクラウドを使った契約書チェックサービス「AI-CON」は、1通500円からという料金プランを設け、注目を集めています。
このAIを使ったリーガルテック「AI-CON」を開発、提供しているのが、GVA TECH株式会社。代表取締役の山本俊さんは、弁護士事務所の代表弁護士でありながら2017年GVA TECH社を創業したという経歴をお持ちです。今回は山本さんに、リーガルテックで起業したきっかけや、AIによって弁護士の働き方がどう変わっていくのかについてお話を伺いました。
なお、この先AIの導入が進むことで「人間の仕事が奪われるのでは」という懸念もあります。オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が2014年に発表した論文では、「今後10~20年で労働人口の47%が機械に代替可能」いう内容が大きな話題となりました(※1)。将来弁護士の仕事もAIに代わるのかどうかという点についても、山本さんにお聞きしました。
※「異能ジェネレーションアワード」についてはこちら:https://mirai-works.co.jp/topics/news223/
※1参照:http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd145210.html
リーガルテックを中小企業、フリーランスまで広めたいという思いで起業
法律事務所で弁護士として活動されているときから、ビジネスを始めるつもりだったのでしょうか?
山本さん(以下、敬称略): ビジネスを始めるつもりは、実はありませんでした。周囲からはいかにもやりそうと言われていましたけど。
私は弁護士としてもともとスタートアップ企業をメインに支援しています。とはいえどんなに弁護士を増やしたとしても、顧問として支援できる企業数には限りがあります。テクノロジーを使ってもっとたくさんの企業を支援できないかな、と考えたのがきっかけです。
例えばフリーランスの方だと、法律相談の初回無料あたりでお声がけいただくことはありますが、実際契約書の作成で費用がかかるとなると、「じゃあいいです」となってしまうことが多くありました。AIを使ったサービスなら、中小企業やフリーランスの方にもすそ野を広げられるのでは、という思いがありました。
弁護士の方で起業するケースは、最近増えているのですか?
山本:昔は元榮さん(編集部注:弁護士ドットコム株式会社創業者、元榮太一郎氏)くらいだったと思うのですが、2017年ごろ同時多発的に何社か増えたような気がします。その後思ったほど増えていませんが、少しずつ増えているのではないでしょうか。ただ、ビジネス側に立てる弁護士は、まだ多くないと感じています。
弁護士の方がAIの分野で起業するというのは珍しいですよね。プロダクトの開発はスムーズに進みましたか?
山本:それまで普通の弁護士だったので、開発経験もないですしエンジニアの知り合いもまったくおらず、最初の9か月間ぐらいは私一人という状態で。企画書を大学に持っていって、AIで実現できそうか意見を聞いたり、AIやプログラミングの勉強をしたりしていました。エンジニアも探していたのですが、正直、そもそも「良いエンジニア」がどのような方なのかがわからずにいました。
最初は外注先から始まったのですが、そのあたりから組織ができてきたという感じですね。現在エンジニアは20名ほど在籍しています。
プロダクトがある程度固まってから、人を集め始めたということですね。現在は、どんなプロダクトがあるのですか?
山本:契約書のチェックサービスでいうと、中小企業やフリーランスの方向けが「AI-CON」で、他に大企業向け、いわゆるエンタープライズ版のプロダクトとして「AI-CON Pro」というものがあります。どちらもAIを使った契約書のチェックサービスですが、この2つはほぼ別のプロダクトです。
中小企業やフリーランス向けの「AI-CON」では、うちの会社で作った一般的な基準をもとに契約書のリスクを判別します。中小企業やフリーランスの方はご自身の基準というより、一般的な基準を知りたいというニーズが高いからです。ただ大企業になると一般的な基準はあまり通じなくて、企業ごとに「うちだとここは気にしない」というように独自の基準があります。そこでエンタープライズ版では企業ごとにひな型を設定できるようにして、カスタマイズできるようにしました。会社の業務で絶対に行なうことをAIに対応させて効率化しているので、確実に企業にとってプラスになります。
法務担当が社内に1人という中小企業では、「ダブルチェックができないので、AI-CONを使う」というケースもありますし、一方で大手企業だと、「複数の法務メンバーでノウハウを共有するために使用する」というケースもあります。
今後のプロダクトの方向性をお聞かせいただけますか?
山本:中小企業・フリーランス向けの「AI-CON」に関しては、もっと利用数を増やしたいですね。現在NDAのレビューをする場合、1通500円という料金プランを設けています。中小企業やフリーランスの方が契約書を結ぶとき、まず「AI-CON」を通すのが一般化するぐらい、普及させたいですね。そのためにも、使い勝手の部分などを改善していきたいと思います。
他には、登記書類の自動作成サービス「AI-CON登記」をスタートしました。登記情報を変更するときに、活用していただけると思っています。
リーガル面が100%大丈夫でもビジネスとして成立しないと意味がない!ビジネスと法律のバランスが重要
スタートアップ企業やフリーランスの場合、契約書を自分で何とかしようとする人も多いですよね。私自身、実はみらいワークスを立ち上げてから契約書関連はほぼ自分でやってきました。リーガル的なリスクを自分でわかるようになったという点では、よかったですね。ただ毛色の違う仕事となると、やはり自分で対応するのは難しい。こういうとき弁護士に頼んでいました。
山本:そこまでできる方は、なかなかいないですね。フリーランスやスタートアップ企業の方って、基本的に個人としての能力が高い方々なので、自分で対応できる範囲が広い方が多いです。ただ経験がないとどうしても抜け漏れが起こりやすいので、トラブルが起きる可能性もありますね。
立場上仕方ないのかもしれませんが、弁護士の方って基本的にゼロかイチかという回答になりますよね。リスクが多少あっても大丈夫、とはなかなか答えてくれません。経営者としてはなんとかならないかな、と感じることもあります(笑)
山本:私の弁護士事務所では、組織全体のビジネスのプラスになるよう「全体最適」をバリューとしています。法務だけを見てリーガル的なリスクがゼロでも、結局それではビジネスとして成り立たないこともあります。弁護士側がクライアントのビジネスを理解して、「リーガル面で80点だけどビジネスとして90点ぐらいまで実現できる」みたいなバランスを考えて提案をすべきだと思っています。もともとそういうサービスをやりたいと思って、立ち上げたのが今の法律事務所なんです。
とはいえリスクがあれば、とにかくやってみましょうというアドバイスはできません。そういう時、「僕ならやりますけどね」と伝えることはあります。スタートアップのときって、背中を押してほしいじゃないですか。「僕なら、取れるリスクだと思う」という言い方をすることはたまにあります。
大企業の法務部はすでにビジネス視点を持っていることが多いので、リーガル面で合っているかどうかについて聞かれることが多いですね。一方でスタートアップ企業の法務になると、「全体最適」の視点が求められます。ビジネスと法務の融合という感じで仕事ができるので、個人的にはスタートアップ企業の法務は好きだなと思います。
AIで業務効率は確実に上がる。しかし、まだ弁護士の仕事を奪うレベルには達していない
AIによるリーガルテックが広まれば、AIが弁護士の仕事を奪う可能性もありますよね。例えば、過去の判例と照合したり、法律と比較してリスクを調べたりする業務はAIに置き換わっていくのではないかと思います。山本さんはご自身が弁護士でありながら、AIを使ったリーガルテックサービスを手掛けていらっしゃいますが、AIが弁護士の仕事を奪う可能性についてどうお考えですか?
山本:実際、起業してから弁護士の方々が私のオフィスにいらっしゃって、「AIは弁護士の敵か味方、どっちなのか」と聞かれたこともあります。私自身、最初の頃は「もしかしたら、AIは弁護士の仕事を奪ってしまうんじゃないか」という考えも持っていました。でも今は、弁護士がやっている仕事をAIが代わりに行なうレベルにはならないと思っています。メールの文章をひたすら探すというような、サポート的な業務はAIでもできますが。
弁護士の仕事って、すごく「緻密」なんですよね。例えば契約書の文章。とても緻密なので、今のAIでは文章の修正は難しいです。このレベルまで対応できないと仕事を奪うところまでいかないのかな、と思っています。むしろ今まで弁護士に依頼する機会のなかった人が、AIを使って法務のリテラシーが向上したら、弁護士への需要が喚起されるのではないでしょうか。AIを使うことで、本来の弁護士としての価値にフォーカスできるというのは間違いないと思います。
なるほど。弁護士の仕事って、ルーティンな仕事も多いですよね。AIで効率化できれば生産性が上がるという見方もあるのではないでしょうか。最近は人材不足が深刻化していてAIで業務効率化を目指すという業界も増えていますが、弁護士業界や法務関連ではいかがですか?
山本:ここ数年、法務の人材も足りていないと思います。ある大企業の法務部の方は「契約数そのものは数倍に増えているけれど、人の数はそれに合わせて増えていない。だからリーガルテックを使って効率化しないと回らない」とおっしゃっていました。
「法務にはもっとポテンシャルがあるはず」という議論があって、経済産業省でも最近は経営に法務を活用させることを企業へ提言しています。
ただそもそも人材が足りていないんですよね。新人クラスは結構いますが、法務でマネージャークラスの人材となると本当に少ないです。かといって弁護士を雇用すると、人件費が高くなりすぎてしまいます。新人でも対応できるように、法務の社内ノウハウをリーガルテックで共有できれば業務効率は確実に上がると思います。
AIはスキルアップや働き方の効率化につながるけれど、人材育成はそれだけでは足りない
最近は働き方改革として、長時間労働の問題がクローズアップされています。弁護士の仕事はハードワークというイメージがありますが、山本さんはこれまでどんな働き方でしたか?
山本:私は弁護士として今年でちょうど10年目になりますが、はじめの1~2年ぐらいは自発的に残業していました。2、3日続けて徹夜なんてこともわりと普通だったと思います。当時は23時に帰れる事務所というのが目標だったんですが、それも実際は無理というような感覚でした。でも最近は、弁護士も働き方が変わってきていますよ。
山本さんや私の世代って、若いときにそういう強烈なインプットをすることで、そのあとの成長が加速するという実体験がありますね。でも今は、若い世代に同じことをさせることができません。弁護士業界も同じだとすると、どうやって若手を成長させればいいとお考えですか?
山本:確かにそこは悩ましいです。私は現在育成はやっていませんが、私の法律事務所に昔からいるメンバーで、育成に命を懸けている人がいます。彼は自分のやってきたことをもとに問題を作って、回答させることで教え込んでいるようです。確かに彼に教育された若手は、伸び率がすごいです。
とにかく時間でハードワークさせるのではなく、時間が限られている中でより濃い教育をすればいい、という感じでしょうか?
山本:そうですね・・・でもパンチはちょっと足りないかな?やはり、圧倒的な仕事量は必要な気がします。昔死ぬほど仕事をしていたメンバーが結局は強いですから。
人が成長する瞬間って、きっと魂を揺さぶられるぐらいの激しい意思決定を求められるときだと思います。インプット量が限られていても、そういう体験を増やすことが有効かもしれないですね。AIは、人材育成に活用できるところはあるのでしょうか?
山本:例えば契約書でいうと、本を見ながら作れば自分にいくらでも有利な内容にできます。でも一般的な取引で考えたら、そこまで有利にする必要はないわけです。こういう相場観を蓄積してAIを使って若い世代に伝える、みたいなことはできると思います。
AIはスキルアップなどの成長に役立ちますし、働き方の効率化にもつながるものです。でももう一歩、努力が必要という根底は今も昔も変わらないのではないかなと思っています。
AIは、判断することはできるけれど、決断はできません。「リーガル的に80%は大丈夫だから、この件は進めてしまいましょう」と、AIは言ってくれません。最終的に決めるのは人なので、決断力は自分で磨く必要があると思います。交渉力も同じで、交渉で落としどころをつけるなんてことは、AIではできませんから。
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