前編:「二毛作サラリーマン」は人材の流動性を高める新しい働き方
2020.1.30 Interview
ロケスタ株式会社 代表取締役社長 長谷川 秀樹 氏
1971年生まれ、1994年中央大学卒業。同年アクセンチュアに入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。
2008年に東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、ツイッター、フェイスブック、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。システム領域では、レガシーシステムを完全クラウドコンピューティング化・自社開発化をし、コストをかけずにシステム開発ができる体制を構築。
その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは、次世代のお買い物体験への変革を推進している。
2011年に同社執行役員に昇進。2013年、東急ハンズのIT部門が分社して設立されたハンズラボ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任(東急ハンズの執行役員と兼任)。小売業・流通業向けのソリューションを提供している。
2018年5月、ロケスタ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任(現職)。リテイル×テクノロジーに特化した事業に従事。
2018年9月に東急ハンズおよびハンズラボの職を辞し、2018年10月に株式会社メルカリの執行役員CIO(=Chief Information Officer/最高情報責任者)に就任。新しい流通の仕組み、エコ経済圏の発展のために従事。
2019年11月にメルカリを退社。
2019年9月発足の任意団体CIOシェアリング協議会に理事として参画、事業構想大学院大学で客員教授として活動するなど、各方面で活躍している。
※役職は、インタビュー実施当時(2019年12月)のものです。
◆ロケスタ株式会社◆
2018年5月に設立。長谷川秀樹が代表取締役社長を務め、リテイルXテクノロジーに特化した事業を展開。
東急ハンズの改革の一翼を担うIT施策を支えた情報部門の責任者、メルカリの生産性向上を促すIT環境の構築を任されたCIO・・・そうそうたるキャリアを重ねる傍ら、ご自身でもロケスタを立ち上げ社長を務めるなど精力的に活躍されている長谷川秀樹さん。2019年11月にメルカリを退社して「少し違う働き方」にチャレンジすることを表明された際には、メディアで大きく報じられました。
今回は長谷川さんに、これまでのキャリアや会社員を辞めての思い、長谷川さんが提唱されている新しい働き方の一つ「二毛作サラリーマン」について、お話をうかがいました。
「社員」としての働き方を辞め、自分にすべての責任と選択権がある生活へ
長谷川さんはこれまで、アクセンチュア、東急ハンズといった大企業や、メルカリという先端企業で、いわゆる会社員として働いてキャリアを積まれました。そして、2019年にメルカリを退社。長谷川さんご自身が起業されたロケスタの社長としての働き方は変わらないものの、今後は既存の会社に会社員として属する働き方ではなくなります。その道で新しい一歩を踏み出そうと考えたのはいつごろからでしょうか?
長谷川さん(以下、敬称略):もともとメルカリに行く前から、そういう働き方をしようと考えていました。外資系、日本の伝統的企業、ベンチャーときたらあとは独自しか残っていない。色々と体験したいですよね。1回の人生なんで。
2019年11月にご自身のWEBサイトで、メルカリを辞めて「少し違う働き方」にチャレンジすることを表明なさいました。辞めると決めて宣言することで、ご自身の感覚や周りの反応に変わったところはありましたか?
長谷川:会社員時代の僕は、講演に登壇したり、海外視察に行ったり、打ち合わせで外出もしょっちゅう。会社にいる時間はそれほどなく、一般的な会社員に比べて好き勝手動いていたほうです。それでも内心では、就業時間の間は「本当は会社に行かなければいけないのでは」という感覚をもっていましたし、定時にきりよく仕事が終わったとしても、あと1時間は会社にいなければいけないような気がして、実際仕事を続けるといったようなオールドな何かが染みついていたのです。
でも、メルカリを辞め、会社員でなくなってからは、そうした何かから解放されたように心がすっきりしています。自分のカレンダーに誰も打ち合わせとかのスケジュールを入れないんですよね。当たり前ですけど。自分のカレンダーは自分でコントロールができる。予定が午後からなら午前中は寝ていてもいいし、反対に朝6時に目が覚めれば仕事をしてもいい。定時(8時間)働いたからそれでいい、ということもない。何をしても自分に責任があり、自分に選択権があるのです。
そうした自由のなかで、僕は「働く」と「遊ぶ」が融合したような感じで生きていきたいと思っています。自分のやりたいことと仕事が多く重複するような活動、ずっと働いているようにも見えるし、ずっと遊んでいるようにも見えるかもしれない、そんな感じで生きていきたい。そこは自分のなかで、大きく変わったところです。
2つの会社で社員として働く「二毛作サラリーマン」という働き方
前述のWEBサイトでの表明にも書かれていましたが、長谷川さんは「二毛作サラリーマン」という働き方を提唱されています。
長谷川:僕の言う「二毛作サラリーマン」は、いわゆる二重雇用。1人の人間が2つの会社に社員として所属して、1つの会社で週3日、もう1つの会社で週2日といったようにそれぞれで働くという形態です。
もともと二毛作サラリーマンという働き方は、僕にしてみれば至極ふつうのこと。なぜなら、家が兼業農家だったからです。うちには畑も田んぼもあって、主軸が米でした。田んぼではゴールデンウィークあたりに稲を植えて、秋に稲を刈る。畑は春夏秋冬なにかしら育てていました。でもそれだけで食べていけるほどのものではなくて、親は農協や保育園で仕事をしていました。ですから、兼業するというのはふつうのことという意識があります。
二毛作サラリーマンという働き方は、副業・複業解禁が叫ばれる今の時代の流れとも合っているように思われますが、お考えをお聞かせください。
長谷川:今世の中では、副業・複業解禁の会社が増えているということになっていますが、実際にはなかなか広がっていません。それは、人材を雇用する企業にも、働くビジネスパーソンにも、副業・複業に対するモヤモヤ感があるからです。
会社側からすれば、「本業はあくまでこちらの会社」というスタンスで定めた就業時間中はきちんと仕事をしてくれるならば、時間外に別の仕事をするのは問題ありません。ただ、いざ副業・複業を解禁したときに本当に本業以外の時間だけで行なわれるのか、本業の就業時間中に副業・複業をする社員が出てくるのではないかという不安がつきまといます。会社でドキュメントを作成している社員を見て、「もしかしたら副業の資料を作っているのではないか」と考えてしまう・・・といった心理です。そして、どう管理すればいいのかわからない、管理できないからやめておこう、という発想になる会社が多いのです。
従業員側から見ると、副業・複業をがんばろうと思えば思うほど、仕事をコンスタントに見つけられるだろうかという不安がつきまといがちです。特に複業を考える場合、仮に本業は正社員として週3日勤務、残りの週2日は業務委託として複業の仕事をするとなったときには、週2日のほうにも空きなく業務委託の仕事を入れていきたいと考えるでしょう。しかし、業務委託の仕事を請け負うのは、正社員が会社で仕事を命じられるのとは違いますから、エージェントに紹介をお願いしても確実に次の仕事を見つけられるとは限りません。
しかし、二毛作サラリーマンは、2つの会社にいずれも社員として属する働き方です。たとえば「1社あたり週20時間以上働いてはいけない」といったような制限を設ければ、労働がどちらかに極端に偏ることも防げますから、雇用する会社側の不安もフォローできます。ビジネスパーソンにしてみれば、もしどちらかの会社を辞めることになっても、もう一方での仕事は続いています。
勤怠管理や社会保険などはどこかでまとめる必要がありますが、法制度も含めてそういう運用が可能となれば、安定志向のビジネスパーソンも「どちらか1つを転職してみようかな」という気持ちになりやすい、そんな世界ができるのではないかと思うのです。
「二毛作サラリーマン」で人材の流動性を高めたい
二毛作サラリーマンという働き方をお考えになった背景をお聞かせください。
長谷川:僕は、今の日本企業、日本の社会の低迷の根本原因には「人材流動性の低さ」があると考えています。転職が珍しくなくなってきたとはいえ、今でも決して簡単なことではありません。その流動性を高める新しい働き方の一つとして考えたというのが大きな狙いです。
もう一つは、いろいろ経験して人生を豊かにしたいという思いからです。二毛作サラリーマンは、最低でも2つの仕事を経験できます。これは個人的な価値観ですが、いろいろな仕事、いろいろな経験ができるのは、楽しいことであり、人生を豊かにすることだと僕は思います。
食事にしても和食はおいしいですけれど、ずっと和食だけというのではなく、洋食も食べたいですし、中華も食べたくなります。仕事も同じです。単純に、いろいろ味わいたいじゃないですか。でも、今の日本はまだまだ「転職するのはハードルが高いから、ずっと1種類の仕事でいくしかないな」と考えてしまう人が少なくありません。そういう状態を打開したいのです。
二毛作サラリーマンという働き方で味わえるのは職業、職場だけではありません。住む場所も複数を経験することが可能になります。今の、1社に縛られがちな会社員の実状としては、結婚したらその土地に根っこが生えて、子どもが独立して夫婦の老後が見えてきた辺りでやっと移住という選択肢が出てくるというところではないでしょうか。でも、二毛作サラリーマンで、週3日は東京、週2日は北海道の会社で仕事をすることになったら、出張というよりは北海道に住んだように感じられるかもしれません。
弊社の子会社である株式会社スキルシフト( https://www.skill-shift.com/ )では、都市部で働いていて副業を考えている人材と、人材を求める地方中小企業のマッチングサービスを提供しています。そこでは、東京などで働いているビジネスパーソンが、副業というかたちで地方の中小企業の仕事をすることになりますが、1か月の平均的な報酬はおよそ3万円から5万円程度。交通費や時間などを考えれば赤字になっているケースもあると思いますが、それでも地元で副業したいというビジネスパーソンが多い。地元の地域に対して「何か貢献したい」「月に1回、地元に帰る理由がほしい」と思っているのです。そうした状況を見ているので、長谷川さんがおっしゃる、複数地域も視野に入れた二毛作サラリーマンという働き方には非常に共感するところがあります。
長谷川:僕もいろいろな地方の企業の方とお話をする機会があり、以前は「フルタイムで来てほしいが、東京の人は誰も来てくれない」といった声が多く聞かれました。ところが最近は、「フルタイムでなくてもかまわないから、仕事をしてもらえるならぜひ来てほしい」との声が聞こえてくるようになりました。そうした企業側のニーズがあって、おっしゃるような人材側のニーズもあり、それらが合致するのであれば、お互いに非常に喜ばしいマッチングでしょう。
地方の企業の方がフルタイムでない働き方を受け入れてくださる動きは増えているのでしょうか?
長谷川:まだ一部だとは思います。それでも、優秀な人材がIターンで地元に戻り社長の右腕になって都市部の実状を伝えることで会社の考えが変わる、あるいは、創業社長のジュニアが経験を積んで地元に戻り、自分の親である社長を説得、都市部の優秀な人材を非フルタイムで迎え入れるよう舵を切る、といった動きはみられます。「東京はこう」「都市部はこう」という状況をわかっているキーパーソンがいると、話が早いです。
1つの会社でしか通用しない人材になってしまう前に、違う環境の経験を
日本ではこれから、80歳ぐらいまで働かなければならない時代がくると思います。定年が65歳として、その時代に雇用してくれるプレーヤーが限られるとしたら、多くの方がフリーランスとしての働き方を求められるようになるでしょう。他方、現役のビジネスパーソン時代に転職も独立も経験していなければ、働いていた会社でしか通用しない人材になってしまう懸念があります。
長谷川:僕はいま48歳ですが、自分の独立の決断は遅いと思っています。アクセンチュア時代から自分なりにいろいろ考えて、いずれは独立をと考えながらキャリア形成をしてきましたが、周囲からは「本当に独立したいなら、早くしたほうがいい」と言われ続けてきました。
そしてここにきて、ようやく踏み出すことができました。そうした経験を踏まえても、転職にしろ独立にしろ、違う環境は早めに経験してなじんだほうがいいと思いますし、その点でも二毛作サラリーマンは適していると考えます。
いろいろ考えてこられたとおっしゃる長谷川さんのキャリアは、非常にバランスがいいと感じます。アクセンチュアや東急ハンズのような大企業で働いた経験があり、そこでのネットワークもある。そして、メルカリのようなベンチャー企業での経験を積んでネットワークを作られ、今度はフリーランスのネットワークを形成していくようになるわけです。この3つの感覚とネットワークをきちんともって仕事ができる方というのは、世の中に多くありません。
長谷川:外資系、日本企業、ベンチャー企業というキャリアに関しては、計画的に進んできたつもりです。その甲斐あって、ベンチャーと大企業の力学もわかりますし、アナログもデジタルも理解しています。先端企業とオールド企業も経験しました。これからは複数の企業で「プロフェッショナルCDO」として仕事を兼業していきたいと言っていますが、これまでの経験で得たバランス感覚は僕の強みです。
また、僕の元部下に、ネット企業から超オールドなエンタープライズ企業へ転職した人がいます。これもまた、対極から対極へとでもいうようなキャリア形成で、そのバリューは足し算ではなくかけ算で生じるでしょう。それに、人材の流動を通じて、ネット企業がもっている「新時代の仕事の仕方」がエンタープライズ企業に伝わっていくことも、とても価値の大きいことです。
「プロフェッショナルCDO」としての働き方や、「新時代の仕事の仕方」については、後半で詳しくお話を聞かせてください。
<後編:日本企業には本当のデジタルトランスフォーメーションが必要だ>
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