後編:「複業前提社会」を迎える日本社会には100人100通りの複業がある
2020.2.28 Interview
株式会社HARES 代表取締役 西村 創一朗 氏
1988年生まれ、東京都在住。株式会社HARES 代表取締役、複業研究家、HRコンサルタント、NPO法人ファザーリングジャパン理事。
2011年に首都大学東京法学系を卒業後、同年4月に新卒で株式会社リクルートキャリアに入社。法人営業、新規事業企画、人事採用を歴任し、社内MVPを多数受賞。本業のかたわら、複業支援のための事業をスタートし、2015年に株式会社HARESを創業。パラレルプレナー(兼業起業家)として仕事、子育て、社外活動などに精力的に従事。第三子となる長女の誕生を機に「通勤をなくす」ことを決め、2016年末にリクルートキャリアを退職し、2017年1月に独立。家族と過ごす時間を倍増させながら、複業研究家として、働き方改革の専門家として個人・企業・政府向けにコンサルティングを行なう。在学中の2009年より、NPO法人ファザーリング・ジャパンに参画し、最年少理事を務める。講演・セミナー実績多数。2018年に初の著書『複業の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。プライベートでは、同い年でHARES役員の妻、小5の長男、小2の次男、3歳の長女との5人暮らし。
※役職は、インタビュー実施当時(2019年12月)のものです。
◆株式会社HARES(ヘアーズ)◆
2015年6月30日設立。「二兎を追って二兎を得られる世の中を創る」をビジョンに掲げ、「副業禁止規定をなくす(本業・複業の二兎)」「男性の育休取得率の向上(仕事と子育ての二兎)」「ヘアーズワーク(時間と場所に縛られず、二兎を追える働き方)の創出(仕事と家庭の二兎)」という3つのミッションに取り組む。主な事業は、企業向けの副業推奨制度の導入・促進コンサルティング、副業に関する講演・執筆活動、HARES.JPでの情報発信、複業家支援のためのオンラインコミュニティ「HARES COMMUNITY」の運営。
複業研究家として、また株式会社HARES(ヘアーズ)の代表取締役として、多くの方が「本業としていた仕事と、複業としてもつ仕事」「仕事と子育て」「仕事と家庭」などの“二兎”を追い、得られる社会の創出を目指して活動を続ける西村創一朗さん。複業をもつ個人が増えるよう複業できる個人を増やす活動に注力していきたいと話される一方で、「誰もが必ず複業すべきとは考えない」とも語ります。
「複業には、100人いれば100通りの“解”がある」とする西村さんに、複業をもとうとする個人の方、複業を解禁する企業、複業人材を受け入れる企業それぞれがもっておくべき大切なマインドについて、お話をうかがいました。
複業に必要なマインドセットは「先義後利」
前編では、個人の方が複業を始める際の心理的なハードルについてもお話がありましたが、複業しやすい職種というのはありますか?
西村:大前提として、僕は「複業できない人はいない」と考えています。誰もが何らかの専門性なり才能をもっていますから、やれば誰でもできる。これが僕の持論です。そのうえで、「複業しやすい職種・仕事」と「そうでない職種・仕事」はあると思います。
複業しやすいのは、エンジニア、クリエイター、デザイナーなどクリエイティブ系の職種やコンサルタントの仕事に就いている方が、本業で培った経験・スキルを複業にそのまま活かし、他社に提供するというケース。僕はこれを「プロフェッショナル型の複業」と呼んでいます。
こうした職種の方はもともとプロジェクトベース、納品ベースで仕事をしており、複業といっても相手が変わるだけ。ですから、働き方としてもフィットしやすいです。広報や人事など、他社に売りやすい専門性をもった職種の方も、比較的複業をしやすいです。
反対に、複業しづらい職種は?
西村:総合職のような職種ですと、プロフェッショナル型の複業は難しいでしょう。1つの部署で仕事ができるようになっても、ジョブローテーションで全然違う職種に異動になってしまうといった具合で、キャリアのなかで専門性が蓄積されづらいからです。実際そうした方が、「私には専門性と呼べるものがありません」というお悩みを抱えていることが多いです。それから営業職も、複業の難易度はやや高いかなと感じます。
複業しやすい性格、複業が難しい性格の特徴などがあれば教えてください。
西村:これは性格というよりマインドセットの話かもしれませんが、複業する目的をお金以外にもてるかどうか、というところは大きなポイントです。
僕は「複業家に贈る5か条」を提唱しているのですが、その一が「先義後利」です。「義」が先にくる、つまり、どういうバリューを相手に提供できるかをまず考える。そして「利」はその後にくる、つまり、金銭はバリューを提供したあとの結果であるという考え方です。目先の儲けに走らず信頼を蓄積する――この考え方が複業には必要であると、僕は考えています。
いわゆる「副業」の主な目的として挙げられるのは、副収入など金銭面での利益です。「複業」でも、提供した価値の対価として金銭を得ることはもちろん大切です。けれどそれは結果であって、複業を始めるにあたってまず目的として掲げるべきなのは、お金以外のベネフィット。たとえば自分らしい生き方の実現、他者への貢献といった視点です。
僕の複業も、最初は月に20~30時間かけても「ガリガリ君」1本買えないぐらいの収入から始まりました。プロフェッショナル型の複業であれば収入面もスムーズに走り出せるかもしれませんが、「お金、お金」というマインドではなかなか続かないということもあると思うのです。
ただ、複業で得られるのはお金だけではありません。「本業だけでは得られないスキルを獲得する」「本業で培ったものが社外でどれだけ通用するか試してみる」・・・何でもいいのですが、お金以外の目的、お金以外のベネフィットを見出すことで複業を続けやすくなりますし、複業の効果もさらに大きくなるでしょう。
バリューの無償提供はパフォーマンスの低下を招く
知識やスキルを無償提供することで社会に貢献する「プロボノ」のような活動については、いかがお考えですか?
西村:僕はどのような名前の活動であっても、ビジネスとしてバリューをしっかり提供する以上は対価をもらうべきだと考えています。ただ、社会貢献としてのプロボノの活動を否定するものでは当然ありませんし、バリューを無償提供するという方法を複業の導入に取り入れることもできると考えています。
複業駆け出しの方にとっては、自分が社外でプロフェッショナルとしてサービスを提供した経験がないことからくる不安、いきなりお金をもらうことに感じる抵抗や怖さ、自分にどう値付けしたらいいかわからないという悩みなどが少なからずあるでしょう。そこで、まずはエントリー段階として“お試し”的に無料で複業を始めるのです。
これは、複業としての仕事を提供する側と、提供される側が、お互いに「本当にマッチするか」を見極めるプロセスともなり、大いにメリットがあります。そうして、相手に価値を提供できていると実感できた、バリューが発揮できていると感じられた、実績を作ることができた、一定の信頼関係が形成された――。そう感じられたタイミングで、複業を有料化するのです。
それまで1つの会社でしか仕事をしていなかった方が実際に複業を持ってみて、自分の知識やスキルに自信が持てるようになるということは喜ばしいことです。無料の活動で「社外でも通用する」と実感を持つことができれば、自信をもって有料の複業に進みやすいでしょうね。
西村:ただし、無料で複業する場合もあらかじめその期限を決めるなどして、“お試し”は一定期間にとどめるべきです。いつまでも無料で複業をすることが、プロフェッショナルワークになっていくことを押しとどめてしまい、いい結果につながりにくくなるからです。
詳しくうかがえますか。
西村:複業としてバリューを提供している側としては、自分が一定のバリューを提供できているという自負がわいてきても、その対価がいつまでも得られない状態では次第にモヤモヤしてしまうようになります。そうすると、心のどこかでコミットしきれない部分が生じてきます。仕事をしているなかで「とはいえ、お金もらってないし」という考えが生まれ、「無料だから」が甘え、言い訳になってしまうのです。これではいいアウトプットにはつながらなくなってしまいます。
複業として仕事をお願いする側にも、「とはいえ、無料でやってもらっているから」という引け目や諦めの気持ちが生まれれば、目の前の仕事が本来必要なレベルに達していなくても強く要望しきれないということにもなりかねません。その結果は、やはりアウトプットの質の低下です。
あるいは、複業する個人の善意に甘えてズルズル無料でい続けるという姿勢も、相手へのリスペクトを欠いたものであり、複業従事者のエンゲージメントが下がることは避けられません。結果、いいアウトプットがかえってこなくなる。仕事をお願いする企業側が、複業ワーカーに対するリスペクトをきちんともつことは大事です。
ですから、お互いにマッチした段階で複業を有料化して、「しっかりお金を払う/いただく」という関係にシフトしていくほうが、複業においてはお互いにパフォーマンスを遺憾なく発揮できるようになるでしょう。
社員の離職増を防ぐために必要なことは「複業禁止」ではない
複業解禁に対する企業の懸念事項の一つとして、自社人材の社外流出の増加が挙げられます。複業解禁で社員が外の世界を経験し自分に自信をつけることによって、「自分は社外でも通用する」と考えるようになり、会社を辞めて転職してしまうことが増えるのではないか、というものです。
西村:僕も、そうした心配をもつ企業の経営者、人事担当者、上司の方にお会いすることがよくあります。そのときはいつも、このようにお伝えしています。
「確かにそういうケースはあります。でも複業したらみんな転職してしまうかといえば、決してそのようなことはありません。結果として一定数の退職・転職は発生しますが、割合としては低いのです」
それに、複業の経験を通じて本業、すなわちもともと就いていた仕事に集中できるようになるというケースもあります。
それはたとえばどのような?
西村:たとえば、本業でやりたかったけどできていなかったことを複業で実現できて満足し、本業のモチベーションが上がったケースがあります。あるいは、それまでずっと会社と自宅の往復の毎日を過ごしていた方が複業の経験でそれ以外の世界を知り、隣の芝生はそれほど青くないこと、ずっと勤めている会社のよさに気づき「いい会社だな」と実感して仕事できるようになったケースもあります。
外の世界を知らないうちはどうしても、外の世界にまだ見ぬ可能性を想像し、「ほかにもいい会社があるのではないか」「自分はもっと高みを目指せるのではないか」「転職しようかな」とモヤモヤしがちです。けれども、複業経験によって自分のスキルや会社の良し悪しを知ることで、そうしたモヤモヤが振り払われ本業に集中できるようになることもあるのです。
いくら外を見せないようにしたとしても、自分の会社がいい会社でなければ、人材はいずれ去ってしまいますよね。
西村:おっしゃるとおりです。肝心なのは、自社がいい会社、働きやすい会社であること。複業を禁止していれば人材流出を防げるかというとむしろ逆です。人間には「見せないようにされればされるほど見たくなる」という心理が働きますから、複業を禁止して囲おうとしてもかえって反発を招き、外の世界を知るための転職活動につながってしまいかねません。
そうなるくらいなら、企業としては複業を解禁し、社員が思う存分外の世界を見られるようにしたほうがいいのではないでしょうか。そうして社員が外の世界を知り、自分のスキルに自信をつけてもなお、「この会社はやっぱりいい会社だな」と踏みとどまってもらえるような流れのほうが、社員のエンゲージメントは高まり、離職防止につながるはずです。
「複業できる」選択肢をもつことが個人も企業も支える
前編で西村さんがおっしゃっていた「複業前提社会」になっていったときには、どのぐらいの方たちが複業をもっている状態になるとお考えですか?
西村:全就労人口の3割から4割ぐらいの方が何らかの複業をもっているという状態が、複業前提社会におけるひとつの形かなとイメージしています。
僕は「全人類が複業すべき」とは考えていません。向き不向きもありますし、タイミングもあります。本業に100%、120%集中すべき時期にある方もいらっしゃるでしょうし、1人ひとりさまざまな事情があるでしょう。ですから、複業しない人生を、僕は何ら否定しません。
複業に関する選択には、「これが正解」という答えはありません。するもしないも、始め方もそうです。
先のお話で、本業で培った専門性を活かすタイプの複業はしやすいというお話がありましたが、西村さんはまったく未経験の分野で複業を始められています。複業のステップもさまざまなかたちがあるのですね。
西村:それまでのキャリアで積み重ねた実績をもとに複業を始めるプロフェッショナル型の複業は、確実性の高い始め方といえます。反面、このタイプの複業は一貫したキャリアのなかに変化をもたらす存在にはなりづらく、「複業によって人生が大きく変わった」という経験はあまり得られないかもしれません。
他方、それまでのキャリアとはまったく異なる未経験の分野で複業をゼロから始める場合。最初は「ガリガリ君」すら買えないかもしれませんが、経験を積みながら本業では得られなかった知識、スキル、人脈などを獲得すれば、本業で培ったものとのかけ算で、オリジナリティあふれる人材になる道が生まれるかもしれません。そうなれば市場価値は高まり、社内異動なり転職なり、キャリアパスの選択肢を広げることも可能になります。
ですから、どのパターンがいい、悪い、と考えるのではなく、100人100通りの生き方があるように、100人100通りの複業があるととらえてほしいです。
「複業前提社会」を迎えるであろう日本社会で、どのような心構えが必要でしょうか。
西村:大切なのは、できるだけ多くの方が「複業できる」という選択肢を持てると認識することです。
これまでの日本社会では、ほとんどのビジネスパーソンが会社の看板にぶら下がって仕事をしていた、それで良いとされていました。だから、「会社の名前が自分の価値」と思っていられたのです。でもいまの時代、たとえ大企業であっても明日どうなるかはわかりません。
ビジネスパーソン1人ひとりが複業できるだけの力を持てば、会社にすがらなくても生きていけるようになります。そうなれば、会社の看板ではなく自分自身に価値を感じられるようになります。この意識の逆転のきっかけに、複業がなってほしい。
また、複業をできる力をつけたビジネスパーソンが増えれば、転職者は増えていくでしょう。それは一見、企業には不安の種かもしれませんが、そうして雇用の流動性が高まれば、企業側ももっと自由に人材登用ができる社会に向かっていけるはずです。その意味でも、複業解禁を推進し、複業できる個人を増やしていくことは、いまの日本社会には不可欠なのです。
<前編:「キャリアの可能性を広げる複業体験を多くの人に」という思いから複業研究家へ>
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