前編:三菱商事はデジタルトランスフォーメーションでトップを目指す
2020.6.30 Interview
エムシーデジタル株式会社 COO 大畑 琢哉 氏
1980年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、大手ハイテク企業のネットワーク部門において最先端のR&DおよびMOTに従事。その後、IPO済インターネット系スタートアップにて、事業戦略およびプラットフォーム分析・企画を担当。2016年に三菱商事入社後は、AI/IoTなどの先端技術を活用したグループ全体のDXに従事。現在に至る。
※役職は、インタビュー実施当時(2020年5月)のものです。
◆エムシーデジタル株式会社◆
https://www.mcdigital.jp/
2019年9月12日、三菱商事株式会社の100%出資により設立。グローバルに通用する技術力をもとにデジタルプラットフォームを構築し、世界中の産業を変える大きなインパクトを生み出すことを目指す「デジタルトランスフォーメーションの実現」をビジョンに掲げ、三菱商事が手がける全産業をフィールドに、テクノロジーカンパニーとして活動している。
日々進歩するITを駆使することで変革をもたらす「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は、いまやビジネスの世界でもよく聞かれるようになりました。先端的なデジタル技術や企業に蓄積されているデータを活用して新たなビジネスを生み出す流れは、世界各国の潮流となっています。
日本屈指の総合商社・三菱商事株式会社もまた、デジタルトランスフォーメーションを推進する企業の一つ。デジタル戦略を進めるべく、子会社「エムシーデジタル株式会社」を設立し、デジタルトランスフォーメーションの動きを加速しています。今回は、エムシーデジタルCOOの大畑琢哉さんに、三菱商事グループのデジタルトランスフォーメーションについてお話をうかがいました。
※お名前の「琢」は旧字体が正式です。ご利用のブラウザによって新字体で表示されている場合があります。
三菱商事のDXはトップの強いリーダーシップが牽引
三菱商事がデジタルトランスフォーメーションに取り組んでこられた流れをうかがえますか?
大畑さん(以下略):私はいまから3年半ほど前、2016年に三菱商事に中途採用で入社しました。その当時、三菱商事には、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用したデジタルビジネスをつくる専門の部門として「ビジネスサービス部門」がありました。しかし半年ほど経ったころ、ビジネスサービス部門は解散、デジタルビジネスは三菱商事の各営業グループで検討するということになったのです。「どのようなビジネスにおいてもAIやIoTが必要なのだから、営業グループを含めて全員が主体的にAIやIoTを使っていこう」という考えがベースにありました。
そうして、当時7つあった営業グループがそれぞれの領域でデジタルビジネスを進めるようになり、会社全体としてAIやIoTを活用していくための組織風土が醸成されましたが、そこから生み出されるビジネスは、結果的に各営業グループの中で完結するものがほとんどでした。三菱商事の強みが特に活かせるのは、業界再編を伴うような産業を横断した大きなビジネス。それがつくりづらい状況があったということです。
そうした状況を踏まえて策定された経営方針が、2018年11月発表の「中期経営戦略2021」における重要施策、デジタルトランスフォーメーションの推進です。そして、デジタルトランスフォーメーションを全社横断で推進し、自らも主体的に大きなビジネスを作っていくことを目的とした組織「デジタル戦略部」が誕生しました。
また、三菱商事の経営企画部には「事業構想室」が新設され、三菱商事の営業グループが案件発掘を行なう体制構築を担っています。同時に各営業グループには「グループ事業構想/デジタル戦略担当」が設置されました。これらの組織が連携しながら、デジタルトランスフォーメーションを推し進めて三菱商事として大きなビジネスを開発していこうという狙いです。
こうした体制のキックオフから1年程度が経ち、昨年12月のNTTと三菱商事の戦略的提携の発表、位置情報プラットフォームを提供する蘭HERE社への共同出資等、いくつかの取組が実を結び始めました。これらの取組の実行をより強力に推進させることを目的に、今年4月に新たに「全社タスクフォース」が立ち上がりました。全社タスクフォースはデジタル戦略部、経営企画部事業構想室、営業グループの各メンバー等の混成チームとなっています。
かつて存在したデジタル部門を解散したのがトップダウンなら、デジタル部門をまた新たに集約して立ち上げる決断もトップダウンであったと。
大畑さん:はい、マネジメント層のリーダーシップによるものが大きいと思います。かつての「ビジネスサービス部門」は他営業グループと緩やかに連携しつつも、いわば独立した部門であり、解散後はその働きを営業グループに振り分けました。その2つのフェーズでは、集中あるいは分散にしろ、デジタルトランスフォーメーションを動かす車輪が1つでした。しかしいまは、デジタル戦略部と営業グループの双方がそれぞれ車輪となって、デジタルビジネスを回せるようになったのです。
それと、こうした組織の変遷に伴い、ビジネスサービス部門で仕事をしていた社員が営業グループに移り、再びデジタル戦略部やタスクフォースで仕事をするようになったという具合に人の流動が発生しました。その結果、全社的なプロジェクトを動かす際にもコミュニケーションが取りやすくなるなど、デジタルトランスフォーメーションを進めやすくなっている面があると思います。
2019年12月、NTTと三菱商事が産業DX推進に関する業務提携に合意したことを発表しましたが、この動きのなかでも、ビジネスサービス部門から営業グループに配属され、再度デジタル戦略部に戻った人間がプロジェクトマネージャーを務めるなど好循環もみられ、人の交流という点においてもこの変遷にはメリットがあったと感じています。
エムシーデジタルは内製化で「デジタル×ビジネス」を実現する
そして、三菱商事のデジタル戦略を実現すべくテクノロジー面の実現を担うのが、2019年9月に子会社として設立されたエムシーデジタルということになります。プレスリリースによれば、エムシーデジタルは「最先端のデジタル技術をこれまで以上に活用すること、そのためにコアとなる技術・情報、開発に関する機能を内製化することを目的」として設立されたとありますね。
大畑さん:おっしゃるとおり、エムシーデジタルは内製化組織で、メインの業務はビジネスのコアとなる部分のアルゴリズム開発です。たとえば、デジタル技術を使って在庫を最適化するシステムを提供するとして、我々が担うのは「どのようなロジックで在庫を仕入れ/廃棄ロスを削減するか」といったアルゴリズムの開発です。そのアルゴリズムを搭載する業務システムの開発といった工程は、我々は担当しません。
一般的に、デジタルトランスフォーメーションを推進しようとする場合、外部のSIerやコンサルティングファームを活用するケースが少なくありません。外部とのコラボレーションによりイノベーションが生まれるという考え方もあります。しかし御社では、最初から内製化を志していらっしゃいます。それはどうしてですか?
大畑さん:三菱商事が展開していきたいのは、あくまで「デジタルビジネス」です。ビジネスをつくるためには、ビジネスとデジタルの両方がわかる人間、デジタルの技術に対して深い知見をもつ方はもちろん、ビジネス面にも目が利く方の力が欠かせません。
その人材、能力を外に求めるといっても、求める条件を満たす人物にたどりつくのは容易ではないでしょう。ベンダーやスタートアップに優れた方がいらしたとしても、そのベンダーやスタートアップに外注したところでその人物にたどりつけるとは限りませんし、そもそも我々のなかに“目利き”がいなければ、そういう方を選ぶことすらできない。あるいは、技術を追い求めて大学や研究所などに依頼すればいいビジネスができるのかといえば、そうではありませんよね。
三菱商事は、おもしろい人、すぐれた人とつきあうのが上手な会社だと私は考えています。ですから、いろいろな意見がどんどん入ってきますし、多彩な組織、人材を知ることはできます。けれど、そうして外部の組織や人材と組んだからといって、デジタルビジネスがうまくいったという経験はまったくありません。
重要なのは、ビジネスとデジタルの両方を理解し“目利き”のできる人間が中にいて、「ビジネス」と「デジタル」をしっかり組み合わせることができること。それからノウハウを溜めて競争力をつけていけるような組織です。そうした狙いから、内製のための組織としてエムシーデジタルが生まれているのです。
総合商社は広範な産業でプレーヤーをつなぐコーディネーターになれる
三菱商事という一大総合商社によるデジタルトランスフォーメーションのチャンスはどういったところにあるとお考えですか? また、総合商社だからこそのデジタルトランスフォーメーションについてどのようにお考えかお聞かせください。
大畑さん:総合商社というのはある意味コングロマリット(多くの産業を抱える複合企業)的な位置づけで、三菱商事は多種多様な業界に投資をしています。つまり、幅広い産業につながりがあるということになります。
現代はさまざまな分野で業界再編の動きが加速しており、多彩なプレーヤーが業界の垣根を超えて参入する動きが見られます。電力小売りにAmazonが参入するといった噂もいい例でしょう。そうした場面において、我々は電力にもリテールにも投資していますし、営業グループもあるので、そのなかである種のコーディネーターのように業界やプレーヤーをつなげていく動きをリードすることが可能です。
そういう大きなことができる点は、総合商社としての大きな存在意義であり、そういうかたちでの貢献が求められているのではないかとも考えています。
2020年1月、御社が取り組んでいらっしゃる「AI(人工知能)を活用した食品流通向けの需要予測システム」について、日経産業新聞で紹介されていました。これもそうした事例の一つですか?
大畑さん:はい、その好例の一つかと思います。食品流通の過程では、安全在庫をもつためにさまざまな無駄が発生しており、サプライチェーンの川上から川下に至る各プレーヤーが余分な在庫を抱えています。その結果、廃棄されていくロスが多いことは社会的な課題でもあります。そこで、サプライチェーンの各プレーヤーが保有するデータをつなげ、AIを活用して商品需要を予測することで、在庫管理や物流の最適化を図るプラットフォームの構築を目指しています。
こうしたことが可能となるのも、三菱商事がメーカーや卸、小売といった業界の大手のプレーヤーを投資先としてもっており、そこにコーディネーターというかたちで中立的な立場で入ることができるポジションにいるからです。
さらに、食品業界でプラットフォーム化したものを今度は、当社がもつ別の産業とのつながりをたどり、金属や素材など他の業種に展開していくことができます。データの利活用も需要予測や在庫管理にとどまらず、各業界のお客様どうしのデータを重ね合わせて生活サイクルを分析してマーケティングに生かすなど、いろいろなビジネスに応用していくことができるでしょう。
法規制の変化がビジネスの狙い目に。手広く網を張って時機を待つ
デジタルトランスフォーメーションに取り組む総合商社も増えていますが、ベンチマークしている企業はありますか?
大畑さん:社内で公式に「ここはベンチマークする」と決めているような企業は、商社に限らず特にありません。ただ、リアルビジネス×ITでうまくいっている海外の企業を参考にすることはありますし、トライしたいジャンルに応じてその分野のトップ企業を研究、勉強させていただくということは当然しています。MCデジタルとしては、テクノロジー分野でグローバルトップ企業になりたいと思っていますので、GAFAのやり方というのは非常に参考になります。
大畑さんからご覧になって、デジタルトランスフォーメーションのポテンシャルを感じる分野や企業があれば教えてください。
大畑さん:業種という観点では、既存の古い業界で法規制に守られてきたところほど、あるいは寡占状態でビジネスをしてきたところほど、効率化できる要素があるでしょうし、新しいマーケティングやシステムの導入によってデジタルの効果が得やすいのではないでしょうか。また、金属資源など莫大な金額が動く業界は、効率化してコストを数%、十数%削減するだけでも、大きな利益が出るのではないかと思います。
その点でいえば、「法規制が変わるときがビジネス上の狙い目」というのは三菱商事もおさえているポイントです。そうしたタイミングで該当分野に100%子会社を小さくつくり、そこでノウハウを溜めながら次のビジネスを考えるというような動きはさまざまな領域で行なっています。いわば、手広く網を張っているというわけです。
それと、先ほども少し触れましたが、蓄積されているデータを利活用してビジネス化するということは、数多の分野でかなり有望ではないかと考えています。たとえば、電力会社はスマートメーターのデータを持っていますが、それをサービス化することはほとんどできていない。医療系もデータの利活用が進んでいない領域です。そうした領域のサービス化、ビジネス化は十分狙えると思いますし、我々もネットワークを使ってうまくビジネスを展開していきたいところです。
<後編:デジタルトランスフォーメーションは働き方にも変革を促す>
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