後編:デジタルトランスフォーメーションは働き方にも変革を促す
2020.7.1 Interview
エムシーデジタル株式会社 COO 大畑 琢哉 氏
1980年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、大手ハイテク企業のネットワーク部門において最先端のR&DおよびMOTに従事。その後、IPO済インターネット系スタートアップにて、事業戦略およびプラットフォーム分析・企画を担当。2016年に三菱商事入社後は、AI/IoTなどの先端技術を活用したグループ全体のDXに従事。現在に至る。
※役職は、インタビュー実施当時(2020年5月)のものです。
◆エムシーデジタル株式会社◆
https://www.mcdigital.jp/
2019年9月12日、三菱商事株式会社の100%出資により設立。グローバルに通用する技術力をもとにデジタルプラットフォームを構築し、世界中の産業を変える大きなインパクトを生み出すことを目指す「デジタルトランスフォーメーションの実現」をビジョンに掲げ、三菱商事が手がける全産業をフィールドに、テクノロジーカンパニーとして活動している。
世界の潮流であるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、ビジネスモデルのみならずビジネスパーソンの働き方にも変革を促しています。そして2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け、その流れはさらに加速。リモートワーク(テレワーク)の導入をはじめ、デジタル技術による変革の波は止まることを知りません。
大手総合商社としての圧倒的な強みを生かし、デジタルトランスフォーメーションによるビジネスの創出を目指す三菱商事。その先頭に立つ子会社・エムシーデジタル株式会社COOの大畑琢哉さんに、ビジネスパーソンの働き方の変化や、企業が変革することなどについて、お話をうかがいました。
※お名前の「琢」は旧字体が正式です。ご利用のブラウザによって新字体で表示されている場合があります。
COVID-19が“後押し”した日本の働き方改革
この2020年前半は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に世界中が影響を受けています。御社では働き方の変化はありましたか?どのような影響を受けたかお聞かせください。
大畑さん(以下略):私はいまエムシーデジタルに100%出向していますが、エムシーデジタルはもともとテレワーク可能な会社にしていましたし、働く時間の制限もコアタイム以外は特にありませんので、そうした面での変化はそれほどありません。家で働けるというのはいい面も悪い面もありますが、通勤のむだがなくなるなど、現実として働きやすい方向に作用している要素はあると思います。
また、会議は減りました。会議するにしても適切なメンバリングをすることで議論しやすくなりましたし、「ちょっと別の会議室に呼んで話をしよう」といったこともZoomだとすぐにできます。そうした点ではメリットを感じています。
他方、新規の顧客を開拓するという面では、この現状には難しさがあります。とりわけ、新規のお客様、パートナーとリレーションシップをつくらなければいけないような場面、実際に現場を見ないと業務オペレーションを把握できないといった場面では、やりづらさを感じるというのが実状です。三菱商事グループは「何人かたどると知り合いにたどりつく」といった具合にネットワークがありますので、やりようによってはその面もどうにかなるかもしれませんが、いずれにしても工夫は必要でしょう。
三菱商事グループの社内でのデジタルトランスフォーメーションも大畑さんのミッションですか?
大畑さん:社内ITや働き方改革といったところは、対応範囲にはなっていません。三菱商事には「ITサービス部」という組織があり、いわゆるコーポレートITは主にITサービス部の対応領域です。社内のパソコンや情報機器のメンテナンス、デジタル化による社内の働き方改革や業務効率化、それから事業投資先のデジタルトランスフォーメーション支援などは、ITサービス部が対応します。
三菱商事のデジタル戦略部のスコープとなっているデジタルトランスフォーメーションは、あくまでビジネスの観点でのものです。この組織の分け方は、ガートナーが2015年に提唱した「バイモーダルIT」の考え方に近いかもしれませんね。
相互の信頼と成果に対する評価が働きやすさにつながる
従来の日本社会ではテレワークの導入がなかなか進まないなど、オールドエコノミーな考え方をとる人の意向を受けて変わらなかったところがありました。しかし、今回否応なくテレワークの実施を余儀なくされ、さまざまなことがリモートワークで進むようになった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の危機が引き続き存在している今、日本においても企業のデジタル化というものが幅広く進むでしょうね。
大畑さん:デジタルトランスフォーメーションという文脈では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はデジタルトランスフォーメーションを推し進める方向に働くでしょう。今回の諸々で、いままで継続されてきたむだが改めて認識された点もあります。その状況とデジタル技術は、働き方の変革のみならず、新しいビジネスの創出という方向にも波及するのではないでしょうか。
とはいえ、「すでにできあがっているルール」というのはなかなか変わらない。たとえば当社では通常、契約を締結する際には紙の契約書を取り交わすところ、現在はメールでエビデンスを残せば契約を締結できるようになっています。しかし状況が落ち着いたら、従来どおり紙の契約書に押印したものを取り交わして保管するということをしなければなりません。
契約などは法律も関わってくる話ですが、内部監査や社内規則上のルールのように「できあがっている決まり」、あるいは慣習でそうしてきていて「やらなくなったときに何が起こるのかわからないもの」などを変えるのは容易ではない、というのが日本の少なくない企業でみられる実状ではないでしょうか。
そうした面も含め、デジタルトランスフォーメーション推進の波に乗れる会社と乗れない会社があると思います。波に乗るために必要なものは?
大畑さん:業界によって、デジタルのフィット感の濃淡は絶対あります。古くからの慣習が根強いといった事情があると、デジタルによる変革を持ち込みづらい部分が生じてしまうものです。
そうしたデジタルトランスフォーメーションの波を広げていくという点でも、総合商社が果たせる役割はますます大きくなっていくのではないかと考えているところです。総合商社はさまざまな産業に“仲間”がいますから、他の業界で起こった変革、デジタルトランスフォーメーションの好例をうまく伝える力になれるのではないかと。特にエムシーデジタルにはテクノロジーに強みがありますから、できることはたくさんあると思いますし、業界の垣根に横串を刺すようにとでもいうか、力になれることを考えていきたいです。
デジタルトランスフォーメーションの推進を通じて日本の働き方がこう変わっていけば、といった思いがあれば教えてください。
大畑さん:特に大企業では、「頑張った人に報酬を」「頑張った人に厚く報いよう」という評価体系が少なくありませんが、今後は成果主義的な評価を比重として増やしてもいいのかなと思います。
日本企業のマネジメント層には今でも「ちゃんと見ていないと仕事をさぼるのではないか」と懸念する向きもみられ、それがテレワークの推進を阻むことにもつながってしまいます。けれど、「ずっと見ていなくてもちゃんと仕事をするだろう」という相互の信頼のもとに、タスクを理解・管理して成果で評価するというマネジメントに変わっていけば、働きやすさにプラスとなるでしょう。
トップの意志と、実働する中間層・現場層をうまくつなぐのが変革成功の鍵
日本企業では、強い危機意識をもって変わらなければと覚悟するトップや、現場の最前線で変革を余儀なくされる若手の姿は珍しくありませんが、その中間で「変わらなければいけないことはわかっているが、変わりたくない」「自分たちの得意なところだけやっていればいい」と考える人も今なお多い。御社はマネジメント層の強い意志とリーダーシップでデジタルトランスフォーメーションに舵を切っていらっしゃいますが、社内では商社というDNAを大事にしてリアルビジネスに向かい合っている方も多いでしょう。そうした中で、デジタルトランスフォーメーションに対する全社的な温度感をどのようにご覧になっていますか?
大畑さん:現実として、ある中間レイヤーに、既存ビジネスを重視し守りたいという意識が垣間見えることはなくもありません。しかし、本部長や部長以下、ミッションが明確なレイヤーになればなるほど、デジタルトランスフォーメーションに対して学習意欲もスキルも高く、その動きに“脂が乗っている”ように感じることは多いです。
いずれにしても、過去の変遷を経て、デジタルトランスフォーメーションを進めていかなければならないという意識はみんなよくわかっていますし、そうした構造があることを認識したうえでうまくやっていくことを心がけています。トップの号令で動いてはいますが、実働面ではトップとボトムの合意は不可欠で、そこが成功の鍵になる。DXを推進する部隊として、そこは心得ているつもりです。
デジタルトランスフォーメーションを進めていくにあたり、三菱商事の営業グループの既存ビジネスと競合してしまうようなことは?
大畑さん:最初にお話ししたように、デジタル戦略部は三菱商事の営業グループから完全に独立して動いているわけではなく、タスクフォースについてもデジタル戦略部と営業グループを掛け合わせて組織を構成しています。それから、前述の食品流通向けの需要予測システムのプロジェクトではコンシューマー産業グループのCEOがタスクフォースのリーダーを務めるなど、関連する営業グループのトップをタスクフォースのリーダーに据えています。
そうして、利益相反するようなかたちにならないようにうまく調整しながら進めています。トップの意向が全てにならないよう、営業グループの判断を必ず仰いで物事を進める組織、仕組みにしているのです。その点は三菱商事らしいところといえる大きなポイントです。
さすが「組織の三菱」といわれるだけありますね。
大畑さん:過去にデジタルでうまくいかなかった経験というのを生かしてやっていこうということで、そういう設計はかなり議論しながら進めてきました。三菱商事はメーカーとは違って、一つ一つのプロジェクトの振り返りをそこまでしっかり行なう文化ではない、と私は認識しているのですが、デジタルに関しては過去のうまくいかなかったことをしっかり踏まえて進めていこうという文化ができつつあるように感じます。それは、「それだけデジタルトランスフォーメーションを本気でやりたい」という強い意志と、「過去の教訓を活かそう」という強い記憶があるからです。
リアルビジネスを地道に進められる総合商社の強みがDXでも生きる
モビリティの領域ではMaaS(Mobility as a Service)の普及によって、トヨタとGoogleという、今までは考えられなかったような企業同士の対決が起こるのではないかと目されています。幅広い事業領域をもつ総合商社において、デジタルに特化した先端企業との競合はいかがお考えですか?
大畑さん:近い将来、そういったケースが起こり得るだろうと想定しています。ですから社内でも危機感は強く、どうしたらいいかという議論はすでにたびたび起こっているところです。世界的に、川下で起こったことがだんだん川上でも起こるようになるという流れがみられますから、やはり川下領域が主戦場になってくるのでしょう。モビリティの領域もそうですが、電力、小売りの業界などは、そうした競合が比較的起こりやすいのではないかと思います。
そうした状況を想定したときの御社の強み、戦略は?
大畑さん:リアルが絡むビジネスを進めるには時間がかかりますし、ある程度のノウハウがないとできませんから、ネット業界のプレーヤーが参入してもいきなり成長するのは難しい。つまり、参入障壁が高いということですが、ノウハウを一度おさえてしまえばノウハウがどんどん蓄積され、他社の参入障壁をより高くすることもできます。
三菱商事は、川上から川下まで実ビジネスを持っている分リアルに強いですし、既存の大きなプレーヤーと仕事をすることも多いです。そうした強みを生かして、参入障壁の高い分野を地道に、業界のプレーヤーをコーディネートしながら一緒に進めていくという戦い方は一つあるでしょう。
他方、2019年12月、三菱商事はNTTと共同で、オランダ企業で位置情報プラットフォーム大手のHERE Technologies(以下「HERE」)への出資、業務提携を発表しました。HEREは位置情報業界ではGoogleと並ぶ二強ですが、Googleと比べてBtoBに強く、カーナビなどにおいては圧倒的なシェアを有しています。こういうかたちで投資先を増やしながらコーディネートを考えていくというのも、商社ならではの戦い方ではないかと思います。
御社ではデジタルのビジネスを、今後どのぐらいの規模に広げていこうと考えていらっしゃいますか? 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
大畑さん:三菱商事が目指しているのは、総合商社として大きなビジネスをつくっていくということ、三菱商事グループのビジネスに「デジタル」を軸とした大きな柱をつくっていくということです。ムーンショット型の「成功すれば大きい」プロジェクトというよりは地に足の着いた動きで、デジタルが主体となったビジネス領域を切り開き、100億円、200億円といった規模の純利益を出していけるようなビジネスを。そう思っています。
営業グループとコーポレート組織の中間のようなかたちでタスクフォースを立ち上げたのもその一環です。純粋なインキュベーションというよりは、既存の資源をかけ合わせながらレバレッジをかけ、大きな利益を生み出せるビジネスを早く立ち上げる、そのために力を入れています。
エムシーデジタルも、ラボ的な組織というよりは、三菱商事と一体となって大きなビジネスをつくっていくための組織です。今後活動していくうえでは、我々も三菱商事グループ向けだけではなく、エムシーデジタルとしても成長していく姿を思い描いています。そのための試行錯誤を、今後も重ねてまいりたいと思います。
<前編:三菱商事はデジタルトランスフォーメーションでトップを目指す>
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