後編:ポストコロナ時代、都市部と地方の両方で活躍できる人材が必要
2020.12.10 Interview
株式会社三菱総合研究所 主席研究員 松田 智生 氏
1966年東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。専門は地域活性化、アクティブシニア論。高知大学客員教授。2015年に丸の内プラチナ大学の創設に参画すると共に、都市部人材が地方で期間限定のリモートワークを行なう「逆参勤交代」を提唱。地方創生分野の第一人者として、内閣官房「地方創生×全世代活躍まちづくり検討会」の座長代理や、内閣府「高齢社会フォーラム」企画委員、壱岐市政策顧問など、産官学のアドバイザーを数多く務める。
※役職は、インタビュー実施当時(2020年10月)のものです。
◆株式会社三菱総合研究所◆
https://www.mri.co.jp/
1970年設立の総合シンクタンク。シンクタンク・コンサルティング・ICTソリューションの「総合力」でソリューションを提供。今年、創業50周年を機に新経営理念「豊かで持続可能な未来の共創を使命として、世界と共に、あるべき未来を問い続け、社会課題を解決し、社会の変革を先駆ける」を発表。すべての事業の起点を社会課題、ゴールを課題解決・未来共創と位置づけ、次の50年に向けて未来社会の実現に貢献する。
都市部の企業に勤めながら期間限定で地方へ移住、本業はリモートワークで行ない副業として地域活動にも参加する「逆参勤交代」。地方に住むことでワークライフバランスを実現でき、副業を通して地域に関わることで新たなやりがいやセカンドキャリアを手に入れることができます。
コロナ禍をきっかけにリモートワークの導入が進み地方移住に関心が集まる今、逆参勤交代にも大きな注目が集まっています。今回は逆参勤交代を以前から提唱している株式会社三菱総合研究所主席研究員の松田智生さんに、これからのポストコロナ時代に求められる地方創生について伺いました。
逆参勤交代に向いている人、向いていない人の特徴
都市と地方の間で人の行き来が進めば、いろいろな効果が期待できますね。例えば商社などでグローバルビジネスを経験した方が地方の中小企業で経験やスキルを発揮できれば、絶対新しいビジネスが生まれると思うんです。
松田さん(以下、敬称略):確かに新しいものが生まれるポテンシャルはあります。もともとのカルチャーが違うので、苦労も多いかもしれませんが。ただそういった違いを楽しめる人の方が、逆参勤交代に向いていると思います。例えば東京の金融機関の方はもともとROI至上主義のような方だったんですが、逆参勤交代で東北に行って現地の建築家と仕事をしたところ自然との調和やデザインといった全く違う考えに出会って感動したそうです。一方で建築家の方も、ROIという発想がすごく新鮮だったそうです。これが逆参勤交代のもたらす化学反応です。
反対に逆参勤交代で現地とうまくいかないのは、自分の組織常識に固執してしまう人。「うちの会社では…」みたいなことばかりでは、新しいことを受け入れづらく新しいものが生まれにくい。あとは横文字を多用する方も要注意です。大企業や外資系に多いです(笑)。「海外では」とか外の受け売りばかりの、いわゆる「出羽守(ではのかみ)」のような方だと地方と協業するのは難しい。私自身、以前「ワークショップ」という単語が地方で通じないことがありました。
それと本業で培った経験やスキルももちろん重要ではありますが、実はちょっとしたトレーニングをすれば地方でいきいき働ける人がもっといるのでは、と思っています。こうした方々が最初の一歩を踏み出せば、もっと逆参勤交代に取り組む人が増えていくはずです。
最初の一歩を踏み出すきっかけが重要
地方での副業人材を増やすために、どう最初の一歩を踏み出させるか。ここが大きな課題だと感じています。
松田:地方や副業への意識は高いけれど、どうしていいかわからない人も多いと思うんです。やる気はあるけど、副業のことをまだよくわかっていない人もたくさんいるのではないでしょうか。丸の内プラチナ大学もそうですし、逆参勤交代も地方に目を向ける最初の一歩を踏み出すきっかけになればいいなと思っています。
実はお試し版として、2泊3日で行なう「トライアル逆参勤交代」という取り組みもあります。まずはトライアルから始めてそこから逆参勤交代に本格的に取り組んでもらい、最後は副業につくというような流れににもっていければいいですね。あとは副業経験した方がサポート役に回るような仕組みも有効ではないでしょうか。今後は逆参勤交代にも、そういった取り組みを検討していきたいと思います。
あとは、一人ではなくチームを組んで副業に取り組むとか。トークは苦手だけれど、パワーポイントはものすごく得意みたいな人っていませんか?一方でトークは得意だけど、うまく資料にまとめるのが苦手な人もいます。こういった人たちがチームを組んで地方で副業をするという方法もあるのではないでしょうか。
例えば広報とマーケティング両方できる人材というニーズがあったとき、広報はわかるけどマーケは自信がないような方は参加しづらい。でもチームを組めば可能ですね。弊社の「Skill Shift(スキルシフト ※2)」も現状1人ずつ地方に行く仕組みですが、将来チームという発想はありかもしれません。
松田:複数の人がそれぞれ得意なスキルを持ち寄って、地方に乗り込んでいくような感じですね。ゴレンジャーは5人いるから強い、七人の侍もそれぞれの役割を果たしたわけです。一人で地方へ行くことに躊躇している人にとっては、チーム制ならチャレンジしてみようかなというきっかけになるかもしれません。その際にはチーム編成がカギになりますね。
※2:「地方貢献したい・副業したい」という都市部の人材と地方企業をつなぐ、みらいワークスが運営するプラットフォーム。https://www.skill-shift.com/
地方での副業をもっと日本全体の大きな流れにしたい
弊社のスキルシフトは、まだまだ知名度が低いのが課題です。知ってもらえると良さをわかってもらえるのですが。
松田:逆参勤交代も同じで、知ってもらうと良さがわかります。企業でも自発的に参加する個人レベルと、チームで参加する組織レベルがありますが、やはり組織レベルで動かないと大きな潮流を作れません。そうなるといかに企業のトップに意義やメリットを訴求するかがポイントですね。また新たな人材育成というメリットを打ち出して、人事企画部門から話を持っていくのもいいかもしれません。
あとは副業のロールモデルがあると、すごくわかりやすいと思います。先日のセミナーで登壇された地方で副業を実践された方のお話は、リアリティがあって面白かったですね(※3)。大組織では得られない手応え感やスマホでSNSを見ている時間があれば副業に使うべきといった言葉が心に響きました。ただ成功事例だけではなくて、失敗した事例やこんな副業には注意しようみたいな話もあるといいのではないでしょうか。そういった事例はありますか?
※3:「地方で副業する新しい働き方」~地方と都市の関係を考え直す~ https://www.mirai-works.co.jp/pressrooms/news284
副業人材と企業のマッチングがうまくいかないケースも、中にはあります。例えば会計士の方が副業人材として参画したものの、実際には経理システムの再構築案件だったという感じです。ただ弊社の場合最初は1か月などの短期契約ですので、お互いに合わないと感じれば最初の契約だけで終了することも可能です。
松田:なるほど、不幸な同居を続けない、程よい距離感を保つということですね。確かに副業人材と言っても、求められるのはエースで4番かもしれないし、送りバント専門のサポート人材かもしれない。そうなると副業する人材だけではなくて、企業側でもどう副業人材を活用するか、あらかじめ考えておくべきでしょう。特に経験のない企業では経営者が副業人材をどう使いこなせばいいのか、ある程度事前に学ぶことが重要なのではないでしょうか。
そこで弊社では、まずセミナーを通じて地方企業の方々に理解を深めてもらうという手法をとっています。また地方企業の場合、最初の副業人材でうまくマッチすると、その後は長期で継続するケースが多いですね。
松田:なるほど。ちなみに、副業で地方に行った方が仕事や現地での暮らしを気に入って、そのまま都市部に戻らず地方で転職するケースもあるのでしょうか?
近隣に移住した事例はあります。弊社のプラットフォームを通じて仕事をされている方は、地域で仕事を選ぶというより仕事で場所を選ぶ方が多いのです。たまたま近隣で自分に合う仕事があったということです。とはいえ、副業を通じて地方移住という選択肢を選ぶことになった、というのは間違いないでしょう。
松田:私も地方での副業は、人を動かすという意味ですごくいいきっかけになると感じています。逆参勤交代は地方創生と働き方改革の同時実現であり、地方の産業政策でもあります。岡本社長のお話を伺っていると、逆参勤交代を通じて地方での副業をもっと国を動かすような大きな流れにしたいとあらためて思いました。
松田さんは国への提言といったようなこともされているのでしょうか?
松田:はい。もともと私の所属する三菱総合研究所はそちらがメインなので。逆参勤交代という発想は2017年から提言してきたのですが、私が座長代理を務める内閣官房の「地方創生×全世代活躍まちづくり検討会」で、政策化に結びつけました。人口が減る日本で「都市と地方で人材をどう循環させ、人材を共有するか?」という政策です。現在は政策レベルからどう実装レベルへ展開するか、この段階に来ています。
三菱総合研究所では、いわゆる従来の「シンクタンク」から「シンク&アクトタンク」にシフトしています。つまり調査研究だけではなくて、構想から実装まで取り組む方向へ変化しています。丸の内プラチナ大学もアクトのひとつですが、今後もアクトを通じて地方創生に取り組みたいという思いがあります。
お話を伺っていると、逆参勤交代と御社のスキルシフトは協業できる部分が多いかもしれません。今後の認知拡大に向けて、実は逆参勤交代のWebサイトを準備中なんです。サイトでは魅力的な地域や、地域で頑張っている人をクローズアップしたコンテンツを掲載していきたいと考えています。将来は、「この地域でこんな企業がこんな副業人材を募集している」というように、御社のスキルシフトにつなぐことができたら面白そうですね。
ポストコロナの地方創生に必要なのは「自律分散協調社会」
逆参勤交代が広まることで、もっと地方で副業をやりたいという方が増えてくる可能性は高いと思います。ただそうなると、やはり受け入れ先をどう開拓していくか、ここが難しいと感じています。
松田:確かにそうですね。ただ地方にはまだまだポテンシャルがあるのでは、ということも感じています。最近ではJリーグとの連携も始まりました。私は知らなかったのですが、サッカーはホームの試合が年間で30数試合しかなくて、残りの約330日は空いているそうです。
今、西日本のあるサッカークラブとは、スタジアムの活性化のためにそこにオフィスや住宅を併設してスタジアの天然芝を見ながらリモートワークをする構想を進めています。さらに担い手が少ないサッカークラブでの副業を掛け合わせればもっと面白いと思いませんか?実際にスイスのサッカークラブではスタジアムに高齢者住宅が併設されていて、試合の時はおじいちゃんやおばあちゃんが孫や家族を呼ぶそうです。スタジアムの空いた日をうまく活用すれば、地方の活性化につなげられると思います。
これからの地方創生において、松田さんはどんなことが重要だとお考えですか?
松田:コロナ禍で「大都市では一斉にオフィスに出勤する働き方は弱点がある」とか、「地方ではインバウンド観光に頼った経済にリスクがある」とか、今まで見えていなかった課題が浮き彫りになりました。こうした中で、柔軟な対応をした自治体や先端技術やサービスを使って解決策に取り組んだ企業などもあり、ピンチをチャンスに変えるポジティブな動きが大切だと思います。
こうした動きから、これからのポストコロナ時代に地方にとって必要なのは「自律分散協調社会」だと思っています。「自律」とは、地方が国の方針だけに頼らず自分自身で考え、地域の特性にあう方針を決めること。「分散」とは、都市と地方どちらかだけに住むのではなくて、複数の拠点で活躍できる人を増やすこと。そのためには地方が多様な人材を受け入れる必要があります。「協調」とは、地方自治体がベンチャーなどの企業やスキルの高い個人と協調できるネットワークを作ること。この3つをもつ「自律分散協調社会」を目標に、地方創生に取り組むべきだと考えています。
都市部にいるだけでは、こうした社会に対応できる人材は育たないですよね。ですから逆参勤交代をきっかけに、都市部と地方で人材が循環できるような流れを今後も作っていきたいと思います。そして逆参勤交代は、都市と地方の人材にポジティブな化学反応を起こすはずです。
このコロナ禍によって、なかなか地方へ行くことができませんでしたが、最近は「オンライン逆参勤交代」として、オンライン上で都市と地方での課題や魅力、解決策を討議する場を増やしています。オンラインは参加のハードルが下がり、潜在顧客層を増やすには良い機会です。コロナの収束が見えた時に、この潜在顧客がリアルに逆参勤交代をして、地方で副業の機会を見つける。個人も地域も企業も三方一両得で元気になる、そんな社会を実現したいと、岡本さんとの対談を通じて心を新たにしました。
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