後編:地方がチャレンジするなら新しい出会いが必要!想いを共有できる人は全国にいる
2021.3.2 Interview
旅館しらさぎ 女将 熊野 幸代(くまの さちよ) 氏
和歌山県白浜町の椿温泉にある旅館「しらさぎ」の女将。1954年創業という老舗旅館の長女として生まれる。旅館経営の傍ら、地元を盛り上げるためさまざまな企画プロデュースに取り組んでいる。 若女将19年、女将として2年目。
※役職は、インタビュー実施当時(2021年2月)のものです。
◆椿温泉 しらさぎ◆
http://www.tsubaki-shirasagi.jp/
和歌山・白浜温泉の奥座敷とも呼ばれる椿温泉を味わえる旅館「しらさぎ」。海抜60mの太平洋を望む展望風呂と、地元の旬な魚介料理を堪能できる。
椿温泉は江戸時代から近畿有数の「湯治の湯」として知られ、PH9.9という強アルカリ天然温泉は最近美肌の湯として女性客の人気も高まっている。しかし一方で、旅館数減少などの課題に直面。「日本一女将のいる宿」としてサポート女将を全国から集めるなど、女将の斬新なアイデアで地元を盛り上げ、地域の再建を図っている。
コロナ禍で多くの地方企業が苦境にある中、新しいチャレンジを続ける和歌山県白浜町・椿温泉で旅館を営む、女将の熊野幸代さん。日本全国からサポート女将を集めて旅館の活性化を考えるプロジェクトを立ち上げたことが、大きな話題を集めています。
さらに走り続ける熊野さんは、ワーケーションと湯治を組み合わせた企画も検討中。その企画を展開するために取り組み始めたのが、地域貢献副業プロジェクト「Skill Shift」を活用した副業人材の採用でした。コロナ禍で売上が減る中、副業人材を求めるのは地方ならではの大きな理由があると言います。後編では、熊野さんが副業人材を活用して未来の旅館経営にどのようにつなげていくのかを伺いました。
企画を次のステップに進めて旅館の経営に活かすには、副業人材が必要だった
今回、椿温泉しらさぎさんでは、Skill Shiftを利用し副業人材を募集することになりました(※1)。そのきっかけは何でしたか?
熊野さん(以下、敬称略):「日本一女将のいる宿」としてサポート女将を集めたプロジェクトでは、第1弾として釜めしのプロデュースに取り組みました(詳細は前編をご覧ください)。
釜めしプロデュースでは「新しい釜めしを完成させる」というゴールが想定できていました。でもできた釜めしをたくさんのお客様に届けるにはどうしたらいいのか、旅館の経営にどう活かしていけばいいのかといったところが悩みでした。サポート女将の皆さんからも、アイデアや意見をいろいろいただいていますが、あくまでボランティア。経営についてのご相談はできないんですよね。
もともと私は「とにかく動いてやってみる!」という性格。「もし失敗してもそこから学べることがたくさんあるよね!」という考えです。だから走り続けているのですが、今回のプロジェクトはサポート女将の想いも背負っているわけですから簡単に失敗はできないぞと思って、ヘルプが必要だと感じていました。
経営のことや企画の広げ方など、そういったことを相談できる人が欲しいと思っていた時に、南紀白浜空港の岡田社長から副業人材のことを教えていただいたんです。本当にいいタイミングでお話をいただいて夢みたいでしたね。
副業人材なら、私の想いを思いきりぶつけられる人を全国から探せる!
地元の方ではなく、副業人材を選択したのはどういった理由でしょうか?
熊野:うちの旅館は家族経営です。もちろん主人と仕事の話はしますが、主人には主人の仕事があります。だから、こういう相談は主人ではだめだと思いました。プロジェクトのことに集中して相談できる人が必要だと感じたんです。
あとは地方にありがちかもしれませんが、地元のつてだとどうしてもネットワークが狭くなりがち。やりたいことがたくさんあっても、ある程度見通しが立ってからでないと頼みづらいんです。そんな風にもやもやしていたとき、副業人材のお話をいただきました。
このSkill Shiftは、私の想いを投げたら、それに賛同してくれるまだ見ぬ人たちが全国から来てくれる仕組みです。「初めて会う人だからこそ何でも言える!」と、とてもワクワクしたんです。私の想いを遠慮なくぶつけられるところがすごくいいなと思います。私の投げることがどんなに破天荒でも、「面白いから一緒にやろうよ!」なんて言ってくれる方がいたら、それは素晴らしいご縁ですよね。
副業という形に対しても、お金よりもプロジェクトや仕事自体への想いが強いのかなという印象を受けています。そういう方と私の想いがつながれば、きっとイノベーションが起こるはず。私はここにすごく期待しています。もちろん旅館の経営にもプラスになりますが、つながってくれた副業人材の方にとってもプラスに感じてもらえるようにしたい。お互い「いい経験したよね!」と言える関係を築いていきたいと思います。
実際に副業人材の募集を始めてみて、手ごたえを感じていらっしゃいますか?
熊野:たくさんの方にご応募いただいています(2021年2月時点。現在募集は終了。※1)。当旅館が大企業だったら全員採用したいぐらいですが、なかなかそうもいかなくて。
でもそこでご縁がなかったとお断りして終わるのではなくて、きちんとした人間関係を築きたいと思っています。和歌山や南紀白浜に興味を持ってくださった方々ですし、皆さんの履歴書を読むと本当に心に響くことが多い。しっかりした人間関係があれば、何かの時に南紀白浜に行ってみようかなとか女将に会ってみようかなとか、思い出してくれるのではないでしょうか。
こういうつながりこそ、私たちにとって宝になります。副業人材でご応募いただいた方とお仕事自体がつながらなくても、人としてのつながりは大切にしたい。そういう意味でも全国の副業人材の方とつながるきっかけができたのは、本当にありがたいと感じています。
※1:現在、募集は終了。https://www.skill-shift.com/jobs/7861
新しい風を吹かせるには、新しい人とどんどん出会っていくことが大切
熊野さんのお話を伺うと「人を巻き込んでファンを作っていくことが大切」ということにあらためて気づかされます。どんなに能力の高い人でも、ひとりでは限界があります。
熊野:コロナ禍を通して、お客様もそうですし、いろいろな人とつながることの大切さに気付かされました。実際にサポート女将の企画には9人も集まってくださり、間違いなく新しい風が吹いています。サポート女将のプロジェクトも私が企画しただけで誰も集まってくれなかったら、それで終わりでした。でも東京や大阪、神奈川、千葉、長野といった全国から私の想いに賛同してくれた方が集まってくださり、にぎやかなスタートを切れたことはすごく励みになっています。
想いに共感する方が増えているのは、女将さんの前向きさが人を引き寄せているのではないでしょうか?
熊野: 実際に動いてみたら、周りの人がついてきてくれたという感覚です。私自身、澱んでいたくないので、常に“良い気”を巡らせていたい。常に、思考回路はシンプルかつ健やかでありたい。でもひとりで考えこんでしまうと、もやもや悩んでしまうことも多いですよね。だからいろんな人とどんどん会いたいし、話して澱みをなくしたい。
関わる人が増えると調整する大変さはありますが、“広がり方”がまったく違います。「おいで!来てください!」と言って集まってくださる方は同じ想いを持つ方が多いので、心地よく過ごせる方が多いです。
もともと私は一人で抱え込むタイプでした。人を頼らなくても、自分で何とかできてしまっていたので。でもそれで疲れてしまうこともありましたね。最近は周りの人も頼るようになって、余裕が出てきました。それに、人と一緒に取り組むと喜びが何倍にもなると気が付きました!
いろいろな人と一緒にプロジェクトを進める上で、気を付けていることはありますか?
熊野:女将プロジェクトを手伝ってくれている大学生がいるのですが、彼は優秀ですがまだ若いのでサポートが必要。ただサポートの仕方がポイントだと思っています。
「若いから」と周りがつい何でも頼りがちになってしまったり、「勉強になるから」とあれもこれもやらせようとする人も出てきます。教えることも大事ですが、まず彼の得意分野を活かして自信を持たせることが第一歩。力を発揮できてから苦手なことにチャレンジさせる、というように段階を踏むべきです。
彼は地元の出身で、地域貢献したいと1年大学を休学して帰ってきてくれています。これってすごい想いですよね。地域の宝だから、彼をなんとか光らせてあげたい。そのために、まずは彼が得意なパソコンやネット環境の部分で頼っています。でもまだ人脈は少ないので、その部分は私がサポートしています。
なるほど。女将さんは具体的にどのようなサポートを心がけているのでしょうか?
熊野:白浜町でオンラインマップを作るプロジェクトを立ち上げることになったとき、私は彼をリーダーに推薦しました。リーダーになればメディアの取材が彼に行くと思って。実際リーダーになってから、彼はいくつかの取材を受けてメディアに登場しました。おかげで名前が出るようになって人脈も増えたようです。
でも企画段階ではリーダーになってもらいましたが、背負うものが過多にならないよう実行段階ではメンバーと横並びにしました。こんな風にサポートしていたら、大学生の彼も最近自信がついてきたようです。
全国のサポート女将を集めたオンラインミーティングができたのも、実は彼のおかげ。私はアナログ人間なので「オンライン会議やろう!」と言いながら、本当は「どうやってやるの?全然わからない」という感じです。本当にいろいろな人に助けていただいていますね。
湯治という文化を未来に継承して、最終的に移住者を増やすのが夢
次の展開として「ワーケーション湯治を企画したい」というお話がありました。和歌山はワーケーションに注力する自治体として知られていますが、椿温泉はいかがですか?
熊野:椿温泉に限って言えば、交通の便があまりよくないのでまだワーケーション目的のお客様は多くありません。正直に言うと、普通のワーケーションなら椿温泉じゃなくてもいいんですよね。だから椿温泉が誇れる湯治と、ワーケーションを掛け合わせることに意味があると思っています。
でも、ワーケーション湯治を企画しても、そこからどう展開すればいいんだろう?という悩みがあります。普通のワーケーションと何が違うのかというところを、しっかりお客様に伝えなければいけない。例えば「ストレスが減る度合いがこれだけ違う」というような、数値として表す必要があるのではないかなと。湯治のよさを「見える化」できれば、お客様にも納得して選んでいただける。こういうところも、これから副業人材の方に力を借りたいと思っています。
ワーケーション湯治もそうですが、私の企画の根本には「湯治を廃らせたくない」という想いがあります。湯治宿として歴史のある旅館の女将としては、湯治という文化を未来に継承していく使命があります。そのためには湯治をたくさんの人に知っていただき、使っていただかないといけない。本当に必要な人に届けていくことが、もっとも悩ましいところなんです。どう広めるか、どう伝えるか、副業人材の方と相談していきたいですね。
昔から続く文化を守るには、むしろ新しいチャレンジが必要ということですね。ただ「地方だとなかなか変化を受け入れてくれない」という声もよく聞きます。
熊野:狭い田舎ですから、新しいものを受け入れにくいところはありますね。もちろん変わらない良さも大切ですが、世の中の求めるものは変化する。だからそれに対応しないと生き残れないと思っています。
椿温泉で言えば、やっぱり湯治の文化は守っていかなければいけないものです。しかし、温泉の泉質は守るべき大切なものですが、「湯治=年配の方向け」というイメージはこれから変えていきたい部分。都市部でバリバリ働く若い世代こそ、今湯治が必要なのですから。従来の湯治のお客様を大切にしつつターゲットを見直して、届けるべき人に届くよう変えていくことが重要だと強く感じています。
プロジェクトの最終的な目標や将来の夢をお聞かせいただけますか?
熊野:まずはこうした企画を通じてたくさんの人とのご縁が増えることによって、椿温泉のファンの輪が広がることを願っています。そして、椿温泉を訪れた方が周りの方にその良さを語り、和歌山に行ってみようと思う人が増えてほしい。
最終的には、和歌山へ移住する人を増やすことが夢です。和歌山、白浜、椿温泉という土地が好きで誇りに思える人や、「自分の町が大好きやな」と言ってくれる人たちを増やしたい。
大人が自分の町を誇りに思えば、子どもたちも自然とそうなるはずです。私もいろいろあってくじけそうになることもありますが、チャレンジを続ける一番の原点は「子どもたちにこの町を誇りに思ってほしい」という想いなんです。
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