前編:人生100年時代におけるミドル・シニア世代の新しい働き方支援は、会社員という働き方の“限界”から生まれた
2022.8.10 Interview
ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表 山口 裕二 氏 / 野澤 友宏 氏
■山口 裕二 氏(トップ画像右)
ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表
1968年8月26日生まれ、大阪府出身、東京都世田谷区在住。1995年、電通に入社。営業、海外出向や他社への出向を歴任。2017年、労働環境改革推進の中核として活動する専従組織である労働環境改革推進室の設置に伴い室長に就任、労働環境改革の担当として、社内改革や人事制度の構築などに携わる。2020年11月、ニューホライズンコレクティブ合同会社の設立に際し、電通から出向するかたちでNHの代表に就任。
■野澤 友宏 氏(トップ画像左)
ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表
1973年7月17日生まれ、栃木県出身、神奈川県葉山町在住。1999年、電通に入社。コピーライター・CMプランナーを経て、2014年よりクリエイティブディレクターに。ユニクロ、ガスト、三菱地所、ナビタイム、リクルートなどを担当し、多くの話題作を手がける。2018年より、Human Resource Management Directorとして人事局のクリエイティブなどをサポートし、人事施策・後進育成にも広く貢献。2020年12月に電通を退職し、2021年1月にNHの代表に就任。
※役職は、インタビュー実施当時(2021年8月)のものです。
◆ニューホライズンコレクティブ合同会社◆
https://newhorizoncollective.com/
2020年11月12日、株式会社電通100%出資の子会社として設立。山口裕二、野澤友宏の両名が代表を務める。株式会社電通を退職した40代・50代のミドル世代のプロフェッショナル人材が、自立したプロフェッショナルとして中長期的に価値を発揮し続けられるようサポートする「ライフシフトプラットフォーム」の運営を通じて、プロフェッショナルパートナーとともに社会に対して新たな価値提供をすることを目指す。2021年5月には、新たな活動拠点となる「ニューホライズンパーク」を東京都人形町に設立。また、さらなる“働き方の多様化” “ミドル人材の活用” “地域活性”を進めるため、2021年4月より株式会社トランビと、同年5月より株式会社みらいワークスとの業務提携を開始。人生100年時代におけるミドル・シニア人材の新しい働き方とネクストキャリアの共創をより協力に実現すべく、活動を展開する。
株式会社電通が、自ら希望する40・50代の社員と、個人事業主として業務委託契約をするという新しい働き方のプラットフォームを開始するーー。昨2020年末に発表されたこのニュースは大きな注目を集める一方で、一部では「体のいいリストラなのではないか」といわれることもありました。
電通の子会社としてこの制度を運営するのが、ニューホライズンコレクティブ合同会社(NH)。株式会社電通で長年活躍されたプロフェッショナル人材の独立をサポートし、ミドル・シニア世代の新しい働き方の実現をサポートするために設立された企業です。今回は、NHの共同代表である山口裕二さんと野澤友宏さんに、NH設立の経緯や、独立した方々の新しい働き方を支援する仕組みである「ライフシフトプラットフォーム」について、お話をうかがいました。
退職後の不安を埋める「ライフシフトプラットフォーム」という仕組み
もうご存じの方も多いと思いますが、まずはニューホライズンコレクティブ合同会社(NH)と、御社が運営する「ライフシフトプラットフォーム」について教えてください。
山口さん(以下、敬称略):NHは、電通の子会社として2020年11月に設立した会社で、私と、隣にいる野澤の2人で代表を務めています。そして、NHの主な事業は「ライフシフトプラットフォーム」の運営です。ライフシフトプラットフォームを一言でいうと、電通を退職したプロフェッショナル人材が個人事業主または法人代表として独立し、新しい働き方にチャレンジできるようサポートする仕組みです。
電通で働いていた社員のうち、この仕組みに参加して新しい働き方にチャレンジしたいという方は、電通を退職して個人事業主または法人代表になり、NHと複数年の業務委託契約を結びます。この方々は、制度上は正式には「プロフェッショナル・パートナー」といいますが、NHでは「メンバー」と呼んでいます。各メンバーと結ぶ業務委託の契約期間は基本的には10年で、この間メンバーの方はNHの仕事を行なうことで報酬を得ることができます。もちろん自分自身で仕事を獲得することもできますし、メンバーどうしでチームを組んで仕事にあたることもできます。
ライフシフトプラットフォームの報酬には「固定報酬」と「インセンティブ報酬」の2種類があり、最初は固定報酬の割合が大きくインセンティブ報酬の割合が小さいですが、経年とともにその比率が変わり、段階的にインセンティブ報酬の割合が増えていきます。
NHが受託してメンバーが請け負う形の仕事においては、メンバーはインセンティブ報酬を得ることができます。また、メンバー自身が開拓してメンバーだけで完結する仕事はNHを通さずに請け負うことができ、その利益は100%メンバー本人の収入となります。
最初固定報酬の割合が大きいのは、退職・独立直後に外部からの仕事がなくても一定の収入を継続して得ることができるように、という狙いから。その間に仕事の提案の仕方や新たなスキルを学んだり人脈を作ったりして、外部からの仕事を増やすことができると、固定報酬以外の収入が増えていきます。そうして外部からの仕事が増えてくる頃には固定報酬の割合は減っており、その分インセンティブ報酬の割合が増えている。こうしたステップを踏むことでメンバーが自分自身で収支をトントンにすることができ、最終的にはインセンティブ報酬やNHの仕事以外の収入でやっていけるようになるだろうと、そういう発想で設計しました。
NHが目指しているのは、NHとの業務委託契約期間が終了したあともメンバーが個人事業主または法人代表として仕事を続けていけるよう自立できる状態にすること。そのために新しい仕事の機会と、新しい仲間・チームづくりの機会と、新しい学びの機会をメンバーの方々に提供し、サポートするというのがNHのスタンスです。
メンバーの方が得る報酬については、電通在籍時よりはやはり下がる?
山口:下がります。
野澤さん(以下、敬称略):全体でみると、雇用されていたときの6割ぐらいかと思います。
仕事は電通がNHに委託し、それをNHがメンバーに委託するという流れですか?
野澤:仕事は電通から請け負うことを前提としているものではありません。また、NHがメンバーに仕事を与えるということもありません。基本的には、メンバー自身が仕事を開拓してNHとの仕事にする、というのがライフシフトプラットフォームの大前提です。そのために、メンバーは自発的に仕事開拓のための企画・調査などを行ない、提案活動を実施します。この提案活動に対して固定報酬を支払うという考え方です。
会社を辞めても一定期間は固定収入があるというのは、安心につながりますね。
野澤:早期退職となると、会社を辞めた瞬間に仕事はなくなり、社会や企業とのつながりも切れてしまう。それは不安が大きいです。この時代、たとえ退職金が1億円あったとしても生活に困らないとは限りません。次の仕事を探すとしても、次の仕事が発生するまでの“溝”は誰もが不安なものです。ライフシフトプラットフォームでは、その“溝”の不安をケアできればと考えています。会社を辞めても固定報酬ありの業務委託契約を結ぶことで、ある程度の収入がきちんとあるという収入面はもちろん、仲間がいる安心感もあります。そういった意味で、自由と安心を両立できる仕組みです。
立ち上げのきっかけは、会社員という働き方の“限界”
ライフシフトプラットフォーム立ち上げに至った背景には、電通の労働環境改革があるとうかがいました。
山口:電通では2015年12月に長時間労働がもとで社員の方が亡くなるという、非常に痛ましい事件がありました。翌2016年にはその件が労災認定され、最終的には当時の社長が引責辞任しました。そうしたことを受け、電通では2017年から労働環境改革に取り組んでいました。
私はその取り組みのために有志で構成された「労働環境改革推進室」というタスクフォースで、室長を務めていました。特別室といっても室員は3人でしたが、自ら手を挙げてくれる社員や、関係するセクションに頼んで兼務で入ってもらうなどして、合計何十人という有志で「この会社はどうあるべきか」「どういう新しい働き方があるか」といったことを考えていました。
その活動のなかで、あるとき「会社には来ているけれど、なかなかパフォーマンスを発揮できない人というのがいる」という話になりました。当時電通には約6000人の社員がいましたが、その1割か2割はもしかしたらパフォーマンスを十分には発揮できていないのではないか、と。それは本人に理由があることもあるかもしれませんが、会社がその人にアサインした仕事、同僚、上司、顧客にミスマッチがあった可能性もあります。そして、会社という組織においてそういう状況を必ずしも改善できるとは限りません。そうしたなかで、「会社員という働き方には、ある種の限界があるのではないか」という議論が持ち上がったのです。
加えて、人生100年時代で定年後の時間が長くなるということを考えても、会社員としての働き方には限界があるのではないか、今の規制のなかで会社員として何ができて何ができないのか、といった話も交わされるようになりました。電通では、労働時間をきちんとマネジメントするという観点から、今も基本的には副業はNGです。そうした現状をふまえてディスカッションするなかで、「電通を辞め、会社を飛び出してフリーランスとして仕事をするという働き方がある」という話が出るようになったのが、2018年頃でした。
その話は、外部の先生に話を聞きに行ったりしながら議論を深めていくうちに、だんだんとリアリティをもちはじめました。そこで社長やCFOといった役員に企画をぶつけてみたところ、いろいろな観点で社員にとっても会社にとってもいいだろうということで、進めてみることになりました。そこから具体的な企画に落とし込んで進行し、2020年夏にライフシフトプラットフォーム参加者の社内公募、2020年11月のNH設立、2021年1月のライフシフトプラットフォーム運営開始に至るまで、およそ2年ほどでしょうか。
社内で反対の声はありませんでしたか?
山口:2つありました。1つは新型コロナウイルスです。最初の提案が通ったのは新型コロナウイルス感染が問題となる前でしたが、2020年に感染が拡大するにつれて「このまま継続してもいいのか」という声が挙がりました。ただ、これは反対というよりもプロジェクトメンバーから自発的に声が出たもので、実際に再検討しました。
もう1つは、「本当に大丈夫なのか」と不安視する役員の声です。ライフシフトプラットフォームは100%安心ではない、むしろ不安がたくさんある仕組みです。うまくいけば電通にとってはメリットがありますが、不確定要素も多い。それに、日本の法整備が追いついていないところへのチャレンジということもあり、「このまま進めさせるのか」「法的に本当にクリアできるのか」といった声はありました。これも反対というよりは不安の声、リスクに対して警鐘を鳴らす声です。
ですから法的な観点について、法的に大丈夫なのか、きちんと抗弁できるのかという検討は、弁護士さんに入っていただき相応の時間とお金をかけてかなりしっかり確認しました。検討過程で一番大変だった部分です。
プロフェッショナルのスキルを埋もれさせない新しい働き方
野澤さんも、2020年のライフシフトプラットフォームの社内公募に手を挙げられ、参加されたお一人です。これまでのお仕事や、NHとの関わりの経緯についてうかがわせてください。
野澤:僕は電通で、コピーライターやクリエイティブディレクターとして仕事をしていましたが、年を重ねるにつれて仕事の仕方、働き方に悶々とすることが増えていました。そんななか、上司の誘いでマネジメント補佐のような業務を引き受けることになり、そこから人事局周りの仕事が増えるようになりました。気付いたら、“人事局専門クリエイティブディレクター”のようになっていたのです。人事局周りのクリエイティブをしたいと考える人はあまりいないので、非常に重宝がられました。
そして山口さんと知り合い、山口さんが室長を務めていらっしゃった労働環境改革推進室のタスクフォースに参加して、社内コミュニケーションのクリエイティブを担当するようになりました。
そんなある日、打ち上げで山口さんとお話しする機会がありました。僕はそこで、働き方について悶々としていた思い、抱えていた問題意識を山口さんに話し、「電通は45歳で定年にすべきだろう」と言った。すると山口さんは、NHやライフシフトプラットフォームの企画書を見せてくださり、誘ってくださったのです。
野澤さんは仕事や働き方について、どのようなことに悶々とされていたのですか。また、どうして定年を45歳にすべきだとお考えになっていたのでしょうか?
野澤:電通でクリエイティブの仕事をしている人間を見てきて、40歳を超えたぐらいがキャリアのピークとなってしまうのではという問題意識がありました。自分が年をとる反面、クリエイティブの現場ではクリエイティブディレクターやリーダーがどんどん年下になっていきます。そのリーダーにとっては、面倒な年上のベテランよりは、気心の知れた若い人に仕事を頼みたくなるもの。そうするとベテランのクリエイターは、あるときから仕事が空きはじめるのです。
そうなると、会社の中でバックヤードに回るか、別部署に行くかという選択になります。せっかく二十数年スキルを蓄積してきてバリバリ仕事をしていたディレクターが、あるときから突然Excelを使いはじめるという光景は珍しくありません。せっかくのプロフェッショナルのスキルが埋もれてしまうのは、非常にもったいないことです。
それぐらいなら、電通は45歳を定年にしてある程度退職金を払い、一人ひとりに自由な選択をしてもらえばいいのではないか。社内に残ってマネジメントに進みたいという方がいれば、会社がもう1回再雇用すればいい――。そういうことを考えたのです。山口さんに見せていただいた企画書は、僕が話していることよりはるかにきちんとした制度で、これはおもしろいと感じました。参加するなら自分が手を挙げたくなるような制度にしたいと、企画を詰めていく過程もいろいろお手伝いさせていただきました。
そうして実際僕も、今回のライフシフトプラットフォームの参加に手を挙げました。なぜかというと、これまでの問題意識や人事局での仕事などを通じて、後進育成や人材育成に関心をもつようになったからです。電通にいるとどうしても、人事の仕事かクリエイティブかの二択になりがちで、かけ合わせることはなかなか難しい。そこで会社を飛び出して、クリエイティブと人事、育成、制度といったことをうまくミックスできる活動をできればと考えたわけです。まさか代表になるとは思っていませんでしたが。
野澤さんを代表に推された理由は?
山口:NHの代表をどうするかという話になったとき、電通側の人間と、ライフシフトプラットフォームへの参加に手を挙げて独立する側の人間から1人ずつ、計2人の代表を立てるべきだと考えました。それは、電通とNHをきちんと調整できるようにという狙いからです。私は今も電通に籍を置き、NHへ出向している立場で、「電通側の人間」として代表を務めています。親会社である電通に対して、電通の事情も理解しながらNHの意見をしっかり言える人間が必要だろうと考え、その役割を自分が担おうと考えたのです。
では、参加に手を挙げたNH側の人間として誰に代表になってもらうかということで役員と相談しましたが、電通から飛び出した約230名のなかでライフシフトプラットフォームの仕組みをよく理解し、NHを代表できる人間となると、必然的にもう限られていました。野澤は電通でクリエイティブの仕事をしてきましたが、勉強家ですし、海外の資格も取得しています。それにほかならぬ彼自身が、人生100年時代のキャリアを実践しようとしている人間。このことが一番大きかったです。
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