「スキルが身につかない悩み」を転職せず解決するパラレルキャリアの始め方
2023.10.31 Interview
好きなことを仕事にできたら……そう考えても、なかなか実現できる人はいません。生活を成り立たせるための仕事は仕事と割り切り、好きなことは趣味で楽しむというのもひとつのあり方。それでは飽き足らないと、東京都職員として働く磯部健太さん(39歳)は公務員としての仕事と子育てに加え、「パラレルキャリア」として音楽活動にも取り組んでいます。好きなことを趣味では終わらせず、新しいスキル獲得につなげようとする磯部さんのパラレルキャリア実践法について聞きました。
民間企業から都庁職員を目指した理由
宮城県仙台市出身の磯部さんは、大学を卒業後そのまま地元で就職。営業職を1年半ほどやって退職し公務員試験に向けて半年ほど勉強し、25歳で東京都に入庁しました。転職に向けて動き出したいちばんの理由は、「地元を出て東京で働いてみたかったから」。当時の東京都ではビル屋上の緑化を進めるなど先駆的な取り組みをしており、自治体のなかでもフィールドが広く資金も潤沢だったことが、東京都職員を目指す決め手となりました。
「営業マンとして売り上げを伸ばし利益を出すことに苦心する日々に、なんとなく違和感を覚えました。大学生時代はサークル活動の一環として、社会人になってからはボランティアで仙台の病院に入院されている筋ジストロフィーの患者さんの身の回りのお世話をやっていました。お世話といっても、テレビ番組の録画予約や食事介助など簡単なものです。その延長線上で『人のためになる仕事がしたい』という気持ちが強かったのもあり、公務員を目指しました」
「安定していない」公務員のキャリア
東京都職員になって14年目。「公務員は安定していない」と東京都職員の磯部さんは言います。突然の倒産やリストラで収入がなくなってしまうリスクがある民間企業とは違い、公務員のメリットは安定した収入のはず。にもかかわらず、「安定していない」とはどういうことかと聞くと次のように返ってきました。
「東京都職員として14年近く働いてきましたが、どこでも通用するスキルが身についていないんです。民間企業の営業職ならセールスの腕が磨けるでしょう。そういった民間企業で通用するようなスキルがないから今の職を失ったら転職はムリ。これはリスクですよね」
民間企業では基本的に営利を目的として経済活動を行い、公務員は国民の税金を基に国民の生活を良くする、支える活動を行います。仕事内容はもちろん、仕事の目的や利益に対する考え方が大きく違います。終身雇用制が機能していた時代なら倒産リスクのない公務員は定年まで働き続け、その後も十分な年金収入を得られる安定した職でした。それが人生100年時代のこれからは公務員といっても定年がゴールではありません。転職や自分で事業を立ち上げる、フリーランスで働くなどを視野に入れ、ジョブチェンジを前提としたスキルやキャリアが必要になっています。
音楽活動の場というサードプレイスを手にした効果
「スキルが身についていない」と考えた磯部さんは2019年から「パラレルキャリア」として音楽活動を始めました。
「東京都の未来を長期計画でつくり上げていく仕事はもちろん、やりがいがあります。ただ大きすぎて誰の役に立っているのか、直接顔が見えない。大きな組織の歯車として動いている感覚が強くて……。誰かのための活動ができないだろうかと考えたとき、音楽だ!と思ったんです」
学生時代にはバンドを組んでいたこともある磯部さんですが、大学を卒業し就職してから2019年までの6年間は音楽活動から離れていました。「何から始めよう」と考えたとき、知人に勧められたのが音楽コラボアプリ「nana」でした。nanaはスマートフォンさえあれば歌や楽器演奏を録音・投稿でき、投稿した音に歌や演奏を重ねてバンド演奏なども楽しむことができます。ここで「歌う人」として発信。6年のブランクを埋める“リハビリ”として3年ほど投稿を続けました。
「帰宅前の1時間、少しの時間でも毎日カラオケに行って歌を録音、nanaに投稿しました。徐々にファンだと言ってくれる方々の声が届き、喜んでくれているのがわかるんです。大きな組織の中だけにいると方向性を見失うこともあります。目の前の大きな課題と向き合うことが重要な行政分野では、夢を語ることもなかなかできない。nanaでの音楽活動は生きがいに直接手が触れている感じで、毎日が充実してきたんです。自宅や職場以外のサードプレイスを持ったことで、あらためて仕事に対する意欲も高まった気がします」
残業をほぼなくす生産効率の上げ方
パラレルキャリアとして音楽活動を始めてから変わったのは気持ちだけでなく、「行動にも変化があらわれた」と磯部さんは話します。音楽活動の時間をつくりながら、公務員としての仕事は手を抜くことなく今まで以上に力を入れたい。そうなると、時間管理を工夫し生産効率を上げるしかありません。そのため「この仕事はどのような価値を生み出しているのか」を判断基準に優先順位付けを行い仕事を進めることにしました。前例踏襲で形骸化しているなとつねづね感じていた仕事も、どのような価値を生み出しているかを考え費用対効果に見合わないと思ったら思い切ってやらないという判断をし、それを周囲にも納得してもらったのです。
「税金が使われている以上、コスパのいい働き方を追求することも大切だと考えました。対外的なやり取りはメールで残したほうがいいけれど、庁内のやりとりはメールより電話のほうがスピード感をもって進められます。こうやって工夫した結果、月100時間だった残業時間を月5時間にすることができました」
パラレルキャリアで気付けた自分の限界
プライベートでは、小学校5年生と1年生の娘のパパ。子どもたちがまだまだ手のかかる幼児の頃には、子どもが寝た後の23時から作曲の時間にあて、金曜日は毎週徹夜というときもありました。それでも、「自分のなかで中途半端で終わらせず一生懸命にやって、反響があるとうれしい」と磯部さんは満足気です。
X(旧Twitter)で音楽配信を続けるなかで、マーケティング、コピーライティング、セールスなど「多くの人に届けるため」のさまざまな知識が必要だと考えるようになった磯部さん。歯を磨いているときなど日常の隙間時間にマーケティング本の解説動画を見たり、移動時間や昼休みに本を読んだりして独学で勉強を続けています。
「公務員だから仕事が忙しいからを言い訳にせずやりたいことを始めたら、取材をしていただく機会もでき、仕事関係者以外の方々と話をさせていただく機会も増えてきました。従来の“公務員の正解”から考えると、もしかすると枠を外れているのかもしれません。ただ、これからは従来のままではいられない。多様性を受け入れる世の中を求める人が増えたとしても、パラレルキャリアを体現している人が身近にいなければ多くの人が一歩踏み出せない気がします。いちばん大事にしているのは、都庁職員としてやるべきことをしっかりやるということ。そのうえで何ができるか、同じように考える人がマネできるように発信し続けていきたいと考えています」
音楽活動はいま磯部さんに共感する人々が集い、マネージャー、広報担当、プロデューサーなどそれぞれの得意分野を持ち寄って「チーム」(上イメージ図)でイベントのテーマソング作成の依頼を受けたり、動画制作をしたりと活動の幅を広げています。「自分ひとりだけでは限界があり、別の誰かの知識や力と合わせることでできることが広がっていくということに気付けた」と話す磯部さん。パラレルキャリアのメリットは無限です。
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