高校教員が「教育現場にもリスキリングが必要」だと考える訳
2024.2.7 Interview
技術革新や急速に変化する社会環境に対応するため、業務上で必要とされる新しい知識やスキルを学ぶリスキリング。人材側から考えると、先行き不透明ななかでも生き残っていくための成長機会やスキル習得の機会を与えてくれる企業は就職先として魅力的です。一方で企業側にも、人材が不足している業務に対して新規に採用するよりコストが抑えられ、戦力化も早いというメリットがあります。
こういった理由から年々重要性が増しているリスキリングですが「教育現場にも必要」だと考え、みらいワークスが実施した「第2のふるさと副業発見ツアー」に参加した教員がいます。新しい知識やスキルを身につけるための実践の場としてこのツアーに参加した渋谷吉孝さんに、教員にもリスキリングやリカレントが必要だと考えるのはなぜか話を聞きました。
「プラスのエネルギー」に満ちた学校にしたい
渋谷吉孝さん(31歳)が教員になろうと決めたのは高校1年生の冬。授業や行事が成立しない荒れた学校で中学生時代を過ごした後に入学した高校の日常が、この上なく楽しいと感じたからだ。
「教員になって幸せな学校生活を提供していきたい、それぞれが自分らしく自分を表現できる環境を整えたいと思い教員を目指しました」
大阪教育大学を卒業後、最初の勤務先に選んだのは通信制高校だった。通信制とはいえ、登校してクラス授業を受けたり部活動や委員会活動があったりと全日制とほぼ変わらない。不登校支援に力を入れているため、毎日登校できなくてもレポートやテストを経て単位を取得すれば進級、卒業できる通信制の形を取っている高校だ。
「特色ある教育を行っている学校で働きたいという思いを受け取っていただき、数学科教員として働き始めました。さまざまな気持ちを抱え不登校になった子どもたちに寄り添い、学校教育を提供する活動はすばらしいと感じる一方で、不登校支援を受ける状態になる前になんとかできないものかと考えるようになりました」
そこで、NPO法人Teach For JAPAN(ティーチフォージャパン)を通じ福岡県北九州市の小学校に赴任、5年生の担任を務めた。Teach For JAPANは教育をより良くしたいと考える多様な人材を、教員免許の有無にかかわらず公立学校に教師として送り出す「フェローシップ・プログラム」を運営している団体だ。「小学校教員として2年間、児童と向き合って気づかされたのは子どもたちが持つ可能性の大きさだった」と渋谷さんは話す。
主体性を育むことを狙いとした教育を実践
担任した生徒のなかに、癇癪をおこして席を立ち教室を飛び出してしまう子どもがいた。渋谷さんはその児童の安全を確保した後、クラス全員に「どうしたらいいと思う?」と質問を投げかけた。すると児童の1人が「僕たちに時間をください」といい、児童たちはグループに分かれてディスカッションを始めたという。
「どのように接したら癇癪をおこさずに済むのかいろいろな意見が出るなかで、ある児童が機嫌をとってあげたらいいんじゃないかと言ったんです。まずい流れになっているなと感じ軌道修正しようかなと思ったときに、普段はおとなしいある児童が立ち上がり、あの子はさみしいんだと思うと言ったんですよね。そこから雰囲気がガラッと変わり建設的な話し合いになりました。僕が何も言わなくても問題解決に向かう姿に、この子たちすごいなと感激しました。環境さえ整えば自分の意見を相手に伝え、主体的に行動していくことができるのだと確信しました」
北九州市の小学校にいた2年間、渋谷さんはキャリア教育や地域学習にも力を入れた。子どもたちにさまざまな選択肢があるということを知ってもらいたいと考え、自衛隊、ペットトリマー、税理士、漁師、老舗醤油メーカー経営者などさまざまな職業の人に学校に来てもらった。ただ生徒たちの前で話をしてもらうだけでは一人ひとりの心に残らない。
アウトドアインストラクターにはゴムボートの上で話をしてもらい、高所作業員には2階から吊るしたロープで降りてくる実演をお願いした。地域学習では校区内にある干潟の保全活動のためのPR動画を作成し、子どもたちが「クリーン作戦」を企画、運営した。企業への依頼なども含め生徒主導で進めた。この経験を経て、2019年から勤務する大阪高校では「主体性を育むことをねらいとした教育実践」に力を入れている。
「地域の中心に位置する学校を活用した地域活性に可能性を感じて教員の枠を超えた活動をするなかで、群馬県富岡市での第2のふるさと副業発見ツアーに興味を持ちました。学校教員の経験を通して得た知識やスキルを、民間企業で働く方々とは異なる視点で富岡市の課題解決に向けた企画・提案に落とし込めるのではないか。一方で教育現場に戻ってから、このツアーを通して感じたこと得られたものを生かせるのではないかと考えました」
教員というフィルターを通してみた富岡市を提案
教育の現場でも、もちろん技術革新や急速な社会環境の変化への対応が必要だ。2022年高校で必修化されたプログラミング教育も「総合的な探究の時間」も、渋谷さんが高校生だった十数年前にはなかった。
「教員としてプログラミングのエキスパートである必要はないと思うんです。ただ指導するうえでC言語についてある程度の知識があったり、C言語を知らなくてもプログラミングできるフリーソフトの知識があったりすれば、調べてみるといいよとアドバイスできます。浅く広く情報を収集するためのアンテナをはっておくことが重要な気がしています」
渋谷さんが参加した1泊2日の富岡市の「第2のふるさと副業発見ツアー」では、富岡製糸場周辺・市内を回遊するアイデアを企画・提案するというミッションが与えられ、2日目午後にプレゼンが行われた。そこで渋谷さんは、学習教材としての富岡市を提案した。
徳川幕府の時代に富岡町として誕生してから計画的に町づくりが行われた富岡市は、その土地自体が歴史と深く結びついている。日本で最初の官営模範製糸場がなぜ富岡市に設立されたのか、徳川家とのつながりなどを紐解きながら点ではなく線でつながるストーリーとして歴史を語れる街。富岡市はフィールド学習にもってこいの場だと渋谷さんは考えた。
「教員は世間知らずで、学校の外に出たら何もできないと思われているんだろうなと感じていました。副業を通して地域の魅力に触れ地元企業の方々と関わりを持ち、さまざまな分野のプロフェッショナル人材の方々に会い、教員のスキルは何なのか確かめたいという思いもありました。結果、出てきたアイデアは教員だからこそ気づけたのだと自負しています」
「学び続ける大人のロールモデル」を示す
実際に現地を訪れ、事業者の方々を前に富岡市の課題を解決するためのアイデア出しを行う経験は、総合的な探究の時間で生徒たちに身につけて欲しい能力や知識に通じるものがあった。「加えて、すでに自分が持っているスキルを発見し自信になりましたね」と渋谷さんは語る。
すでに持っていたスキルというのは「プレゼン力」だ。ビジネスの場に集う人々より集中力が途切れやすい生徒たちを前に、注目してもらえるような資料の作り方、話し方、間の取り方、話しながらいつ歩き始めるか……教員として持っていて当たり前だと思っていたスキルは、教員以外の職でも生かせるということに気づいた。さらには、現在の仕事に必要なスキルを向上させるリスキリングの必要性だけでなく、自発的な学びであるリカレントの重要性も実感している。
「教員は子どもたちにとって身近なロールモデルだと思うんです。だから私自身、学び続ける大人であり続けたい。学び続けることで自身の特性を理解し長所を伸ばすことができれば、教員として子どもたちに伝えられることの幅も広がります。今のテクノロジーを使えば、数学を極めた教員1人によるオンライン配信で全国の高校生が数学を学べます。それでも、学校に行けば各教科の教員がいる。その価値は教員一人ひとりが見つけ、高めていく必要があると感じています」
教員にも、リスキリング・リカレントの重要性は増しているようだ。
Ranking ランキング
-
「おカネをもらう=プロフェッショナル」と考える人が見落としている重要な視点
2024.6.17 Interview
-
「副業人材の活用」と「プロフェッショナルの知見」の化学反応は、地方自治体変革のエンジンになる
2022.8.10 Interview
-
さすがにもう変わらないと、日本はまずい。世界の高度技能者から見て日本は「アジアで最も働きたくない国」。
2018.4.25 Interview
-
評価は時間ではなくジョブ・ディスクリプション+インパクト。働き方改革を本気で実践する為に変えるべき事。
2018.4.23 Interview
-
時代は刻々と変化している。世の中の力が“個人”へ移りつつある今、昨日の正解が今日は不正解かもしれない。
2018.4.2 Interview
-
働き方改革の本質は、杓子定規の残業減ではなく、個人に合わせて雇用側も変化し選択できる社会になる事。
2018.3.30 Interview