【セミナーレポート】新規事業を成功に導くエフェクチュエーション、サイボウズのスクール創設の事例を交えて活用法を解説

みらいワークス総合研究所は2025年6月13日、新規事業に関するセミナーを開催しました。「新規事業開発のヒトとソシキとシクミ」というシリーズセミナーの第2弾で、今回のテーマは、「エフェクチュエーションを活かした新規事業の組織人事を考える」。新規事業開発で用いられる「エフェクチュエーション」の考え方や具体的な活用事例を紹介しました。

 

みらいワークス総合研究所では、新規事業開発をテーマにしたシリーズセミナーを開催しています。2025年3月には第1回となるセミナーを開催。「学びながら進める新規事業開発の全体像」と題し、大企業経営企画部門出身の新規事業のプロ、石森宏茂氏による勉強会を開催しました。

第2回となる今回は「エフェクトチュエーション」にフォーカス。不確実性が増す中、新規事業を成功させる重要な考え方として注目を集めるエフェクチュエ―ションの定義や活用事例を紹介しました。「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する『5つの原則』」の共同著者で、アントレプレナーや複業家として活動する中村龍太氏がゲストとして登壇。サイボウズが新規事業として取り組むオルタナティブスクール(フリースクール)の事例を通じて、エフェクチュエーションの具体的な活用法を解説しました。第1回セミナーで講師を務めた、COTO DESIGN, LLC代表の石森宏茂氏(みらいワークス総合研究所 研究員)がモデレーターを担当しました。

写真:モデレーターを務めたCOTO DESIGN, LLC代表石森宏茂氏(みらいワークス総合研究所 研究員)

 

不確実な時代を生き抜く「エフェクチュエーション」の思考法

エフェクチュエーションとは、不確実性の高い環境下で起業家の意思決定を支援する論理で、新規事業を創出し、事業化するまでの意思決定で使われるのが一般的です。なお、一般的な意思決定は「コーゼーション」と呼ばれ、「目的→手段→資源」という順序で進むのに対し、エフェクチュエーションは「資源→手段→目的」という逆の順序で進むのが特徴です。

セミナーではエフェクチュエーションの基本的な考え方に触れるとともに、活用する上で重要なポイントとなる「5つの原則」も解説しました。

 

・手中の鳥(Bird in Hand)の原則…自分が「何者か」「何を知っているか」「誰を知っているか」という手持ちの資源から出発する考え方。

・許容可能な損失(Affordable Loss)の原則…失敗した場合に失うものと、挑戦しなかった場合に失うものを天秤にかけ、許容できる範囲で行動を起こすこと。

・クレイジーキルト(Crazy Quilt)の原則…既知または新たに出会う人々との相互作用を通じてパートナーシップを構築すること。

・レモネード(Lemonade)の原則…予期せぬ事態や偶然を積極的に活用し、それを新たな機会として捉え直すという考え方。

・飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)の原則…起業家自身が変化する環境の中で、新たな目的や手段を生み出し、未来を自ら操縦していく姿勢。

 

中村氏はこれら5つの原則について、「資源や手段を整理する上で欠かせない考え方となる。何ができるのか、何をしたいかなどを考え、答えから新規事業のヒントを模索できるようにするのがエフェクチュエーションのアプローチである」と述べました。一方で、「自分自身がこれら原則をどう活用するかを考えるのではなく、組織の中でどう活用し、どうマネジメントするのかに主眼を置くべきである。大企業の新規事業開発にエフェクチュエーションの考え方を持ち込む場合、個人ではなく組織の視点で活用方法や効果を模索するのが望ましい」と指摘します。

写真:エフェクチュエーションの考え方について解説したアントレプレナー 兼 複業家の中村龍太氏

 

「サイボウズの楽校」事例に見るエフェクチュエーションの実践的アプローチ

では、「5つの原則」をどのように活用するのか。セミナーでは、サイボウズが新規事業開発にエフェクチュエーションを取り入れた事例を紹介しました。中村氏はサイボウズの「ソーシャルデザインラボ」という部署で新企業開発を推進。社会の変化をヒントに事業を創出し、政府や行政機関の政策として採用してもらうことを目指しているといいます。

そんな部署で新たに立ち上げたのが「サイボウズの楽校」を創設するというプロジェクトです。ソーシャルデザインラボで教育分野を担当する前田小百合氏が主導し、エフェクチュエーションを活用して事業化を進めました。プロジェクトをサポートした中村氏は、「前田さんは不登校の子供を抱える保護者の視点を持っている。自分事として捉えられるかどうかがプロジェクトの成否を左右する。子供に新たな学びの選択肢となる環境を作りたいという前田さんの思いが強いほど、プロジェクトは加速する」(中村氏)と、プロジェクトに携わる担当者の思いや姿勢の重要性を強調しました。

「サイボウズの楽校」創設までのステップに「5つの原則」をどう活用するのかも紹介しました。「手中の鳥の原則」の場合、担当自身が何者なのか、何を知っているのかを洗い出すことに取り組みます。プロジェクトを主導した前田氏に置き換えると、「不登校の子供を抱える保護者」「子供に学ぶ環境を提供したいという動機」「東京都杉並区の教育委員」などが該当します。

何を知っているのかについては、「サイボウズのグループウエア『キントーン』を使って情報共有環境を構築できる」「サイボウズの同僚やFacebookで知り合った教育関連の知人、現役の教員や塾講師といった幅広い人脈」などとなります。さらに「サイボウズ楽校」を作る上で、前田氏が都内の空き家や商店街の空き店舗、学習塾の昼間の空き時間などの「余剰資源」を把握していたことも見逃せないポイントだと中村氏は指摘します。「組織の中で新規事業開発に取り組む場合、会社の資産やコストを使わずにスモールスタートできることが大切だ。会社にどんな資源があるのかを把握するだけにとどまらず、外部で活用できそうな資源を探しておくことも、新規事業開発プロジェクトを後押しする」(中村氏)と述べました。

次に、プロジェクト失敗時に失うものと挑戦しなかった場合に失うものを天秤にかける「許容可能な損失の原則」。今回の場合、前者は「サイボウズの楽校を開設する場所を自分で探し出せるのかという不安」「場所を借りる際にオーナーとのやり取りに時間がかかるのではという不安」が、失敗した際に自身の重荷になることが考えられます。後者は、「子供を通わせる場所」「学ぶ場所を作り出す経験」を失うことになります。

このとき大切なのは、「双方の損失を天秤にかける際に、プロジェクト失敗時の損失と挑戦しなかったときの損失の最小化を考えることだ。例えば、知見のない不動産物件探しを自分で進めるのではなく、人脈を頼るのも手だ。洗い出した損失を小さくする方法を模索することで、プロジェクトに取り組まないというリスクを払しょくできる」(中村氏)といいます。さらに中村氏は、「サイボウズには社員同士が気軽に話すザツダン文化が根付いている。困っていることを相談しやすい心理的安全性の高い環境が、エフェクチュエ―ションを加速させる上で欠かせない」と、コミュニケーション環境の重要性も指摘しました。

では、周囲の人と協力的な関係を構築する「クレイジーキルト」は、「サイボウズの楽校」プロジェクトでどう活用されたのか。ポイントは、「自分一人で全てを抱え込まず、他者に協力を求める姿勢や方針を打ち出すことだ」(中村氏)と指摘します。

具体的に前田氏は、サイボウズの取引先である銀行に空き物件の情報提供を依頼。一方、教員確保には中村氏の助言を得ながら社内外の知人ネットワークに積極的に働きかけたといいます。その中で、知り合いから塾の先生を紹介され、「サイボウズの楽校」創設をサポートする協力者を増やしていったそうです。

なお、周囲に協力を求めるときは、具体的な内容にするのが望ましいと中村氏は指摘します。例えば塾の先生に相談する場合、「塾として利用していない時間や場所のリソースを提供してもらえないか」と打診したといいます。曖昧な相談ではなく、具体的な目的を言葉にして伝えることが「クレイジーキルト」に取り組むポイントだと中村氏は述べました。

予期せぬ事態を新たな機会と考える「レモネード」も、塾の先生との出会いがきっかけになったといいます。塾の先生に「サイボウズの楽校」創設を相談したところ、偶然にも塾側もスクール事業の立ち上げに関心を持っていたことが判明。「サイボウズが取り組もうとしているスクールの詳細を教えてください!」と前向きな返答が得られました。双方のスクール観が一致したことで、本プロジェクトの課題だった「場所」と「教員」を同時に確保できたそうです。「夕方以降に稼働する塾にとって余剰資源といえる昼間の空き時間を活用できる点も、本プロジェクトを大きく後押しした」(中村氏)と振り返ります。

さらに中村氏はセミナー参加者に向け、「どんな偶然があったのか、その偶然がどんな機会創出につながったのか、そのとき何が重要だったのかを振り返ってほしい。偶然や予期せぬ事態を新たな機会に置き換える考え方を養ってほしい」と呼びかけました。

5つ目の原則となる「飛行機のパイロット」はどう捉えるべきか。本プロジェクトの場合、前田氏のガイド役を務め全体をコントロールした中村氏が「飛行機のパイロット」の役割を果たしたことになります。とりわけ、「サイボウズの楽校」発案者である前田氏の不登校の子供のために学びの場を提供したいという個人的な動機と、サイボウズの企業としての理念、ソーシャルデザインラボという部署のビジョンをどう結びつけるかを考え、伴走していったといいます。「部署の目指す方向をしっかり固めないと、会社からコストをかけるだけと思われかねない。新規事業の了承を得るためにも、サイボウズの企業理念や部署のビジョンと新規事業をどう結びつけるのかを考えることが大切である」(中村氏)と強く訴えました。

「サイボウズの楽校」は2024年4月から正式に開校。サイボウズの「キントーン」を活用し、子供や先生、保護者が一体となって学びを創造するユニークなフリースクールとして運営しています。毎日の授業内容はキントーン上でリアルタイムに共有され、保護者は共有事項などに「いいね」ボタンを押せるようになっています。子供を中心に据えた情報共有と対話がキントーン上で実現しています。「サイボウズの楽校」の最終的な目標は、このモデルをこども家庭庁や文部科学省に政策提言し、サイボウズのソーシャルデザインラボのビジョンとミッションを達成することだといいます。

なおセミナー最後には、中村氏とモデレーターの石森氏への質疑応答も実施。エフェクチュエーションを大企業で進める際のポイントや、新規事業を成功させるコツなどの参加者からの質問に対し、両者とも過去の経験や自身の考えを交えながら丁寧に回答していました。

 

エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(ダイヤモンド社)