「デザイン一筋で、死ぬときはマウス握ったまま真っ白に燃え尽きれたら……」と自身の妄想を語るのは、株式会社ライデンでアートディレクターを務める岡野真也氏。
不朽の名作『あしたのジョー』の登場人物・矢吹丈を人生のロールモデルとし、ボクシング一筋の矢吹丈ごとく、岡野氏はデザイン一筋で生きてきたという。
彼をそこまで惹き付けるデザインとは一体? またデザイン一筋の男はなぜ、つくりたいと思っているポートフォリオを10年もの間つくれずにいるのか?岡野氏のデザインと出会ったキッカケから、岡野氏が考えるデザインの美学にいたるまで、お話を伺った。
「僕からデザインをとったら何も残らない」……と言ったらカッコいいと思ってるけど、他が無能なだけ
―― デザイン一筋で生きてこられたということですが、なぜそこまでデザインに傾倒できるのでしょうか?
3つ理由がありまして、1つはDNAレベルで「ビジュアルを扱うものが好き」というのがあります。子どものころから漫画やアニメ、映画といったものが大好きだったんです。中学生のときには、好きなアニメーターに弟子入りさせてくれとスケッチ入りの手紙を送ったこともあります。
そして高校のときは音楽にハマったのですが、そのうちCDジャケットのデザインに興味を持つようになりまして、「音楽をビジュアルにできる仕事、いいな」と思ったんですね。
それでグラフィックデザイナーという職業をはじめて知って、こういう仕事に就きたい!と考えるようになり、美大に進学して、CDジャケットをキッカケにタイポグラフィ、写真、イラストなどデザイン全般にハマっていった、という感じです。
2つめは、仕事として取り組むデザインが、パズルを解いていく感覚で楽しいと思えた、というのがあります。学生時代はアート、自己表現としてデザインに取り組んでいましたが、仕事になるとお題があって、そのお題を解決しなければなりません。それがパズルを解いていく感覚と同じで、楽しかったんですよね。
しかも、アートだと自己満足に終わってしまって多くの人に見てもらえないことのほうが多いですが、仕事だと多くの人に自分がてがけたものを見てもらえる。せっかくつくったのだから、やはり多くの人に見てもらえたら嬉しいじゃないですか。
ただ、仕事だけだと自分の幅が狭くなってしまうので、アートとしての自己表現と仕事は分けて考えて、いまだに自己表現としてのプライベートワークは大切にしています。
そして3つめは、僕がデザイン以外ダメ人間で。デザインしか、やれることがないんですよ(笑)。「僕からデザインをとったら何も残らない」という言い方すればカッコいい、と思っているのですが、本当にデザイン以外は無能なだけで、関わる方々みなさんに支えてもらって今があるなと実感しています。
―― 美大を卒業後は、すぐにデザインのキャリアを歩まれていったのでしょうか?
はい、卒業後はハウスエージェンシーに入社し、グラフィックデザインをずっとやっていました。その後、転職をいくつか繰り返し、前職で入社した制作会社で現ライデン代表の井上と出会い、創業時からライデンにはジョインしています。
前職では最初はデザイナーだったのですが、途中からアートディレクターというポジションになり、それからずっとアートディレクターという肩書きです。ただ、手を動かすのは好きなので、いまでも自らデザインを行う場合も多いですね。
「情報伝達だけでなく、感情を動かすデザインがやりたい」仕事とプライベートワークの2本柱だからバランスがとれる
―― いまでも自己表現としての制作を行われているとのことですが、具体的にはどのようなことを最近は行っていますか?
昔はイラストを描いたり、写真を撮ったりもしていたのですが、最近は映像制作にハマっています。アニメが好きだった、というのが根底にあるとは思うのですが、モーションが好きで、Webサイトの演出に興味があるのもそういったところからです。
ちなみに、僕はどんな海外の絶景よりも、日常の景色が一番美しいと感じているんですね。なので、ここ最近取り組んでいる映像作品はスケッチ的な感覚で淡々とつくり溜めています。
URBAN HYMNS from SHINYA OKANO on Vimeo.
―― そういったプライベートワークに取り組み続けるモチベーションはなんですか?
プライベートワークと言えど、つくっている過程で何かしらのフィードバックがあるため、仕事にも役に立つ学びが得られるから、というのが1つ。
また、単純に「アート的な欲求をだれかに共有したい」という想いが強いから続けている、というのがあります。デザインは「情報を伝える」「情報設計」というのも大切ですが、それとは別に「感情を動かすデザイン」をやりたいんですね。
というのも、学生時代にグループ展を開催したことがあるのですが、そのときに僕の作品を見てくださった方が、よかったと感想を言ってくださったり、泣いてくださる方までいて、「自分でも誰かを感動させることができるんだ」と思えて。
そのときの体験がとても強烈で、いまなお原体験としてあり、「人の心を動かすものをつくりたい」というのがモチベーションとして大きくあります。
あとは単純に生活していて、「この景色、綺麗だな」と感じるときってあるじゃないですか。そのときの感情を何かしらでアウトプットして、誰かと共有したい、共感してもらいたいんですよね。
仕事だけだと、どうしても問題解決のためのデザインに寄ってしまいがちですが、誰かとアート的な欲求を共有するデザインというのは、プライベートワークだからこそ自由にできるので、仕事とプライベートワークの2本柱で取り組むというのはバランスとれているなと感じますね。
「ガウディのサグラダ・ファミリアみたいな感じ」ポートフォリオサイトは10年経っても世に出せていない
―― 仕事、プライベートワーク問わず、デザインを通じて成し遂げたいことは何かありますか?
昔は賞をとりたいと思っていましたが、いまは興味がなくなっちゃって。デザインで社会を良くしたい!みたいなカッコいい想いもなく、ただただ自分が携わったプロジェクトや作品が話題になったり、褒めてもらえたり、誰かが感動してくれたら嬉しいなと思います。
そして人生のロールモデルである『あしたのジョー』の矢吹丈のように、僕もデザイン一筋で、死ぬときはマウス握ったまま真っ白に燃え尽きれたら……と妄想していますね。
―― ご自身のポートフォリオサイトが10年間、未完成だと伺ったのですが本当でしょうか?
デザインのためなら死んでもいいくらいの気概はあるのですが、なんだかんだで自分のポートフォリオサイトはつくらずに10年経ってしまいましたね。
つくりたいという情熱はありました。しかしライデン創業時、4人で立ち上げたので「ライデンのサイト=自分のサイト」くらいの感覚で取り組んでまして、ライデンのサイトが完成したタイミングで自分のポートフォリオサイトをつくりたい熱が消化されてしまったんです。
そして仕事が忙しかったのもあり、ポートフォリオサイトにいつか載せるためのネタづくりをしていたら……10年が経っていました。ガウディのサグラダ・ファミリアみたいな感じです。
僕自身が完璧主義なので、量よりも質を重視していて。ポートフォリオに堂々と載せられる素材づくりばかりしてきました。
だけどSNSで無料で世の中に発信できるのだから、打席に立たないと意味がないですよね。ホームランでなくてバントでもなんでもいいから打つべき。質よりも量であると、10年かけて気づけました。
いま世の中で名が知られている人たちも、みなさん質よりも量で、スピード感もって発信しています。なので自分の作品をこれまで世に出さなかったことにいまは後悔しているので、そろそろ出したいなと思っています。
「デザインには問題解決だけでなく、美の啓蒙の役割もある」美しい広告を世に出すことの意味とは
―― 岡野さんが仕事で意識していることは何かありますか?
美意識を持ってデザインすることは意識しています。Webデザインの要素は大きくわけると、情報設計としてのUIデザインと、エモーショナル寄りなビジュアルデザインがあると思っていて。
どちらかが欠けても成立しないのですが、僕はUIデザインが苦手だなと思っているので、そこで勝負しても優秀な人には敵わないだろうと。それであればビジュアルデザインに軸足を置いて、全力でそこに美意識を注ぐようにしています。
そしてデザインは問題解決としての機能があると思うのですが、それとは別に「美の啓蒙」としての役割があると信じているんですね。これだけ広告が溢れる世の中で、美しい広告を世に出すということは、世の中の美意識を少しでも高めることに繋がるのでは、と考えています。
ただの情報伝達の手段としてではなく、美を通じて社会に貢献したいなと。もちろん美しいだけでなく、楽しいとかでもいいんです。そしてライデンや僕自身は、そういったエモーショナル寄りのデザインが得意だと思っているため、仕事を通じて美の啓蒙ができれば嬉しいですね。
―― これまでで美意識を持って取り組んだ案件はどういったものがありますか?
どの案件も美意識を大切にしているので選べないのですが、プライベートワークのアニメーションスキルがフィードバックできた例でいうと、マッハバイトの『シンギュラリティ駆逐度診断』とギャツビーの『GATSBY COP』というサイトです。美意識というほど大袈裟ではないですが、アニメーションには想いのたけを詰め込みました。
あとは少し前の案件ですが「かまぼこ」の登場900年を記念して、1000周年へ向けた「これからの100年を全力で走り続ける」プロジェクトのWebサイト『KAMABOKO ROAD TO 1000』も、動きのあるサイトとなっています。
僕自身はそこまで自分が携わった案件をエゴサーチしたりはしないのですが、やはりバズったら嬉しいですよね。そしてクライアントの方からも褒めていただけたり、「次もよろしくお願いいたします」などと言っていただけるのは嬉しいです。
―― そういったクライアントワークの面白さはどんなところにあると感じていますか?
やはり、この業界は大どんでん返し的な修正があるじゃないですか。でも、そういう難題を打ち返すのが僕は楽しいなと感じるんですね。
また、クライアントからの修正希望を一歩引いて考えると、クライアントがどういう意図で言っているのか見えてきます。そうすると、自分の思い込みだけではつくれない、化学反応的な感じでいいアウトプットが出せたりします。
結果的に自分のデザインの引き出しが広がり、視野も広がり、自ら出せるクリエイティブの幅が広がる。それがクライアントワークにおけるデザインの面白さかなと感じています。
そしてこれまでの経験を糧に、今後はクライアントワークだけでなく、自社発信で話題になるアウトプットを生み出せればいいなと思っています。