ニアショアは開発先との物理的な距離に着目した開発手法であり、オフショア開発の対義語として語られることが多いです。日本国内でシステムやソフトウェアの開発ができること、コミュニケーションコストがかからないことなど、多くのメリットがあるので注目しておきましょう。
本記事では、ニアショアについて詳しく解説します。ニアショアのメリット、デメリットやオフショア開発との違いにも触れているのでご参考ください。
ニアショアとは?
ニアショアとは、開発業務の一部を自社から物理的に近い会社へ委託、外注する開発手法を指す言葉です。「ニアショア」は直訳で「近くの浜辺」「そばにある沿岸」などを意味する言葉であり、近距離外注を示す言葉としてビジネスでも活用されるようになりました。
本来は「同じ市区町村」「同じ最寄り駅」など非常に近いエリア内における委託、外注を意味していますが、近年は「国内の別企業」への委託、外注を意味する言葉としても使われています。国内を「ニアショア」、国外を「オフショア」とする考え方も広がっていますが、距離に関する明確な定義は存在しません。
ニアショアが注目される背景
ニアショアが注目されるようになった背景として、以下が挙げられます。
- 地方にIT企業が根付いてきた
- リモートワークの普及
- 多様な人材に関するニーズの増大
もともとIT企業は首都圏(特に東京都内)に集中しており「東京に住んでいないとIT企業で働けない」とされていました。しかし近年は、ITニーズが伸びてエリアに関係なく起業や支店拡大できるようになった他、ワークライフバランスを意識してリモートワークを導入する企業が増えていること、コロナ禍で一気にリモートワーク向けの環境やツールが出回ったことを理由に、IT企業の地方進出が始まっています。
結果として、遠隔地にある企業に開発、運用を任せても支障なく業務が回るようになり、ニアショアの定義が国内へと広がったのです。フルリモートワーク社員など多様な人材に関するニーズも増大していることが後押しとなり、派遣エンジニアの常駐以外の新たな選択肢となりました。
ニアショアとオフショアの違いについて解説
オフショアとは、開発業務の一部を自社から物理的に遠い会社へ委託、外注する開発手法を指す言葉です。ニアショアとの違いは、自社と依頼先との距離感にあります。
オフショアでは海外企業、海外支店を依頼先とすることが多く、労働力が安価な地域であればエンジニアを多数起用しても人件費がかからなかったり、IT人材の選択肢がグッと拡大するため優秀な人材を確保しやすい、などの恩恵が受けられるのが特徴です。ただ、言語や文化に起因するコミュニケーションロスが起こるというデメリットもあります。
日本では採用しづらい、海外向けソリューション開発に詳しい人材を活用したいときは、オフショアの方がよいでしょう。反対に、日本国内向けのソリューションを開発するときや言語、文化、生活時間帯の違いがないスムーズなコミュニケーションを望むときはニアショア、と使い分けるのがおすすめです。
ニアショアとオフショアどちらを選ぶと良いのか
ニアショアとオフショアを比べたとき、よりニアショア向きなのは以下のようなケースです。
- 社内のリソース不足を補いたいとき
- 高い品質を維持して開発に臨みたいとき
- コミュニケーションコストをかけたくないとき
- 一定以上の予算があるとき
ニアショアの場合、国内の地方にいるエンジニア人材、企業を対象へ依頼できるため、品質の高い開発が期待できる他、日本語でのコミュニケーションコストがかからないためスピーディーな開発が可能になります。一定以上の予算があるときはニアショアを選択し、リソース不足の救済策として活用していきましょう。
反対に、オフショア向きなのは以下のようなケースです。
- 人件費削減を第一にしたいとき
- 自社にはないハイレベルな最先端技術を取り入れたいとき
- 大量のエンジニア人材が必要なとき
- 海外向けソリューションを開発しているとき
オフショアの強みは海外人材の多様性にあり、AIや機械学習をハイレベルに使いこなせる人材を獲得できることがあります。日本で希少性の高いITフルスタック型、先端技術特化型のエンジニアも、依頼先の国によっては人件費が安く済むので、大量のエンジニア人材が欲しいときにおすすめです。海外向けソリューションを開発しているときも、海外ならではの視点が活きるでしょう。
ニアショアのメリット7つ
ここでは、ニアショアのメリットについてより深掘りして解説します。ニアショアのメリットは、主に以下の通りです。
以下で詳しく解説します。
①コスト削減につながる
ハイレベルなエンジニア人材を大量に確保しつづけると労務コストがかかりますが、ニアショアであればプロジェクトの規模や欲しいスキルセットに合わせてピンポイントで依頼先を確定することが可能です。人材を雇い続ける必要がないため、社会保険料の会社負担分や福利厚生費がかからず、人件費なども大幅に削減することが出来ます。
また、地方であれば物価や給与水準が安めに設定されていることが多く、首都圏で人を雇用するより安価で済むことも多いのです。よって、地方企業に依頼することで、クオリティを保ちながらのコスト削減に繋がります。
②コミュニケーションがスムーズに行える
ニアショアはあくまでも国内人材、企業を対象としているため、コミュニケーションがスムーズです。生活時間帯も言語も文化も同じなのでコミュニケーションコストがかからず、意思疎通が図りやすいでしょう。プロジェクトリーダーや管理監督者が外国語を使えない場合でも十分な選択肢となり、ミスコミュニケーションによるトラブルや業務の重複も発生しません。
とにかくスムーズなコミュニケーションでストレスフリーな開発がしたいときにこそ、ニアショアがおすすめです。なお、オフショアの場合は言語理解力や依頼先の文化に配慮したコミュニケーションが重要になってくるため、コミュニケーションが図れる人材をチームに取り入れることが欠かせません。
③人材不足が解消できる
ニアショアで技術職を集めることができれば、人材不足の解消につながります。地方には「首都圏で生活したくはないが高いITスキルを持っている」「子育て中でフルタイムでは働けないがもともと評価の高いエンジニアだった」という人材が多いです。このような人材をピンポイントで集めることができれば、短期間で効率よく成果を上げてくれるため人材不足の解消に役立つでしょう。
特にIT人材不足が深刻になっているからこそ、直雇用や地域にこだわらずIT人材を確保する企業が増えているのもポイントです。幸いにもIT系技術職はリモートワークでも働きやすい職種であるため、場所を選ばずスキルとボリューム重視で人を確保する方向で舵取りしてみましょう。
④従業員がコア業務に専念できる
ノンコア業務をニアショアで外注し、従業員がコア業務に専念できるようになれば、これまで人手不足によりなかなかできなかった新規事業の企画、立案や新商品のモデリングができるようになります。その他、新たなソリューションを開発する余裕が生まれるなど、自社の競争力を上げる要因となるかもしれません。
また、目先の業務に追われることなく将来性の高い事業に注力できるので、経営戦略の在り方も変わります。戦略立案、企画、提案、アイディア出しなどクリエイティブ力が試されるシーンに従業員が参画しやすくなるなど、ワークエンゲージメントを上げる取り組みとしても役立つでしょう。従業員満足度を上げるきっかけにもなるため、今のノンコア業務率が高い企業こそニアショアを検討してみてくださいね。
⑤地方貢献ができる
地方企業に大量案件を定期的に発注することは、地方貢献にもつながります。地方での雇用創出にも繋がり「地方だと仕事がない」「地方にいるとお金を稼げない」などネガティブなイメージを払拭することもできます。地方でもIT業務で活躍できることが広がれば、地方で働くためにあえてIT知識をインプットする人が増えるかもしれません。何年も継続しないと効果が現われにくく、自覚しづらいのが難点ですが確かなメリットと言えるでしょう。
また、地方在住者に高い報酬を支払うことで、その人たちの生活レベルが上がります。地方で買い物やレジャーを楽しむ機会も増え、お金が巡ってよい経済効果が現れるなど、副次的なメリットも多いのです。
⑥災害などによるリスクを抑えられる
万が一地震、台風、大雪など深刻な自然災害が発生した場合、一拠点に会社機能が集中しているのは大きなリスクとなります。たとえば首都圏の本社が大規模な火災により消失した場合でも、実務機能を地方に分散させていれば会社として機能停止になることはありません。ダメージを負いながらも経営は継続でき、倒産、破産を免れます。
その他、突然の大規模停電やネットワークの遮断などが発生したときも、ニアショアしていることが大きな助けになるかもしれません。リスク分散手法のひとつとして検討してみましょう。
⑦為替やカントリーリスクを回避できる
ニアショアは、為替変動リスクやカントリーリスクの回避策としても有効です。たとえば、地方都市の企業へ業務を依頼することによって、万が一都市部で災害が起こったときなどに業務の停止を予防することができます。また、契約の内容をしっかり結んでおけば、コスト管理も行いやすいでしょう。
一方、オフショアでは、円安、円高の影響をダイレクトに受けやすく、為替が変動するにつれて人件費が高騰するなど思わぬ落とし穴があります。
ニアショアでは、このような為替やカントリーリスクに脅かされることなく安定して業務を進めることが可能なため、リスクに振り回されたくない企業はニアショアがおすすめと言えるでしょう。
ニアショアのデメリット3つ
ニアショアには、メリットだけでなくデメリットもあるので注意が必要です。
以下でひとつずつ解説します。
①人材の確保が難しい
地方在住のIT人材が増えつつあるとはいえ、まだまだ首都圏や大都市圏と比較すると活躍している人材が少ないのが現状です。希望するスキルセットや経験を持つ人がピンポイントでいるとも限らず、そもそもマッチングできない状態が続くかもしれません。
優秀な人材を必要なタイミングで確保し、その後自社の都合に合わせて長く継続的に貢献してくれる状態を目指すのは、意外と難しいものです。属人的にならないよう業務レベルを平準化したり、ひとりのエンジニアに依存しすぎないようにしたり、対策しておくことが欠かせません。
②発注先を見つけにくい
地方企業は、都会に比べて人口や企業が少ないです。そのため、ニアショア開発で依頼しようと思ったときには、優秀な人材が既に他の企業に採用されてしまっているというケースもあります。
さらに、スキルや能力はあるがコミュニケーションが不足する等の問題点も生じる恐れもあるため、スキル以外の側面もしっかり判断するようにしましょう。
③オフショアに比べてコスト削減効果は小さい
ニアショアは、オフショアと比べてコスト削減効果は小さくなります。あくまでも同じ日本国内で働く人材なので物価の差もそこまで大きくなく、全国的に最低賃金の見直しなど労働条件是正の動きが広がっているため破格の金額で人を確保することもできません。
一方、オフショアであれば日本と比べて圧倒的に人件費の安い国の企業に委託することができ、ランニングコストを大幅に下げられます。委託することで叶えたいことが何なのか、もう一度原点に立ち返ってから自社に合う開発手法を探しましょう。
ニアショアの活用方法
ニアショアは、以下のような活用方法があります。
- 開発、運用業務のアウトソーシング
- パートナーシップの構築
- ビジネスプロセスの再構築
ニアショアは「開発、運用業務のアウトソーシング」だけに使われるものだと思われがちですが、他の活用方法がある点にも注目しておきましょう。たとえば、共同開発プロジェクトや共同マーケティング活動など、地方企業とパートナーシップを構築することも可能です。ターゲットエリアがグッと広がるのでビジネスチャンスも拡大しやすく、相互の強みを活かす効果的なイノベーションを刺激できます。
また、部品調達や生産工程だけをニアショア地域に移す、運用だけニアショア地域に移して本社は開発だけに専念できるようにする、などビジネスプロセスを再構築したいときに使うのも効果的です。地域の特性や自社のニーズに合わせて、最適なアプローチを選択していきましょう。
ニアショアの活用事例
ここでは、ニアショアによってコスト削減に繋がった活用事例を2つ紹介します。
どちらも外注と内製化のハイブリッドを上手に実現した例となります。
【外注と内製化のハイブリッドでコストを抑えた内製開発を実現】大手カーメンテナンス会社の事例
ニアショアをすれば、オフィススペースの都合上、社員の座席数確保ができない場合にも効果を発揮します。
このカーメンテナンス会社ではもともと親会社のオフィスを間借りする形で経営しており、社員の席を用意するのが難しいという課題を抱えていました。スペースの問題でシビアな席数になっており、1席増やすだけでも大きなコストがかかります。とはいえ、親会社から独立してオフィスを構えるとなると莫大な移転費用がかかり、コストの面で実現可能性が低いとされていました。
そこで採用したのがニアショアです。外注化と内製化の良い部分を取り入れたかったことと、テレワークへの移行が進んでいたことからニアショアでのエンジニア採用に至りました。
結果、席を用意する必要がないため人を増やしやすいことから会社に定着させることに時間がかからないほか、席や設備の補充をしなくとも開発チームを作ることができるようになりました。近年はクラウドでの管理ツールなども導入し、ソースコード管理なども全てクラウド上で実施しています。社内情報格差が生まれることもなく、ハード面でもソフト面でも整備を進められたのがポイントです。
【サービス運用から保守をニアショアに任せ、年間1.5億円コスト削減に成功】大手旅行会社の事例
次に、年間を通じて人材を固定して雇用するのが難しい場合の解決策としてのニアショア導入事例をご紹介します。
こちらの旅行会社では、サービスの運用、保守、点検をニアショアで任せたことにより、年間1.5億円の保守コスト削減に成功しています。
ニアショアにシフトした背景のひとつに、繁忙期と閑散期のニーズ差が激しく、固定の人材を雇うのが難しいことがありました。ニアショアであれば繁忙期と閑散期の人材調整がしやすく、最小限のコストで必要な人材を集められる点が魅力となり導入を決定しています。
また、社内コミュニケーションツールを導入してリアルタイムでの情報共有ができる体制を整えたことも、社員とニアショアメンバー間でのやり取りが履歴を含めて管理できるため、人の移動が頻繁にある環境においても業務効率化の後押しとなるなど、ニアショア導入に付随して利用サービスも工夫するなどの試みが行われています。
ニアショア開発を担うシステム開発会社の探し方
ニアショア開発をする際、全てを自社で選定、環境構築する手法の他、ニアショア開発に強いシステム開発会社を頼る手法があります。実績豊富なシステム開発会社であればニアショアのメリットやデメリットにも詳しく、独自のパイプを活かして早期に環境構築してくれるのが利点です。
ここでは、ニアショア開発を担うシステム開発会社の探し方を解説します。
ニアショア機構から探す
ニアショア機構(一般社団法人日本ニアショア開発推進機構)は、首都圏など大都市圏にある発注会社と、全国に点在するシステム開発会社を結ぶサービスです。開発を依頼できるシステムの規模は大小さまざまで、エンジニアや発注先企業のスキルセット別の紹介も手掛けています。日本のシステム開発、運用のあり方を再定義することをミッションとしており、依頼する企業側にとっても、スキルを活かして働くエンジニアや請負先会社にとっても、良い条件になるよう調整してくれるのが特徴です。
ニアショア機構では、エンジニア調達やコストの最適化等で課題感を持つ発注会社向けの情報提供をしています。オフショア環境悪化からニアショアへの切り替え相談も増加しており、ニアショア機構の調達プロフェッショナルがマッチングをフルサポートしてくれるのでまずは相談してみましょう。他社事例の紹介もしてくれるので、自社と似た会社がどうニアショア開発を有効活用しているか調べることも可能です。
ニアショアIT協会から探す
ニアショアIT協会(一般社団法人ニアショアIT協会)は、都市部に拠点を置く「発注企業」と地方に拠点を置く「ニアショア企業」との連携で地方の受注機会を増やし、平準化する仕組みづくりをしている組織です。現在は地元企業からの受注や地元の人材採用も活発になり、さらなるシステムエンジニアの育成に貢献しています。全国で6,000人以上の技術者を抱えていること、製造コスト60%削減の実績があることも特徴です。
ニアショアの実績も公開されており、たとえばバス乗車券の予約販売システムの開発や商品マスターのメンテナンスをニアショア開発にしています。協会趣旨への賛同と関係なく提携先企業の知見を借りることができ、利用のハードルが低いのもメリットです。要件定義や概要設計など上流工程での協力を仰ぐこともできるので、システムの受注幅を拡大したいときなどに活用するのもよいでしょう。
マッチングサービスを活用する
会社単位ではなく人材単位で依頼先を確保したいときは、フリーランスのプロ人材導入も検討してみましょう。たとえば「フリーコンサルタント.jp」などフリーランス人材とのマッチングを手がけるサービスの場合、短期から長期までプロジェクトの期間、規模に合わせたマッチングができます。エンジニアだけでなくコンサルタントや士業などもいるので、課題ごと個別に利用できるのもポイントとなりました。
過去実績のエビデンスやコミットメント、安定性のランク付けを厳格に精査しているため、登録人材の質が高いのも特徴です。ハイクラスの即戦力時代だけが欲しいときや、自社にはないスキルセットを重宝して選びたいときに活用するとよいでしょう。アドバイスだけでなく、課題に合わせて伴走してくれるコーディネーターもいるため、初めてのニアショアでも安心です。
ニアショア開発のコストを抑える方法
ニアショア開発のコストを抑える方法は、以下の通りです。
- 依頼内容を限定して発注する
- フリーランス人材や副業人材にピンポイントで依頼する
ニアショア開発は直雇用よりコストを下げやすい手法ですが、依頼する内容が多岐にわたり、かつボリュームが大きければ大きいほどコストは増大してきます。ある程度依頼する内容を事前に絞り込んだ方が、安く依頼ができるので覚えておきましょう。
また、フリーランス人材や副業人材を活用する方法もあります。1件あたりの単価を個別に相談できることが多く、企業との契約のように一律で決まってしまうことがありません。そのため、ハイスキルフリーランスには高単価を提示して確実な長期参画を期待し、スキルの低いフリーランスには比較的安価な単価を提示してピンポイントでカバー作業をしてもらうなど工夫ができます。単価を安めに設定しているフリーランスや、稼働工数を必要な分だけに絞り、単価を交渉することで単価を見直してくれるフリーランスも多く在籍しているので、企業に依頼するよりコストを抑えたい時に活用してみましょう。
まとめ
ニアショアとは地方などメインの拠点から離れた位置にある会社、人材に、開発の一部や保守、点検、運用を任せる手法です。海外に依頼するオフショアと比較してコミュニケーションコストがかからず、スピード感を持った開発を行いたい場合に非常におすすめです。
なお、ニアショアとオフショアを比較した際に、以下のような課題を抱えている場合はよりニアショアを採用したほうが業務効率化に繋がります。
- 社内のリソース不足を補いたいとき
- 高い品質を維持して開発に臨みたいとき
- コミュニケーションコストをかけたくないとき
- 一定以上の予算があるとき
自社の抱えている課題に合わせて、リソース不足の救済策として活用していきましょう。