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最終更新日:2024.08.28
人事/組織構築/業務改善

【人事責任者、経営者必読!!】人材版伊藤レポート2.0とは?人的資本経営の背景についても詳しく解説

2022年5月に経済産業省が「人的資本経営の実現に向けた検討会」の内容を発表し、そのなかで取り上げられている「人材版伊藤レポート2.0」に注目が集まりました。「人材版伊藤レポート2.0」は今後の社会で必要とされる企業像や理想的な経営の実現に向けて、必要な要素をまとめたレポートです。

本記事では「人材版伊藤レポート2.0」の概要について解説します。人的資本経営が求められるようになった背景にも触れるので、参考にして頂けますと幸いです。

1.人材版伊藤レポート2.0とは?

「人材版伊藤レポート2.0」とは「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の成果としてまとめられた「人材版伊藤レポート」を改定したものです。「人的資本経営の実現に向けた検討会」の座長である伊藤邦雄氏を筆頭に作成されたため、伊藤レポートという名前がつけられました。

「人材版伊藤レポート2.0」では、特に人的資本の重要性を再認識すること、および人的資本経営実現に関するアイディアについて述べられています。業種や企業規模を問わず、人的資本経営を導入する際に必要な視点について述べられているため、企業経営の方針を定める際の参考として活用されています。

なお、人的資本経営とは、人材を資本と考え価値を最大限に引き出すことで中長期的に企業価値が向上するという経営の在り方を指します。これまでの従業員を経営資源とみなす考え方とは反対の経営の在り方と言えるでしょう。

2.人材版伊藤レポート2.0が注目される背景

「人材版伊藤レポート2.0」が注目される背景として、終身雇用制度や年功序列型評価制度の終焉が挙げられます。これまで当たり前のようにあった「日本的経営」が崩壊し、仕事への価値観が変わりつつある昨今、企業が求める優秀な人材を十分に確保するのが難しくなっています。

優秀な人はより好条件の仕事を求めて転職したり、若手人材のうちから実力主義で評価されることを期待されたりすることが増え、人材マネジメントの考え方が変わってきました。

このような変化に伴い、経営手法も変化していく必要があり「人材版伊藤レポート2.0」では、今後企業だけでなく従業員にとってもメリットのある会社像を構築していくことが重要になるだろうと述べられています。

人的資本経営と人的資源の違い

人的資本とは「人」が自社における資本で、投資対象であるという考え方です。人材採用、人材開発、人事評価、報酬体系のあり方について「人」を中心に考案し、人材が持つ能力を最大限活かすために投資を行います。

一方、人的資源とは、人材はもちろんのこと、モノやカネ、情報などがあり、いずれも企業が消費していくものと考えられているのが特徴です。あくまで資源として考えられているため、消費すれば減っていくものとされています。

人的資源は消費する時点での価値のみを見られているのに対し、人的資本は人材を投資対象として捉え、ある程度のコストや時間をかけて育てていくものと認識されています。そのため人的資本の考えが広まれば、人的資本経営を行っている企業におのずと優秀な人材が集まり、顧客や投資家からも優秀な人材が集まっている企業として期待されるようになるでしょう。

3.人材版伊藤レポート2.0で重要視される3つの視点

「人材版伊藤レポート2.0」では、下記3つの視点が重要だと記載されています。

下記でひとつずつ解説します。

1.経営戦略と人材戦略の連動

人的資本経営の実現には、経営戦略と人材戦略の連動が欠かせません。

たとえば経営戦略だけが先走った場合、要求される仕事のレベルが高すぎたり、ノルマが厳しすぎたりといったことが起き、一時的に営業目標が達成できたとしても人が定着しない会社になってしまいます。人をどれだけ採用してもすぐに退職されてしまい、ノウハウが蓄積しないだけでなく悪い評判が立つなど、企業のイメージにも悪影響となるでしょう。結果、採用のハードルが年々高まり、顧客や取引先との関わり方にも影響してしまいます。

反対に人材戦略だけが先走った場合、優秀な人材が集まっても経営方針が定まっていないことから、人的資源の有効活用ができません。結果、収益が下がって理想的な待遇を用意できなくなり、人材の流出が起こります。

つまり、明確かつ客観性のある経営戦略とそれを実現するための人材戦略は、連動させる必要があるのです。自社がどのような成長イメージを持ち、そのためにどのような人材が必要なのか可視化できていれば、経営戦略と人材戦略の両輪となって成功の礎となるでしょう。

2.「As is-To beギャップ」の定量把握

「As is-To beギャップ」とは、現在の状況(As is)と望ましい状況(To be)の間の差異を示す言葉です。

現在の状況(As is)では、今の業務プロセス、人的資本、ハード面とソフト面における環境整備、経済情勢などありとあらゆることを含みます。望ましい状況(To be)では、目指すべき理想的な状態を示します。その差異が「As is-To beギャップ」として表されるので、改善に向けて必要なアクションを打ち出しやすくなるのです。

「人材版伊藤レポート2.0」では、As is-To beギャップを定量的に把握する必要があると述べています。誰もが分かる明確な数値で可視化しておけば、その後の定期評価にも役立つでしょう。

3.人材戦略が企業文化へ定着しているか

人材戦略は考案、構築するだけでは意味を成しません。あくまでも「企業文化へ定着しているか」が大切であり、成否を分けるポイントにもなっています。企業文化に定着しないと、自社がどの方向性で人を育てようとしているのか伝わらず、会社への不信感になったり帰属意識の薄れにつながったりすることもあります。

反対に、人材戦略が企業文化に定着できていると従業員からの共感も増え、自発的な成長、行動が期待できます。フィードバックが積極的に集まる、組織文化と人材戦略の整合性が取れる、リーダーシップのある人材が育ちやすい、などその他多くのメリットも得られるでしょう。

なぜその人材戦略になっているか、人材戦略が実現できるとどのようなメリットがあるかを従業員に伝え、実際の行動としていくことで企業文化への定着が進みます。

4.人材伊藤レポート2.0を構成する5つの共通要素

「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営には下記5つの共通要素が必要と述べられています。

以下でひとつずつ解説します。

1.動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用

経営戦略の実現には、必要な人材の質と量を充足させて中長期的に維持することが必要です。そのためには現時点の人材やスキルを前提とするのではなく、経営戦略の実現という将来的な目標からバックキャストする形で、必要となる人材の要件を定義していきます。人材の要件定義に沿って人材採用、配置、育成を戦略的に進めれば、理想とのミスマッチがない人的資本を構築できるでしょう。

「人材版伊藤レポート2.0」では、これを効率的に実現するため人材ポートフォリオ計画の策定が急務であるとしています。まずはポートフォリオ形式で必要な人材像を可視化し、同時に採用や配置などの実務で運用していけば、目標を見失うことなく活用できます。

2.知、経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組み

中長期的な企業価値向上のためには、イノベーションを生み出すことが重要です。そのためには多様性のある個人が多数在籍していて、かつ個人個人が自分の持つスキルを最大限発揮できる環境である必要があります。知と経験のダイバーシティが進めばイノベーションを創出しやすく、これまで自社にはなかった新しいアイディアや創造性が期待できるでしょう。

なお、実際に理想的なダイバーシティ&インクルージョンを構築するには、多様な人材を採用するだけでは不十分です。時代の変化に伴って人事評価の項目を見直したり、国、年齢、性別ごとに異なる価値観を理解して働きやすい環境を用意したりすることも欠かせません。

人的資本が最大化できる環境であれば人の定着も進み、キャリア採用や人材の定着、能力発揮のモニタリングも行いやすくなります。

3.リスキル、学び直しのための取組み

リスキル(リスキリング)とは、新しいスキルや能力を習得して仕事に役立てる学習を意味します。今まで使っていなかった新しいスキルを習得するのが特徴で、営業職がプログラミングを学ぶなど全く毛色の異なる挑戦となることが多いです。

一方、学びなおしとは、既に学んだことや習得したスキルの再学習を意味します。過去に獲得した知識やスキルを活用しながら最新情報にアップデートしている作業であり、今あるスキルを最大限活かすことができます。

「人材版伊藤レポート2.0」では、従業員のリスキルや学び直しの促進が重要だと語られています。個人の成長やキャリアの発展にとって重要であるだけでなく、企業が持つ人的資本の最大化にも影響するため、リスキルや学び直しには積極的に取り組む必要があるという訳です。

4.社員エンゲージメントを高めるための取組み

社員エンゲージメントが高いと、従業員が組織や会社に対して強い関与や情熱を持って自発的に最高のパフォーマンスを発揮しようとする傾向があります。具体的には、生産性向上や従業員の定着率向上など、様々な効果が期待できます。

また、ポジティブに働くスタッフが多いと取引先や顧客にも良い印象を与えることができ、間接的に企業イメージが向上することもあるでしょう。

社員エンゲージメントを高めるためには、従業員のニーズや期待に対する適切な対応、コミュニケーションの促進、フィードバックの提供、適切な報酬やキャリアパスの提供などが重要となります。従業員の声を聞き、社内体制を整備していきましょう。

5.時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組み

働き方やキャリア構築への考え方が急速に変わりつつある昨今、時間や場所にとらわれない働き方を提供することも大切です。たとえばテレワークやフレックスタイム制度を利用し、自宅、コワーキングスペース、サテライトオフィスなどで勤務できるようにしたり、家族の都合に合わせて働く時間帯を変えられるようにしても良いでしょう。

また、ワークライフバランスを向上させるためノー残業デーを導入する、生産性向上に向けて業務との相性が良いAIツールを利用して残業を極力減らすなどの対策も必要です。こうした取組みは働き方改革になるだけでなく、災害や感染症流行に向けた対策としても効果があります。

フレキシブルワーキングを進めるためには、適切なテクノロジーやツールの提供、コミュニケーションと情報共有の改善、従業員の管理や成果主義の導入などが重要です。人材資本経営は、従業員の働きがいを高めたり企業への愛着心を深めることも必要なため、従業員の状況を把握し、労働環境を整備することも大切なポイントとなります。

5.人材伊藤レポート2.0による、人的資本経営の5つのメリット

「人材伊藤レポート2.0」では、人的資本経営の実現には5つのメリットがあるとされています。下記でひとつずつ解説するので「やらなくてはと思ってはいるが具体的な行動はできていない」という方はぜひチェックしてみてください。

1.従業員のスキルや人材データなどが可視化できる

人的資本経営のためには、従業員の持つスキル等の人材データを可視化することが欠かせません。「情報システムの分野で優れたスキルを持っている」「現場で重宝されている〇〇の資格を持っている」など、個人の技術を可視化できればタレントマネジメントが可能になります。同様に「リーダーシップがあって人を寄せ付ける魅力がある」「ストレス耐性が高くどんな環境でもすぐに馴染める」など、数値化されないスキルを可視化しておけば、人材育成に役立ちます。

個々の持つスキルを最大限活かせるよう会社側が配慮することで、生産性も向上していきます。同時に従業員満足度やモチベーションの向上も期待でき、一石二鳥の取組みとなるでしょう。

2.生産性の向上に繋がる

人的資本経営の実現により従業員が適切に育成され、彼らの能力を最大限に活用できるようになると生産性が向上します。限られた時間で効率よく業務を進められるようになったり、業務の効率化ができて最小限の人数でも同じパフォーマンスを発揮できるようになります。結果、会社の収益が上がるなど全体へのメリットも多くなり、給与、賞与で還元できたり福利厚生を充実させられたり、巡り巡って従業員のためになるのです。

また、生産性の向上は顧客や取引先に与える印象もよくなります。「レスポンスが早い」「サポートの質が丁寧」など良い評判が出回ることで、会社全体へのイメージも改善されます。

3.従業員のモチベーションの向上

適材適所での配置などタレントマネジメントが最適化されたり、従業員教育による個々のスキルアップや生産性向上が果たされたりすることで、従業員のモチベーションが向上します。モチベーションが高いとさらに生産性が上がるなどポジティブなサイクルが出来上がり、それが従業員の刺激になるなど、メリットが多いです。従業員の成長やキャリアの発展に焦点を当てるなど工夫すれば人材の引き留め効果も強く、リクルート部門の改善にもつながります。

従業員のモチベーションをあげるには、組織が従業員の個々のニーズや目標をサポートし、個人の役割や貢献を意識していると感じてもらうことが近道です。適切なトレーニングやスキル開発を通じて、従業員のモチベーション向上を狙いましょう。

4.信頼を得やすく、人材が集まる

人的資本経営に関する社会的な興味、関心は年々高まっています。自社オリジナルの人的資本経営戦略を実行している会社や人的資本経営に成功している会社は注目度が高くなり「最先端の取組みをしている」「人的資本経営のノウハウがあり良いイメージ」との印象付けにも最適です。

結果的に、取引先や顧客からのイメージも回復し、良い商機をもたらすこともあります。同様に就職市場、転職市場における評価も高まって優秀な人材が集まり、より人的資本の状態を高められることもあるのです。「人」に重きを置く人的資本経営の考え方だからこそ、人材を集める効果が現れます。

5.投資家から注目される

優秀な人材が長く定着していること、取引先や顧客と良好な関係性を築けていてビジネスチャンスが多くなっていることは、投資家からの評価にもつながります。

もともと、人的資本経営の考え方は2019年に米国証券取引委員会が発表した「投資家諮問委員会の勧告 人的資本管理の開示」で注目を集めたことがきっかけとして広がりました。現在は人的資本に関する情報開示が必須とする考え方も多くなり、どの企業にどの程度投資するかを測る指標となっているのです。

投資家からの注目を集めることができれば、新たな設備投資や人材教育に使えるコストを増やすことができます。資金調達面でもメリットが多いため、資金調達に悩んでいる企業は、これまでの企業としての在り方から人的資本経営に変更してみても良いでしょう。

6.人材版伊藤レポート2.0を活用した企業事例

「人材版伊藤レポート2.0」では、過去のレポートを活用して人的資本経営に着手した企業の事例が記載されています。参考となる企業の取組みについて「実践事例集」の項目でまとめているので、チェックしてみましょう。

たとえば株式会社日立製作所の場合、自社の従業員を「人財(=会社の経営資源である財産)」ととらえる人的資本経営に着手しています。約25万人の従業員情報を取りまとめる「グローバル人財データベース」を作成していて、それをもとに、人材を最適な部署や役職に配置できるようになりました。さらに現在は、早期に経営リーダー候補を選出し、将来企業を背負って立つ人材の育成にも力を入れています。

続いて、伊藤忠商事株式会社では人的資本経営に関するKPIを設定し、実行した施策や成果を定期的に公表しています。労働生産性やエンゲージメントサーベイの結果が可視化され、今の状態が明確にわかるようになりました。そのためウィークポイントの改善がしやすくなり、多様な取組みが可能となっています。

上記の他、以下でも人的資本経営の事例やフレームワーク等に関して詳しく解説しています。興味がある方は、ぜひ一度ご覧ください。

7.まとめ

「人材伊藤レポート2.0」は、今後人的資本経営に着手しようとしている会社にとって大きな指標となるレポートです。企業事例を参考にしたり、導入手順を参考にしたりすることができるので、目を通しておく必要があります。

人的資本経営を実践するためには次の流れを着実に行う必要があります。

  1. 経営戦略、人材戦略を紐づける
  2. 目標と現状のギャップを可視化し、施策を策定する
  3. 目標達成のためにKPIを設定する
  4. 効果検証を行う

人的資本経営を進めるためには、経営戦略と人材戦略の紐づけが大切です。たとえば「人材不足」が経営課題の場合、「人材戦略としてマネジメント力の高い従業員の育成」や「採用条件の見直し」とそれに伴う「改善を行う人材の選定」が必要となります。このようにまずは自社の課題を明確にして、経営戦略と人材戦略を紐づけた施策を構築しましょう。

また、目標と現状のギャップを可視化し、実施すべき施策を洗いだすことも重要です。それらができたらKPIを設定、そして施策の実行を行い、効果検証を行います。効果検証を繰り返し行い、中長期的な目線で社内に対する啓もう活動を行うことで、徐々に人的資本経営を浸透させることが可能となります。

自社の現状における課題を明確化するためには、社外の目線も時には必要です。外部のパートナーをうまく活用していく必要があるでしょう。

なお、株式会社みらいワークスは、国内最大規模のプロフェッショナル人材データベースの運営企業です。「社内サーベイなど、現状分析にプロの力を借りたい」「人的資本経営推進プロジェクトの旗振り役が社内にはいない」など、悩みがあるときはお気軽にご相談ください。





(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)