サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは?定義や注目される背景を取り組み事例とともに解説

企業にとって、サステナビリティ(持続可能性)は今や欠かせないものとなっています。サステナビリティとは、環境・社会・経済が長期的に成長する社会の実現に取り組む考え方です。

近年は、企業だけでなく、社会全体のサステナビリティの両立を目指す「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」が注目されています。

本記事では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の定義や注目される背景、企業による取り組み事例を紹介します。

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは?

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は、企業が社会および企業のサステナビリティを重視する経営を行う、という考え方です。英語表記「Sustainability Transformation」の頭文字から「SX(エスエックス)」とも呼ばれています。

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は、2010年ごろから欧米で企業価値向上のための取り組みとして普及し始めた言葉です。日本では2020年に、経済産業省によって認知されるようになりました。

 

SXの経済産業省による定義

経済産業省は、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を次のように定義しています。

“「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」とは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を指す。”
引用:伊藤レポート 3.0(SX 版伊藤レポート)|経済産業省

「企業のサステナビリティ」とは、企業が長期的に稼ぐ力の維持・強化や社会のサステナビリティに対する長期的な価値提供を指すものです。「社会のサステナビリティ」は、社会課題への対応力を意味します。

企業が社会のサステナビリティ向上に取り組むことで、自社の持続可能性を実現できるとしています。

 

「伊藤レポート3.0」が示すSX推進の重要性

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)が日本で広まるきっかけの一つとなったのが「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」です。

伊藤レポートは、2014年に経済産業省が公表した「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書です。当プロジェクトの座長である一橋大学大学院商学研究科の伊藤邦雄教授(2014年当時)の名前から「伊藤レポート」と呼ばれるようになりました。

その後、2022年に発表された「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」では、長期的な企業価値を高めるためにSXを実践することが、これからの稼ぎ方の本流であるとしています。そしてSXを実現するためには、サプライチェーン全体での建設的・実質的な対話が必要だとしています。

参考:伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)|経済産業省

SXとSDGsの関係性

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)と似た言葉のように感じられますが、実際には意味が異なります。

SDGsは、2015年に国連で採択された、「持続可能な社会」を実現するための目標です。環境問題や人権、貧困などの社会問題について17の目標と169の具体的な行動指針(ターゲット)で構成されています。
参考:SDGsとは?|外務省

SDGsは「持続可能な社会を実現するための世界の方針」であるのに対し、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は「企業が持続的に成長していくための経済戦略」です。世界全体か企業か、意味だけでなくそもそもの対象に違いがあります。

参考:企業がSDGsに取り組むべき理由とは?先進企業の取り組み事例も紹介

 

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)が注目される背景

2020年ごろから日本で知られるようになった「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」ですが、注目されている背景には主に3つの理由があります。

  • 世界情勢の変化
  • ESG経営の重要性
  • 人的資本経営の重要性

世界情勢の変化

SXが注目されるようになった大きな要因の一つは「世界情勢の変化」です。

ここ数年で地球温暖化や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行、エネルギー価格の高騰など、世界情勢の急激な変化が起きています。これらの変化は、社会に大きな影響を与えました。

今後も起こりうるリスクに備えるためには、これまでの社会システムを変える必要があります。そのため、企業が長期的に成長し続ける方法の一つとして、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)に注目が集まっています。

ESG経営の重要性

「ESG経営」が重視されるようになったことも、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)が注目される理由の一つです。

ESG経営とは「Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)」の3つに配慮した企業を評価し、投資する手法です。近年、環境問題や社会問題の認知拡大とともに、ESGに配慮した企業を優先的に選ぶ投資家が増えています。サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)への取り組みは、そのような投資家から選ばれる可能性を高めてくれます。

また、2024年度からはサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)に取り組む企業を選定・表彰する「SX銘柄」も始まりました。
参考:「SX銘柄」を創設します|経済産業省

参考:【基本から解説】ESG経営とは?|メリットやデメリット、事例、企業価値を高めるポイントも紹介!

人的資本経営の重要性

ESG経営や企業のサステナビリティにより、企業の社会的責任がこれまで以上に重視されるようになっています。その際、社会課題への取り組みに加えて「人的資本経営」も注目されるようになりました。

人的資本経営は人材を資本とし、企業の中長期的な価値向上につなげる経営方法です。
参考:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~|経済産業省

近年、投資家は企業の財務情報だけでなく、その企業が人的資本経営を行っているかも重視する傾向にあります。さらに、2023年4月以降、上場企業は有価証券報告書などで人的資本に関する情報を開示することも義務化されました。

参考:人的資本経営とは?企業に求められる内容や背景、実施するメリットや取り組み方まで解説!

 

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に必要な3要素

企業の持続的な成長を促すとされるサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)ですが、実践には3つの要素が必要とされています。

  1. 「稼ぐ力」の強化
  2. 社会のサステナビリティを経営に取り込む
  3. ステークホルダーと「対話」を繰り返す

これらの要素をバランスよく取り組むことで、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現が可能になります。

 

「稼ぐ力」の強化

「稼ぐ力」とは、短期的な利益ではなく、長期的かつ持続的な成長を実現する力です。

企業が社会的価値を生み出すためには、しっかりとした経済基盤が必要不可欠です。「稼ぐ力」が強化されることで、事業の拡大や人材育成などに投資でき、更なる利益拡大やイノベーションの創出につながります。

こうした背景から、経済産業省は稼ぐ力を強化するための指針として、コーポレートガバナンスガイダンス(CGガイダンス)を公表しました。CGガイダンスでは、稼ぐ力を強化する取締役会5原則や取り組みの進め方、検討ポイントなどを説明しています。

参考:「「稼ぐ力」を強化する取締役会5原則」、「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を策定しました

 

社会のサステナビリティを経営に取り込む

「社会のサステナビリティを経営に取り込む」ことも重要な要素の一つです。

企業は、社会課題の解決に取り組むとともに、将来起こり得る経営リスクにも備える必要があります。そのためには、未来を予測し、必要な取り組みを検討し、経営に取り入れていくことが重要です。環境問題や社会問題を解決するために必要な取り組みが何かを考え、それを自社の事業計画や経営方針に組み込むことが求められています。

現在、多くの投資家や顧客が、サステナビリティに配慮した経営を行う企業に注目しています。反対に、社会のサステナビリティを考慮していない企業は社会的な信頼を得られず、持続可能性を損なうことにつながりかねません。

ステークホルダーと「対話」を繰り返す

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現には、ステークホルダーと何度も対話を重ねることが欠かせません。ステークホルダーと継続的な対話を通じて信頼性を向上し、企業としての基盤を固めていくことができます。

また、経済産業省が公表した「伊藤レポート3.0(SX 版伊藤レポート)」でも、とくにインベストメントチェーンに関わるプレイヤーとの対話の重要性が示されています。

“「SX」の実現のためには、企業、投資家、取引先など、インベストメントチェーンに関わる様々なプレイヤーが、持続可能な社会の構築に対する要請を踏まえ、長期の時間軸における企業経営の在り方について建設的・実質的な対話を行い、それを磨き上げていくことが必要となる。”
引用:伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)|経済産業省

インベストメントチェーンとは、投資家から企業への資金の流れが長期的な企業の価値向上につながり、それに伴うリターンが最終的に家計に還元されるという流れを指します。

SX推進に必要なダイナミック・ケイパビリティ

不確実性が高まる世界において、企業によるSXへの取り組みが求められているものの、実際にどう動いていくかが難しいポイントです。そこで注目されているのが「ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)論」という経営戦略論です。

「ダイナミック・ケイパビリティ論」は、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授のデイヴィッド・J・ティース氏が提唱しました。

また、経済産業省はダイナミック・ケイパビリティを、「企業変革力」と説明しています。言い換えると、急激に変化する環境において、その変化に対応して企業が変革する能力のことです。

ティース氏は、企業の能力は「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」と「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」に分けられるとしています。これらは対になる能力であり、両方を高めることが企業の成長には欠かせません。

オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)

まず「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」は、企業の経営資源(人材・資金・設備・技術など)を効率的に利用し、利益を最大にするための能力です。

企業がオーディナリー・ケイパビリティを高めることは重要です。しかし、それだけでは他社との差別化は難しく、長期的に企業の競争力を維持することは難しいでしょう。また、想定外の事態が起きた際、オーディナリー・ケイパビリティだけでは対応しきれない場合もあります。

そこで重要となるのが、ダイナミック・ケイパビリティです。

ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)

「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」は、企業活動が状況に適応できているかを判断し、もし適応できていないと判断した時に企業を変革する能力です。変革ができれば、新たな環境下で構築されたオーディナリー・ケイパビリティによって経済活動が可能になります。
デイヴィッド・J・ティース氏は、オーディナリー・ケイパビリティを「ものごとを正しく行うこと」、ダイナミック・ケイパビリティを「正しいことを行うこと」と表現しています。

さらにティース氏はダイナミック・ケイパビリティを以下の3つの能力に分類しました。

  1. 感知(センシング):脅威や危機を感知する能力
  2. 捕捉(シージング):機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構成して競争力を獲得する能力
  3. 変容(トランスフォーミング):競争力を持続的なものにするために、組織全体を刷新し、変容する能力

このような能力は、企業の蓄積された経験によって構築されるものであるため、他企業には簡単に真似できません。そのため、ダイナミック・ケイパビリティは長期的に維持しやすい強みとなるのです。

参考:製造基盤白書(ものづくり白書)|経済産業省

 

企業によるSXの取り組み事例

最後に、企業によるSXの取り組み事例を紹介します。

  • トヨタ自動車株式会社
  • パタゴニア(Patagonia)

 

トヨタ自動車株式会社

世界的な自動車メーカーである「トヨタ自動車」は、「幸せの量産」をミッションに掲げ、サステナビリティ活動に取り組んでいます。

例えば、ハイブリッド車や燃料電池自動車の開発・販売、自動車製造や運搬、廃棄・リサイクルの際のCO2排出量削減を実施。「2035年までに工場のカーボンニュートラル化」「2050年までに世界の新車から排出される温室効果ガスのカーボンニュートラル化」などの目標達成に向けチャレンジしています。

参考:カーボンニュートラルと環境への取り組み | クルマこどもサイト|トヨタ自動車株式会社

パタゴニア(Patagonia)

アメリカ発のアウトドアメーカー「パタゴニア(Patagonia)」は、創業当初からサステナビリティに取り組んできた企業です。近年では「2025年までにバージン石油を原料とする素材を排除する」「2040年までにパタゴニアのビジネス全体においてネットゼロを目指す」という目標を掲げています。

また、パタゴニアは2014年からフェアトレード認証を受けた衣類の製造を開始しました。現在では、全製品ラインの90%以上をフェアトレード・サーティファイドの工場で製造していると発表しています。

参考:環境的責任プログラム|patagonia
参考:フェアトレード|patagonia

まとめ

企業のサステナビリティと社会のサステナビリティの両立を目指す「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」は、これからの経営戦略の主流になるとされています。とくに、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)への取り組みは、不確実な国際社会において、企業の持続的な成長のために欠かせません。

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現のためには、サプライチェーン全体での建設的・実質的な対話が必要です。

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