みらいワークスは2025年9月5日、越境学習に関するウェビナーを開催しました。「なぜ社員を“組織の外”に出すのか?研究者と導入企業が語る実践のリアル」と題し、越境学習の効果や成功のポイント、活用するにあたっての課題などを解説しました。
社内研修では十分な成果を見込めない、自社の常識を打ち破る人材を育成できない、そもそも社内では”修羅場”を体験できないので人材が育たない…。人的資本経営に舵を切る企業が増える中、社員を育成できないといったこれらの課題が顕在化するようになっています。
では、次代を担う人材を育成するには何が必要か。どんな施策に取り組むべきか。
今回のウェビナーでは、その答えの1つとなる「越境学習」にフォーカス。自社の社員を他企業に送り出し、その企業の業務に従事することで新たなスキルや経験を得られるようにします。自社の業務に従事するだけでは知り得ない知識を学べるほか、他企業ならではのプロジェクトの進め方、チームワーク、スピード感などの体験を糧にできるのが特徴です。ウェビナーでは越境学習の狙いや効果、さらには越境学習を経験した社員を受け入れる組織像を解説しました。
自律したキャリアを描く契機となる越境学習
最初に登壇したのは、高知大学 学び創建センター キャリア開発ユニット 特任助教 谷口ちさ氏。越境学習が求められる背景や目的、企業の支援体制などを解説しました。
谷口氏は冒頭、企業に属する社員のキャリアについて言及。自身のキャリアを主体的に考え、取り組む人材が企業に求められるようになっていると指摘します。「企業は失われた30年を取り戻すため、変革が不可欠な状況に追い込まれている。そのためには組織の発展に寄与し、自律的に動ける人材こそ必要だと考えている。主体的に行動し、継続してキャリア開発に取り組む『キャリア自律』の重要性がこれまで以上に増している」(谷口氏)と強調します。
さらに谷口氏は、社員が「キャリア自律」を成し遂げるポイントとして、「自己理解の気づきの力」、「価値観をもとに行動する力」、「環境変化を読む力」、「人的ネットワーク」などを養うことが必要だと指摘します。「とりわけ日本人は、外部の人的ネットワークを作り出すのが苦手。キャリアを自律的に築くためには、社外に目を向けて積極的に交流できるようになるべきだ。その手段の1つとなるのが越境学習である。越境学習を通じて社外の人的ネットワークを構築することで、社員は自身のキャリアを自律的に築けるようになる。企業ももちろん、こうした人材が自社に増えることを望んでいる」(谷口氏)と続けます。
越境学習がもたらす効果も説明します。「そもそも越境学習は、自社などのホームと外部のアウェーを行ったり来たりすることで生まれる学びである。ホームでは会社共通の略語を使えたり、自社製品・サービスについてゼロから説明する必要がなかったりする。コミュニケーションを取りやすい居心地のよい環境と言える。これに対しアウェーはどうか。前提から確認しなければ物事が進まない、慣れ親しんだ常識が通用しないなどが当たり前となる。このとき、ホームとアウェーのギャップから新しい価値観に気付いたり、自社の価値観に疑問を持ったりする。つまり、自分にとって何が大事なのかを考え、大事なことを明確に描けるようになる。この気付きこそ、越境学習がもたらす効果に他ならない」(谷口氏)と述べます。自社の在籍期間が長くなるほど自社の考え方を疑わなくなりつつあることから、外部で感じる違和感や葛藤が学習効果をより高めるといいます。この他にも、事業や組織のイノベーションを促進するなどの効果も見込めるといいます。
自社と異なる環境で業務に従事する際の考え方や姿勢についても解説しました。「越境学習に臨む人の中には、自身のこれまでの経験や専門性を捨てなければならないと考える人がいる。確かに自社の考え方や業務の進め方に固執するのは望ましくない。大切なのは、自身の知見をいったん脇に置き、まずは現場に馴染もうと努めることである。これまでの経験や知見を一度遠ざけることで、自分の視野を広げられるようになる。まっさらな気持ちで臨むことで越境学習の効果を最大化できる」(谷口氏)といいます。越境学習中は周囲との違和感や葛藤を感じやすくなるが、「モヤモヤした環境にぜひ飛び込んでほしい。モヤモヤを感じられるのが越境学習の醍醐味であり、自分の大事なことを言語化する上で大切な環境となる」(谷口氏)と強調しました。
谷口氏は最後に、越境学習による効果を高めたいと考える企業の取り組みにも言及しました。「越境学習で新たな視野を養った社員が戻ってきたとき、その知識を効果的に活用する仕組みを社内に築くべきだ。誰が何を知っているのかを全社共有し、組織間の分断を解消できるようにするのが望ましい。専門知識を有する社員を信頼し、その判断や助言に従う風土も根付かせるべきである。こうした環境にシフトすることで、企業は競争優位を維持する力を養えるようになる。人的資本経営が叫ばれる今こそ、さまざまな社員の知見を生かす基盤構築に目を向けるべきだ」(谷口氏)と述べました。
社員やリーダー候補向けに越境学習環境を拡充するNTTグループ
続いて登壇したNTTドコモビジネス ヒューマンリソース部の川端敬子氏は、自社が取り組む越境学習の狙いや体制を解説しました。
同社はNTTグループの社員向けに、「NEKKYO」と呼ぶキャリア開発を支援する越境プログラムを実施しています。キャリアを広げるには外に目を向けるべきというコンセプトのもと、さまざまな方法で越境する機会を提供します。具体的には、現在の業務を継続しつつ、気になる社内外の仕事に参画する「ダブルワーク」、社外の異業種企業に1年間参画する「社外OJT」、NTTグループの海外拠点に1年間身を置く「GCP(Global Challenge Program)」を用意します。「いつもの仕事の枠を超え、いろいろな人と交流できるようにしている。これにより、自身のキャリアを見つめ直したり、今後のキャリアの解像度を高めたりできる。社員一人ひとりが自身のキャリアを考えるきっかけを与えられるようにするのがNEKKYOの狙いである」(川端氏)と述べます。
一方、次世代のリーダーを育成する越境プログラムも用意します。「既存の枠にとらわれず、イノベーションに資するスキルを身に付けるためには、社外ネットワークを活用したり、都心や大企業から離れた環境で自身を見直したりする機会が必要である。こうした機会を創出するプログラムを他の企業と協力しながら提供する」(川端氏)といいます。日本全国の企業で業務に従事し、その企業が抱える課題解決に寄与したり、新たなビジネスを共創したりすることで、経営手腕やビジネス感度を磨けるようにするといいます。
「越境プログラムに参加した人の顔つきが、参加前と参加後で大きく変わっているのを実感する。プログラム実施による効果と手ごたえも感じている」(川端氏)と述べ、NTTグループとして今後、越境プログラムのラインナップをさらに拡充していく考えだといいます。
越境学習の成果を事業の成長に結びつけられるかが鍵
セミナー後半は、谷口氏が川端氏に質問するなどして、越境学習の取り組みを深堀しました。
谷口氏はNTTドコモビジネスの取り組みについて、組織風土をどのように変えようとしているのかを川端氏に質問。この質問に対し川端氏は、「社員の挑戦を許容し、異文化を経験した社員を受け入れる風土を醸成するには、多様な個性を尊重する環境づくりに取り組むべきである。心理的安全性を礎にし、対話を通じて協働を促進する組織風土こそが人材開発を後押しする」と述べます。なお、NTTグループでは社員同士が感謝を伝えるサンクスカードや、社員の満足度を調べるエンゲージメントサーベイなどを実施。社員一人ひとりの考えと向き合いながら、あるべき組織像を模索しています。
一方で、「所属部署を離れ、NTTグループの海外拠点で短期間勤務するといった取り組みは約20年の歴史がある。これまで約700名が海外で経験を積んだ実績がある。そのため、他のグループ会社の考え方や文化を受け入れる風土は以前から根付いている。こうした企業風土が柔軟な組織改革を後押ししていると考える」(川端氏)と考察しました。
谷口氏は、NTTドコモビジネスが越境学習の成果をどのように考えているかも質問しました。川端氏は、「越境学習を経験した社員の成長を見込めるのは言うまでもないが、その社員の経験や知見を事業の成長にどう結びつけるのかを考えなければならない。短期間で成果を見込めるわけではないので、中長期的な視点で成果を見極められるようにすることが必要だ。もっとも、越境学習を経験した社員の知見が事業の成長とどう関連するのかを可視化するのは難しい。当社でもどんなKPIを設定すべきか、試行錯誤しながら定量的な指標を探している」といいます。
谷口氏も、「組織への影響を数値化するのは難しいという見解は、研究者の間でも同じ認識である。理解すべきは、改革には時間がかかるということ。経営者は短期的な成果を求めるべきではない。どんな組織にすべきか、どんな風土を築くべきかを考え、徐々に浸透させる継続的な取り組みに主眼を置くべきである」と指摘しました。