みらいワークス総合研究所は2026年3月12日、新規事業に関する定例セミナーを開催しました。第5回となる今回のテーマは「グローバルで勝てるプロダクトの条件とは?~元サイボウズ開発部長が語る、日本発SaaSの挑戦と教訓~」。元サイボウズ株式会社の開発部長で、現在はアクセラス株式会社の代表取締役を務める佐藤学氏をゲストに迎え、SaaSをはじめとするプロダクトを海外展開させるポイントや注意点を解説しました。司会兼モデレーターを務めたCOTO DESIGN, LLC代表の石森宏茂氏(みらいワークス総合研究所 研究員)と共に、世界で勝てるプロダクトの共通点を探りました。
日本発SaaSのパイオニア、サイボウズの原点とkintoneの誕生
ゲストとして登壇した佐藤学氏は、金融機関を経て2006年にサイボウズに入社。その後、開発部門の責任者として上海やホーチミン、ロサンゼルスなどの開発拠点立ち上げを主導し、同社のグローバル展開をけん引した実績を持ちます。2013年にはサイボウズの独立支援制度第1号としてアクセラスを創業。これまで10カ国で事業に従事してきたほか、7カ国で起業した経験もあります。
セミナー冒頭、佐藤氏はサイボウズのプロダクトに対するこれまでの歴史を振り返りました。1997年に愛媛で創業した同社は、IBMやMicrosoftといった大手ITベンダーが席巻するエンタープライズ市場に、Webブラウザーベースのアプリケーションという斬新なアプローチで参入。「当時のアプリケーションの稼働環境といえば、多大なメモリを要するWindowsサーバー一択だった。そんな折、サイボウズではC++というプログラミング言語を駆使し、クリックしたときだけプログラムが動くCGIを開発。マシンスペックに依存しないアプリケーションを強みに打ち出し、中小企業を中心にシェアを拡大していった」(佐藤氏)といいます。

2011年にはノーコードツール「kintone」を市場投入。さらなる躍進を遂げます。しかしその裏では、プロダクトの完成度に対する考え方の大転換があったと佐藤氏は指摘します。「日本の製造業が世界一になったのは、完璧なものを作り出す文化が企業に根付いていたからに他ならない。ソフトウエアの受託開発でも完璧なものを納品しなければならないという考えが定着していた。しかしiPhoneの登場により、こうした考え方は根底から覆された。購入直後は使い物にならなくても、ユーザー自身が必要なアプリをダウンロードして使いやすくするという考え方が受け入れられるようになった」(佐藤氏)といいます。こうした市場の考え方に追随して開発したのが「kintone」で、「ユーザー自身にアプリを作らせる『市民開発』の設計思想に基づき開発した」(佐藤氏)と、kintoneの革新性を説明しました。
サイボウズが文化の壁に直面したグローバル展開
サイボウズのグローバル戦略も振り返りました。同社では以前、中小企業向けのグループウェア「サイボウズ Office」をアメリカ市場に展開。しかし最終的には撤退を余儀なくされたといいます。佐藤氏は理由について、「日本で評価されたスケジュールの共有や上司への申請機能が米企業にはまったく受け入れられなかった。米企業では同僚のスケジュールを確認する習慣はないし、上司への申請、承認といったワークフローもない。日本企業の慣習や文化に基づき開発された機能が、必ずしも他国で受け入れられるとは限らない」(佐藤氏)といいます。
「kintone」でもグローバル展開を試みますが、「日本と海外ではUIの考え方が異なる。日本で使われるSaaSの場合、簡易な説明文などを使って機能を説明しがちだが、海外ではアイコンのみでどんな機能なのかを把握できる直観的なUIがユーザーには求められる。アラビア語圏では文章が右から左へ進むなど、文字を前提としたUIには限界がある。グローバル展開を見据えるなら既存のUIを見直すのではなく、言語に依存しないUIをゼロから開発しなければならない」(佐藤氏)と指摘しました。
開発に対する海外との認識の違いを把握する必要もあるといいます。「海外のソフトウエア開発は、アジャイルやリーンスタートアップといった高速なサイクルで進めるのが一般的である。これに対し日本企業の多くが、完璧を追求する開発文化から抜け出せずにいる。世界で成功するには、これまでのウォーターフォール開発の文化から脱却し、短期間で改善を繰り返す開発環境を自社に根付かせることが大切である」(佐藤氏)と述べます。高品質を必ずしも求めない領域が大半であることを理解し、過剰な品質をすべての領域で追及すべきではないと訴えました。

世界で勝つために不可欠なメソドロジー
では、プロダクトがグローバル市場で受け入れられるためには何が必要か。佐藤氏は機能以上に大事なものがあると訴えます。それがメソドロジー(哲学)です。「世界で評価されるには、米調査会社ガートナーが毎年発表するIT調査レポート『マジック・クアドラント』で取り上げられなければならない。このレポートに載るよう取り組むことが世界で受け入れられるための現実解である」(佐藤氏)と指摘。このとき求められたのが、プロダクトのメソドロジーだといいます。「ガートナー社のアナリストから『プロダクトのメソドロジーは何か?』と何度も問われ続けた。どんな哲学に基づき開発したのか。誰のどんな課題を解決しようと考え開発したのか。どんな世界を描こうとしているのか。こうした存在意義を言葉で示すことが、機能以上に求められる。さらに、会社として何を目指すのか、プロダクトを通じて何を成し遂げるのかといった自社の確固たる目標、つまり『北極星』を明示することが世界で勝つためには不可欠である」(佐藤氏)と強調しました。マジック・クアドラントに載るための手段としてだけではなく、競合プロダクトとの差異化を図る意味でも重要だといいます。
一方、佐藤氏はミッション・ビジョン・バリュー(MVV)とメソドロジーの関係について注意を促します。「日本企業の多くがMVVを掲げるが、プロダクトのメソドロジーとの結びつきが不明瞭なケースは少なくない。双方の関係を明確に示せなければ、メソドロジーが崩壊しているとみなされかねない。企業のMVVとプロダクトの存在意義が強くリンクし、双方が共通の世界観を描くことが重要だ。自社のプロダクトをグローバル展開するなら、メソドロジーや北極星が何かを今一度追及し、言語化する取り組みに注力してほしい」(佐藤氏)とアドバイスしました。
今後のSaaSビジネスモデルを見据えた差異化策を
セミナーではSaaSを軸にしたビジネスモデルの展望も解説しました。とりわけ生成AIの台頭によってどんな変化が起こるのかを考察しました。佐藤氏は、「AIが数時間でコードを生成する時代に突入した。つまり、誰でも似たようなアプリを瞬時に開発できる。その結果、今後はソフトウエアのオープンソース化が加速するだろう。アプリの価値よりサポートや支援体制を有償化して強みにするビジネスモデルが台頭する」と推察します。さらに、「AIエージェントがAPIを通じて各種システムを直接操作する時代が訪れるだろう。人による操作は不要となることからUIを実装しない業務システムが台頭することも考えられる。その結果、SaaSを販売するビジネスは、ユーザー数に基づく課金体系からAPIのトランザクション量に基づく課金体系へ推移するだろう」(佐藤氏)と述べました。
こうした変化が起こり得るからこそ、プロダクトのメソドロジーや自社の北極星がより重要性を増してくると佐藤氏は強調します。「コモディティ化された機能を備えるプロダクトが数多く登場するようになったとき、差異化要因となるのが『何のためのプロダクトなのか』といったメソドロジーである。さらに、『どんな世界を描くのか』といった企業の北極星である。テクノロジーや機能だけに注視せず、会社の未来や経営の根幹に目を向けることがプロダクトの価値を最大化する」(佐藤氏)と述べました。
モデレーターを務めた石森氏は、佐藤氏の講演を受けてセミナーを総括。「日本企業の中には、グローバル市場ならではのルールや評価軸に理不尽さを感じる企業がいるかもしれない。『日本市場では評価されたのに』と、もどかしさを抱く企業もいるかもしれない。しかし本気で勝ち抜くには、その市場で前提となるルールに沿わなければならない。もどかしさを押し殺し、海外企業の文化や風土、トレンドに追随することも必要である。自社ならではの北極星やプロダクトのメソドロジーをさらに磨き上げ、グローバル戦略を成功に導いてほしい」と訴えました。

