「以前の制作会社のデザイナーとは180°違う、まったく別の職種になった感覚でした」

そう話すのは、ある制作会社から弁護士ドットコムへ転職し、インハウスデザイナーとなった鬼頭愛氏。

 

無料法律相談や弁護士、法律事務所の検索を行えるポータルサイト『弁護士ドットコム』の他、電子契約サービス『クラウドサイン』などのサービスやメディアを展開する弁護士ドットコム株式会社。その裏側を支えるプロデューサー、デザイナー、エンジニアで形成されるクリエイティブチームは、ボトムアップで日々施策を考え、実施し、分析・改善を繰り返している。

 

鬼頭氏は受託制作時代、「自分のやっていることが本当にユーザーの役に立っているか、わからない」という気持ちを抱えていたが、インハウスデザイナーとなった現在は、 “世の中に価値を届ける当事者” として納得感のある働き方ができているという。

 

そこで今回、制作会社のデザイナーとインハウスデザイナーの両方を経験している彼女に、その違いやインハウスデザイナーになっての気づきなどについてお話を伺った。

「制作会社のデザイナーとは180°違う仕事」自分の中でユーザー像を理解していないと本当に何もできない

―― 受託の制作会社から事業会社へと転職し、インハウスデザイナーになった理由はなんでしょうか。

 

もともといた制作会社では人数も少なく、デザイナーとディレクターしかいないという状況でした。ときにはディレクターがいないという時期もあって、私の業務内容はデザイン、コーディングの他にも、案件のディレクションを担当したり、クライアントとの折衝も行っていたりしたんですね。

 

誰かと一緒に仕事をするという機会もほとんどなく、ひとりで要件定義して制作して納品するといったことを繰り返しているうちに、「これってフリーランスと何が違うんだろう?」と思い始めて、転職を考えました(笑)。

 

また、私がいた制作会社ではどうしてもクライアントの好みに合わせる必要があったり、何をつくるかすでに決まっているケースがほとんどだったりして、自分がつくったものがユーザーにどう思われているのか、どう使われているのか、といったユーザーからの評価がわからなかったんです。

 

そこで、ユーザーに向き合って仕事ができる事業会社で働いてみたいと思うようになり、デザイナー組織の体制がきちんとあり、UI/UXまわりをしっかりと考えられる会社だと感じた弁護士ドットコムに入社しました。
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―― 実際にインハウスデザイナーとなって、想像と違ったことは何かありましたか?

 

インハウスデザイナーとはいえ、企画やUXまわりもやるけど、メインの仕事はデザインをつくることだと思っていたんです。だけど、いざ入社してみるとチームで目線を合わせて、課題を見つけて施策を考えて実行して分析してと、手を動かすことよりも重視しなくてはいけないことがたくさんありました。

 

特に最初のころに大変だったのは、社内でのコミュニケーションでした。入社してすぐ、いろいろなミーティングに参加させてもらったのですが、意見を求められても何も話せなかったんです。

そもそも自分が何を考えればいいかわかりませんでしたし、他のメンバーが話しているワード自体もわからなくて。違う職種のメンバーも交えてのコミュニケーションが頻繁に行われるので、マーケティング用語やエンジニアリングの用語など、共通言語を理解するところから始めていきました。

 

本当に戸惑ってばかりで、制作会社のデザイナーとは180°違う、まったく別の職種になった感覚でした。時間の使い方も違うし、チームで取り組んだり、他部署と連携することも多く、本当に仕事の進め方がまったく違ったんです。

 

そしてインハウスデザイナーは、自分の中でユーザー像をしっかりと理解していないと本当に何もできないのだと痛感しました。

 

というのも企画を考える際であれば、エンジニアは技術的な視点から意見を言えますし、プロデューサーであればビジネス的な視点から意見を言えると思います。ではデザイナーは?というと、デザイナーというのは広義な意味ではユーザーとの接点をつくる、ユーザー体験をつくる仕事ですから、誰よりもユーザー視点での意見を言わなければならないのです。

 

入社したての頃に私がミーティングで何も話せなかったというのも、ユーザー像を理解していなかったからで、デザイナーが一番ユーザーのことを理解していないといけない職種だと、弁護士ドットコムに入ってあらためて感じさせられました。

「完璧なものをつくることが正解ではない」手を動かしてデザインをつくるというのは手段のひとつ

―― 企画の立案から施策の実行・検証にいたるまで、弁護士ドットコムではどのような形で進めていくのでしょうか?

 

プロデューサーとエンジニアとデザイナーでチームが形成されていて、プロデューサーが描くビジョンに対して、エンジニア、デザイナーも「ここに課題がありそうだから、こういう施策を打とう」と一緒になって考えていきます。

 

そして施策が決まったら、職種関係なくアクションをしていきます。エンジニアがワイヤーフレームをつくることもありますし、デザイナーであろうとテストの計画や結果の分析まで行っていきます。

 

そして分析結果をもとにチームでどう改善していくかを決め、次のアクションへと進んでいく、といった形です。

 

受託制作と違い、与えられた仕事というのがないんですね。そして弁護士ドットコム自体にボトムアップでモノゴトを進めていく文化があるため、自分で仕事をつくっていけるというのは、インハウスデザイナーならではの面白さだなと感じました。

 

―― これまでに鬼頭さん自らが立案して進めた施策はどういったものがありますか?

私が所属しているのはマッチングチームといって、ユーザーが最適な弁護士を選べるようにすることをミッションとしたチームです。ある機能の利用体験を改善しようというプロジェクトで、課題を見つけるために、まず社員に弁護士を探す一連の流れを試してもらうユーザビリティテストを行いました。

 

そこで見つけた課題に対してA/Bテストを実施したいと思い、Google Optimizeを使おうと思ったんです。ただ、分析に特化したチームではGoogle Optimizeを使っていたのですが、それ以外のチームではあまり使っておらず、詳しい社員に使い方を教えてもらいながらA/Bテストを実施しました。

 

そして有意差が95%を越えたら最適だと判断できる中、99%以上という結果がすぐに出て。ユーザーの行動に変化を与えられたというのが素直に嬉しかったですし、ナレッジを他のチームとも共有したことで、今までGoogle Optimizeを使っていなかったチームも頻繁に使うようになったことも嬉しかったです。
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受託制作のときは、自分のつくったものに対しての評価って基本的にはクライアントからしかいただけなかったのですが、インハウスデザイナーになった今、自分のやったことに対してユーザーからの反応が得られるというのが本当に嬉しくて

 

そして、インハウスデザイナーは完璧なもの、綺麗なものをつくることが正解ではなかったりするのも面白いなと思います。たとえば以前にユーザーアンケートのフォームを変えるテストをしてみたのですが、反応率が40倍以上になったんです。

 

だけどデザイナーの私が行ったことは、綺麗なフォームをデザインしてつくったとかそういうことではなく、ただGoogleフォームを使って、回答項目や聞き方を変えてみた、ということでした。

 

つまり、インハウスデザイナーの仕事において、自ら手を動かしてデザインをつくるというのは手段の1つでしかないんだなと。むしろ、ユーザーが求めているものは何か、ユーザーにとって価値があるものは何かといったことを考え、自ら施策を立案・実行していくアプローチこそがインハウスデザイナーとしての仕事なんだなと日々実感しています。

インハウスデザイナーは「ユーザーに対して価値をつくる人」

―― いま鬼頭さんにとって “インハウスデザイナー” とはどういった職業だとお考えですか?

 

インハウスデザイナーは「ユーザーに対して価値をつくる人」だなと思っています。たとえば受託の制作では、「この健康食品、本当にユーザーのためになるのかな?」と思いながら制作していたこともありました。

 

しかし事業会社は、自分たちがサービスをつくっていて、世の中に価値を届ける当事者。自分のつくるものに納得いかなかったらダメですよね。

 

そして「弁護士に頼んで本当に良かった」といったアンケート結果を見たりすると、ユーザーの役に立てているなと実感できますし、非常に納得感のある働き方ができているなと感じています。
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また、インハウスデザイナーは非常にコミュニケーションが求められる職業だなとも感じています。

 

施策を進める上では、チームメンバーとのコミュニケーションもそうですが、チーム外のメンバーともコミュニケーションをとる機会が非常に多いんですね。たとえばある施策でCSの協力が必要だとなったら、CSのメンバーと調整を進めなくてはなりません。

 

そういったチーム内外のコミュニケーションを通じて、ユーザーにどう価値を届けるかを考え、サービスを成長させていくという感覚は、受託制作のときは感じることがありませんでした。

 

受託制作の会社であれば、クライアントの数だけ様々な制作に携われて、 “横の広さ” を感じられる面白さがあると思います。しかし、事業会社では手を動かしてデザインをするだけではない、より良い価値を届けるにはどうすれば良いのか?と常に考え続ける、 “縦の深さ” を体験できるのが面白いなと。

 

―― 今後、鬼頭さんはどんなインハウスデザイナーになっていきたいとお考えですか?

受託制作のときに「自分のやっていることが本当にユーザーの役に立っているか、わからない」と思っていたこともあって弁護士ドットコムに転職したので、いまはインハウスデザイナーとしてユーザーの役に立てることを最大化したいと考えています。

 

また、インハウスデザイナーはひとりで進めていく仕事ではなく、みんなと協力して進めていく仕事。だからこそより大きなことができますし、よりたくさんのユーザーに価値を届けることができる仕事だと思っています。

 

特に弁護士ドットコムのユーザーは本当に困っている方たちなので、たくさんの人に良いものを早く提供できるようにしていきたい。そして、ユーザーが喜んでくださる結果を出して、かつビジネスとしてもしっかりと成立させられるインハウスデザイナーになっていきたいと考えています。