兵庫県立大学大学院工学研究科准教授 博士(工学)
兵庫県出身。大手半導体メーカーで5年間、最先端技術の開発に携わった後、その業界経験を生かして大学で研究の道に進む。助教を経て現職に就任。専門はプラズマ応用工学で、特に自身が開発したキャビテーションプラズマ技術を用いて、化学農薬に代わる持続可能な殺菌水の社会実装を推進している。水の中で1秒間に60万回という高繰り返しで放電を発生させ、殺菌効果が持続する水を生成する画期的な技術として注目を集めている。この研究成果を社会へ届けるため、2025年3月に株式会社YSH総合研究所を設立し、代表取締役社長を務めている。
鳥谷眞澄(とりたにますみ)氏
株式会社YSH総合研究所COO
大手食品メーカーに17年間在籍。製造、エンジニアリング、生産技術、そして企画と、ものづくりの第一線から国内拠点の中長期的戦略の策定まで幅広く活躍。フィリピン、インドネシア、イランにおける海外工場の立ち上げにも従事。
2023年にグロービス経営大学院を卒業し、MBAを取得。貧困や食料問題の解決を目指す起業家を志し、2025年にみらいワークスが運営する経営人材マッチングプログラム(*1)を通じて岡好浩氏と出会う。家族とともに茨城県から兵庫県に移住するという高いコミットメントで、株式会社YSH総合研究所のCOOとして事業化を推進している。
キャビテーションプラズマ
キャビテーション気泡を利用した新規の水中プラズマ発生法であり、従来技術と比べて100倍以上の処理効率を実現しています。キャビテーション現象と呼ばれる減圧沸騰を利用し、水蒸気の微小気泡が大量に含まれた水流の中で、1秒間に60万回の高電圧パルスを印加することで、高効率にプラズマを生成します。この水中プラズマに一般的な水を一定時間照射することでキャビテーションプラズマ処理水が生成される。
https://www.eng.u-hyogo.ac.jp/faculty/denki_professor/yoshihiro_oka/index.html
株式会社YSH総合研究所
兵庫県立大学発の独自技術により、持続可能な次世代農業ソリューション「キャビテーションプラズマ処理水」を提供する
https://ysh-ri.com/index.html
前編の記事はこちら
株式会社YSH総合研究所を設立した岡好浩氏と鳥谷眞澄氏。後編では、会社設立後の準備期間から、限られたリソースの中で、二人がどのように事業化を推進していったのか。そして、研究者と経営人材がパートナーシップを組むことの意義について探っていきます。
2人3脚で取り組んだ事業化準備期間の半年間
役割分担ではなく全てを2人で進める協働スタイル
鳥谷氏が4月に業務委託として参画してから、会社の名前を初めて公にした9月の大学シンポジウムまで、およそ半年間の準備期間がありました。
この期間、二人が取り組んだ業務は多岐にわたります。岡氏は「何をやったかというと、多岐にわたりすぎて」と振り返るほど、やるべきことが山積していました。
当初から二人は、明確な役割分担を設けず「全てを2人で進める」というスタイルを徹底しました。このスタイルについて鳥谷氏は、「役割分担をしていたら前に進めない状況だった」と語ります。あえて領域を分けず、目の前の課題に対して二人三脚で挑むことが、最短距離で事業化を進めるための最適な方法でした。
補助金獲得と資金調達に向けた事業計画のブラッシュアップ
4月の参画当初、特に注力したのは補助金獲得に向けた準備と、事業計画のブラッシュアップでした。当時、鳥谷氏はまだ前職の会社に在籍中だったため、日中は岡氏が対外的な対応を行い、夜になるとオンラインで時間を確保して議論を重ねる日々が続いていました。資金調達のためのピッチ資料作成においては、岡氏からの要望に対し、妥協のない壁打ちと修正を繰り返しました。
「とにかく立ち止まるわけにはいかない」という焦燥感の中、鳥谷氏は仕事と家庭を両立させながら、持てる力のすべてをアウトプットに注ぎ込みました。夜遅くまで続くオンライン会議の途中、鳥谷氏の奥さまが画面に登場して場の空気が和むこともあり、家族の存在が張り詰めた準備期間における貴重な息抜きのひとときとなっていたそうです。
限られたリソースの中で必要なスキルを身につける
ロゴ、ホームページ、名刺などの広報資料の準備
会社の名前を公にする重要な機会として、大学シンポジウムでの発表がありました。シンポジウムの開催日に合わせて一気に立ち上げができるよう、チラシ、ホームページ、ロゴ、名刺といった広報資料一式を全てそろえる必要がありました。しかし、スタートアップには潤沢なリソースはありません。役割分担を決める余裕もなく、必要なものは「何でも自分たちで作る」という覚悟で準備を進めました。
最小限のコストで実現するためのコーディングとデザイン習得
特に苦労したのがホームページ制作です。便利なサブスクリプションサービスを使えば簡単に作れますが、ランニングコストがかかってしまいます。そこで二人は、最小限のコストで制作する道を選びました。
資金がないのであれば知恵と時間を使う。必要とあらばコーディングを一から勉強し、デザイン系ツールの使い方も試行錯誤しながら習得しました。限られたリソースの中で、未経験のスキルを二人で習得していく姿勢こそが、事業化を推進する原動力となっていったのです。
黄金比でロゴを作るというこだわり
AppleやTwitterのようなデザインを目指して
自分たちで手作りするからといって、クオリティーに妥協することはありませんでした。二人のものづくりへのこだわりが最も色濃く表れたのが「ロゴ制作」です。AIで生成されたデザインを安易に採用するのではなく、AppleやTwitterのロゴが黄金比で構成されていることを参考に、一から黄金比の円を組み合わせてデザインを作り上げました。
9稿まで試行錯誤を重ねた本気の取り組み
「ああでもない、こうでもない」と議論を戦わせながら修正を重ね、作成したバージョンは第9稿にまで至りました。「2人で本気で良いものを目指して作った」と鳥谷氏が振り返るこのロゴには、スタートアップとしての彼らの美学と執念が込められています。
引っ越し後の対面での協働がもたらした変化
茨城県から兵庫県への移住と家族の理解
前職を退職し、茨城県から兵庫県へ。鳥谷氏には幼い子どもが2人おり、子育てに手がかかる時期での大きな決断でした。この挑戦を支えたのは、家族の存在です。生活面や経済面での不安がなかったわけではありません。それでも鳥谷氏の決断を尊重し、背中を押してくれたといいます。
「僕より嫁さんの方がさらにすごい。大変頼もしい存在です」と鳥谷氏が語れば、岡氏も「非常に頼もしいですね」と賛辞を送ります。家族の深い理解と支えが、この移住を実現させたのです。
物理的に会って話せるようになったことの価値
「物理的に対面で話せるようになったことが、移住して一番良かったこと」と鳥谷氏は語ります。もちろん、引っ越してすぐに毎日会えたわけではありません。最初の1カ月ほどは、岡氏から生活のアドバイスをもらいながら生活基盤を整える期間が必要でした。しかし、その期間を経て実現した「週1回の対面ミーティング」は、オンラインだけでは得られない密度の高いコミュニケーションを生み出し、協働の質を格段に高めました。
引っ越し期間中も業務を停止しなかった高いコミットメント
引っ越しのために業務を停止したのは1週間だけ
生活基盤を整える時間が必要だったとはいえ、鳥谷氏にとってそれは業務を止めることを意味しませんでした。岡氏の目には、引っ越しのために作業が止まったのは実質「1週間程度」にしか感じられなかったといいます。それ以外の期間は、生活のセットアップと並行して、夜遅くまで作業を続けていたのです。
副業から経営者としての前提で動く姿勢
当時、鳥谷氏の契約形態はまだ業務委託(副業)でした。しかし、その動きは最初から「経営者」そのものでした。「すべてを共有し、あらゆることに対応してくれた。鳥谷さんに甘えてしまっていた」と岡氏は語ります。自分事として事業に向き合い、最初から経営者としての前提で動くその姿勢が、岡氏が全幅の信頼を寄せる強固な絆を築き上げていったのです。
本音で議論できる関係性の構築
気を使わずに本音で議論できることの価値
研究者が技術の社会実装を目指す過程では、研究室の中だけでは想像もつかないような困難や、専門外の壁に直面することが多々あります。そのような局面において、岡氏が鳥谷氏と組んだ最大の価値は、単に「経営のプロがいる」という機能的な側面だけではありません。人間関係の基盤が強固であり、お互いに一切の気を使わず、本音で議論できる関係が築けていることこそが、何物にも代えがたい価値だといえます。
研究者と経営人材がパートナーシップを組む意義
研究者と経営人材がパートナーシップを組むことの意義、その核心は、本音で議論できる関係性にあります。立場が異なれば視点も異なりますが、良いことは良い、ダメなことはダメと遠慮なく言える環境こそが、事業を前に進める強力な原動力となっているのです。
未知の領域に挑む者同士が共に成長するスタートアップ
MBAの知識を持つが実践経験ゼロの経営人材
もちろん、課題がないわけではありません。鳥谷氏はMBA(経営学修士)を取得していますが、スタートアップ経営の実践経験はこれから積み上げていく段階です。同様に岡氏にとっても初めての起業であり、チーム全体として経験が十分でないことは事実です。鳥谷氏自身も「MBAの知識はあるが、実践経験はゼロ。知識をうまく使いながら、結果で貢献していかなければならない」と、自身の立ち位置を冷静に見据えています。
経験不足を補いながら共に成長する姿勢
しかし、二人はその経験不足をネガティブには捉えていません。互いに未経験だからこそ、既存の枠にとらわれず、不足している部分を補い合いながら共に成長していく。そのプロセス自体を共有し、泥臭く前進していく姿勢こそが、YSH総合研究所というチームの強みとなっています。
技術の社会実装を加速する取り組み
今後の展望として、まずは「資金調達」という大きな山を二人三脚で乗り越えることが直近のミッションです。すでにさまざまな業界から問い合わせや試験利用のオファーが届いており、社会的な期待は高まっています。今後は鳥谷氏が持つ大手メーカーでの製造・エンジニアリングの経験も生かしながら、多様なニーズに応えるプロダクト供給体制を構築し、持続可能な農業の実現に向けた社会実装を加速させていきます。
リソースが限られる中、二人に共通しているのは「肩書や役割分担にはこだわらない」というスタンスです。事業に必要なことは何でもやる。その気概と覚悟を持って、二人はこれからも「世界の食糧問題の解決」というビジョンに挑み続けます。
まとめ
株式会社YSH総合研究所を設立した岡好浩氏と鳥谷眞澄氏。およそ半年間、役割分担ではなく二人三脚で事業化の準備を進めてきました。
補助金獲得に向けた準備、事業計画のブラッシュアップ、黄金比にこだわったロゴ制作、ホームページや名刺などのブランディング。限られたリソースの中で、必要とあればコーディングもデザインも学びながら、すべてを手作りで準備してきました。
引っ越しという大きなライフイベントがあっても、業務停止は1週間だけ。夜遅くまで作業を続け、最初から経営者としての前提で動いていたという高いコミットメントが、二人の信頼関係を築いていきました。
二人が組むことの意義は、気を使わずに本音で議論できる関係性にあります。良いことは良い、ダメなことはダメと言える環境が、事業を前に進める原動力となっています。経験が十分でない部分を補いながら共に成長し、技術の社会実装を加速していきました。
研究者と経営人材がパートナーシップを組むことの意義は、まさにお互いの領域を尊重しつつ本音で議論できる関係性にあります。その関係性が、事業を前に進める推進力となっており、世界の食料問題解決というビジョンを実現するための挑戦を支えているのです。
*1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2024年度「大学発スタートアップにおける経営人材確保支援事業」に採択
https://mirai-works.co.jp/news/news11801/