DX事業で世界を目指す大日本印刷株式会社(DNP)は、なぜ2年で新規事業・DNP分散型ID管理プラットフォーム CATRINAをローンチできたのか

大日本印刷株式会社(DNP)
ABセンター デジタルイノベーション事業開発ユニット データビジネス推進部 第1グループ リーダー
山廣 弘佳(やまひろ ひろか)様
2003年にDNPに入社。金融分野に特化した部門に所属し、Webサイト・アプリのプロジェクト統括等を経験した後、口座開設アプリ・本人確認/認証サービス等、DNPの金融サービス・セキュリティソリューションの立上げに携わる。2020年、BPOと認証ソリューションを組み合わせたビジネス拡大の事業企画に従事。DNPにおける「認証DX®」の新規事業創出を担当し現在に至る。
※認証DXは、DNP大日本印刷の登録商標です。

大日本印刷株式会社(DNP)
1876年の創業以来、幅広い事業分野で多様な製品・サービスを提供する世界最大規模の総合印刷会社。
印刷技術を基盤に、情報コミュニケーションなどの分野でも幅広く事業を展開。最近はデジタル化やグローバル化にも対応して、幅広い分野での新規事業を手掛ける。
https://www.dnp.co.jp/index.html

DNP分散型ID管理プラットフォーム CATRINA | 認証・ID管理 | 認証・セキュリティ | ソリューション/製品・サービス | DNP 大日本印刷

https://www.dnp.co.jp/biz/products/detail/20175481_4986.html
デジタルアイデンティティで信頼が溢れる世界をつくる。 | DNP INNOVATION PORT
https://www.dnp-innovationport.com/co_creation/digital-identity/

印刷会社としておよそ150年の歴史を持つ、大日本印刷株式会社(以下、DNP)。近年は積極的に国内外の企業と組んでイノベーションを起こし、DX関連事業も数多く手掛けています。

特に最近注力しているのが、デジタル技術を使った本人確認・認証技術。2025年の大阪・関西万博で導入された関係者の入場に必要なパスである「AD証(アクレディテーションパス・関係者入場証)」の製造・発行と、AD証の発行・受け渡しなどを担う事業にも関わっています。 

2024年には検討から約2年という速さで、国際的な技術仕様に準拠した新たな「分散型ID管理プラットフォーム事業」を立ち上げました。このプロジェクトに携わる山廣さんは、これまでDNPの中でいくつか新規事業を手掛けてこられたそうです。今回は山廣さんに、事業立ち上げまでの経緯や今後の展望について伺いました。

 

新規事業の中には撤退したものもあるけれど、その経験が大きな財産に

山廣さんは、DNPでどのようなことをされてきたのでしょうか? 

新卒で大日本印刷に入社して23年目になります。入社直後はシステム部門に配属され、仕様書の作成や運用まわりを担当しました。

私が入社した2003年は、ちょうどインターネットが爆発的に広がる時期だったため、DNPとしても印刷だけではなく、その技術を使ってデジタルビジネスを模索していました。そこで当時の私の上司が新しいことに取り組む事業を立ち上げ、私も参加しました。当初のメンバーは、私を含め3人だけでした。

その後は金融機関のWeb明細配信システムですとか、銀行口座開設アプリの開発などを手掛けました。私の場合、印刷会社に入ったとはいえ、ずっとデジタルの世界で生きてきたという感じです。

 

新規事業に関わるようになったきっかけは何でしたか?

新規事業を手掛ける研究開発組織へ異動したことですね。当時私のいた部門は、デジタル領域の案件が増えていき、最終的には100名規模の部門になりました。私自身はその部門で新規事業創出を経験する中で、新しいステップへ行きたいと思い、社内制度を使って「ABセンター」という組織に自ら手を挙げて異動しました。

「ABセンター」はDNPにおいて情報・サービス分野の事業を支えるデジタル技術を通じて、新規事業の創出やDX推進を担うところです。これまで、いろいろな分野を経験してきましたが、先ほどお話しした金融機関の口座開設アプリを含め、オンラインで本人確認を行う認証関連事業が中心です。

 

異動を自ら希望したとのことですが、山廣さんはご自身で新規事業に向いているとお考えですか?

新規事業というと0から1にするところが大事ですが、正直そこはあまり得意ではありません。現在取り組んでいる「分散型ID管理プラットフォーム事業」も、一緒にやっているメンバーがアイデアを出し、そこからスタートしたものなんです。私はどちらかというと、すでにあるものをうまく組み合わせるのが得意ですね。0から1は難しいけれど、0.5を1にするところはできるかなという感じです。

また私は論理的に考えるタイプなので「こういう世界になったらいいよね」という大きな絵を描くのは苦手です。「どう実現できるのか?」という現実的なところに頭が行ってしまうので。一方で他のメンバーが得意だったりしますので、一緒に考えながら事業推進しています。

やはり新規事業への投資に経営層から承認を得るには、判断するための材料を出す必要があり、情報整理が必要です。チームメンバーと整理した情報を基に、経営層への説明を実施することも私が担当しています。また今はマネジメント層にいますので、関係各所と調整したり、コネクションを作ったりすることが多いですね。

 

これまでも多くの新規事業を手掛けてこられたと思いますが、うまくいかなかったケースもありましたか?

新規事業がすべて成功するわけではく、当然あります。例えば、以前立ち上げた「引越し手続きオンラインサービス」は、開始して約2年後に事業をクローズしました。

現在デジタル庁ではさまざまな手続きを簡略化する取り組みを進めていて、引越し手続きオンラインサービスもその一環です。引越しする場合、転出・転入の届け出や電気・ガス・水道の契約変更など、多くの作業が発生しますよね。個別に手続きが必要なため、とても煩雑です。そこでこれらを1回のオンライン手続きでまとめてできるようにするというものが引越し手続きオンラインサービスです。

私としては、これまでDNPで取り組んできたデータ利活用や認証技術が生かせるのではないかと考えました。しかし実際には引越し業者さんや電気会社さんなどがすでに充実したサービスを提供していて、入る余地がありませんでした。

正直始める時点でレッドオーシャンに手を出すという認識はありましたが、他社既存サービスと差別化することで新たな市場の形成ができるのではないかと考えました。チャレンジさせてもらったことは、私にとって大きな経験になっています。またこの件を通じて、いろいろなところと新たなコネクションができました。

実はこの時、経営層と共にクローズの判断も行いました。この経験も、大きな財産になっていると思います。

自社開発にこだわらず、他企業と協業して立ち上げる判断

現在手掛けている新規事業について、伺えますか?

今進めているのは「DNP分散型ID管理プラットフォーム」事業です。一般的に、ユーザーはオンライン取引やSNSなどを使う時、事業者へ個人情報を提供してIDなどを発行してもらいます。この場合、特定の事業者が個人情報を集中管理する形となります。ユーザーとしてはサービスごとに個人情報を登録するという手間がかかりますし、事業者側に管理を委ねるためセキュリティなどの面で気になることも多いかもしれません。

分散型IDはそうではなく、簡単に言えばデジタル証明書技術などを使って生活者が自身の個人データを主体的に管理することができるようになる仕組みです。どの事業者へ提供するか、どの情報まで提供するかをユーザー自身が決められます。また複数のサービスと連携しやすいなどのメリットがあります。

 

御社が独自に開発したものなのでしょうか?

正直言うと、私たちは独自の技術はそこまで多くありませんし、自社で開発をしていたら相当の時間がかかってしまいます。ですから、技術を持つ会社と協業して立ち上げる方が早いと判断しました。そこで今回は、オーストラリアのMeecoというスタートアップと組みました。Meeco社は分散型IDやデジタルアイデンティティの領域で、実績も豊富な会社です。

展示会などでパートナー企業を探している中、Meeco社に出会いました。Meeco社と組んだおかげで技術の提供はもちろん、オーストラリアでの展開などさまざまな取り組みにつながっています。日本企業とオーストラリアのスタートアップが組むことを日本のオーストラリア大使館もとても喜んでくださり、さまざまな面でバックアップしてくれています。

またMeeco社のCEO であるカトリーナ・ダウさんは、すごくパワフルですてきな女性なんです。一緒に仕事をする中で、大きな刺激をもらっています。

新しい市場を作るために、競合他社とも連携していく

この事業は、いつ頃から取り組んでいるのでしょうか? 

検討してから約2年です。2年でここまできたのは、DNPの中でも早い方です。技術はすでにある程度は確立されているので、今後は横のつながりを深めてルールの整備やどう市場を作っていくかがポイントだと思っています。

市場を作るには、当然ながらDNP1社だけではできません。明確なライバル会社さんと完全に足並みをそろえることにはならないと思いますが、競合他社さんとも一緒に取り組まないと、市場は成り立たないと考えています。さまざまな企業と技術や情報を持ち寄って検証する、エコシステムの考え方は外せないです。

 

すでにサービスとしての提供が始まっているのでしょうか? 

サービス提供は開始しています。ただ、市場がまだしっかりできていないこともあり、これからという段階です。私たちが想定しているのは金融や観光、自動車といった業界で、これらの業界の方々と話しながら進めています。

例えば旅行で言うと、パスポートの情報も全てデジタル化され、複雑な手続きをしなくても出入国できるイメージですね。さらにホテルにチェックインする時も、スムーズに本人確認ができる。

他にも例えば美術館のチケットを買う時に旅行者割引があった場合、旅行者かどうかの認証が簡単にできれば、複雑な手続きをせず割引を受けられます。あらゆるシーンでユーザーが安全でスムーズに本人確認ができるという世界を目指しています。これは事業者側から見れば、不正利用や転売防止になるというメリットもあります。

 

大企業でも、マネタイズを意識するのはスタートアップと同じ

今後はやはり海外展開も視野に入れていますか?

まず実績を積み重ねて、アジア圏で展開したいと思っています。アメリカやヨーロッパは、この分野で日本よりも先を行っています。個人のIDに関する意識がもともと高いですし、政府やEU主導で取り組んでいるため展開が早いんです。

そこでアジア圏に広げるため、2024年に台湾や韓国、マレーシア、シンガポールの企業と共に「Asia Pacific Digital Identity Consortium」(APDI)というコンソーシアムを立ち上げました。アジアではまだ横のつながりがそれほど多くないので、コンソーシアムを作ってルールを整備しようと考えました。

 

最後に、これからの展望を教えていただけますか?

コンソーシアムもそうですが、市場を大きくするには仲間づくりが欠かせません。そこはさまざまな企業と組んできた実績を持つDNPの強みをいかせるのではないかと思っています。

強固なセキュリティで、利便性の高い社会を作るということが大きな目標です。ただ最近はスマホアプリがどんどん増えてしまい、デジタル化がかえって使いづらくなるなんてこともあります。

私たちはこの事業においてユーザー目線は重要だと考えていますので、使い勝手はすごく意識しています。とはいえユーザー目線だけでは、企業にとってのメリットが少なくなってしまう。ユーザーにも企業にも高い価値があり、なおかつ私たちもマネタイズができる。新規事業を進める上で、そういう視点が必要だと強く感じています。

「事業であるからには、まずは稼がなければならない」というところは、スタートアップと同じです。私たちも「DNPとしてどうマネタイズしていけるか」を考える段階に入っています。現在私の下にいるメンバーは20代・30代がほとんどで、彼らは本当にスタートアップのような熱意を持って取り組んでくれています。

一方で新規事業として予算をとるところは、いかに上層部に理解してもらい説得できるかがカギです。そういった部分は、これまで新規事業を手掛けてきた私のミッションだと思っています。若いメンバーを私なりにバックアップしながらこの事業を成長させ、将来はDNPの柱のひとつにしていきたいと思っています。