Ep.4後編|【屋根の上の風車を売るには】技術シーズを事業に変える、起業準備のリアル

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吉岡修哉(よしおかしゅうや)氏
立命館大学理工学部機械工学科准教授
流体工学の流体制御を専門とし、風を流したい方向に自由に流すという学術的研究を風車に応用。風洞実験と強化学習を重ね、風車専用に最適化した羽根の形を追究してきた。 専門は流体工学に基づいた垂直軸風車の研究。日本に古来から伝わる三種の神器のひとつ、勾玉に似た断面形状の「勾玉形風車」を確立し、最大パワーを発揮する条件が従来の延長線上では絶対にたどり着かない形状であることを突き止めた。現在は勾玉形風車と太陽電池のハイブリッド発電により、屋根上での再生可能エネルギーの普及と、防災・緊急時電源としての社会実装を目指している。

 登米航(とよまわたる)氏
勾玉形風車事業CEO候補
一橋大学大学院で公共経済を修めた後、戦略コンサルタント、データサイエンティストとしてキャリアを確立。特に再生可能エネルギーによる地方創生において、地域と政府を巻き込んだプロジェクトを完遂させた実績を持つ。スタートアップでの資金調達や事業開発の最前線に身を置いた経験を生かし、現在はコンサルティングファームのマネジャーとして組織をけん引した実績を持つ。現在はディープテック領域の事業開発者として独立。みらいワークスが運営する経営人材マッチングプログラム(*1)を通じて勾玉形風車事業CEO候補として参画し、関与をさらに深めている。

勾玉形風車とは
飛行機の翼の設計を離れ、風車を回すためだけにゼロベースで最適化した羽根の形状を採用。風洞実験と強化学習(AI)を重ねて到達した勾玉形の断面形状により、直径1〜3メートルの小型サイズでも実用的な発電を可能にしています。太陽電池と組み合わせることで、天候や時間帯に左右されない安定的な屋根上発電の実現を目指しています。
https://shingi.jst.go.jp/pdf/2022/2022_jst-theme00_005.pdf

「会社設立は1円あれば登記できるのに、なぜ2年半もかかるのだろう」。立命館大学理工学部の吉岡修哉准教授は、CEO候補の登米航氏から「2028年創業」という計画を聞いた時、率直にそう感じたといいます。

ディープテック領域では、安全性の検証、量産化パートナー探し、顧客ヒアリングを繰り返すと5年、10年かかることも珍しくありません。屋根の上に風車を届けるには、技術の完成だけでは足りない。資金調達の役割分担、知的財産の戦略的な整理、実証パートナーの選定、そしてBCP(事業継続計画 *2)市場から一般住宅へと段階的に攻める事業ロードマップが必要です。

このエピソードでは、研究者と経営者がそれぞれの強みを発揮しながら、2028年創業という「ベストシナリオ」の実現に向けて取り組む起業準備のリアルをお届けします。

技術シーズは「自分のもの」ではない。ビジネスプランの出発点

研究者の思想を起点に事業を設計する
技術シーズをビジネスプランに落とし込む上で、登米氏が最も大切にしていることがあります。それは「技術シーズは元々自分のものではない」という前提です。

「勾玉形風車」は吉岡氏が長年の研究で生み出した技術であり、そこには研究者としての思想が宿っています。登米氏はまずその思想を深く理解した上で、どのような形で運用していくのが望ましいかを考えるという順序を徹底しています。

「コンサルタント的な観点では資料を作って終わりということもありますが、そこにとどまらず、自分が関わる中でどのように責任を持って進めていくかという点は、忘れずに取り組んでいます」と登米氏は語ります。

資金調達の主導権が移るとき。研究者と経営者の自然な役割分担

社会実装フェーズで生じた研究者の限界
資金調達の申請は、当初、吉岡氏と登米氏が半分ずつ分担していました。しかし、研究が社会実装に向かうにつれて、その比率は大きく変わっていきます。

「きっかけというよりは、もう私の手に負えなくなってきてしまいました」と吉岡氏は率直に語ります。技術を考えているだけだった段階から、社会実装を見据えた資金調達のフェーズに入ると、研究者だけでは対応しきれない領域が急速に広がったのです。

現在は登米氏が7割を主導する形にシフトしています。その結果、吉岡氏は学生たちとの実験や計算に集中できる時間が増え、さらには次世代の風車にどのような新技術を搭載するかを考える余裕も生まれました。「今すごく楽しいです」という吉岡氏の言葉に、適切な役割分担がもたらす効果が表れています。

技術を「絵にする」力で非専門家を巻き込む
登米氏が資金調達の場面で心がけているのは、細かい技術論に入り込まないことです。

投資家や金融機関の多くは技術の専門家ではないため、あえて細部には踏み込まず、この技術が社会をどう変えるのかという「導入後のビジョン」を主軸に据えたストーリーを構築。その上で、具体的な数値を裏付けとして示すことで、相手の納得感を高めています。実際に、東京の展示会や金融機関との対話の中では、屋根の上や駅の上に風車を設置した場合のBCP(事業継続計画)改善効果を具体的に示すことで、「それなら社会も会社も変わるね」という前向きな反応を多く得ているといいます。

創業前に整理しておくべきディープテックの知財戦略

知的財産はディープテックの競争の源泉
スタートアップの世界では、創業前から知財や権利関係を整理しておくべきだという指摘がしばしばなされますが、登米氏もこの点について非常に重視していると明言します。

ディープテックにおいて、知的財産は競争の源泉です。誰と実証実験や共同研究を進めるか、その際の権利の持ち方によって、将来的な資金調達の選択肢や組めるパートナーが制限されてしまう可能性があります。

パートナー企業の高い期待値と利益配分の設計
一方、実証実験のパートナー選定を進める中で、登米氏が難しさを感じているのは「良くも悪くも、相手の企業の技術に対する期待値が非常に高い」という点です。

技術への期待が大きいことは歓迎すべきことですが、その中で将来的な利益配分や関係構築をどう設計するかは、慎重に考えなければなりません。創業前の段階でこうした論点を整理しておくことが、長期的な事業の成否を左右すると登米氏は考えています。

BCP市場から一般住宅へ。「最後のワンピース」を届けるロードマップ

最初のターゲットはBCPに注力する自治体と大型商業施設
勾玉形風車の社会実装に向けて、登米氏が描くロードマップには明確な段階があります。

最初のターゲットは、BCPに力を入れている自治体や、大型商業施設を運営する企業です。政策的な脱炭素の流れもあり、全国的にBCP関連の需要が高まっている今、まずこの市場を取りに行くのが最初のステップとなります。

段階的に本丸である一般住宅市場へ
BCP市場で得た資金とノウハウを整えた後、最終的に目指すのは一般住宅向けの屋根上市場です。これは前編で吉岡氏が語った「世界中の屋根上を風車で埋め尽くしたい」というビジョンの本丸にあたります。

「まずBCP市場を取りに行き、そこで資金やノウハウを整え、最終的に本丸である一般住宅向けの屋根上市場に入り、地域全体を押さえていく。そういった流れを作っていければと考えています」と登米氏は説明します。

ただし、ディープテック領域では、安全性の検証、量産化パートナー探し、顧客ヒアリングを繰り返すと5年、10年かかることも珍しくありません。屋根の上に風車を置くためには十分な安全確保が不可欠であり、どのようなお客様がどのようなケースで活用するのか、要件をしっかり決めなければ売れるものは作れないのです。

関東・関西の2拠点体制と2028年創業への道筋

地理的距離を合理的に活かす
吉岡氏は関西の大学に、登米氏は関東に拠点を置いています。地理的には離れていますが、二人はこの距離をむしろ合理的に活用しています。

市場がまだ確定していない現段階では、顧客ヒアリングの範囲を広げることが重要です。関東と関西にそれぞれ拠点を持ち、分担して当たりをつけていくのは「非常に合理的だ」と登米氏は捉えています。日常的な意思疎通はオンラインで問題なくできており、東京でのピッチや企業ヒアリングの際には吉岡氏が出向いて技術説明を行う体制を取っています。

「ベストシナリオ」としての2028年
2028年創業という目標について、吉岡氏は最初に聞いた時の率直な印象をこう語ります。「会社設立は1円あれば登記できて、簡単に肩書きも名乗れるのに、なぜ2年半もかかるのだろうと思いました」

一方、登米氏にとって2028年は「ベストシナリオ」です。最も順調に進んだ場合の計画であり、2026年度に導入先のお客様が見つかり、実証実験を経て最初の1号機を作るのが2028年度ごろになるという見通しを立てています。

成功の鍵は「共感の輪」を広げること
2028年創業の実現に向けて、登米氏が最も重要だと考えているのは「クイックに仲間となる事業者を見つけ、共感の輪を作っていくこと」です。

勾玉形風車を導入すれば社会が良くなるというイメージを多くの方が持っています。しかし、実際にどの業務やサービスに適用すれば実現できるかは、分析したり、実際に作って設置したりしてみないと分からないという声も非常に多いのが現状です。そこをうまく説明し、紐解いてあげることで、事業者側のアクションを早める。それが事業開始を早めることにもつながると登米氏は考えています。

まとめ

勾玉形風車の技術的価値を、どのように「売れる事業」へと変えていくか。本エピソードでは、その道筋がより具体的に見えてきました。

資金調達の主導権が研究者から経営者へと自然に移行し、研究者は技術開発に集中できる体制が整ったこと。知的財産の戦略的な管理と、パートナー選定における慎重な権利設計。BCP市場を足がかりに、一般住宅という本丸へと段階的に進むロードマップ。そして、関東・関西の2拠点体制を活かした顧客開拓と、2028年という「ベストシナリオ」の設計図。

「昨日より今日の方が良いものを作れるという精神を常に持ち続けたい」と語る吉岡氏と、「共感の輪を広げて事業者のアクションを早めたい」と語る登米氏。研究者と経営者が、それぞれの強みを発揮しながら同じ頂点を目指す挑戦は、これからが本番です。

 

*1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2024年度「大学発スタートアップにおける経営人材確保支援事業」に採択
https://mirai-works.co.jp/news/news11801/

*2 BCP(Business Continuity Plan)「事業継続計画」。自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態においても事業を継続するための方法や手段を取り決めておく計画。