みらいワークス総合研究所は2026年5月12日、オンラインセミナーを開催しました。テーマは「2026-27 働き方の『同時多発改革』:労基法改正×AI政策×人的資本の全論点 〜60分で、今後2年の人事戦略に必要な全情報が手に入る〜」。産学連携シンクタンクiU組織研究機構の代表理事・社労士で、情報経営イノベーション専門職大学の客員教授も務める松井勇策氏が登壇し、今後の人事戦略を検討する上で見逃せない動向を整理しました。
* 本セミナーは2026年5月時点の情報に基づいています。最新情報はコラム「徹底解説!『働き方の自由化』への人材戦略と労働法制」をご覧ください。制度の詳細や各論についても解説予定です。
セミナー冒頭、松井氏は3つの巨大な潮流を読み取ることが重要と指摘。具体的には「労働基準法の大改正」「AI政策の進行」「人的資本経営の拡充政策」の動きを把握し、これらを踏まえた人事戦略を立案すべきと訴えます。もっとも、「3つの潮流を個別に捉えるべきではない。それぞれが密接に絡み合いながら同時に進行しているのが現状だ。こうした状況を踏まえ、働く価値を高める1つの流れと見るべきだ」(松井氏)と指摘します。政策や法令が変わるたびに自社の人事施策を個別対応するのではなく、これらの全容や今後を踏まえた施策や戦略を描くのが望ましいと指摘します。そのためにはまず、労基法大改正、AI政策、人的資本経営それぞれの動向を正しく理解し、何がポイントなのか、どんな姿勢や考え方が必要なのかに目を向けることが大切だと強調します。
論点広がる労働基準法改正を受動的に捉えるべきでない
では、3つの潮流をそれぞれどう捉えればよいのか。「労働基準法の大改正」について松井氏は、「雇用関係の法令は近年、従来の労働者を保護する『守る法』から、多様な働き方と働く価値を高めるための『支える法』へと性質が劇的に変化している。企業はこうした変化を読み解き、自社の人事戦略に落とし込むことが重要だ」と訴えます。
そもそも労働基準法改正にまつわる議論は2026年5月現在、2つの研究会と会議が同時並行で進めています。労働基準関係法制研究会では、連続勤務の制限や勤務間インターバルの義務化、年次有給休暇制度の整備など、労働時間の適正化を中心とした議論を展開。一方の日本成長戦略会議では、裁量労働制の対象拡大や柔軟な働き方の再設計、さらにリスキリングや人材の流動性向上など、企業の成長力に直結するテーマを議論しています。これらの議論を踏まえ、2026年夏に指針や全体方針が固まる予定となっています。(2026年5月末に「とりまとめ(案)」が発出されました)
しかし松井氏は、議論がどんな経過をたどり、どう展開していくのかをただ見守るだけでは意味がないと指摘します。「議論で導き出された政策変更を単なるコンプライアンス対応と受動的に捉えるべきではない。自社の人事変革を進めるための強力な推進力として活用することが強く求められる。社会全体が自律的で柔軟な働き方へ進んでいるという大前提に立ち、中長期的な視点で自社の働き方を再構築することが急務だ」(松井氏)と述べました。
AI時代に求められる「人間力」最大化に向けた施策が重要に
これまでの働き方を根底から覆すAIとはどう向き合うべきか。松井氏はAIを取り巻く現状について、「国は2025年に国家戦略として『AI基本計画』を打ち出し、その中でAIと協働する方針を示している。AIの導入を単なる業務の効率化やコスト削減の手段として過小評価するのではなく、人とAIの役割分担を再定義し、人間の創造力を高めることを示唆している。つまり、これからのAI時代は個人の力が最大化されることになる。人間の創造力や思考力、判断力といった人間力を飛躍的に向上させる取り組みが企業には求められる」と考察します。
では、AIを自社に実装して従業員の人間力を高められるようにするには何が必要か。松井氏は、「AI活用を前提とした制度や枠組みを作り直すのはもとより、データ分析から自社の課題を抽出する基盤構築も検討すべきだ。さらに、自社の経営理念や行動指針を浸透させて人間力を向上させる『軸』をどう設定するか、業務を棚卸しして従業員とAIの役割をどう明確に分担するかも考えなければならない。こうした取り組みなしにAIを実装しても効果を最大化できないし、従業員の創造力や思考力は向上しない」と述べます。
すでにAIを前提とした経営戦略を根幹に据える先進企業も現れつつあります。総合電機グループでは、AI関連投資を成長戦略の核と位置づけ、生成AIプロフェッショナルを数万人育成することを人的資本KPIとして明記します。大手電機メーカーでは人事システムにAIキャリアカウンセラーを搭載。従業員の自律的なキャリア形成や人間力向上の支援に乗り出しています。
電機系グループの一社では、熟練技術者の暗黙知をAIに継承させる構想を推進。組織の知の永続化を図っています。松井氏は、「先進事例で共通するのは、AIを単なる部分的な業務効率化ツールと捉えていない点だ。大切なのは、AIを働く価値の向上や人材戦略そのものを力強く推進するための手段と捉えることである。こうした視点でAIをどう活用すべきかを考えなければならない」と指摘します。AIを始めとするテクノロジーの進化を人材ポートフォリオの再設計に直結させる取り組みこそ、これからの企業には求められるといいます。
人的資本経営の本質を理解して新たな「働き方」を模索する
大企業を中心に多くの企業が打ち出すようになった人的資本経営。企業が人的資本経営をさらに磨き上げるためには何が必要か。松井氏は近年の動向の中でも、2026年に完全改訂された「人的資本可視化指針」のポイントを理解することが大切だと指摘します。経営戦略と連動した人材戦略を構築するガイドラインである「人的資本可視化指針」は今回の改訂で、「何を開示するか」という旧来の考え方を刷新し、「なぜ・どう考えるか」の思考プロセスを明示する方針にかじを切っています。
松井氏は人的資本可視化指針の改訂点を踏まえ、「人的資本経営を、データを集めて外部に開示する取り組みと考える企業は少なくない。しかしこうした考え方は、人的資本経営の本質からかけ離れている。大切なのは、自社のビジネスモデルがどんな人的資本に依存し、それが事業にどんな影響を与えているのかを分析することだ。
さらに、そこから生じるリスクと機会を特定して人材戦略に落とし込むまでの一連のステップを踏めるかどうかが人的資本経営には求められる。まずは自社の経営戦略の全体像を正確に把握し、どんな人的資本に依存しているのか、事業にどう影響しているのかを分析することから始めるべきである」と、人的資本経営の本質を述べました。
3大潮流を統合して能動的なアプローチで未来の競争優位を築く
「労働基準法の大改正」、「AI政策の進行」、「人的資本経営の拡充政策」の3大潮流を踏まえた施策を検討するには、企業はどんなアプローチを図るべきか。松井氏は、「雇用政策と社会変動の構造を深く理解した上で、今後の自社にとって何が重要かという確固たる世界観を確立することだ。短期的な戦略ではなく、AIの進展や社会の変化まで踏まえた中長期的な働き方をイメージすることが大切だ」と訴えます。予定されている法改正やAIの導入を1つの計画に統合した中長期的なロードマップを作成し、経営層から現場まで社内全体のコンセンサスを形成しながら戦略的に実行するのが、望ましいアプローチだと指摘します。
さらに松井氏は、「労基法改正やAI、人的資本経営といった動きは表面的な制約の連続に思えるかもしれない。しかし、これらを自社のビジョンと合致させて明確なロードマップを描ければ、組織は根本から進化する。新たな成長軌道を描くための絶好の機会にもなる。直面する変化を複雑で面倒なものと受け身で対応するのか、それとも戦略的に生かせる強力なツールとして能動的に活用するかで、企業間の差は今後決定的に開きかねない。目まぐるしく変わる社会情勢の中でもブレない自社独自の世界観を確立することが、未来の競争優位を築くための第一歩となる」とまとめました。