東大中退起業家が「リスクをもっと取るべき」だと考える理由

「なぜ東大を目指すのか？」という問いかけに対する回答として、まっさきに頭に浮かぶのは「進路、キャリア選択の幅が広がるから」ではないでしょうか。2019年、東大2年に在学中の20歳のときに起業した宮本晴太さんは、「東大への進学は、大きな夢や目標をかなえるためのひとつのツールに過ぎない」ということを体現するようなキャリアをスタートさせています。

東大在学中に飲食業界向けのサービスの提供を始めた背景、なぜ昨年、東大を中退したのかーー宮本さんのキャリア観に迫りました。

東大進学は起業家として有利

現在25歳の宮本さんがはっきりと起業を意識したのは、小学生6年生のころ。卒業文集の将来の夢には、すでに「スティーブ・ジョブズのような経営者になりたい」と書いていた。

「父方の家系は能登に本社がある会社を経営していて、父も経営者。すぐ手に取れる場所にビジネス書が山積みになっていたし、父に連れられて学生服を着てビジネスセミナーに行くこともありました。父は、経営者、経営の視点からものごとを考えられる人間になれとよく言っていましたね」

起業への道筋に父親の影響があった一方で、東大進学への道筋は母親の影響があったようだ。

「小中高一貫の学校に通っていたのですが、これは子どもにはきちんとした学びの環境を与えたいという母の強い思いがあったと聞いています。母は子ども時代、勉強が好きで良い学校に進学して思う存分学びたい、誰よりも良い成績を取りたいと思っていたようですが、そういった教育環境になかったそうです。小学校受験は母に背中を押される形で取り組みましたが、今振り返るといい選択だった、ありがたいことだなと感じます。勉強も仕事選びも目線が高い友人たちのなかでもまれ、競争に負けずにがんばる力を養えました。もともと、母の負けず嫌いのDNAが受け継がれているのかもしれませんね（笑）やるからにはトップを目指すモチベーションは、起業家としても大事な要素だと考えています」

負けず嫌いで、やるからにはトップを目指す気質は自然と勉強に向かい、中学、高校と成績はトップクラス。「東大に強い思いがあったわけではない」（宮本さん）ものの、大学に進学するなら日本でトップの大学にというモチベーションで東大に進学した。

「中学、高校時代から起業したいという思いがうっすらとあったので、東大進学はこれからのキャリアに有利だという“打算”のようなものがなかったというとウソになります。実際、東大に進学してよかった。東大の起業サークルでは、在籍2年で起業するという風潮があるんですよ。そのため、入学直後からサークルのつながりで複数のスタートアップ企業でのインターンやサークル代表を経験し、大学2年生の19歳のときに会社を立ち上げました。当時、1000万円出資してもらったベンチャーキャピタルなどは、東大起業サークルに在籍する宮本だったから19歳の何者でもない私と会ってくれたのだと思います。もちろん、そのバックボーンがあるから起業してうまくいくというわけではありませんが、東大の学生だったから最初の窓口を突破できた。とてもありがたい環境でした」

身近なサービスで時代を味方に

投資家と話をするなかで「身の回りのプロダクトじゃないとうまくできない」と考えた宮本さんは創業時、「大学生向けのデリバリーサービス」をスタートさせた。そのサービス自体はうまくいかなかったものの、つながりができた飲食店の厨房に入らせてもらうなかで、飲食店にとってより大変な課題解決につながるプロダクトにいきついた。

「飲食業界には人手不足、利益率の低さなどの課題がつねにあります。しかも当時はコロナ禍でデリバリー需要が急増し、厨房のオペレーションは大変なことになっていました。ここをなんとかしたいと思いつくったのが、Uber eatsや出前館などデリバリーサービス各社のシステムと連携し注文を一元管理できるCamelです」

宮本さんが設立した会社「tacoms」の主力サービスCamelはこうやって生まれた。ほかにも自社独自のテイクアウトやデリバリー注文システムの立ち上げを支援するサービス「Camel Order」など、飲食店向けのDXサービスを提供している。最初のサービスをリリースしたのが2020年7月ということもあり、コロナ禍を追い風に拡販し現在は9000店舗以上に導入されている。

「ウェブ広告運用から始め、飲食業界の企業が集まる展示会への出展、POSシステム関連企業など代理店に販売してもらうといった営業活動を進めてきました。ほかにも、飲食チェーンの会社ホームページのお問い合わせフォームにサービスのデモ動画URLを添付し、話を聞いてくださいという地道な営業活動も想像以上にレスポンスがありました。コロナ禍で、早急にイートイン以外の取り組みをしなければと考える飲食店が多かったんですね。

今後の展望としては、デリバリー一元管理サービスで圧倒的なマーケットシェアトップを獲得すること。続く目標は、1年に1度はデリバリー、テイクアウト、モバイルオーダー関連の新しいプロダクトをリリースしラインナップを拡充していくこと。商品開発やマーケティング、CRM（顧客関係管理）などの機能を拡充し、データを活用して最適なメニュー提案をする、リピーターを増やす仕組みをつくるなど業務効率化だけでなく売り上げ拡大につながる支援も行っていきたいですね」

「サステナブルに働くために」東大中退

「発明で、半径5mの人を幸せに」を会社のミッションに掲げ、「目の前の1人の課題を解決するプロダクトを作り続けていったその先に、日本初の大きなスタートアップになるという未来がある」と考える宮本さん。事業を売却して莫大な資金を手にするより、プロダクト開発を10年、20年、100年と長く続けること、長く会社を経営していくことに価値があると考えている。

「事業を売却し得た莫大なキャッシュで、さらに大きな事業に着手したほうがいいという人もいるでしょう。ただ僕は、そういったダイナミックな成長ではなく、長く地道に成長し続ける道のほうが向いているように感じるんです。中学高校時代、毎日こつこつ学習し続けて、期末のテストでいちばんになっていたように（笑）何か突出した得意科目があるわけではなくて、すべての科目で合格点をとる点の取り方が性に合っているんですよね。目標を達成するまでの過程も楽しみたいんです」

現在の会社の課題を聞くと、「マネジメント層の厚み不足」をあげた宮本さん。社員が50人規模になってきたなかで、いまだにCOO（最高執行責任者）やCTO（最高技術責任者）が直接マネジメントしている状態のため、今後はミドルマネジメント層を増やし、組織を整えていく必要があると考えている。一方で、自分自身のキャリアの課題を聞くと「もっと大きくリスクを取る必要がある」と目を輝かせた。

「リスペクトしている孫正義さんは、僕が想像しがたい規模感の投資をして失敗してさらに大きなことをしてニコニコしている。失敗したとしてもどれかひとつでもうまくいったら、その失敗は帳消しになるんですよね。僕の今のリスクの取り方はまだまだ一般のビジネスパーソンの域を出ていないと感じるんです。起業家、経営者としてのキャリア、会社を大きくすることを考えると大きい失敗を高い頻度で繰り返すことも必要じゃないか、もっと大きなリスクを取っていきたいと考えています」

東大工学部2年に在籍中に起業し、3年からは休学し「人生を全部、会社経営につっこんで」仕事に邁進してきた。事業が急拡大するなかで単位を取りながら事業を進めるのが難しくなり昨年9月、いったん中退することにした。

「いまはビジネスに集中したい。また大学に戻って学びたいと思うときがきたら大学3年生に戻ってリスタートすればいいと思い中退することにしました。立ち上げたからには40年、50年と長く会社をやっていきたいので、３年、5年といった短期間を視野にがんばるぞだと続かない。1日20時間働く！ではなく、サステナブルに働き続けようと思って、小中高やっていたテニスを再開しました」

高校から大学へ進学し、新卒で企業に就職し定年まで働き続ける形が「キャリアの正解」ではない。人生100年時代のキャリアはそういった「一本道」ではなく、生涯にわたって就労と就学を繰り返す何本もの道が広がっているーー。宮本さんのキャリア観はまさに新しい時代とともにある。