「自律型人材」になるのに必要な「適応」のベストバランス
2025.6.4 Interview

労働人口が減少していくなかで、どうやって限られた人材でより高い生産性を実現するかは、企業にとって喫緊の課題となっています。自分の意思で考えて行動ができる「自律型人材」を育成することがその解になる……とはいえ、「自律型人材」や「自律的なキャリア形成」の正解は企業や個々人によって違いそうです。
IT企業で採用や組織開発を担当しつつ、副業でプロフェッショナルコーチとしても活躍中の荒井智子さん。「自分の選択を正解にするために行動する」と話す荒井さんのキャリア観に、今の時代に必要な自律型人材のヒントがありました。
「事業をつくることができる人になりたい」から始まったキャリア

東京大学大学院・新領域創成科学研究科で「サステイナビリティ学」を学んだあと、東京のIT企業に新卒入社、入社3年目には飲食事業を立ち上げ、2度の育休を経て2022年にコーポレート部門の責任者に就任ーー。荒井さんのこの華麗な経歴を聞くと、圧倒される人も多いだろう。荒井さん自身は「計画的な人間じゃないので、就職も結婚もキャリアもノープラン」と笑う。
「学生時代、事業をつくることができる人になりたいと考えていたので、その経験をできるだけ早く多く積める企業としてIT企業に就職しました。実際、入社半年で所属部署が新会社として独立するための社長室立ち上げを担当させてもらいました。IT企業ながら、身近な人々に心も身体も健康でいてもらうには食だ!と考え、飲食事業を立ち上げ、事業化する経験もしました。ただ、自分で会社をつくりたいと思っていたわけではありません。
学生時代、人権問題など日本だけでなく世界各国の社会課題に向き合いたいと考えるなかで、地球上で共生する人たちで持続可能な豊かな社会をつくることが1つの解決策になるのではないか、それを自分で形にできる人間になっておきたい、というのが出発点でした」(荒井さん)
社会課題にぶつかったとき、その解決策を社会に実装できる力を持つことができたらどのようなテーマに行きついても対応できる。「事業をつくることができる人になっておけば、自分がやりたいことをやれる」と荒井さんは考えた。
キャリアは「逆算」で考えず「直感」を大事にする
「キャリアを逆算して考えたことはない」と話す荒井さん。2019年、コーチ養成講座を受講し、現在は登録コーチとしてビジネスパーソンを支援しているのも「おもしろそうだと思ってやってみたら楽しくて」という気持ちがベースにある。
「人事部門の仕事で行う採用候補者の方々との面談も、私はコーチング的な関わりを大切にしています。採用候補者の方にとってベストな人生とは、ベストなキャリアは何かということを対話を通して一緒に考えていくんです。その方の思い描く人生やキャリアと会社の経営が合うかどうか。会社員として会社に適応していただける部分と、自分で事業をつくることができる自律的な行動の部分のバランスが大事だと感じています。
入社後のメンバーのサポートや、コーポレート部門の責任者としてのマネジメント、メンバーとのコミュニケーションでもコーチングの要素は役立っています。ただ、私自身のキャリアアップのためにコーチングをやっているという感覚は一切ないんです。自分の好奇心に素直に動き続けているといった方が合っているような気がします」(荒井さん)
プランドハップンスタンス理論(計画的偶発生理論)という、神理学者のジョン・D・クランボルツ教授によって提唱されたキャリア理論がある。個人のキャリア形成において偶然のできごとが重要な役割を果たすという考え方で、不確実で先行きの見通しが難しくなった今の時代、注目を集めている理論だ。荒井さんのキャリア観にもまた、この考え方が根底にある。
「学生時代はITベンチャーに興味はなく、今の会社に就職したのはピンときたから。直感は人生経験で培ったセンサーみたいなものだと思っているので、なぜかわからないけれど良い予感がする、やっておいたほうが良さそうだということはやってみる。飲食事業の立ち上げもその流れに乗ったから実現できました。学生時代からのテーマ、社会課題に向き合いたい、持続可能な豊な社会とは何かを考え続けていて、サステイナブルな食のサプライチェーンをつくり、生産者と消費者をつなげたいという思いが沸いてきたところから始まっています。目の前のことを一生懸命やって結果を出して、信頼を獲得すると次のチャンスがくる。この連続がキャリアの成功につながっているという考え方に共感します」(荒井さん)
リーダーシップとの向き合い方の変化

飲食事業の責任者として目の前のことにがむしゃらに取り組んだ20代後半。荒井さんには、今だからわかる反省点がある。
「10代から50代までと幅広いメンバーを前に、当時の私はリーダーとして、つねに前向きで、明確な方針を持ち、弱音を見せない存在でいなければと思っていたんです。だから、自分の本音をチームに見せることができなかった。自分で答えを出し、指示を出さないといけないと思っていた。その結果、共通のゴールに向かって自律的に走る強いチームを作り切ることができなかった。
今は、わからないことはわからないとちゃんと言えるようになりました。そうすると、みんなで“じゃあどうする?”と一緒に考える関係性が生まれる。不思議なくらい団結するんです。私が予想していなかったような提案が出てきて、チーム全体が生き生きしてくる。自分が結果をコントロールしよう、しなきゃと思っていたら出てこない、自分の想定を越えた状況を作れるようになりました」(荒井さん)
IT企業コーポレート部門の責任者、コーチングのコーチ、小学校3年生と4歳の子どもの母親として、本業、副業、育児で複数の役割を担うのに必要なのは「自分の生きたい人生を主体的に生きること」。荒井さんが考える「自律型人材」は、この価値観に由来する。
「人と人の優しさが連鎖していくような社会になるといいなと思います。この仮説として、多くの人が自律的に自分の生きたい人生を生きることができるようになれば、人から奪ったり、傷つけあったりすることなく優しさを連鎖させることができるんじゃないかと考えているんです。本業にしても副業のコーチングにしても、真に願っていることに向けて生きていくことをサポートするのが仕事。取り組む仕事内容には幅がありますが、私自身のライフミッションにドンピシャな仕事を選択できていると感じています」(荒井さん)
「正解のない時代」をどう生きるか
上司の言ったことを忠実に聞いていればキャリアアップが約束されるという時代ではなくなった。正解のない時代、企業も「指示・命令型の組織」では立ち行かなくなっている。だからこそ、人が自律的に動ける関係性や土壌をどうつくるかが重要になる。
「働く一人ひとりが自分で自分の正解を決めていかなければいけない時代に突入しているんだなと日々実感しています。どういったことやものに豊かさを感じるかも多様化しているから、会社に依存することなく、自分で自分の正解を決めていく必要があります。
大事なのは、自律と適応の2本柱で道を切り拓いていくこと。コーチとして多くの人と対話していると、適応一辺倒になっていて自分の軸が見えなくなっている人がかなりいらっしゃいます。周囲に求められることにしっかり適応してがんばって生きてこられて、一定の成果を出されているのに何か満たされない……。何のためにこんなにがんばっているんだろう? 今後どうやっていけばいいんだろう? 不安を感じて消耗してエネルギーがわき続ける状態にない人に出会うことがあります。一方で、自分はどうしたい、自分はこうだと自分軸一辺倒でも、なかなかうまくいかない。自律と適応のどちらかに偏りすぎるといい流れを作りにくいんですよね。
こういう人生を生きたい、大切にしたいといった自分の軸を持ちつつも、同時にどういった形なら自分は他者の役に立てるのかを考え、組織や社会へも適応しながら、自分の道を作っていける方は強いなと思います」(荒井さん)
キャリアの正解を外側に求めるのではなく、自分の内側の問いと向き合いながら、今ここでできることに挑み続ける姿勢。これが荒井さんの考える「自律型人材」だ。本業か副業か、組織か個人か、という二項対立ではなく、「自分は何を願っているのか」「誰の役に立ちたいのか」という問いを軸に、柔軟に働き方を編み直していく。荒井さんのキャリア観には、みらいの働き方へのヒントが散りばめられている。
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