2027年、労働基準法の大改正が予定されています。
この内容は、「ただのルール変更」を超えた、企業の未来を左右する大転換期となると言えるものです。
近年は、社会的な雇用関係の変化のニーズに対応するために、多くの法改正が行われています。
「法改正への対応は複雑で、どう進めればいいか分からない…」
「働き方の多様化に対応しつつ、どうやって従業員のエンゲージメントを高めればいいのだろう?」
もしかしたら、そんな悩みを抱えていませんか?
この2027年の労働基準法の法改正は、単なる「遵守すべき義務」ではありません。
従業員の自律性を高め、組織全体を機動的にすることで、企業の成長を加速させる最大のチャンスなのです。
そこで、みらい総合研究所では、全6回の連載コラムをスタートします。
「法改正への対応」という守りの視点から、「企業価値を向上させる攻めの経営戦略」へと視点を転換し、具体的な活用事例を交えながら、2027年労働基準法大改正の核心に迫ります。
第1回のテーマは「2027年労働基準法改正:規制対応から戦略創造への大転換」です。
本コラムは、まず動画をご覧いただいてからお読みいただくと、より深くご理解いただけます。
労働基準法改正の本質:「働き方を自由にする」人的資本経営との連動と推進
2027年に、労働基準法の大改正が予定されています。2026年法案提出、2027年施行を目指されています。改正自体の検討はかなり前から発案されており、方針となる報告書が公開され、関連する厚生労働省の審議会や研究会が多く行われています。
この労働基準法大改正が目指す根本的な方向性は「働き方を自由にし、多様性と価値向上を目指すこと」だと考えられます。時間的・場所的・一社専属的な拘束をなくし、さらに労使コミュニケーションを進め、働き方についての意思疎通を促進することです。人的資本経営の人材戦略の推進にもつながり、今後の働き方に大きな影響を及ぼす重要な改正です。
40年に一度の大改正が持つ歴史的意義
今回の労働基準法改正は「40年に一度の大改正」と位置づけられており、単なる部分的な法令の追加や変更ではありません。日本の雇用システムを根本から見直し、多様な働き方が必要とされ、デジタル化とグローバル化が進む現代に適合した新しい働き方の法的基盤を構築する試みだと言えます。
2023年10月に公表された「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」と2024年より労働基準関係法制研究会で議論され、2025年1月に公表された「労働基準関係法制研究会報告書」により、改正の基本方針は既に確定しており、現在は労働政策審議会を中心に具体的なルール策定が進められています。
この改正が従来の法改正と根本的に異なるのは、労働者保護という消極的な観点から、働く人と企業の双方にとって価値創造を促進するという積極的な観点へと転換している点です。従来の労働基準法は「働きすぎを防ぐ」「最低限の労働条件を保障する」という保護法としての色彩が強くありましたが、新しい労働基準法において「多様な働き方を可能にする」「個人の能力を最大化する」「企業の競争力向上を支援する」という推進の趣旨を持った規定が加わってくることになります。
雇用政策の長期的変革における第三段階
労働基準法大改正は、2017年から続く雇用政策の長期的変革の第三段階として位置づけられます。これは中長期の雇用関係の政策についての筆者の俯瞰的な解釈ですが、労働基準法改正の活用のための、基本となる認識であると考えています。この一連の政策を流れとして理解することは、今回の改正の意味を把握する上で重要だと言えます。
第一段階の働き方改革(2017年〜2021年)では、過重労働の是正が中心でした。時間外労働の上限規制、有給休暇取得義務化、同一労働同一賃金の推進など、「これ以上働かせてはいけない」「不公平な処遇を是正する」というルールが次々と導入されました。この段階の目的は、過重労働慣行をなくし、戦略的な人事施策が可能な状態にすることでした。働き方改革により、企業は長時間労働に依存した経営から脱却し、生産性向上と人材活用の質的向上に取り組む基盤が整備されました。
第二段階の人的資本経営(2022年〜)では、育成と人事制度と配置から戦略的な人事施策を実行することに重点が移りました。「人材版伊藤レポート2.0」や人的資本可視化指針の策定により、従業員を「コスト」ではなく「価値創造の源泉」として位置づけ、人材戦略と経営戦略を統合する動きが本格化しました。この段階では、採用・育成・配置・評価といった人事プロセスの戦略化が進み、多くの企業がタレントマネジメントシステムの導入やエンゲージメント向上施策に取り組みました。
そして今回の第三段階である労働基準法大改正では、人事労務管理と働き方まで一貫した戦略と価値創造の徹底を目指しています。これまでの働き方改革と人的資本経営で築かれた基盤の上に、労働時間管理、勤務形態、労使コミュニケーションといった労務管理領域までを統合した包括的な人材戦略の実現が求められます。そして、最も重要な法令や制度の方向性をひとことで言うと「働くことをより自由にする方向性」を推し進めるものであると言えます。
「働き方を自由にする」ことの戦略的意味
労働基準法改正が目指す「働き方を自由にする」という方向性は、単なる制度の柔軟化を超えた深い戦略的意味を持っているのだと受け取ることができます。個人の価値観や生活スタイルの多様化、技術革新による働き方の可能性拡大、グローバル競争における人材獲得競争の激化といった現代的課題に対する解決策として機能するものだと言えます。
時間的拘束の自由化により、従業員は生活やライフステージに応じた最適な働き方を選択できるようになります。最もパフォーマンスが上がりやすい働き方を選択する、などの形で仕事の価値に集中することができるようになるとも言えます。育児中の人は子どもの送迎時間を考慮して、介護が必要な人は通院や介護サービスとの調整を図りながら働くことが可能になります。これにより、個人のパフォーマンスが最大化されるだけでなく、これまで十分に活用されていなかった人材の能力を引き出すことができます。
場所的拘束の自由化は、地理的制約を超えた人材活用を可能にします。優秀な人材が必ずしも企業の所在地に住んでいるとは限らず、地方在住の専門人材、海外在住の国際的経験豊富な人材、身体的制約により通勤困難な高度スキル保有者などへのアクセスが可能になります。これは単なる人手不足解決を超えて、組織の多様性と創造性を根本的に向上させる効果をもたらします。
一社専属的拘束の自由化である副業・兼業の促進は、組織の境界を越えた知識とスキルの流通を促進していくのだと言えます。従業員が複数の組織で経験を積むことで、新しいアイデアや手法が組織内に持ち込まれ、イノベーションの源泉となります。また、企業にとっても、社内では確保困難な高度専門人材との協働が容易になり、プロジェクトベースでの柔軟な人材活用が可能になります。
もちろん、それぞれの企業の実情に応じて、何をどこまで進めるかという現実的な考慮はあるのだと思いますが、「とにかく、働くことをより自由・自律の方向で一度考えてみる」ことを推進するのが労働基準法改正の根本的な方向性だと言えますし、その上で、具体的な施策の決定は人材戦略によることになります。
人的資本経営との連動による価値創造の実現
労働基準法改正が真に戦略的価値を発揮するためには、人的資本経営の人材戦略との連動が不可欠だと言えます。人的資本経営では、人材を企業価値創造の中核として位置づけ、経営戦略との連動を重視した上で、人的資本として挙げられるさまざまな角度から人材施策を決定することになります。
労働基準法改正の方向性で働き方をより自由にすることは、価値創造ストーリーの観点から見ると「多様な働き方の実現→優秀人材の獲得と定着・個人能力の最大化→イノベーション創出→事業成長→企業価値向上」という一連の流れを構築することができます。この流れにおいて、労働基準法改正は最初の「多様な働き方の実現」を促進する役割を果たします。
エンゲージメント向上の観点では、従業員が自分のライフスタイルや価値観に合った働き方を選択できることで、仕事に対する満足度と組織への帰属意識が向上します。従来の画一的な働き方では、個人の事情や特性に合わない場合、能力があっても十分なパフォーマンスを発揮できない、あるいは離職してしまうという問題がありました。働き方の自由化により、こうした問題を根本的に解決し、人材の定着と成長を同時に実現することができます。
ダイバーシティ&インクルージョンの推進においても、労働基準法改正は重要な役割を果たします。多様な背景を持つ人材が、それぞれの特性や制約に応じて能力を発揮できる環境が整備されることで、組織全体の多様性が向上し、市場変化への適応力やイノベーション創出力が強化されます。
労働基準法改正の戦略的活用のための4つの重要ポイント
前項までで、労働基準法改正の経緯や趣旨、基本的な考え方を見てきました。本章は労働基準法改正で取り扱われる各論を概観します。労働基準法改正の具体的な論点は、以下の4つの領域に分けて捉えることができ、それぞれを理解した上で対応を推進することが必要です。これらは相互に関連し合い、総合的な働き方の変革を実現するための要素となります。具体的な改正内容について重点を置いた解説は次回に行います。
多様な働き方の推進
自社の働き方から、場所や時間や一社勤務の拘束性をなくす方向で考え、人的資本経営の価値創造ストーリーに統合して雇用の変革を進めることです。事業場概念の変更、副業・兼業の促進、テレワーク推進など多数の法制化が予定されており、これらを経営戦略とつながった人材戦略として捉え検討する必要があります。
労働時間法制の見直し
働き方の実態と課題について、労働時間等の内容を把握・開示し働き方の質を戦略的に最適化する労働時間開示、フレックスタイム制の柔軟化などさまざまな労働時間制度の柔軟化と共に、連続勤務の制限、勤務間インターバルの義務化などが行われます。これらは業務配分や労働内容の改善、マネジメントの質の向上を促進する機会となります。
労使コミュニケーションの深化
今まで固定的であった労使コミュニケーションを工夫し、働き方の改革を実質的に進められる体制とすることです。従業員の関与を高め、現場の業務改善やイノベーションを促進する効果が期待されます。多様な人材の声を尊重する組織文化を形成し、長期的な人材確保と組織進化の基盤を築くことが重要です。
働き方のIT戦略の実現
人事情報の統合管理に労働時間や勤務実態などの労務管理・働き方の要素まで一貫した情報基盤を作り、人材戦略を一貫させることです。働き方の把握による個人の価値創造の深化、協働の促進、労働実態をもとにした考察を進めるツールとして活用します。働き方や労働時間を把握し、内外へ発信する戦略的な情報としていくことが重要です。
企業規模別の戦略的アプローチ
労働基準法改正への対応は、企業規模に応じて重点を置くべき領域が異なります。それぞれの企業が持つ特性と課題に応じた戦略的アプローチが必要です。
大企業:システム基盤整備と統合的人材戦略
大企業にとって最も重要なのは、労働基準法大改正に対応したシステム基盤の整備です。ここ数年の人的資本経営の政策についての取組調査で第1位に挙がったのは「人材情報基盤の整備」でした。労働基準法改正はこうした人的資本経営の「働き方」での実現、徹底であり、労務管理・勤怠・労使コミュニケーションを統合する整備が必要だと言えます。勤怠情報と労務情報を、タレントマネジメントやエンゲージメント情報の横断把握ができる設計と整備が求められます。
中堅中小企業:多様な働き方による競争優位確立
中堅中小企業にとって働き方の工夫は事業・人事両面で強みになります。柔軟な働き方を導入した企業は明らかな優位性を持っています。また地方創生との関連で、政策方針である「地方創生2.0」では柔軟な働き方による「関係人口」創出が地域企業の発展の鍵とされています。雇用制度の柔軟化による人材戦略の機会として労働基準法改正を活用することが重要です。
スタートアップ:早期の体系的人材戦略構築
スタートアップにとっては、早めの体系的な人材戦略構築・実行が重要でしょう。労働基準法改正により、人材戦略を労務管理まで結びつけて考える必要性が出てきており、採用戦略・成長戦略・上場対応等の全ての場面で人材戦略の整備は重要なポイントです。組織変化も大きいスタートアップにおいて、早期からの体系的人材戦略は持続的成長の基盤となります。
まとめ:人的資本経営と連動した価値創造の実現
2027年労働基準法改正は、働き方を自由にし、創出される価値を向上させていく歴史的転換点です。この変化を規制対応として受動的に捉えるのではなく、人的資本経営と連動した戦略創造の機会として能動的に活用することで、企業は持続的な競争優位を確立できます。
多様な働き方の推進、労働時間法制の見直し、労使コミュニケーションの深化、働き方のIT戦略の実現という4つのポイントを統合的に推進し、企業規模に応じた戦略的アプローチを採用することで、法改正を企業成長のエンジンに変えることが可能です。
重要なのは、経営戦略と人材戦略をつないで人材戦略を立て、いつどこまでどう進めるかを人的資本経営の観点で決定することです。2027年の施行まで限られた時間を有効活用し、働き方の自由化という大きな方向性の下で、自社らしい価値創造を実現する戦略的取り組みを今すぐ始めることが求められています。
松井 勇策が講師を務める「2027年労働基準法改正」を人材戦略に組み込むワークショップ
2027年に予定されている「労働基準法改正」。これは単なるルール変更ではなく、人的資本経営を次のステージに進める重要な転換点です。この改正にどう向き合うかによって、企業の人事戦略は大きく二極化します。法令遵守という「守りの対応」に留まるのか。それとも、「攻めの人材戦略」を仕掛ける絶好の機会と捉えるのか。
本ワークショップでは、雇用法制と人的資本経営の第一人者である松井勇策と共に、法改正の動向をただ知るだけでなく、法令をもとにした対応方法を創造的に発想していく場となります。
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次回は、「2027年労働基準法大改正の全体像:企業が知るべき23以上の改正と4つの変革ポイント」をお届けし、具体的な改正内容と企業への影響について詳しく解説します。
<連載コラム>
第1回:2027年労働基準法改正:規制対応から戦略創造への大転換 ★今回
第2回:2027年労働基準法大改正の全体像:企業が知るべき23以上の改正と4つの変革ポイント ★次回
第3回:副業・兼業制度の戦略的設計:人材流動化時代の競争優位構築
第4回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法1
第5回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2
第6回:2030年の組織と働き方:労働基準法改正がもたらす構造変革への準備