社員の「お荷物化」を防ぐリスキリングが進まない訳~eラーニングだけでは効果がない学び直し~

技術革新は止まることを知らずビジネス環境も激しい変化の波にさらされるなか、デジタル人材育成の必要に迫られ「リスキリング」を導入したという大企業は多い。DXAI人材育成に向けて、岸田文雄元首相がリスキリング支援として人への投資に5年間で1兆円を投じると所信表明演説で発言したのが2022年。あれから2年、日本のリスキリングは効果を発揮しているのか……

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が202411月に発表した「世界デジタル競争力ランキング2024」(https://www.imd.org/)を見ると、67の国・地域のなかで日本は31位。前年調査から1つ順位を上げたものの、人材の国際経験や企業の俊敏性などが低評価で6位の韓国や9位の台湾などとの差は開いたままだ。「少子高齢化の影響で労働力が足りない」「DX化をになえるIT人材がいない」といった日本の企業の課題はいまだ解決の道筋が見えない。ここには、日本の企業、とくに都市部の大企業のリスキリング施策の思い違いがある気がしてならない。

日本のリスキリングに足りない視点

そもそもリスキリングは、従業員が自主的に行う学び直しとは違う。企業が主導して従業員に新しいスキルや知識の習得をうながし、「社内のDX化を推し進める」など新たな役割や業務をになってもらうことを目的とするのがリスキリングだ。リスキリングは経営課題として取り組むことで、企業の業務効率化や新規事業の創出につながり、今いる従業員が新たなスキルを習得すれば新しく人材を採用する必要がないことから採用コストの削減にもつながる。

ただ「企業が主導してうながす」ことで、従業員にやる気を起こすのはなかなか難しい。リスキリング施策を実施している大企業の多くが、eラーニングを活用している。DXITスキル、プロジェクトマネジメントなどをeラーニングで学べと言われれば業務として取り組むだろう。だが、気が向かないままeラーニングをしたところで現場でつかえるスキルや知識を身につけられる人がどのくらいいるだろうか。なかには、やらされ感なくみずからやりたいと考えて取り組む従業員もいる。ただeラーニングを中心とした座学だけでは、DX化を推し進める人材になるのはムリだと私は考える。eラーニングで知識、スキルを学ぶのはリスキリングの第一段階。学んだ知識やスキルを自分のものとして現場で生かせるようになるには、「実践の場」が必要だと思うからだ。

なぜ「実践の場」が必要なのか

日本の大企業では、新卒入社の社員に対して実際の業務のなかで先輩が実践的な知識やスキルを教えるOJTが浸透している。座学の研修だけではなかなか身につかない知識やスキルをOJTで補い、インプットとアウトプットを繰り返すことでスキルの定着も早くなる。この人材育成の手法は、新しいことを学び、新しいスキルを身につけ、まったく新しい業務に就くリスキリングにも有効なはずだ。だがリスキリングにはこのOJTが行われていない。

背景には、そもそも労働力が足りない業務に対してリスキリングで人材を確保しようとしているため、OJTできる人材が用意できないということはあるだろう。だからといってeラーニングを終えただけで、まったく新しい業務を行う部門に異動させ実践させるのはリスクがある。どちらにしても大企業が社内に実践の場を用意できていないことが、日本のリスキリングを効果がないものにしていると考えられる。

頭で理解しても手が動かない

リスキリングには、実践の場が必要だと考える理由はほかにもある。たとえばeラーニングでITやプロジェクトマネジメントの知識やスキルを学んだ人が、新規事業の立ち上げを担当することになったとする。新規事業創出のようなまだ世の中に存在しない製品やサービスを作りだすのは、上から下に各工程を後戻りしない前提で進めていく手法「ウォーターフォール開発」ではなく、時代の変化のスピードにあわせたすばやい仕様変更が可能な「アジャイル開発」の方が適している。ただ、この正反対ともいえるやり方は、実践の場で試して失敗して改善するという経験を積まないと身につかない。頭で理解しても実践したことがなければ手が止まってしまう。

大企業が自社内に失敗してもいいといえる実践の場を用意できない場合は、副業やプロボノ(仕事でつちかったスキルや経験を生かす社会貢献活動)を推奨し、外で実践を積んでもらうという選択肢もある。外での実践であれば、社員それぞれの興味がある分野を実践の場とすることができ、学ぶ意欲が高まるというメリットもある。

調査からわかったリスキリングへの関心度

当社が首都圏大企業管理職1000人に実施した「地方への就業意識調査」によると、リスキリングの手段として関心があるのは「資格講座を受講する」33.1%、「地方創生・地域活性化に関する高度な仕事に携わる」32.3%、「地方中堅中小企業の経営課題解決支援に携わる」28.6%(複数回答)という結果だった。リスキリングの手段として、つまり実践の場として地方に関心がある人は座学同様3割程度いる。

具体的に見てみるとリスキリングに興味がある人のうち、近いうちに実際に取り組んでみたいものとしていちばんにあがったのは「資格講座を受講する」41.6%だが、続く「会社が提供する越境学習プログラム」33.2%、「地方中堅中小企業での副業に取り組む」27%、「スタートアップ・ベンチャー企業での副業に取り組む」27%と、実践型リスキリングへの意欲も高いことがわかった。

社員のなかに育成役がいない場合

副業や越境学習、プロボノのジャンルで関心を持っているものとしては、「地域創生・地域貢献」が20.6%と高く、「スポーツビジネスへの参画」10.3%、「観光産業の支援」8.1%、「食や酒、伝統産業など地域特産品の支援」6.5%などが人気だ。実際、地域の釣具ウキ製造販売の支援や、クラフトビールメーカーの支援、サッカーチームの支援などに参加している副業人材たちからは、前のめりに意見が出てくる。実際の現場で生かせる知識やスキルを身につけるリスキリングには、興味関心がある分野を実践の場とし、学ぶ意欲を高めるリスキリングの設計は重要だ。

社外ではなく社内で実践の場をつくりたいがOJTで伴走する先輩社員や上司を確保できないのであれば、フリーランスの外部人材にプロジェクト立ち上げの一定期間入ってもらい、現場で社員と同じ立場で動いてもらうというのは効果がある。DXの推進役として外部人材が現場に入ることで、「実践型リスキリング」でDX人材を育てることができる。社員のなかに「ファーストペンギン」が出てきたら、あとはDXを進めながら人材が育つサイクルができていく。

eラーニングで学んで終わり」のリスキリングではなく、企業が生き残っていくための事業戦略としてのリスキリングを「実践型」で設計する企業が増えていけば、日本の労働力、IT人材不足の課題解決に一歩近づくだろう。