気候変動への対応が迫られる中、世界各地で太陽光発電や洋上風力発電など再生可能エネルギーへの転換が急ピッチで進んでいます。産業界には、環境問題だけでなく、グリーン分野で新たなビジネスや雇用を生み出せば、持続可能な経済成長を実現する仕組みができるという期待も膨らんでいます。それに伴って需要が急速に高まっているのが、再生可能エネルギー設備の設置・メンテナンスなどを担う、いわゆる「グリーン・スキル」人材。先行するヨーロッパでは、いち早く官民が連携し、あの手この手のリスキリングで人材確保をめざしています。最前線の取り組みを詳しく見てみましょう。
洋上風力の「担い手」、漁師をスカウト
石油メジャーのシェルやBPが洋上風力発電への取り組みを加速させる中、こうした設備のメンテナンス作業などを日常的に行う技術者が必要とされている。そこで問題となるのが設備のメンテナンスなどに携わる労働者の確保だ。しかし、洋上での作業は風向きや潮流に大きく左右され、陸上での作業しか経験していない技術者ではすぐに対応できない。その育成には一定の時間とコストがかかり、企業にとって悩みの種になっていた。
ドイツの再生エネルギー大手RWE社がとった戦略はまさに、画期的な発想といえるものだった。地元の「漁師」に白羽の矢を立てたのだ。
同社は、バルト海のポーランド沖約55キロの外洋に、出力350メガワットの風力発電所F.E.W.BalticⅡを建設。ポーランドの約35万世帯のニーズを満たすのに十分なクリーン電力の供給をめざす。そのメンテナンス作業にあたって、同社は陸上で作業してきた一般の技術者に海上作業を訓練させるよりも、人生の多くを海で過ごしてきた漁師たちにメンテナンス技術をリスキリングした方が、時間とコストを節約できると考えた。
それに伴うインフラ設備として、バルト海のポーランド側に面したウスツカ港にオペレーション・メンテナンスの拠点を設置。そこに乗組員の輸送船を係留し、洋上風力発電所が操業している間、訓練を受けた漁師たちを派遣するようにした。
RWEは2022年11月、洋上風力発電の技術訓練を専門とする業者と提携し、地元の漁師を対象とした研修プログラムを発表した。1カ月間のプログラムで、漁師たちは高所作業や風力タービンの設置・操作、応急処置など実践的な技術・知識を身につけ、最終的に国際基準で認められた専門資格の取得をめざす。
プログラムでは他にも、漁師たちが外洋という国際的な環境で働くために必要となる英語を集中コースで受講できるようにした。
RWEの担当者は「(洋上風力のメンテナンスを担う)有資格者の不足の問題はポーランドに限らず、世界的に顕著になっている。グリーンエネルギー分野での就業をめざしてリスキリングを希望する人々のためにも、業界は今すぐ行動する必要がある」と語る。
同社が所属する業界団体によると、23年に現地で行われた最初のプログラムには、8人の地元漁師が参加した。プログラム期間中、参加者は風力タービンに関する基本技術、作業上の安全面、さらに実践的なクラスと技術英語などを習得したという。
業界団体は、「風力発電所は数十年にわたって維持され、漁師たちにとっては、漁がさほど忙しくない時期にメンテナンス作業に従事することで、長期にわたって安定した収入を得るメリットがある」としている。
グリーン・スキル人材の需要「100万人超」
太陽光パネルや電気自動車の充電施設などが各地で急速に導入が広がるなか、ヨーロッパでは官民を挙げてグリーン・スキル人材のリスキリングを進めている。
欧州連合(EU)は23年、域内のエネルギー消費に占める再生可能エネルギーの比率を30年までに42.5%へ高める目標を掲げた。英フィナンシャルタイムズ紙によると、太陽光発電業者などでつくる業界団体は、この目標を達成するためには、今後ヨーロッパ全土で100万人以上の太陽光発電技術に関連した人材が必要になると予測している。
また、イギリスだけで暖房エンジニアや断熱に関する専門技術者、ガラス職人などを中期的に毎年6万6000人追加する必要がある、という予測もある。
しかし、需要のあるスキルの多くは、数週間から数カ月、場合によっては数年の訓練を伴う高度な専門的・科学的な知識が求められる。労働市場分析会社ライトキャストの調査によると、グリーン分野ではとくに機械エンジニアや電気エンジニアに対する求人が多く、全体の約20%を占めるという。
こうしたスキル・ギャップを埋めるため、EUは20年から「欧州スキル・アジェンダ」というプロジェクトに取り組んできた。5年以内に、脱炭素化で職を失うことになる伝統的なエネルギー分野の労働者をいち早くリスキリングし、グリーン分野の労働力として生まれ変わらせることなどを目標にする。その取り組みの一環として、グリーン・スキル人材を育成する企業に助成する「Just Transition Fund(公正移行基金)」が設立された。
企業研修、代行ビジネスも盛況
EUや業界団体の後押しを受け、ヨーロッパ各国の企業や教育団体もグリーン・スキル研修を強化している。具体的には、ヒートポンプやソーラーパネルの設置、住宅や商業施設のアップグレード、電気自動車の充電施設など、研修プログラムは多岐にわたる。
イギリスの再生エネルギー新興大手オクトパスエナジー社は、ロンドン郊外の工業地帯スラウに専門のトレーニングセンターを設置し、年間最大1000人のスタッフに全額支給の技術訓練を提供している。訓練は二つの実物大の家屋を使用し、参加者は太陽光発電に関連したガスボイラーの取り外しやヒートポンプの設置、顧客との接し方や新技術の説明の仕方などを練習する。同社幹部によると、参加者のほとんどがガスや暖房設備に関連した職務経験があり、リスキリングは通常3~4週間で済むという。
他にも、ドイツ・ミュンヘンを拠点とする再生エネルギー大手BayWa r.e.は、社内に「エンジニアリング・アカデミー」を設置し、毎月約40人のスタッフがリスキリングのための研修を受けている。
化石燃料分野で多くの労働者を雇用してきた企業も、リスキリングによって再生可能エネルギーへの労働移行に踏み出している。スペインの大手電力会社イベルドローラは22年、「グリーンジョブ再教育プログラム」というコースを創設し、2年かけて1万5000人の労働者を再訓練すると発表した。同社のガラン会長は、「化石燃料に大きく依存している世界から30年以内に二酸化炭素排出量をネットゼロにする必要がある。次の10年が成功を決定づけるだろう。これにはイノベーションとタレントが必要だ」と語る。
自社だけではリスキリングをまかなえない企業のために、グリーン・スキル人材の研修を代行するビジネスも各地で盛んだ。
イギリスの人材ビジネス大手リード社は23年、再生可能エネルギーの専門スキルを教えるオックスフォード・エネルギー・アカデミーと提携し、毎年1000人の採用をめざすグリーン雇用部門を立ち上げた。研修では、建物の断熱、二重ガラス、換気設計の改善など、より効率的な暖房システムの設置などを学ぶ。同アカデミーでは、EV充電器やソーラーパネル設置の研修なども行っており、その費用は自営業者や企業が負担する。
一方、こうした研修を受ける職人の多くは自営業者であるため、リスキリングのために時間を割くことは収入減のリスクを伴う。また、職人の中には定年が迫った高齢世代も少なくない。こうした人々に新たな技術を学ぶ意欲を持続させるかが、業界団体の課題となっているという。
https://www.ft.com/content/f8b606a1-0422-4470-a180-e7dbd75632eb
https://eufunds.ie/european-social-fund/operational-programmes/esf-2021-2027/european-skills-agenda/
https://reedinpartnership.co.uk/news/reed-environment-launches/
みらいワークス 実践型リスキリングサービス『みらRe-skilling』
https://mirai-works.co.jp/re-skilling/