Profile

1976年生まれ、1999年3月慶應義塾大学環境情報学部卒業、同年4月サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。入社後まもなく米国Sun Microsystems,Incでの開発を経験し、2000年10月より株式会社アプレッソ代表取締役に就任、データ連携ミドルウェア「DataSpider」を開発する。2013年、セゾン情報システムズによるアプレッソの株式取得に伴いセゾン情報システムズに入社。アプレッソの代表取締役を務めるかたわら、2013年7月にHULFT事業CTO就任、2015年6月に取締役CTO就任、2016年4月に常務取締役CTO兼テクノベーションセンター長を務め、同社のデジタルトランスフォーメーションを牽引。2019年3月より株式会社クレディセゾンCTOに就任。技術顧問としてセゾン情報システムズの仕事を継続しながら、クレディセゾンでエンジニアリングチームを立ち上げる予定。

※役職は、インタビュー実施当時(2019年2月)のものです。

 

◆株式会社セゾン情報システムズ◆

1970年9月、セゾングループの情報処理サービス会社として設立。1993年11月、現在の東証JASDAQスタンダード市場に上場。SIerとして金融関連や流通サービスのシステム構築を手がけるかたわら、ファイル転送ソフト「HULFT」事業を展開。HULFTはファイル・データ連携分野でのデファクトスタンダードとして多くの顧客の支持を獲得しており、国内・海外ともにシェア上位を誇る。2016年4月にテクノベーションセンターを設立。また、Fintechプラットフォーム事業を手がけるかたわら、近年は会社として組織風土改革を推進。技術力向上・イノベーションの加速・誘発に向けて精力的に活動している。年間売上は303億9366万円(2018年3月期、連結)、社員は778名(2018年3月末時点、連結)。

セゾン情報システムズといえば歴史あるSIerですが、近年は組織のあり方や業務プロセスなどをドラスティックに変革した企業としても知られています。2017年11月には東京・赤坂にオフィスを移転、中階段のある2フロア構成、執務室のフリーアドレス化、バリスタが常駐する社内カフェなどを実現したオフィスの様子は、さまざまなメディアでとりあげられています。

セゾン情報システムズでそうした変革の中で、特にデジタルトランスフォーメーションを牽引した中心人物が、常務取締役CTO兼テクノベーションセンター長(現 株式会社クレディセゾン CTO)を務める小野和俊さんです。この3月よりクレディセゾンCTOに就任された小野さんですが、奇しくもその就任前夜となった小野さんへのインタビューでは、セゾン情報システムズの変革過程やその後の様子についてお話をうかがいました。

 

コミュニケーションの“きっかけ”が生まれるオフィス設計

今日は赤坂インターシティAirのオフィスにおじゃましていますが、とても明るく、広々としたオフィスですね。

小野さん(以下、敬称略):このオフィスに移転して1年数カ月が経ちますが、社員どうしのコミュニケーションがオフィスのそこかしこで生まれているのを日々実感します。我々が手がけているシステム開発という仕事で、エンジニアはどちらかというと内向きの人が多く、自ら人の間をまわってプレゼンするというよりは黙々と画面に向かいがちです。しかし、人どうしが会話をするといろいろ変わりますから、このオフィスでコミュニケーションが増えたのは非常によかったと感じています。

たとえば、どういうところでコミュニケーションが生まれているのですか。

小野:このオフィスではフロアを18階と19階に集約し、内階段を作ってフロアどうしをつなぎました。この内階段がとてもよくて、まるで渋谷のスクランブル交差点みたいに多くの人がすれ違うのです。そこである人は、元気に階段を上がっていく同期入社の姿を見かけて「すごくいきいきしているね」と話しかけ、またあるときは同期の顔色が悪いことに気づいて「大丈夫?」と声をかけたりします。言葉を交わさなくても、すれ違うだけでも感じるものがあります。ほかのプロジェクトのメンバーを見かけて「すごく楽しそうだな」と思ったり、反対に「あの部署の人たちは疲れているようだな」と感じたりする、その蓄積は大きいものです。

執務室は固定席もありますが、基本的にフリーアドレスで、違う部署、違うプロジェクトのメンバーが隣に座ることも多々あります。最初は固定席を希望する社員が多かったものの、実際にフリーアドレスを運用すると「やっぱりフリーアドレスに変えたい」という人が続出し、日によって座る席を変えている社員も多くみられます。そうしたシャッフルからも、有形無形のコミュニケーションが生まれています。

移転前のオフィスは拠点もフロアも複数に分かれており、そこに分散する社員の間にはコミュニケーションどころか物理的にも精神的にも“境界線”がひかれていました。それと比べると、こうして隣に座っているだけで全然違いますから。それから、社内会議で会議室を利用禁止にしたことも、コミュニケーションが発生するきっかけになっています。

会議室利用禁止というと、会議はどこで?

小野:オープンスペースを使っています。そうすると、仕事中やフロアを歩いているときにふと、ほかの部署の会議の様子が聞こえてくることがある。それまでまったく知らなかったような部署の会議に接すれば理解するきっかけになりますし、顔見知りが参加している会議で気づいたことがあれば「その内容ならうちに資料がありますよ」「その案件は、実は私が前に担当していまして……」と割り込むこともできます。会議室に籠られては、そういうコミュニケーションは一切できませんよね。会議の日程調整も「会議室が空いていないから」という理由で先延ばしされることがなくなり、会議の開催が早くなったことも大きな効果です。

 

目先のKPIにとらわれていては、新たなトライは進まない

そういった交流は会社の風通しをよくするでしょうね。御社は「Slack導入に成功した、歴史あるSI企業」としても有名です。

小野:実は、当社のオフィシャルのコミュニケーションツールはSkypeで、Slackは“野良ツール”なのです。それでも多くの社員が活用していて、Weekly Active Usersは全社員約800人中およそ600人。もはやオフィシャルのツールですね。

Slackの活用は最初から順調に進みましたか。

小野:そんなことはありません。社内の風通しをよくすることにつながればと思い導入しましたが、最初はチャンネルが部署ごとに分かれていてポストしづらく、使う社員はごく少数でした。もともと部署が違うと別会社といわんばかりの分断があった会社ですから、Slackでも推して知るべしというわけです。

それでも、組織間の壁の分厚さや社内の閉塞感に対する“内圧”も溜まっていたのでしょう。あるとき、Slackでの部署横断のコミュニケーションが一部で巻き起こりました。20人から30人ほどの規模でしたが、メンバーには「待ってました!」という勢いがあり、部署をまたいだ情報交換やコラボレーションが非常に盛り上がったのです。

ところが1カ月ほど経つと、Slackでの社内交流から去っていく人が出はじめました。聞いてみると、Slackを使った他部署とのやりとりを所属部署の管理職にとがめられたというのです。所属部署の管理職は、嬉々としてSlackでのコラボレーションに勤しむ社員を「遊んでいる」とみなし、業務中の使用を禁じたのでした。

Slackで行なわれていたのは、会社の中長期的な視点からみればとても重要なコミュニケーション、コラボレーションでした。けれども、各部署が達成すべきKPIや売り上げに直接結びつくものではありません。「売り上げにつながらない稼働は“悪”である」という空気の蔓延した会社で、足もとの数字を重視する管理職にとってみれば、Slackでの情報交換は「遊んでいる時間」扱いだったのでしょう。それで、Slack活用の勢いはガクッと落ちました。

御社はそこからどのようにして、今のような活用に?

小野:「Slackがトリガーとなって案件につながった」、「Slackがきっかけでプロジェクトが発足した」といった“成功体験”を広げました。Slackの活用は決して無駄ではなく、事業の役に立ち、さまざまなことが始まるきっかけになるということを証明したわけです。そうなれば、管理職のSlackを見る目も変わってきます。

「Slackを導入したもののうまく活用できていない」という企業の方が当社に相談にみえることがありますが、お話をうかがっているとやはり、中間管理職の人たちが「Slackの活用が自部署のKPIに貢献するか」という視点で見ていることが多いように感じます。そして「KPIに貢献しない。だからそんなことをしても無駄だ」と判断し、Slackの活用が進まなくなってしまう——。当社と同様、最初はやっぱりそういう時期があるのですよね。

それと、当社でもう一つ、新しいツールの導入やトライに大きな影響を及ぼしていたのが、その組織風土でした。

 

バイモーダルは組織の両輪。「2つの流儀」を使い分けられる組織が強い

御社の組織風土がどのように影響したのですか。

小野:それをお話しするために、「バイモーダル」という考え方について説明させてください。これはガートナーが提唱している言葉でご存じの方も多いと思いますが、組織や人、ITシステムのあり方に適用される規範や行動様式、文化には「モード1」と「モード2」の2つがあるという考え方です。「バイモーダル」は日本語で「2つの流儀」を意味します。

モード1は、基本的に安定性、安全性を重視します。開発はウォーターフォールで行なうことが多く、システムはIT部門が集中管理します。効率性やROIを強く求め、車の運転でいうと絶対に事故を起こさない安全運転型で、大規模な組織の運営に適しており、統率力や実行力に強みがあります。モード2は速度重視。開発手法はアジャイル、システムはユーザー部門が分散管理、小規模な組織に適したスタイルで、機動性にすぐれます。

セゾン情報システムズは、もともと「モード1」オンリーの会社でした。1970年設立のセゾン情報システムズは、セゾングループの基幹システムから金融・流通のシステム構築まで、失敗が絶対に許されない業務を約50年にわたり手がけてきた歴史があります。ですから必然的に、モード1のスタイルが土壌として根強く形成されていたのです。

そうした風土では、Slack一つとっても「管理担当者を設けよう」「このチャンネルの責任者は」「チャンネルごとの運用ルールを」となるのは自然な成り行きです。しかし、モード1的な運用ではせっかくのSlackもさまざまな縛りを受けることになり、有効活用できませんよね。

そうした風土でSlackの活用や新しい改革を進めるには、モード1からモード2への転換を?

小野:いえ、モード1とモード2は対立する概念ではなく、どちらがいい悪いではありません。大事なのは両方のスタイルが存在し、場面ごとに的確に使い分けられることです。

僕はずっとシリコンバレーやベンチャーで仕事をしてきましたから、モード2の感覚が染みついています。ですから、モード1の土壌ができあがっているセゾン情報システムズの仕事の仕方に入社当初は戸惑いました。でも仕事をするうちに、セゾン情報システムズのやり方が「古い」「堅い」「間違っている」のではなく、このやり方だからこそ実現できた安定性、生み出せたものがあるとわかりました。これはものすごく価値があり、これからも大事にしていくべきものです。

とはいえ、モード2のスタイルをもちあわせていないのは問題です。モード1のスタイル、価値観が適したプロジェクトでは、開発もウォーターフォールで進めればいいですが、機動性が大事となる案件ではアジャイル開発のほうがより有効でしょう。Slackもモード2の文化でトライしてこそ真価を発揮できます。

このように、モード1とモード2は両方を有し、プロジェクトやお客様、案件の性質によって使い分けられるべきものである。両方をもち、両方を使い分けられる組織こそが強いのです。セゾン情報システムズで仕事をするなかで僕はこのことに気づき、セゾン情報システムズをそういう組織にしようと考えました。そして今では、バイモーダルは社内の共通言語になりました。モード1とモード2の両方の能力を兼ね備えた「バイモーダル・インテグレーター」が当社の特徴、強みです。

 

変わるために必要なのは「理解」。理解は「体験」から生まれる

モード1の風土が強かった会社でモード2の必要性を訴えたときに、“抵抗勢力”とでもいうような、変われない人はいませんでしたか。

小野:最初はそういう人たちばかりでした。そもそも、モード1とモード2は根本的に考え方が違いますから、自然状態にするとぶつかり、お互いを否定し合います。モード1の社員から見ればモード2の社員は「チャラチャラしたやつ」であり、モード2の社員はモード1の社員を「動きが遅い」とみるという具合です。

しかし、自転車が前輪だけでも後輪だけでも成り立たないように、技術的にも文化的にもモード1とモード2の両方が大事であり、お互いに価値があるものなんだと。だからリスペクトし合おうと、全社Kick Off Meeting、All Hands Meetingや営業Meeting、お客様への説明の場でも何年も言い続け、少しずつ文化を広げて、ようやく共通言語にすることができました。

変われない人が変わるために必要なものは?

小野:理解することです。MITメディアラボ所長の伊藤穰一さんの言葉に「Practice over Theory(理論よりも実践)」というものがあります。理屈や理論ではなく、実践、体験すればわかることは多いものです。そこで技術のエッセンスや可能性を感覚的に理解することができれば、理解は一気に深まります。

以前に、金融分野のCOBOLチームのような“ガチガチのモード1”的チームのメンバーに、ビットコインの入金から出金まで体験してもらったことがありました。最初は「こんなの自分たちの業務には関係ない」と言っていた彼らも、自分の操作でウォレットが作られ、そのウォレットにビットコインが入金され、そのビットコインが災害の被災地に寄付される様子を目の当たりにすると、「ビットコインは難しいって言ってたけど簡単じゃないか」となりました。そこから「自分でも作ってみたい」と社員が手を挙げ、発行された社内専用の仮想通貨は社内カフェの決済で使われていますし、ブロックチェーン技術を用いた取り組みは他のお客様にも使っていただいています。

2018年に開催された日本初のAlexaのスキル開発コンテスト「Amazon Alexa Skill Awards 2018」では、365スキルがエントリーされ、当社が「最優秀賞(法人開発者)」と「特別賞」をダブル受賞しました。「まさかあのセゾン情報が」と、多くの方が思ったでしょう。そこからモード2の案件も発生しています。名実ともに、バイモーダルが浸透しているのです。それもこれも、体験から理解が生まれ、そこから技術や文化の融合が生まれたからこそのものです。

コミュニケーションの接点が多くなるよう設計されたこのオフィスでは、モード1とモード2がさまざまな角度から交わる機会が生まれます。そこでコミュニケーションをとったことで、「モード1/モード2の人たちをこわいと思っていたけど、意外とふつうの人だな」とほっとすることもあれば、ほかのチームの発表を見かけて「あの人たちはこういうことをしているのか。すごいなあ」と感心することもあります。誰でも見たことがないものはこわく感じますし、理解するためにむやみに本を読んでも眠くなってしまいますよね。百聞は一見にしかずといいますが、体験の力は強いのです。

 

後編:“慣性”に縛られていたら変革は実現しない。どの企業でも誰でも変革を生み出すチャンスはある