Profile

1967年3月25日生まれ(52歳)。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了。バークリー音学院出身のプロギタリストという異色の経歴を持つアーティスト、教育家、ビジネスコンサルタントとマルチに活動。戦略コンサルティング、デジタルトランスフォーメーションのパイオニアとしてアクセンチュア、野村総合研究所、IBM、デロイトトーマツコンサルティング メディア・エンターテイメントセクター アジア統括パートナー/執行役員、PwCグループ デジタルサービス日本統括パートナーとしてデジタル事業の立ち上げと業界をリードし現職。現在青山学院大学の教授と並行しONE+NATION Digital & MediaのCEOとしてデジタルサービスのプロデュースを行なう。青山学院大学国際政治経済学研究科修士課程修了。ONE+NATION Digital & Media Inc. 代表取締役CEO。アクセンチュアとマイクロソフトのジョイント・ベンチャーであるアバナードのデジタル最高顧問も務める。著書多数、近著は『外資系トップコンサルタントが教える英文履歴書完全マニュアル』(ナツメ社刊)。

※役職は、インタビュー実施当時(2019年6月)のものです。

 

◆青山学院大学◆

明治初期に創設された3校を源流として、戦後の学制改革により新制「青山学院大学」を開校。キリスト教信仰にもとづく「建学の精神」により、一貫する「青山学院教育方針」をもって、教育・研究を行なう。現在は「すべての人と社会のために未来を拓くサーバント・リーダーを育成する総合学園」をビジョンに掲げ、総合大学として11学部を擁する。また、100を超える世界の有力大学と協定を締結するなど、学生の留学のサポート体制にも定評がある。2019年に開校70周年を迎え、脈々と受け継がれてきたよき“青学らしさ”の伝統を継承しつつ、次世代のさらなる飛躍を可能にする学びを提供すべく、多彩な改革を推進している。

◆アバナード株式会社◆

2000年4月に業界最大手企業、アクセンチュア社とマイクロソフト社によって設立。
マイクロソフトのプラットフォームを使用した「革新的なサービスとソリューションの提供」を目標に活動する同社は、テクノロジー業界で最も成功を収めたジョイント・ベンチャー企業へと飛躍的な成長を遂げている。

周囲をとりまく環境が刻一刻と変化し、価値観が多様化する現在の日本社会で、働き方の選択肢も広がりつつあります。ワークライフバランスという言葉にも象徴されるように、仕事を大事にしながらもプライベートも大切にし、自分らしく生きるための「みらいの働き方」は、日本の至るところで生まれ、選択されつつあります。

そんな「みらいの働き方」を考察し、これから働く社会に出ていこうとする学生を大学教授という立場で見守っているのが、松永 エリック・匡史さんです。プロのミュージシャンから戦略コンサルタントまで豊富な経験を重ね、ビジネスシーンで活躍してこられたエリックさんが大学でなさっている仕事や、実現したいと考えていることなど、お話をうかがいました。

 

ミュージシャン、エンジニア、コンサルタントを経て教授就任へ

エリックさんは、そのキャリアをミュージシャンという仕事からスタートさせていらっしゃいます。

エリックさん(以下、敬称略):僕はロックとジャズが好きで、世界を代表するジャズギタリストの渡辺香津美さんが“師匠”。15歳でプロのギタリストとしてデビューし、高校に通いながら仕事をしていました。主な仕事場は、レコーディングスタジオ。依頼を受けた演奏を譜面どおりにきっちり演奏する、スタジオミュージシャンの仕事です。そのほか、代役としてスタジオで演奏することもありました。演奏したジャンルは数えきれないほどです。

すでにプロとして仕事をされていながら、どうしてアメリカのバークリー音楽院へ進学なさったのですか?

エリック:マイクスターンというアメリカのギタリストをご存じですか? 僕は彼にずっと憧れを抱いていて、彼のバークリーの師匠であるミックグッドリック氏に学びたいと思いました。できることならアメリカのバンドに入りたいと思うほどでした。それに、音楽のことをもっと学びたかったので、進学を決めました。実践的はもちろん、「バークリーメソッド」ともいわれる音楽理論で有名なバークリーで、僕はロジックを徹底的に教わりました。そしてもう一つ、アメリカでミュージシャンが自由に音楽をつくり、周囲から尊敬される姿を目の当たりにしました。

日本では、ミュージシャンの地位は決して高くありません。たとえ技術力のあるミュージシャンでも、企業で働くのが当たり前で音楽を職業とするのは遊んでいるようにみえるのでしょうか、敬意を払われる対象とはならないことが多々あります。まあ、こんな日本でデザイン思考がもてはやされているのは僕には滑稽に見えます(笑)。そういう環境のなかで音楽を続けることで、これからも音楽を愛し仕事を続けていくことができるかどうか、僕は疑問を感じつつありました。日本とは対照的なアメリカのミュージシャンをとりまく環境を知るに至り、最終的に音楽の仕事を辞めようと決めました。それは、音楽が自分にとってあまりに大切なものであったからの決断でした。

そのあと、青山学院大学に入学されたのですね。

エリック:青山学院大学英文科に入学し、英語の教員免許を取得しました。1980年代後半当時は、第二新卒の就職や転職のとらえ方も今とは違いました。ましてや、ミュージシャンを辞めた人間が企業に転職するのは並大抵のことではなかった。それならば、帰国子女として英語の能力を生かし、教員になろうと考えたわけです。

大学を卒業したのは25歳で、当時の日本企業が出していた求人の年齢条件には該当しないことがほとんどでした。でもダメ元で就職活動してみたら予想外に多くの内定が出た。そうして最終的に、日系の大手ITベンダーにシステムエンジニア(SE)として就職する道を選びました。理由は、なんとなく将来性があるっぽかったからですかね(笑)。

そのあと外資系通信企業に転職したのは、SEの仕事をするなかでネットワークの重要性に気づいたから。プログラミングもネットワークの設計もとてもおもしろい仕事でしたし、外資でのグローバルでの仕事もエキサイティングでした。そうして、自分の関心がだんだんビジネス自体に移っていくのを感じ、ビジネスコンサルタントの道へ進んだというわけです。

いまは青山学院大学で教授を務めていらっしゃいます。その経緯をうかがえますか?

エリック:青山学院大学は僕の母校で、ゲスト講師として授業も定期的に持っていましたし、長年にわたって深い関わりがあります。国際ビジネスや経営学に関する授業を受け持ち、コンサルタント時代も学校をどうするのがいいか、学生にどうなっていってほしいかといったことを前学長と議論を繰り返していました。前学長は、僕のMBA時代の恩師で、前学長が立ち上げた学部が今の地球社会共生学部なんです。数々の困難を経て立ち上げてきた学部の歴史を知っていましたので、前学長から力を貸してくれとお声をかけていただき、地球社会共生学部の教授に就任しました。いまはこの仕事が僕のライフワークとなっています。

 

教授の仕事は学校運営。教育の場づくりこそが大事な仕事

地球社会共生学部は、どのような学部ですか?

エリック:一言でいうと、地球規模のさまざまな課題に向き合い、社会をよりよくしていくために活躍できる学生を育てるための学部です。ここでいう社会は「国」単位ではなく「地球」規模。文字どおりグローバルです。地球社会に存在する人々が、多種多様な価値観を尊重し合って共に生きられる社会にしていきたい、そのための活動を、手を取り合って共に手がけていける人材を育てたい——。そうした想いを、「地球社会共生」という名前に込めています。

学生は、政治学、経済学・経営学、メディア・空間情報学、社会学という4つの領域を複合的に柔軟に学びます。グローバル人材として活動するためには語学力やコミュニケーション能力の醸成も必要ですから、全員が留学の機会をもちます。学校間提携で、海外からの留学生も受け入れています。この留学制度とゼミという2つの柱が、地球社会共生学部の特徴です。

学生全員が留学する機会を用意されているというのは、グローバル人材の育成環境としてすばらしいですね。

エリック:「一部の志の高い学生が、別途費用を工面して留学する」のではなく、「学部の学生全員が、授業の一環として学費のなかで留学する」というのが肝です。とはいえ、留学もただ行けばいいというものではありません。「何のために行くか」「何を学ぶか」という課題意識をもち、日本とは異なる社会の空気を肌で感じることによって、はじめて地球社会を学び、多角的な視点を得られると考えます。

地球社会共生学部は、1学年200人弱です。この人数は青山学院大学の学部のなかで一番小さい規模ですが、これは学生一人ひとりをきちんと見ていくために設定したものです。

そこまで考え込まれていらっしゃる学部で学べる学生さんは、幸せだろうと感じます。

エリック:地球社会共生学部は、既存の学問を教える学部ではありません。学生数の設定もそうですが、入試やカリキュラムの決定、留学先の交渉といった一つひとつを、教授がリーダーシップをとりながら進めていき、優秀な学生を育てて送り出すための教育の場をつくり上げようとしています。

地球社会共生学部の教授は、僕のような実業の人間もいれば、箱根駅伝で有名な原晋さんもいらっしゃいます。学部長の升本(潔教授)は、もとは国際協力機構(JICA)職員でした。とにかくバラエティーに飛んだ教授陣が特徴で、さらにこの教授陣が一体となって学部を運営しているのは、ある意味驚きでもあります。こうした教授陣が全員で一生懸命考え、つくっている地球社会共生学部は、ほかの大学はもちろん、青山学院大学でもほかの学部にはない、ユニークなものだと自負しています。

 

僕の「教育」は「共育」。皆で共に学べるのは学校ならでは

ビジネスの現場で長年活躍してこられたエリックさんの実感として、地球社会との共生というテーマはどのようにとらえていらっしゃいますか?

エリック:これまでの企業は主に利益追求型で、どれだけ多くの利益を出して株主にプロフィットを与えるかというところに焦点が当たっていましたが、もうそういう時代ではなくなってきています。企業が雇用創出などを通じてどれだけ社会に貢献しているかということも価値をはかる重要な指標となっていますし、従業員の働き方を考えるにあたってダイバーシティを考慮するのは当たり前です。

これからの時代の企業をリードするCEOは、売上や利益をこえた自然との共生、地球上の生物との共生、宗教との共生、社会課題との共生など、地球課題のすべてとの共生が求められます。そういうことをビジネスの世界で実感していた僕にとって、「地球レベルでの共生」というテーマは別段目新しいものではありません。そして、それを学生に教えるのが僕の役割だと考えています。

エリックさんの授業やゼミの特徴は?

エリック:僕はコンサルタントとして、企業の最先端に関わってきました。学生は、僕のゼミを通じて最先端を体感することができます。もちろん自分自身の人生の方向性を考えたり、「これからあるべき働き方」をみんなで一緒に考えたりとさまざまなことを一緒に学んでいくことができます。

僕は、新しい時代に共に乗り出していける経営者になりたいという学生に、ゼミにきてほしいと思っています。その学生たち全員に、僕は「会社をつくる」ことによって事業を立ち上げる経験をしてもらいたいのです。ゼミでは最後に論文を書いてもらいますが、僕のゼミでは新規事業をつくり、その“事業報告書”を論文にできないかと考えています。

学生にとって、ビジネスで長年活躍なさっているエリックさんの生の声は勉強になるものと思います。さらに、在学中にいわば起業体験ができるとなれば、本当に貴重な経験になるのではないでしょうか。

エリック:大学生のうちに起業を経験できるというのが大事なポイントです。大学卒業後の進路を考えるにあたって、会社に就職するという選択肢をとってももちろんかまわないのですが、起業するという選択肢があってもいいと思います。でも、起業するという選択肢を知らなければ選択のしようがありません。選択肢を広げ、自分の向き不向きを考えたうえで、選択できることが大事です。選択肢を与えることは我々教師の重要なミッションだと思っています。

学生を教えるにあたり、どのような点を重視なさっていますか?

エリック:僕の授業は、「教え育てる」と書く“教育”ではなく、「共に育つ」と書く“共育”です。いまの時代、世界には山のように本があり、インターネットには情報があふれています。これまで先生が教えてきたような内容は、そうした情報で十分学ぶことができるでしょう。でも、学生同士でディスカッションしたり、デザイン思考をセッションで学び合うといったことは、本やインターネットと向かい合っていてもできません。そうした場でお互いに育っていくというのが、いま必要な学びだと僕は思っています。

 

ロジックとストーリーがあれば、キャリアのギャップを価値にできる

多様性を尊重する「みらいの働き方」を考え、追求できる人材を育てようとなさっているエリックさんの仕事は、非常に意義深いものであると感じます。ミュージシャン、エンジニア、コンサルタントを経て、教授という仕事をなさっているエリックさんのキャリアパスもまた、「みらいの働き方」を体現するものであると感じます。

エリック:僕のキャリアパスは、端から見れば「異色」と思われるでしょう。でも、このキャリアは“ブレた”結果こうなったものではありません。僕は常に、自分がわくわくすることをしていたいという軸があり、この軸は決してブレていません。別な言い方をすれば”ノリ”でいきているとも言えますが(笑)。その価値観で物事を考え、選んできた道が僕のキャリアパスです。それに、ミュージシャン、エンジニア、コンサルタントと、就いたポジションの一つひとつを、僕は大切にしています。自分の価値観で選んだ道だから、どんなプロセスも心から楽しむことができました。

中途採用のエントリーで、僕のようなキャリアパスを書いた履歴書が届いたら、第一印象はマイナスかもしれません。でも、その道を選んだ理由とそこで挙げた実績をきちんと伝えることができれば、その印象をプラスに転換することができます。そうなれば、その珍しさが今度は価値になります。キャリアにギャップがあったとしても、そこにロジックとストーリーがあり、それを人に伝えることができれば、「なるほどな」とうなずいてもらうことができます。

日本社会でも、フリーランスへの転身や副業(複業)などのさまざまな働き方が増えつつあります。そのなかで、転職という選択肢をアグレッシブにとってこられたエリックさんのキャリアパスは、多くのビジネスパーソンを勇気づけることにもなるのではないでしょうか。

エリック:僕がSEとして働いていた日本の大企業を辞め、外資系企業に転職することを決めた当時は、転職という選択肢がまだまだ根付いていない時代でした。僕の選択は、その大企業の上司をして“人生を捨てる”選択だと言わしめたほどです。しかし実際には、僕はいま、こうしていろいろな仕事をすることができています。大企業を退職して15年か20年後、その企業の幹部研修の場で講義を受け持つ機会まで得ることができました。そのぐらい、人のいうことは当てにならないと思ったほうがいいです。

誰に何と言われようと、自分を信じ、楽しいと思えるものに力を注ぐことが重要ということ?

エリック:それは確かに大切なことですが、だからといって「転職すればいい」ということではありません。自分が転職する必要を感じなければ、しなくていいのです。しなくていい人はしなくていい。それを強いることもない。僕は、大企業でがんばり続けることもまったく否定しませんし、転職を強いることもありません。よく「新しい分野に飛躍すべきである」という論調がありますが、そうすべきかどうかを決めるのは自分自身であって、人に言われることではありません。肝心なのは、自分にとって必要かどうかを考え、判断することなのです。

 

<後編:価値基準は自分自身。大学や会社を「ランキング」ではなく「自分の『WILL』」で選ぶために必要なこと>