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CAREER Knockは、みらいの働き方のデザインに役立つ情報を発信するメディアです。CAREER Knockを運営するみらいワークス総合研究所は、プロフェッショナル人材の働き方やキャリアに関する調査・研究・情報発信等を行っています。

みらいワークス総合研究所

  • 名称:

    株式会社みらいワークス みらいワークス総合研究所

  • 設置:

    2022年7月

  • 所長:

    岡本祥治

  • 所在地:

    〒105-0001 東京都港区虎ノ門4-1-13 Prime Terrace KAMIYACHO 2F

  • 活動内容:

    働き方・キャリア形成に関する研究

    各種調査分析・情報収集

    出版・広報

  • 連絡先:

    mirai_inst@mirai-works.co.jp

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前編:逆参勤交代ではビジネススクールで学べない地方のリアルな課題に向き合える

CAREER Knock編集部 CAREER Knock編集部

2020.12.8 Interview

株式会社三菱総合研究所 主席研究員 松田 智生 氏

1966年東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。専門は地域活性化、アクティブシニア論。高知大学客員教授。2015年より丸の内プラチナ大学の創設に参画すると共に、都市部人材が地方で期間限定のリモートワークを行なう「逆参勤交代」を提唱。地方創生分野の第一人者として、内閣官房「地方創生×全世代活躍まちづくり検討会」の座長代理や、内閣府「高齢社会フォーラム」企画委員、壱岐市政策顧問など、産官学のアドバイザーを数多く務める。

※役職は、インタビュー実施当時(2020年10月)のものです。

◆株式会社三菱総合研究所◆

https://www.mri.co.jp/

1970年設立の総合シンクタンク。シンクタンク・コンサルティング・ICTソリューションの「総合力」でソリューションを提供。今年、創業50周年を機に新経営理念「豊かで持続可能な未来の共創を使命として、世界と共に、あるべき未来を問い続け、社会課題を解決し、社会の変革を先駆ける」を発表。すべての事業の起点を社会課題、ゴールを課題解決・未来共創と位置づけ、次の50年に向けて未来社会の実現に貢献する。

コロナ禍をきっかけに注目されているのが、都市部の人材が地方へ数週間から数か月の期間限定でリモートワーク移住を行なう、地域活動にも参加するという「逆参勤交代」という働き方。これをコロナ禍以前の2017年から提唱しているのが、株式会社三菱総合研究所(MRI)の主席研究員である松田智生さんです。松田さんは内閣官房の「地方創生×全世代活躍まちづくり検討会」で座長代理を務めるなど、地方創生の専門家として活躍。さらにビジネスパーソン向け講座「丸の内プラチナ大学」で逆参勤交代コースの講師を担当し、働き方と地方創生を同時実現する「逆参勤交代」の普及活動に取り組んでいらっしゃいます。

「逆参勤交代」は実践する本人にとって、ワークライフバランスの実現や新たなやりがいの創出といった多くのメリットがあり、企業の人材育成やローカルイノベーションにもつながると言います。今回は松田さんに、今逆参勤交代が注目される理由やこれまでの事例について語っていただきました。

逆参勤交代なら、やりがいもワークライフバランスも手に入る

本

「明るい逆参勤交代」ってすごくキャッチーな言葉ですよね。そもそも、どのようなタイミングで思いついたのでしょうか?

文字
※書籍「明るい逆参勤交代が日本を変える」表4

松田さん(以下、敬称略):逆参勤交代とは、都市部のビジネスパーソンが期間限定で地方に住みながら働くことです。地方にいながら本業をリモートワークで行ないつつ、副業として地方のために働きます。地方から江戸に集まる参勤交代と逆の流れということで、逆参勤交代と名付けました。最近ワークとバケーションをあわせた「ワーケーション(※1)」という働き方もありますが、休暇や観光だけではもったいない。地方に滞在するならその地域との交流×学び×貢献つまりコミュニケーション×エデュケーション×コントリビューション型のワーケーションが逆参勤交代という発想です。

逆参勤交代をする本人にとっては、地方に暮らすことで通勤時間の短縮や育児と仕事の両立などワークライフバランスの実現がしやすくなります。また自分のスキルを地方創生に役立てることができれば、新たなやりがいの創出につながります。一方で地方にとっては都市部の人材を活用できるメリットもありますし、都市部から人が流入することで新たな消費が生まれます。さらに企業(※従業員に逆参勤交代をさせる企業)にとっても、従業員のメンタルケアや人材育成につながるメリットがあります。つまり本人、地方、企業の三方一両得というわけです。

もともと本来の参勤交代は江戸幕府が決めた制度でしたが、逆参勤交代は地方で仕事も暮らしもやりがいも手に入るというポジティブなものです。私自身、以前から地方出張の際に鳥のさえずりで気持ち良く目覚めたり、原稿を書くときもやたら筆が進んだり、という心地よさを感じていました。QoL(※「Quality of Life」の略。生活の質)が高まるという感じでしょうか。東京のように満員電車に乗って通勤する必要もありませんし、働く環境がすごくいいなと思っていたんです。

また私自身、地方出張やリモートワークの機会が増えて、そんな中で「実はリモートワークでも全然問題なく働けるんじゃないか?」と思ったのと、地方で頑張る人との出会いが自分に化学反応を起こし、生きる力が湧いてくる経験が、逆参勤交代の発想につながりました。

※1:https://freeconsultant.jp/column/c203

なるほど。松田さんが「逆参勤交代」を仕掛けた当初から、すぐに参加企業が一気に増えたのでしょうか?

人物
※出典:丸の内プラチナ大学 長崎県壱岐市でのトライアル逆参勤交代

松田:経営者ならではのご質問ですね。すぐに増えるよりも「じっくり育てた」という感じでしょうか。

丸の内プラチナ大学で逆参勤交代の前身となる「ヨソモノ街おこしコース」という講座をはじめたのが、今から5年前(2015年)。

このあたりからビジネスパートナーが徐々に集まってきました。政府が地方創生を政策化したのも、同じく2015年です。

実は私自身、その前から地域活性化の仕事を通じて、地方自治体とのつながりが増え、この人のために一肌脱ぎたいと思うような町長や市長と出会いました。

何人かとは携帯で気軽にコンタクトできるような関係だったんですよね。こういった下地があったことも、大きかったと思います。

ビジネススクールで学べない地方のリアルな課題に直面できる

人物

現在はコロナ禍で東京一極集中という課題が注目されていますが、逆参勤交代がスタートした2015年頃はそれほどではなかったように思います。当時参加したアーリーアダプター的な方々は、どんな意識で地方に目を向けていたのでしょうか。

松田:逆参勤交代に参加していた方は、2つのタイプに分類できます。1つめは本業重視タイプ。ローカルイノベーションを事業にしたい人や、自社の製品やサービスを地方で販売したいという目的です。あるいは人事部で新たな研修や働き方改革を模索している方。2つめはプライベート重視タイプ。本来地方とは全く接点のない方が、副業で新しい世界を知りたいという目的です。例えばセカンドキャリアを始めたいとか、週末だけ地方に移住したいとか、そういった方々です。

プライベートを重視する方々は、どういったモチベーションで地方に目を向けていたのでしょうか?

松田:ひとつはサイズによる「手ごたえ感」でしょう。都市部の大企業だと歯車になってしまい、あまり手ごたえがないですよね。でも地方の自治体や中小企業ならサイズがコンパクトなので、中心になることができる。「この人のために働きたい」とか「この地域に役立ちたい」といったモチベーションで、地方に目を向ける方もいます。

「大企業の歯車より地方の心臓」と言われることもありますね。都市部で異業種の方と交流することと地方で交流することの違いは、どこにあるのでしょう。

松田:地方では、リアルな起業家魂を感じられるというのはあります。東京でいう、新規事業やイノベーションというとカッコいいイメージですが、地方は「生きるか死ぬか」という世界です。中小企業が抱える資金や後継者の不足といった問題は都市部も地方も共通ですが、より地方のほうが厳しい。例えば北関東のとある酒蔵では、地域の人口減少と高齢化で地元で商品が売れなくなってきました。そこで覚悟を決めて、東京にサテライトショップを立ち上げるなどの挑戦をしています。こういった地方のリアルは、ビジネススクールでは絶対に学べません。

地方というアウェーで多種多様な人と接することに、大きな意味がある

人物

私もベンチャー企業の経営者になってはじめて、「人を動かすときいかに正論が通じないか」というリアルな課題に直面しました。これはコンサルティングだけをしていた頃はわかりませんでした。

松田:特に経営者はそうだと思います。以前ドラッカーをわかりやすくした「もしドラ」という本がベストセラーになりましたよね。このおかげで多くの方が、ドラッカーを読めば人を動かせると思った方も多いようです。でも本を読んだだけでは、やはり人を動かすことはできません。誰もが転職したいとか、早く帰りたいとか、親の介護で大変とか、それぞれ問題を抱えているわけですから。私は「なぜドラ」、つまり「なぜドラッカーを読んでも組織は変わらないか?」みたいな書籍が必要だね、なんて仕事仲間と話したこともありました。

ある企業の方は、「もともと地方に自社商品の営業が目的で逆参勤交代に参加していたけれど、今は人材教育が目的」とおっしゃっていました。逆参勤交代は、いわばアウェーの人材教育なんです。同じ会社の決まった序列や同じ専門用語のやりとりでは、斬新なアイデアやイノベーションは生まれません。地方というアウェーで多種多様な人と接することに、大きな意味があります。

逆参勤交代でリアルな地方の課題に直面することは、その人の幅を確実に広げると言えますね。ただ人材教育という分野は、経営者から見ると投資対効果がわかりづらいところがあります。

松田:逆参勤交代は若手、中堅、シニアのあらゆる世代の人材教育として有効です。ただ費用対効果の明確化は課題です。モチベーションの向上、メンタルヘルスの改善、離職率の軽減、採用での効果を数値、エビデンスで示すことが今後の必須です。

ただ、最終的には「経営者の腹の括り方」だと思っています。ある企業では、被災地へ社員を派遣するプロジェクトへ参加する際、経営会議で反対の意見が上がったそうです。やはり費用対効果に対する疑問ですね。ただその際に当時の社長は「これは自社の人材育成に必要であり、地方の未来人材育成も将来のわが社に必要である」と断言して、反対を押し切りました。逆参勤交代の実現は経営者がカギであり、社長こそまずは率先垂範の「経営者逆参勤交代」を数日間体験すべきです。

弊社も「Skill Shift(スキルシフト ※2)」という、地方で副業したい人材をマッチングするサービスがありますが、登録されている方は、主体的に地方へ行きたい方がメインです。一方で逆参勤交代では、企業が社員に指示して地方へ行きますよね。ある意味で強制力があります。実は本当に変わってほしいのは、強制力がないと動かない人。逆参勤交代のようなスキームだからこそ、人に変化が生まれると感じました。

松田:確かにイノベーターや意識の高い人ばかりでは、いつまでたってもスモールボリュームです。世の中を変えるのは、フォロワーや意識の高くない普通の人のマスボリュームを動かすことです。地方での副業のきっかけを与えて、「程よい強制力」を持って動かすかで、岡本社長のおっしゃる通りとても重要です。

ある大企業での事例ですが、もともとライフサイエンスの研究職で全く地方に行く機会も地方への関心もなかった方が、社命で地方創生事業に関わったところ、「最初は不本意だったが、人生観が変わるほど良い体験になった」そうです。ただし、地方のアウェーでの副業は孤独です。例えば、御社のスキルシフトに登録している主体性のある人材と、逆参勤交代で地方へ行く人、この2人でペアを組んだら良い化学反応が生まれるかもしれません。

※2:「地方貢献したい・副業したい」という都市部の人材と地方企業をつなぐ、みらいワークスが運営するプラットフォーム。https://www.skill-shift.com/

地方ならではの課題はあるものの、副業人材の潜在的なニーズは高い

人物

弊社サービスのスキルシフトでは、都市部の副業人材を受け入れる地方企業がまだ少ないことが課題です。具体的にこんな企業の人材が来てこんないい結果になったという、事例を積み重ねるしかないと思っています。

松田:逆参勤交代も同じく、いい結果の積み重ねがカギです。例えばある60代のシニア社員が内閣府の地方創生の人材支援として、四国のある市へアドバイザーで派遣されたのですが、市役所から高い評価を得て最終的に腹をくくって転籍しました。現在この市にはサテライトオフィスが設けられ、そこに彼の在籍していた大企業の社員がリモートワークで本業を行ないながら、地元の中高生にIT教育をしているんです。まさにシニア社員のセカンドキャリア×現場社員の働き方改革×地方創生への貢献という掛け算の好事例です。こうした好事例を伝えると理解されやすいです。

やはり事例があると大きく動きますよね。ただ地方の方々に副業を正しく理解してもらうには、直接会って熱量を伝えることも必要だなと感じています。

松田:地方では、まだ副業人材を受け入れることのイメージがあまりできていないのかもしれませんね。ただ理解が進めば動きだすということであれば、潜在的なニーズは高いはずです。

逆参勤交代コースを設けている丸の内プラチナ大学でも、学んだ後にどう実践につなぐかというところは課題です。副業など、学んだことで活躍できる場を地方に作っていく必要があると感じています。今年(2020年)は逆参勤交代コースをオンラインで行なうのですが、ここで学んだ方々が御社のサービスなどを通じて、地方での副業を実践してくれたらうれしいと思います。

<後編:ポストコロナ時代、都市部と地方の両方で活躍できる人材が必要>