先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2 労働時間制度の変革

2027年、労働基準法の大改正が予定されています。
この内容は、「ただのルール変更」を超えた、企業の未来を左右する大転換期となると言えるものです。近年は、社会的な雇用関係の変化のニーズに対応するために、多くの法改正が行われています。

「法改正への対応は複雑で、どう進めればいいか分からない…」
「働き方の多様化に対応しつつ、どうやって従業員のエンゲージメントを高めればいいのだろう?」
もしかしたら、そんな悩みを抱えていませんか?

この2027年の労働基準法の法改正は、単なる「遵守すべき義務」ではありません。
従業員の自律性を高め、組織全体を機動的にすることで、企業の成長を加速させる最大のチャンスなのです。

そこで、みらい総合研究所では、全6回の連載コラムをスタートします。
「法改正への対応」という守りの視点から、「企業価値を向上させる攻めの経営戦略」へと視点を転換し、具体的な活用事例を交えながら、2027年労働基準法大改正の核心に迫ります。

第5回のテーマは「先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2 労働時間制度の変革」です。

 

2027年施行予定の労働基準法大改正。前回は「多様な働き方の推進」の実現方法を解説しましたが、今回は「労働時間制度の変革」に焦点を当て、その本質的な意味と企業規模別の戦略的対応を論じます。

労働基準法改正の本質:キャリア・ライフステージに応じた働き方の実現

今回の労働基準法大改正は、2015年の日本再興戦略から続く雇用政策の第三段階です。働き方改革(2017年~)で過重労働を是正し、人的資本経営(2022年~)で戦略的人事を推進してきた流れの到達点として、労務管理や働き方まで含めた一貫した人材戦略の構築が求められています。

特に重要なのは、厚生労働省「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」(2023年)で明確に示された、キャリアステージ・ライフステージと連動したワークスタイルの実現という視点です。

従来の標準的な働き方では、多くの人がパフォーマンスを十分に発揮できない状況が生まれています。育児中は送迎時間との調整に苦労し、介護期には通院との両立が困難です。若手は集中的に働いて経験を積みたいが、キャリア中期以降は学び直しの時間を確保したい。あるいは、戦略業務に注力すべきなのに定型業務に時間を取られている。このような個別の実情に応じた働き方の調整が、従来の画一的な労働時間制度では実現できませんでした。

報告書では、こうした多様なライフステージ・キャリアステージに対応できる柔軟な労働時間制度の必要性が強調されています。それは単なる時短勤務の拡充ではなく、各人が最もパフォーマンスを発揮できる働き方を選択し、仕事の価値に集中できる環境の構築です。そして、この実現こそが今回の労働時間制度の変革の核心なのです。

第1回では労働基準法改正が「働き方を自由にする」方向性を持つこと、第2回では改正項目を4つの変革ポイントに整理、第3回では副業・兼業、前回はより具体化した内容である、「多様な働き方の推進」とその先行事例について解説しました。今回は「労働時間制度の変革」、特に企業規模別の対応戦略に焦点を当てます。

企業規模別対応が労働時間制度の変革の鍵となる理由

キャリアステージ・ライフステージに応じた働き方の実現は、企業規模によってアプローチが大きく異なります。組織の規模、意思決定のスピード、システム基盤の成熟度、人材戦略の発展段階が企業規模によって異なるため、労働時間制度の変革においても、企業規模別の視点が戦略構築の前提となります。資料の出典元の産学連携シンクタンク iU組織研究機構の「労基法大改正 戦略レポート」においても、この視点で企業規模による注力点を明確に示しています。

大企業にとっての労働時間制度の変革・システム基盤整備と人事労務の戦略構築

企業にとって最も重要なのは、まずは労働時間データを勤怠情報、タレントマネジメント、エンゲージメント情報と統合的に管理する情報基盤の構築です。

経済産業省の人的資本経営コンソーシアムによる人的資本経営の取組調査で第1位に挙がったのは「人材情報基盤の整備」でしたが、労働基準法改正では、労務管理・勤怠・労使コミュニケーションを統合する整備が必要です。具体的には、勤怠情報とタレントマネジメント情報やエンゲージメント情報の横断把握ができるかどうかが鍵となります。例えば、「どのような働き方が高いパフォーマンスにつながるか」「育児中の従業員の労働時間と業績の関係は」といった戦略的な問いに、統合されたデータに基づいて答えることができる情報基盤が必要です。

大企業は社会的影響力が大きいため、労働時間の開示においても、単なる数値公表ではなく、その質的側面の説明が強く求められるものと考えられます。投資家、求職者、メディアなど多様なステークホルダーに対して、労働時間データの背景にある働き方の質、改善の取り組み、従業員の成長機会を、説得力のある形で説明する必要があります。大規模なシステム基盤があってこそ、このような質の説明が可能になるのです。

また、人的資本経営において戦略構築と部門連携が求められてきましたが、労働基準法改正では人事労務管理と法令政策への対応まで「積極的で一貫した人材戦略」の構築と実行が求められます。これは既存の法令順守とは違う、法令対応を機会とした戦略構築です。従来、労務管理をオペレーションと定義しすぎた体制が多く見られましたが、むしろ労務管理を「キャリアステージ・ライフステージに応じた働き方を実現し、価値を創造する」人材戦略の実行部門として位置づけ直すことが重要です。

中堅中小企業にとっての労働時間制度の変革、差別化戦略の核心、場所を超えた人材獲得

中堅中小企業にとって、働き方の工夫は事業面と人事面の両面で強みになります。実際に柔軟な働き方を導入した企業は、人材獲得競争において明らかな優位性を持っています。大企業に比べて意思決定が迅速で、組織全体への施策浸透も早いという特性を生かし、競争優位を確立できます。労働時間の透明性と働き方の質の可視化は、中小企業にとって大企業との差別化要因となります。「うちは残業時間15時間だが、その内訳はこうで、こういう工夫をしていて、従業員はこう成長している」と明確に説明できることが、求職者への強力なアピールになります。

政府の「地方創生2.0」の方針では、柔軟な働き方による「関係人口」の創出が地域企業の発展の鍵だとされています。地理的制約を超えた人材活用、都市部の専門人材との協働、地方在住でも最先端の業務に参画できる環境整備など、雇用制度の柔軟化による人材戦略の機会として労基法改正を活用することが重要です。

例えば、フレックスタイム制の柔軟化により、東京在住の専門人材が週2日だけ地方企業のプロジェクトに参画するといった働き方が可能になります。

スタートアップにとっての労働時間制度の変革・急成長とブランディングの鍵

スタートアップ企業にとっては、早めの体系的な人材戦略構築・実行が極めて重要です。労働基準法改正により、人材戦略を労務管理まで結びつけて考える必要性が出てきており、採用戦略・成長戦略・上場対応等のすべての場面で人材戦略の整備は重要なポイントです。

特に上場準備においては、人的資本経営の実行と情報開示、コンプライアンスや適法性の整備を人材戦略と連動させる必要がありますが、労働時間管理を含む労務管理の適正性は、監査法人や主幹事証券会社の審査における重要なチェックポイントです。労働時間の開示体制を早期から整備することで、上場時の開示負担が軽減されるだけでなく、経営判断のためのデータ基盤としても機能します。

また、雇用施策は戦略的ブランディングの重要な要素です。労働基準法改正でさらに注目される多様な雇用施策の方向性は特に強力なメッセージであり、社会的にも多様な働き方や社会価値の質的な広報はますます重要になっています。スタートアップにとって、先進的な働き方を実現することは、優秀な人材を引きつける強力な差別化要因となります。キャリアステージ・ライフステージに応じた働き方の選択肢を提供し、労働時間の透明性を確保することで、「この会社なら自分らしく働ける」というメッセージを発信できます。

労働時間制度の変革、主要施策と戦略的意味

今までに企業規模別の各論を見てきましたが、労働基準法改正において、労働時間制度の変革は、働き方の実態を把握・開示し、労働の質を戦略的に最適化することが本質です。業務配分や労働内容の改善、マネジメントの質の向上を促進することが重要だと言えます。

  1. 労働時間の開示:時間だけでなく質の説明が必要に
    報告書では複数箇所で労働時間の開示が言及されており、法制化される可能性が極めて高いと考えられます。重要なのは、仮に法制化されるのが残業時間だけであったとしても、企業には「質の開示」まで求められると予測されることです。例えば「平均残業時間15時間」という数字だけでは、求職者や投資家はその企業の働き方の質を評価できません。その労働時間で何をしているか、どのような工夫をしているか、それが従業員の成長やキャリア充実にどう結びついているかが重要なのです。労働時間の数値だけでなく、その「中身」「質」「改善の取り組み」を併せて開示し、説明する必要性に迫られます。
  2. フレックスタイム制の柔軟化:個別の実情に応じた時間設計
    特定日だけを固定的な労働時間制と両立させる制度が検討されています。業務の性質と個人のニーズを両立させた働き方が可能となり、例えば会議や研修などの協働が必要な日は固定時間制、それ以外の日はフレックスとするといった柔軟な設計ができます。これは、キャリアステージ・ライフステージに応じた働き方の実現を可能にする中核的な施策です。育児中の従業員は子どもの送迎時間を考慮して、介護が必要な従業員は通院との調整を図りながら働くことが可能になります。
  3. その他の重要施策:柔軟性と健康確保の両立
    新たなみなし労働時間制の検討では、専門性の高い業務や創造的な業務において、時間ではなく成果に基づく働き方を可能にしながら、適切な労働時間管理を両立させます。同時に、勤務間インターバル制度の強化により11時間の休息が確保され、13日超の連続勤務が禁止され、「つながらない権利」の制度化により勤務時間外の業務連絡からの解放が保障されます。年次有給休暇制度の全般的整理と時間単位有給の拡充により、休息の権利を完全に保障し、ライフステージに応じた柔軟な休暇取得が可能になります。これらは、柔軟性の向上と健康確保を両立させる重要な要素です。
  4. 中長期の改正検討事項
    短期的な施策に加えて、中長期的には、より根本的な労働時間法制の見直しが検討されています。

時間外労働上限規制の見直しと長時間労働是正の総合対策では、現行の時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、特別条項付きで月100時間未満・年720時間等)について、さらなる段階的な強化が検討されています。これは単なる規制強化ではなく、長時間労働への依存から完全に脱却し、働き方の質的転換を促すための総合的な対策です。業務の無駄の削減、ITツールの活用、業務プロセスの再設計など、労働時間そのものを削減する構造的な改革を企業に促します。キャリアステージ・ライフステージに応じた柔軟な働き方を実現するためには、長時間労働という前提そのものを解消する必要があり、この総合対策はその基盤を形成します。

割増賃金制度の見直しとして、時間ベースの報酬体系から成果ベースの報酬体系への転換を支援するため、割増賃金制度の抜本的な見直しが議論されています。特に、高度な専門性を持つ労働者や創造的な業務に従事する労働者について、時間ではなく成果や価値創造を基準とした報酬制度への移行を可能にする方向性です。これにより、労働時間の長さではなく、仕事の質と成果に焦点を当てた働き方が促進されます。

ただし、労働者保護の観点から適切な健康確保措置と併せて導入される見込みです。 これらの中長期的な制度変革は、短期的な施策と連動しながら、「働き方を自由にする」ことによる価値創造を完成させるための包括的な改革です。企業は短期的な対応を進めながら、中長期的な視点での人材戦略の構築も並行して進める必要があります。

労働時間の「質」を可視化するための三つの視点

労働時間の開示において、質を可視化するには以下の三つの視点が重要です。これらの視点により、単なる時間の数値を超えた、働き方の実態と価値を明確に示すことができます。

  1. 仕事の内容の把握
    労働時間の中で、創造的業務、戦略的業務、定型業務、管理業務などがどのような配分になっているかを明確にします。価値創造に直結する時間がどれだけ確保されているか、工数管理により何に時間を使っているかを可視化します。例えば、「平均残業時間15時間のうち、5時間は新規事業の企画検討、3時間は顧客対応、7時間は定型的な報告業務に費やされている」といった形で、時間の質を具体的に示すことができます。
  2. 働き方の改善プロセス
    業務の無駄をどう削減しているか、効率化のためにどのような工夫をしているか、ITツールをどう活用しているかを明示します。改善のPDCAサイクルが回っているかどうかも重要です。例えば、次項で見るU-NEXT HOLDINGSの「3R Program」(Remove・Reduce・Rebuild)のような体系的な改善活動により、月間1,300時間分の作業を廃止したといった具体的な改善実績を示すことで、労働時間の質的向上への取り組みを証明できます。
  3. 従業員の成長とキャリア
    その働き方が従業員のスキル向上やキャリア充実にどう貢献しているかを示します。自己成長の機会がどれだけ提供されているか、労働時間と成果、エンゲージメントの関係性を可視化します。例えば、「フレックスタイム制の導入により、育児中の従業員が集中して業務に取り組める時間が確保され、プロジェクトマネジメントスキルが向上し、エンゲージメントスコアが20%上昇した」といった形で、働き方の質と従業員の成長の関係を明確にできます。

これらの三つの視点を統合的に可視化し、データに基づいて説明できる体制を構築することが、労働時間開示への真の対応となります。前回論じたシステム基盤整備は、まさにこの質の可視化を実現するための基盤なのではないかと思います。

先進企業事例:労働時間の質を可視化する取り組み

行政資料においては、多くの先進的な事例が採り上げられています。今までに見てきたような工夫がさまざまに行われている先進的な事例が多いものと思います。代表例をまとめています。

アフラック生命保険株式会社
「人財テクノロジー課」新設で出社率・残業状況などを一元管理。役員から管理職まで自らデータ活用できる環境を整備。社員との対話で労働時間データと組み合わせて質的改善につなげています。

塩野義製薬株式会社
裁量労働を廃止し全社員を時間管理下に置きながら、スーパーフレックスで柔軟性を確保。「時間管理の徹底」と「働き方の自由」が矛盾しないことを示しています。

株式会社U-NEXT HOLDINGS
「3R Program」で月間1,300時間分の作業を廃止。KPIを「労働時間」「顧客対応時間」「売り上げ」の3軸で公開し、労働時間の質を可視化。

社会福祉法人南風会
介護施設でタブレット配備、ICT活用で離職率を60%から10%へ低下。現場業務でも適切な時間管理とIT活用により、働きやすさと業務の質を両立。

(出典:人的資本経営コンソーシアム好事例集、働き方・休み方改革取り組み事例集)

労働時間制度の工夫を通じて、キャリア・ライフステージに応じた働き方の実現へ

労働基準法改正の本質は、キャリアステージ・ライフステージに応じた働き方を実現することにあります。労働時間制度の変革は、その中核を担う施策群であり、労働時間の開示、フレックスタイム制の柔軟化、新たなみなし労働時間制、勤務間インターバルや連続勤務制限、年次有給休暇制度の整理など、多様な施策が「守る」と「支える」を両立させながら、働き方の質的向上を実現します。

企業規模別に見ると、大企業はシステム基盤整備と一貫した人材戦略の構築、中堅中小企業は柔軟性と透明性を差別化要因として活用、スタートアップは早期からの体系的管理を上場準備やブランディングに活用する形で、それぞれの戦略的対応が重要となります。労働時間の開示を、企業の価値創造を内外に発信する機会として捉え直すことが、2027年を目指して検討されている、労基法改正への本質的な対応となるのではないかと思います。

松井 勇策が講師を務める「2027年労働基準法改正」を人材戦略に組み込むワークショップ

2027年に予定されている「労働基準法改正」。これは単なるルール変更ではなく、人的資本経営を次のステージに進める重要な転換点です。この改正にどう向き合うかによって、企業の人事戦略は大きく二極化します。法令遵守という「守りの対応」に留まるのか。それとも、「攻めの人材戦略」を仕掛ける絶好の機会と捉えるのか。
本ワークショップでは、雇用法制と人的資本経営の第一人者である松井勇策と共に、法改正の動向をただ知るだけでなく、法令をもとにした対応方法を創造的に発想していく場となります。

 


 

次回は、「2030年の組織と働き方:労働基準法改正がもたらす構造変革への準備」について詳しく解説します。

<連載コラム>
第1回:2027年労働基準法改正:規制対応から戦略創造への大転換
第2回:2027年労働基準法大改正の全体像:企業が知るべき23以上の改正と4つの変革ポイント
第3回:副業・兼業制度の戦略的設計:人材流動化時代の競争優位構築
第4回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法1
第5回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2 ★今回
第6回:2030年の組織と働き方:労働基準法改正がもたらす構造変革への準備 ★次回