はじめに|その推薦書に、いまのチームは映っていますか
11月になりました。3月期決算の企業なら上期の考課が大詰めを迎え、来年4月の昇格に向けて管理職候補の推薦書に手をつけ始めた部長もいるころです。
推薦書の評価項目には、たとえば「部下の労働時間を適正に把握し、管理している」「担当業務の進捗を管理し、期限内に完遂させている」といった行が並んでいないでしょうか。どちらも欠かせない仕事です。ただ、AIで下書きや分析を済ませ、浮いた時間の使い道を決める。候補者のチームで起きているそうした変化は、この2行のどこにも出てきません。
日本生産性本部が9月30日に公表した「生産性年次報告2026」(*1)に、それに近い状況を示す数字があります。同本部の人事関連の活動に参加する企業に2026年7月に尋ねた調査で、回答した33社(うち23社が従業員1,001名以上)のうち、全社的にAIを導入している企業は72.7%でした。一方、人事評価などでAIに関するスキルや実績を勘案しているかを尋ねると、「特になし」が93.9%です。
第16回で置いた3段階(夏季賞与で試し、秋に検証し、11月から制度化)でいえば、AI活用度の評価はいま制度化の段です。今回はもう一段上、管理職の昇進・昇格基準を「管理」から「支援・変革」へ組み替える方法を、秋の考課から試せる形で考えます。
評価表より先に、管理職の仕事が変わり始めている
先に動いた会社の例が、同じ年次報告(*1)の企業ヒアリングにあります。損保ジャパンは2026年1月からAIエージェントを全社員に展開し、週1回以上使う社員は約8割、部長以上に限ると98%に達するといいます。同社の人事評価は「行動評価」と「仕事評価」の2軸で、AIを取り入れた業務改革や効率化を、コンピテンシー(*2)を軸とする行動評価の着眼点に反映しています。リコーも今年度から評価制度を改定し、課題設定・解決策立案・遂行という3つのプロセスで行動を評価する仕組みを入れました。
面白いのは、2社ともAIのスキルや資格を、それだけで評価する項目にはしていないことです(リコーは評価全体について、損保ジャパンは仕事評価についてそう説明しています)。変えたのは、仕事の進め方を見る目のほうでした。
あなたの会社の管理職の昇格要件は、最後にいつ書き換えられたでしょうか。
差を生んでいるのは、評価表にない「支援」
米国のデータではありますが、AIがチームに根づくかどうかの手がかりになる調査があります。
ギャラップが2026年2月に米国の就業者23,717人を対象に行った調査(*3)から、勤め先がAIツールを提供している人の回答を見てみます。「上司はチームのAI活用を積極的に支援している」に強くそう思う人のうち、AIを週に数回以上使う人は78%。そこまでは思わない人では44%でした。会社のAIが「いま使っているシステムや業務の流れにうまく組み込まれている」と強く感じるかどうかでも、88%と55%の開きがあります。上司の支援を強く感じている人は、「AIによって、自分が最も得意なことをする機会が毎日増えている」に強く同意する割合も7.8倍でした。
いずれも相関で、上司の支援が利用を増やしたとまでは言えません。それでも、調査で比べた条件のうち差がとくに大きかった2つ、つまり業務の流れへの組み込みと上司の支援は、どちらも管理職が日々手を動かせる範囲にあります。チームの手順を決めることも、部下の「これ、AIでやっていいですか」に答えることも、そこに含まれます。
日本側の数字も、同じ場所を指しています。年次報告(*1)の企業調査では、AIの導入・活用にあたっての懸念として「AIスキルに追いついていけない従業員への対応が必要になる」を挙げた企業が66.7%ありました。その対応を現場で引き受けるのは、多くの場合、管理職でしょう。ならば、その働きも評価で見る必要があるはずです。
部下のAI活用を支えている管理職を、あなたの会社の評価制度はどこで見つけているでしょうか。
「管理」は土台に残し、4つの要件を上に積む
誤解のないように書いておくと、労働時間や進捗の管理を外すわけではありません。部下の健康と期日を守る土台です。ただ、管理職なら「できて当然」になりつつあり、候補者の差がつく基準ではなくなってきました。その上に、次の4つを積みます。
| 要件 | 推薦書で見る行動の例 |
| 部下のAI活用支援力 | チームでの使いどころを部下と一緒に決め、質問に答え、自分でも使ってみせている |
| 業務変革リード力 | AIを前提にチームの手順を組み替え、やめる作業を決めた |
| 人間価値の引き出し力 | 浮いた時間を、部下一人ひとりの専門性や得意を伸ばす対話と仕事に回した |
| 倫理判断力 | 「AIでできるが、このチームではやらない」ことを決め、理由を部下に説明した |
最初の2つは、02で見た2つの条件に対応します。なお、第22回で実務活用層の全員に求めた4つの監督者スキルは、管理職にもそのまま求められます。今回の4つは、その上に加わるものです。
人間価値の引き出し力とは、AIでは代えにくい部下一人ひとりの専門性や判断、人との関係づくりを見つけて伸ばす力のことです。損保ジャパンは、AI活用が進むほど基本的なスキルの定着に悪影響が出る懸念があるとして、対面での対話を通じた管理職による部下育成で補う必要がある、と述べています(*1)。同じ報告書で昭和女子大学の木村琢磨氏も、暗黙知や批判的思考力は仕事のプロになる過程で身につくため、企業がどう対応するかが問われる、と指摘しています。
倫理判断力は、第22回の監督者スキルの一つ「倫理判断」の管理職版です。あのときは、権限の範囲内かどうかと、やっていいかどうかは別の問いだ、と書きました。年次報告の有識者ヒアリングでも、東京大学の江間有沙氏が、技術的に実現できることと社会的にやってよいことは別の問題で、その判断をAIに委ねると誰のための判断かが見えにくくなる、と指摘しています。
ただ、倫理判断は止めることだけではありません。先ほどのギャラップの調査(*3)では、AIが使える職場でAIを使っていない人の43%が、AIを使うことに倫理的に反対だと答えています。部下のためらいを聞き、線引きの理由を言葉にして返す。それも倫理判断力のうちです。
秋の考課で、4行だけ足す
いきなり昇格要件を書き換える必要はありません。今期は試しに使い、手応えを確かめます。
▶︎ 1. 考課シートか推薦書に「参考欄」を4行足す(今期は点数に入れない)
管理職候補向けの欄が考課シートにあればそこに、なければ昇格の推薦書に足します。4つの要件それぞれについて、この半年に実際にあった場面を1つずつ書いてもらいます。「できている」「できていない」の自己申告ではなく、場面で書く。書けない欄が残ること自体が、立派な情報です。
▶︎ 2. 候補者の部下に、1問だけ聞く
ギャラップの設問(*3)を参考に、「上司は、チームのAI活用を積極的に支援している」といった問いを自社の言葉で用意し、5段階で尋ねます。回答者が特定されないよう、人数の少ないチームでは集計を見送る配慮も要ります。
▶︎ 3. 部長会で、書けなかった欄を並べる
候補者をふるい落とすのが目的ではありません。どの要件で書けない候補者が多いかを見ます。倫理判断力の欄がそろって空いていれば、昇格前の研修に「やらないことを決める」演習を足せばいい。ここでつかんだ穴が、そのまま管理職候補のアップスキリングの中身になります。
▶︎ 4. 手応えのあった欄だけ、4月の昇格要件に上げる
第16回と同じく、検証で手応えのあったものだけを正式な基準に格上げします。
▶︎ 月曜にやること
人事制度の担当と相談し、来年4月昇格の推薦書(または考課シート)の様式に、4行の参考欄を足してください。表の「推薦書で見る行動の例」を1行ずつ書き添えて、各部長に送る。今週はそこまでで十分です。
管理を土台に、引き出す力を上に
第9回と第16回で、管理職の評価に「部下のAI活用支援」を入れよう、と書きました。今回はそれを、昇進・昇格の基準まで広げてみました。
昇格の基準は、次にどんな人を管理職にするのかという、会社から全社員へのメッセージです。推薦書に何を書かせるかを変えれば、候補者がこれからの半年で何に時間を使うかが変わります。
第16回で、評価制度は過去を裁く道具ではなく、未来の行動を方向づける道具だとお伝えしました。昇格の基準なら、なおさらです。
部下の時間と期日を守る力の上に、部下の力を引き出す力を。 その積み増しを、まず4行の参考欄で試してみてください。
来年の春に新しく管理職になる人は、部下の何を見ている人であってほしいでしょうか。
< 参考文献・出典 >
*1 公益財団法人日本生産性本部「生産性年次報告2026」2026年(令和8年)9月30日公表
https://www.jpc-net.jp/research/detail/008214.html
本文(PDF)
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/innocon20260930_nenji2026.pdf
※企業アンケートは、同本部の人事関連諸活動に参加する企業92社を対象に2026年7月6日〜17日にWEBで実施し、33社が回答(回収率35.9%)。企業ヒアリングの記載は実施時点の情報をまとめたもの。有識者ヒアリングの記載は各氏の見解を事務局が要約したもので、イノベーション会議としての統一的な結論ではない旨が明記されている。
*2 高い成果を上げる人に共通してみられる行動の特性のこと。人事評価や人材育成の基準として使われる
*3 Gallup, Andy Kemp「AI in the Workplace: What Separates Adopters and Holdouts」2026年4月12日
https://www.gallup.com/workplace/704252/workplace-separates-adopters-holdouts.aspx
※2026年2月4〜19日、Gallup Panelに登録する米国の就業者23,717人を対象にしたWeb調査。本文の数値は、勤め先がAIツールを提供している回答者についてのもの。
<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜